おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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#10

決闘。

遥か昔、かつては必殺の術すら飛び交い、多くの魔術師が己の命と誇りを懸けて行った。

現在は扱える魔術には様々な規則や制限があり、主審や副審などの審判の監視と判断を以て行われているが、それは表の決闘であり、健全な競技だ。

各地の地方が主催した大会から、国の代表同士での試合などの国際的な大会まである為、新聞や雑誌などには常に様々な情報が載っている。

 

そして違法決闘。又の名を私闘。

度々、どこかの私有地や、貧民窟の違法闘技場などで、血気盛んな誰かによって行われている。

必殺の術などは勿論永久禁術指定なので使えないが、本来の表の決闘とは違い、審判もなければ制限された限定禁術指定も無い。

 

毎年、これでよく死人が出る。

様々な方法で事前に取り締まられてもいる。

しかし、何故か廃らない。

もしかしたら、皆、血が見たいからかもしれない。

 

深夜、訓練場。そこの結界は、所謂私有地の様に、学院内での決闘使用となっており、一部の限定禁術指定を扱える様になっていたり、自動通報の機能が排除されている。

そして眼光灯はまたもや眼振を繰り返し、出鱈目に光が点いたり消えたり、まさしくそこは無法地帯であった。

 

爆破跡。血痕。硝子の破片。

床は所々割れていて、抉られ、そこに二人の闘士が、向かい合っていた。

 

片方はハンプティ・ダンプティ8世(以下、8世と呼称する事とする)、大柄な男で、色白で、血走った目と充血した唇は弧を描き、棍棒のような短杖を握っていて、額からは血を流し、服はあちこちが破れたり煤けたりしていて、肩や太腿の箇所は血で滲んでいる。

しかし、それでも、ニタニタと、悦んでいる。

 

片方はリーゼ・ポンパドール=ダックテイル、背の高い女性で、革の外套を着ていて、整髪料で髪を撫で付けていて、目立った外傷こそ見当たらないが、脂汗に塗れた焦燥とした顔で、其れでも油断なく、少しばかりひしゃげた金属の杖を握りしめながら、乱れた息を整えている。

 

唐突に、8世の乾いた音の拍手が、静謐な訓練場に響き渡った。

 

「すごいね!規那(キナ)の樹液を混ぜた水で描いた紋章か…確かに君が『光の術』を当てて術式を起動するまで、地面に仕込んでいたのは見えなかったし、確か『詠唱術に因る爆破の術』は5年前に限定から永久に繰り上がっちゃったもんね、面白い発想だし、事前に罠を仕掛けているのはとっても良いよ!すごく良いっ!!満点!花丸満点!!」

 

規那の樹液は、主に特定の原虫に因る感染症の特効薬の原料となったり、特定の清涼飲料水に香料や糖分と共に微量に添加されている。

様々な効能を持つが、その中でもリーゼが目を付けたのは、ある一定の波長の光を当てると、発光するという特性だった。

 

『光の術』は一般教養魔術の中でも基礎中の基礎の魔術であり、最も一般的で、魔術についての知識が少しでもあれば、老若男女誰でも扱える術だ。

それ故に、詠唱を短縮したり改変したりするのは非常に容易で、すぐにその『一定の波長』の光を、光線のように射出できる術式に改変した。

 

8世に決闘を条件に出されたその日の深夜から早朝にかけて、リーゼはすぐに規那の樹液と希釈した黒胆汁、そして精製水を混ぜて瓶に詰め、床に大小様々な発光を起動条件とする『爆破の術』の紋章を描いていた。

 

決闘開始直後、彼女は出し惜しみせず、問答無用で、文字通り光の速さで爆破紋章を全て起動し、8世は錐揉みしながら、血を流しながら、大きく吹っ飛ばされた。

額から血を流しながら、地に伏せるその姿を見て、勝利を確信した。

が、ムクリと立ち上がり、煤けた上着を脱ぎ捨てる8世を見て、リーゼは戦慄した。

 

そして、暴風が吹いた。

いつの間にか、目前に現れた、筋肉と魔力の根塊は、短杖で大振りに殴りかかり、それを金属の杖で受け止めると、あまりの力の差に、その腕は震えて痺れた。

勢いを殺す為にその力の向きに流れるように後ずさると、不意に背後からジリジリとした殺気を感じたので、背面全てに『防壁の術』を、無言で詠唱した。

背後から、壁を叩くような、窓の硝子を殴るような、暴力の音色が、耳の直ぐ後ろまでに響いているが、目の前で振るわれる杖を無視してまで、振り返って確認する選択肢は、欠片も頭に過ぎることは無かった。

 

杖による殴打の追撃は、体を逸らして避けた。

視界の端から襲ってくる火炎の術には、消火の術をぶつけて相殺した。

他にも鎌鼬、念動に因る殴打、麻痺、閃光、爆音など、多彩な魔術が、目の前から、視界の端から、そして恐らく、背後からも襲い掛かって来た。

その度に、口で、脳内で、時には杖を振るって術式を詠唱し、その全てに対処した。

 

度々、リーゼは隙をついて、外套の裏に仕込んでおいた、様々な霊薬が入った試験管を投げつけて、目眩や吐き気を催させようとしたが、大体は避けられてしまったし、何より驚いたのは、偏頭痛を引き起こす霊薬を、顔面にモロにブチ当てたのに、ケロリとしていて、何にも効果が無かった。

 

霊薬は使い切った、呼吸が苦しいので、詠唱にも限界が来ている、身体強化の刺青が入った箇所が焼ける様に痛い。

 

それでも、暴風が止む事は無く、寧ろ益々盛んになってきた。

 

一体、何本、硝子が割れたのか。

一体、何度、魔術を撃ち合ったのか。

一体、何合、杖を打ち合ったのか。

一体、何回、鈍音が響き渡ったのか。

一体全体、何時間経ったのか。

 

少し間合いが開けた。

乱打は止み、気づけば8世は、恍惚とした顔で、拍手をしながら、もう堪らないとばかりに、一人でに喋り出したのだ。

 

「いやぁ〜いいねぇ!君は執念深いし、勝利への渇望も凄い!その油断ない目もね!術の捌き方も的確だし、杖で打撃を受け流しながら、ぼくの動作詠唱を妨害しつつ、君もその動きを動作詠唱に活かそうとしていたね!素晴らしい!」

 

「…事前に罠張ったんで、卑怯って言われると思っていたよ」

 

「どうしてだい?卑怯なものか、闘いは合図と共に始まるものではない、事前に勝利の為のあらゆる布石を打つのは当然の事だよ!ぼくから言わせて貰えばね、闘う直前まで何も手を尽くさないヤツは、ただの怠け者だね!」

 

吐き捨てる様に、大袈裟に叫んだ。

不意に、リーゼはゆっくりと、首を捻った。

何か、凄く嫌な予感がしたからだ。

8世の大きく開けた口から、まるで岩漿(マグマ)の様な熱量を持った、赤い液体が、勢い良く射出され、さっきまで頭があった箇所を通った。

顔の真横を通りすがっただけで、頬は焼け爛れ、右目に激痛が走って、更には開かなくなり、顳顬から顎までかけて、ジンジンと火傷の痛みが覆った。

 

これは『熱瀉血の邪術』。

限定禁術指定の邪術だが、決闘の際には一応使える術式だ。

自らの血をさながら岩漿程に熱し、それを口や耳などの器官から発射する、不意打ちに特化した攻撃魔術。

当たれば忽ち大火傷。熱に弱い物や衣服を一瞬でダメに出来るし、それなりに鍛錬すれば口を開くという動作だけで詠唱が可能だ。

しかし、その邪術は誰も使おうとしない。

何故なら、そもそも習得難易度が高い事、焚書された本にしか載っていない魔術だという事。

そして、血液中にある魔素を膨大に消費する必要と、それを体内で生成する際に、自らを焼いてしまわないように器官から出す直前まで熱を制御する必要があるからだ。

 

これは余談だが、遥か昔、この『熱瀉血の邪術』で多くの金庫や牢獄に穴を開けた、『岩漿吐きのヴェルグウルド』、その最期は、膨大な熱量を持った血液を制御できず、食道で詰まってしまい、喉から手足の末端にかけて、体内から徐々に火傷して、死んだ。

 

「血をそんな滅茶苦茶な使い方して不意打ちするのは、流石だな、一瞬反応が遅れていたら、首から上がその熱量でドロドロに溶けていたよ」

 

「ふふっ、うん」

 

彼の少年の様な高い声は、この時既に低く嗄れていた。

恐らく、完全な制御をせずに、放ったのだろう。

 

「さて、今、どうだ?」

 

「うーん、身体は貧血で動けないなぁ」

 

堂々と立ってはいるが、やはり彼の言う通り、立っているだけだった。

その証拠に、彼の脚と杖を握る手は、僅かではあるが、小刻みに震えていた。

 

「じゃあ、私の勝ちでいいか?」

 

「なんで?まだ、ぼく降参してないよ」

 

不敵な声を聞いたので、革の外套の衣嚢から、一枚の羊皮紙が取り出された。

『術式遅延結界展開』の紋章が描かれている。

それを勢いよく破ると、訓練場全体を、透明な何かが覆った。

徐に、懐から煙草を取り出して、咥えた。

 

「…【火】」

 

火がついた煙草を一息だけ大きく吸って、深呼吸の様に、ゆっくりと紫煙を吐いた。

振りかぶって、まだまだ残っている煙草は投げ捨てられた。

 

「今から君が、負けた、と言うまで滅多打ちにする」

 

「最高ぉ!!!!」

 

刹那で詰められた間合い。風を切る音。

打つ。打つ。打つ。打つ。

上段から大振りに振り下ろされる金属の杖。

影だけ見れば、まるであくせく働く炭坑夫だ。

8世は貧血状態で、頭はボーっとしていて、さらには結界の効果で、互いに魔術が使えない(厳密には発動できるが、結界の効果によって術式が遅延しているので、時間がかかってしまう)。

故に、今この場は、ただの肉体と肉体のぶつかり合いでのみしか、相手に攻撃できない。

 

金属の杖は、もう酷く曲がってしまったので、ポイと投げ捨てて、リーゼは拳で殴った。

拳頭は切れ、血が流れているが、気にせず、鼻の下の人中や、眉間を中心に殴り続けた。

8世が体勢を崩して地に伏せたので、すかさず馬乗りになり、顔面を執拗に殴り続けた。

この時、もはや狙いをつけず、滅多矢鱈に、ただただ拳を振り回した。

 

殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

いつの間にか、拳にはへし折れた前歯が突き刺さっていたが、必死に殴り続ける彼女は気付かなかった。

とうとう、あまりに殴ったので吐き気を催しえずいて、荒くなった呼吸は、過呼吸寸前だった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「身体強化の刺青とか入れてるよね?…すごいなぁ…興奮してきた…君みたいな決闘士が増えてくれたら…ぼくももっともっと強くなれるのに…そうなればぼくはロリーナちゃんにとって…最高の旦那さんになれちゃうなぁ……この世の凡ゆる悪から護る…最高の夫にして騎士様だぁ……成れちゃうなぁ……憧れちゃうなぁ…」

 

鼻が曲がり、前歯はガチャガチャにへし折れ、顔は血塗れで青痰塗れ、目頭は腫れていて、悲惨な面構えであったが、結局最後まで、朦朧としてはいるが、恍惚とした表情は崩れなかった。

 

「はぁ…はぁ…どうだ、組むか?…私、と…」

 

「うん、君最高、一緒に色々と、面白い事しようよ」

 

「…これ、からは、退屈、させない、」

 

息も絶え絶えに、辛うじて絞り出した返答に、満足気に頷き、グルリと黒目は瞼に向かって飛び上がり、充血した白目を晒しながら、8世は気絶した。

 

「…はぁ…はぁ…無茶苦茶ヤバかった……もしコイツが昨日『今すぐ決闘しようよ!』とか抜かしていたら、負けていたのは…はぁ…私だった…」

 

薄暗い訓練場に、ポツリ、と荒い息と共に、独白が漏れた。

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