【ブルアカ×サタスペ】キヴォトスより愛をこめて 作:ディム
ユウカには朝起こしてもらいたい。
プロローグ/Life Goes On.
――目を覚ます。
同時に、彼は跳ね起きて、己の迂闊さを呪った。舌打ちをしながら慌てて腰に手を伸ばせば、そこに吊り下げていたはずの、彼と共にいくつもの鉄火場を越えてきた愛銃が見当たらない。
それも当然か、彼はと思い至る。なぜなら――彼が目を覚ます寸前まで居たのは、極東の大犯罪都市オオサカ。犯罪者のメッカ、極東の火薬庫といった表現はまだ良い方、クソとゴミとゴミのような人間の掃き溜め、××××(検閲済み)と形容されて然るべき薄汚れた街の片隅、頭上を鉛玉が飛び交う戦場だったのだから。
「……なんだこりゃ」
跳ね起きた彼はそこで、周囲が静寂に包まれていることに気がついた。銃声ひとつしない、静かな電車の中。
肉体に痛みもない。意識を失う直前、粗悪な
タチの悪い夢だったか、と思うには――脳をめぐる記憶はあまりにも真に迫っており、そして彼は必死すぎた。
彼は亜侠である。手製か、粗製か、3Dプリンター製の劣悪な銃を引っ提げ、酒瓶ひとつ以下の値段で山ほどの銃弾を揃え*1、命を賭け金に札束を稼ぐ、ろくでなしの無法者――亜侠。
その中でも一等強く、一等ろくでなしで、一等スケベで、そして一等、仲間にだけは気を許す。
つまるところ、彼は亜侠の中でも一際『侠』*2に近く、女に甘く、そして敵と銀行にやたらと厳しい*3男であった。
そんな彼は周囲を見渡し、息を吐いて、どっかりと座り込んだ。電車の椅子は、オオサカのくたびれた環状線のそれよりも柔らかく、それだけで満足を感じる。その満足感のままに、ところ構わず煙草を取り出そうとして、その煙草すらも持っていないことに気付く。
眉間に皺が寄り――霧散する。煙草がないことは腹立たしいが、腹の風穴と引き換えだと思えば安いものだ。亜侠ならば、こんな時に言うべき言葉は決まっている。
「あー、生きててよかった」
あるいはもしかして自分は死んでおり、今まさに地獄に運ばれている最中かもしれない。そういえば、生駒山から
彼は満足げに目を瞑り――一度まばたきをしたその時。
彼の前に、彼女がいた。
「……私のミスでした」
毛先の桃色がかった、薄水色の髪。
「私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況」
金の飾りの白い制服。……その上に滲む、血の赤。
彼の目が細められ、俄かに真剣な顔つきになる。
「結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……」
整った、可愛らしい、彼好みの顔に浮かべた――疲労と絶望と、諦念。
見たことのない、しかし既視感のある少女。
儚げな、今にも消えてしまいそうな少女に、彼は。
(うっわめっちゃ好みなんだけどこの子。一晩いくら???)
彼はカスであった。
通常、普通の人間、普通の大人であれば、まずは彼女を気遣ったり、彼女の傷や流血の心配をする。そうでなくても、彼が『ここ』にいるべき人間であれば、少なくとも彼女の心配をしたであろう。
翻って、つまり彼の反応は、彼が典型的なオオサカ人、つまりろくでなしの人でなしであることの証左。
「……ふふっ」
しかし、彼の目の前にいる血濡れの少女はくすくすと笑う。
ぽたり、とリノリウムの床に血の滴を落とし、座席をその色に染めながらも、彼の反応が当たり前であるかのように――見知ったものであり、それに緊張を抜かれたかのように笑い。
「あなたは、いつも通りですね。……先生」
オオサカ人としての彼は紛れもなく、自他共に認めるカスである。
ただの彼である限り、それは変わらない――翻って。『先生』としての彼は、違った。
「は? おいおいお嬢ちゃん、俺を誰かと間違えてねえか? 俺はそんなふうに呼ばれるような、立派な――」
反応は劇的であった。
彼の脳裏に蘇る、数々の悲劇の記憶。
倒れ伏す少女たち。荒んだ目の彼女。
滅びゆく都市。魔王たる王女。
行く宛を、頼る先を、友を、信頼を失う少女。
目覚めない彼女。魔女に堕ちた『お姫様』。
友人を手にかけ、守るべきものを殺され、絶望に沈む彼女たち。
そして正義を見失った、迷いウサギ。
輝かんばかりの色彩のうちに滅んだ方舟の記憶。
彼が、そういうことか、と問えば、彼女は、そういうことです、と答えた。
「……今更図々しいですが、お願いします。……先生。きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……」
「……あー、まァ。だとは思うけどよ。いいのか? ……少なくとも俺は、ほら。何かしらは覚えておいたほうがいいだろ。だって、こう……わかるだろ?」
彼は、ばつが悪そうに頬を掻くと、少女は楽しげに笑った。笑っているその時だけは、彼女は傷も疲れも……その身に背負った重責も、何もかもを忘れて、ただの少女であるかのように見える。
「はい、分かりますよ。忘れてませんから。先生、私とリンちゃんに会っていきなりナンパしてきました*4もんね」
「ぐ、っ……」
「しかも台詞が『一晩いくら?』*5でした。控えめに言って最低だと思います、先生」
「ぐぉぉっ……」
彼……『先生』は顔を抑えて頭を振った。オオサカ人としては異例の反応であるが、まともな大人としてであれば真っ当な反応である。
「他にもまだまだありますよね? 私見たことありませんよ、リンちゃんがあんなに怒ってるの。というかそれ以前にゲヘナの
出るわ出るわ。静かな電車を埋め尽くす、彼女の言葉。立て板に水、とばかりに流れ出るそれは、溜め込んだ不満を爆発させる風ではない。むしろ、ずっとこうして話したかったものを我慢していた――そんな風にすら聞こえて。彼はそれを、縮こまって聞いていた。
「まだまだありますからね? えっと、ワカモさんと意気投合しないでください、仕事中にお酒はやめてください、煙草もやめてください、バニーガール目当てにカジノクルーズ船に率先して行かないでください、ワカモさんとカイザーコーポレーションの襲撃計画を立てないでください、計画を立てるのが駄目だからって無計画で襲撃を行わないでください、他にも……って、終わらないじゃないですか先生!」
「い、いやその……すまん」
「まったく、先生はいつも……もう。……でも」
がおーっ、と吠える彼女に、頭の上がらない彼。
それをまた、くすくすと楽しげに見てから……彼女は、
「……でも先生は、私たちを蔑ろにしませんでしたね。先生としての自覚に芽生えてからも、芽生える前も。私が取り零した、諦めた、そんな生徒たちに寄り添ってくれました」
彼女は、ただの一生徒としての顔の中に、連邦生徒会長としての顔色を覗かせて言う。
「肝心なときはいつも真剣でした。暗くなった雰囲気を、自分が馬鹿をやってでも、どうにかしようとしてくれました。問題児たちが何かしたとき、その中に混ざっていって、最後には自分が泥を被ってくれました。……私の選択も、先生が」
「それ以上は野暮だろ。俺は言ったはずだぜ、責任は――」
「『俺が取る』、ですよね。……あの時は分かりませんでしたが、今なら分かります」
そこから先、彼は黙って彼女……連邦生徒会長の話を聞いていた。
自身の責任と義務の話。自身の選択と、『矜持』の話。
彼は
新世界の裏路地に生まれ、子守唄の代わりに銃声を聴いて育った生粋の
前に立って、『あとは任せろ』と背を見せて解決する『責任』と。
後ろにいて、『好きにやりな』と背を支えて進ませる『責任』と。
どちらもを捨てられなかったが故にどちらもを背負い、そうして彼は、キヴォトスすべての生徒の味方……先生となった。
「ですから、先生。私が信じられる大人であるあなたになら。そして――あの時、私の前に立った厄災を撃ち抜いてくれたあなたになら。お願いして、そして。依頼できます」
今度は彼が、にィッと笑った。
『依頼』。亜侠という、報酬さえ貰えればなんでもやる、そんな人でなしにとっては子守唄よりも聞き馴染んだ言葉。
自分と彼女の間柄であれば、聞かれれば答え、頼られれば助ける、そんなことは造作もない。にも関わらず、その言葉を出したということは。
「つまり、そういう事だな?」
「はい。この捻れて歪んだ先の終着点とはまた別の結果を。そこに繋がる選択肢を――『見つけてください』」
それはきっと、彼が彼であるが故に発せられた言葉。懇願や希望を託す言葉ではなく、成果を期待する契約の言葉。
彼はいつものように煙草に手を伸ばそうとして、やめて。どっかりと座り直して問いかけた。
「へえ。けど、分かってんだろうな? 亜侠としての俺に『依頼』する、ってんなら、払うモンがある――報酬だ。お前はそれに、どれだけの価値を置く? どんな対価を払う?」
「……今の私には、具体的に払えるものがありません。けれど、それが成された暁にならば、払えるものがあります。先生にとってはきっと、何よりも価値のあるもの」
連邦生徒会長は、縋るように笑って。
「――キヴォトスすべての生徒の笑顔、なんてどうでしょう」
彼は、不満げに。
「悪くねえ。が、足りねえな。……キヴォトスすべての生徒と、お前の笑顔。全部カタをつけた後で、お前が心からの笑顔を俺に見せにくる、ってンなら、請けてやってもいい」
だから、俺に任せろ、と。
その言葉に、連邦生徒会長である彼女は、ただの生徒として一筋の涙を落とし。
「――はい、先生。約束します。だから、どうか――」
彼の意識が遠くなる。
彼女の姿が消えてゆく。
電車の音も、窓から差し込む早朝の光も、全てが遠くなってゆき――
◆
「――先生! 先生、起きてください!!」
鋭い声に、彼はのっそりと起き上がった。
記憶を整理する。彼はオオサカの鉄火場で大立ち回りを演じ、その後腹に空けられた風穴が元で、薄汚い裏路地の奥でひっそりと息絶えた。
満足はしていた筈だが――なぜか自分はこのキヴォトスという地に立っており、しかも『先生』として扱われていた。
「あァ、ああ分かってる分かってる」
少なくとも現時点での彼の自己認識はそうであり、即ち、彼のメンタリティは今のところ、オオサカ人のそれであった。
つまりカスである。
加えて言えば、彼の好みのタイプは『知的な歳下』であった*7。彼の脳裏には、謎の警鐘が鳴った――それは彼が鉄火場にて感じているものと同質のものであった――が、彼はそれを無視して、やけにキリッとした顔を作り、神妙に述べた。
「めっちゃ好みなんだけど。今晩どう? 一晩いくら??」
果たして、彼の顔面に彼女――七神リンの拳が突き刺さった。
つまるところ、彼は連邦生徒会長の期待通り、同じ状況で同じ選択をすることを証明したのである。これには生徒会長も、どこぞで喜んでいることだろう。
なお、余談であるが、七神リンの繰り出したパンチは真正面から彼の顔面を捉えた……腰の入ったいい一撃であった。
Tips:『サタスペ』
正式名称は『アジアンパンクRPG「サタスペ」』。
冒険企画局様の製作されたTRPGのシステムで、他に類を見ない世界観が特徴的。
現実とは異なる歴史を辿り、ロアナプラめいた極東の大犯罪都市となった「オオサカ」で、亜侠と呼ばれるチンピラをPCとして遊ぶシステム。
ブルアカとの違いは、流れているのが清渓川か道頓堀か、透き通っているかいないかくらいであるため、やろう。
ちゃんとキヴォトスのペロロジラに対してオオサカでは怪獣王が暴れたりもするし、カイテンジャーロボに対して太陽の塔が暴れたりもする。