おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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『ウォッチメン』が好きです。


#12

ローズマリー・モーラ。3年生。愛称はマリー。

中間考査の順位は18位。

夜更けに寮を抜け出し、薄暗い夜道をしばらく歩いた。

最初は怖くて怖くて仕方なかった。こんな思いをするくらいなら、眠る様に楽に死にたいとすら思った。

が、最近はいよいよ慣れてしまった。

それでも夜道が怖くはあるので今でもなるべく早歩きではあるが、やっぱり遠いので、初めての時と同じく疾走する事はなくなった。

そうして、見慣れてしまったある酒場に着いた。

そこは不潔で、不衛生で、不道徳な雰囲気であって、女生徒が立ち寄るには不釣り合いな場所であったが、構わず扉を開けて、カウンタァの止まり木に腰掛けると、いつものように、幾らかの硬貨を渡しながら「水下さい」とだけ言って、そして懐から麻の布袋と本を取り出して、置いた。

店主は水を出した。布袋と本には特に触れなかった。

 

いつもと雰囲気が違ったので、軽く辺りを見回すと、店内の小さな舞台で、喜劇俳優が何やら冗句を言うようで、貧相で劣悪な客層は、しばし口を閉じ始めていて、一刻も早くここから抜け出したいマリーは、布袋と本をもう一度持ち上げてまた置いてみたが、やっぱりさっぱり誰も反応しなかった。

店主も、舞台の方に目線を向けていた。

 

「ここらで鉄板冗句をお一つ。ある男が療院を訪ねて、こう訴えた。『私の半生は悲惨の一言だ。もう人生になんの希望も持てないんだ。世間だってひどいものだ。先の見えない不安定な社会を、たった一人で生き抜く辛さがわかりますか?』医者はこう答えた。『簡単なことですよ。今夜、あの有名な道化師、パリアッチの興行がありますから、行ってきなさい。笑えば気分もよくなりますよ』突然、男は泣き崩れた。そして、こう言ったのさ」

 

ふと、オチが気になった。

 

「『先生…私がパリアッチなんです』…ってね」

 

下品なせせら笑いで場は満たされて、空き缶や空き瓶が四方八方から飛んだ。ごちゃごちゃとした野次の中には、何故か「死ね!」と叫んでいる輩すら居る。びっくりしたので、その輩を横目で見ると、焦点のあっていない目で、虚空を掻きながら、ブツブツと何かを言いながら、酒を口の端から溢しながら、笑い泣きしていた。

 

マリーはうんざりした。

 

肝心の喜劇俳優はそんな状況下でも態とらしい笑みを貼り付けて、何がしたいのか、飛んだり、跳ねたりして、時には投げつけられた空き瓶を掴んではそこいらに投げ返したり、曲芸としての小道具にしたりしていて、さっきまでの巧みで芝居がかった咄家とは思えない、猥褻だったり意味不明な言葉を叫びながら、しばらく舞台に留まった後、さっさと捌けた。

もしかしたら、この冗句を真面目に聴いていたのは自分だけかも知れないという錯覚と共に、()()の関係上とはいえこんな所に足を運んでいる自分がひどく惨めで情けなくなって、なんだかむしゃくしゃとして、モノでも投げつけてやろうか、と思った。

実を言う所、喜劇俳優が出し物にしていたそれは、何度も使い古された冗句であった。マリーもオチを聞いて、そういえば結構昔に食卓で父親がちょっとした小咄として話していた事を思い出した。

が、場の下品な雰囲気に充てられたのか、それとも初めて生で喜劇俳優が軽く演じながら話していたのを見たせいか、妙に新鮮で面白いと感じたので、この変わり果てた生活に少しだけ希望を見出し始めた。

そこに、床掃除を雑用の半亜人に命じた店主が、急に話しかけてきた。

 

「嬢ちゃん、麦酒、呑むか?」

 

「…私、未成年ですけど」

 

なるべく毅然とした態度で断ったつもりだったが、店主は動ずる事なく飄々としている。

 

「知るかよ、ここには血売り尻売り精液売りまで酒飲んでる屑の掃き溜めだ、ガキが酒飲んでるのなんか誰も興味ねぇ」

 

「はぁ?」

 

「いいか?お前はどうせ馬鹿だからここに嫌々来てるんだろう?事情なんかは知らねぇが、たぶん騙されたり脅されたりして、なんか汚いコトやってるかやらされてるんだろ?こっちも薄々勘づいてるんだ、だがな、それでもここに来てる以上は客なんだよお前も…白けた面でボッタクリ価格の水をチビチビ飲んでんのは構わねぇが、どうせお前も()()()()()なんだ……どうせ終わりなら、辛気臭い面でも酒呑んで騒いでも一緒なのさ」

 

「……麦酒の方が単価が高いからでしょ」

 

「…で、呑むか?」

 

「…うん」

 

「まいど」

 

置いておいた布袋は、いつの間にか消えていたが、気づく事なく朝方に帰った。

この2ヶ月後、彼女は自主退学した。

その頃にはもう()()()()は切れていたが、それでもここに足を運んでいたという。

 

 

 

 

学院内の図書館に或る本が、こっそりと増えた。

題名は、『オウェル王国における亜人及び半亜人貧民の子女が、その両親ならびに国家にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案』。

著者は書いていない。出版社名もだ。

だが、いつの間にか、図書館に置いてあった。

不思議な事に色々な棚に置いてあった。

司書に見せてみると、不思議そうな顔をして記録簿を漁るが、中途半端な記録ばかりで、やっぱり著者や出版社には繋がらなかった。

学院側はこの問題を重く受け止めた。

教員の中には軽く考える者や、なんなら内容に感銘を受けていた者さえ居たが、それでも厳重で厳格な対応を取った。

なぜならば、その内容が問題だったからである。

 

それは亜人及び半亜人貧民が数多くの子供を抱えて飢えるオウェル王国の窮状を見かねて、経済的な救済をもたらすと同時に人口抑制にも役立つ解決策の提案であった。

その提案とは、亜人及び半亜人貧民の赤子を1歳になるまで養育し、純人の富裕層に美味な食料として提供することである。

肉として販売すべき子供のおよその人数や食肉に適した年齢になるまでの養育費、販売価格、食肉の消費量予測などをも、具体的な数値を交えて詳細に見積もり、予測される様々な利点や社会的効果を列挙した上で、さらに料理の簡単な調理法や屍体の皮革の利用法についても言及している。その予測される波及効果は、魔術的な発展にも及ぶとされており、子供の肉体を隅から隅まで利用する事で、素材不足による研究の停滞が緩和されると共に、霊薬の治験による事故の回避とより精密な記録の採取など、主に療院の発展に大きく貢献する事ができる旨が書かれていた。

さらに、著者の見積もりによれば、生まれたばかりの赤子は母乳と残飯によって充分に育てることができ、1歳まで養育する経費は非常に格安と見られる。また健康な幼児の肉は極めて美味とされていることから、富裕層の美食の宴席に供することもできる。この方策によって貧民は所得を得ることができ、子供が間引かれるので養育費の重い負担もなくなる。食われる当の赤子も、堕胎や口減らしのための嬰児殺害の犠牲とならずにすみ、またどのみち生涯全体にわたり貧困や飢餓によって不幸な人生を送るのであるから、たとえ食われるためであっても1歳まで充分な養育を受けるので幸福であろう。国家にとっては貧民対策の負担という損失がなくなり、国家予算の増大が見込まれる。

 

残忍で、冷酷で、諷刺や皮肉の冗句の様な発想で、それにしてはあまりにも現実的で経済的で算術的で効率的であって、図表には最近に両議員会議内で発表された様々な統計が纏めてあって、まるで学術的な論文であった。

 

学院内の上層部と教育理事会は戦慄した。

この残酷な本は、人の正義を狂わすと感じた。

もし、仮に、この本に感銘を受け、民衆を扇動する先導者(カリスマ)が現れてしまえば、たちまちに人々は正義という名の暴力を、救済という名の虐殺を、自信満々に、如何にも『私たちが正しいのです』といった面で、貧民窟にぶつけるのだろう。

 

皆、思った。

私たちは自由なのだ、と。どんな思想を持っていたとしても、思想によって齎される行動が結界による魔法に反していなければ、尊重されるべき思想なのだ、と。

だが。

だがこれは、異常な程の結束主義(ファシズム)で、人種主義(レイシズム)で、人間至上主義(ユマニズム)だ。

理事会の中には、これに『()()()()()()』と名づける者も居た。

 

故に、割けるだけの人員と予算で対応した。

大広間での学年集会が行われた。

全ての教室で緊急的に持ち物検査が行われた。

著者と出版社に訴訟するために、学院内だけでなくあらゆる場所に行き、手掛かりを探した。

学会に出入りする思想的に問題のある学者や、外で出歩いていた普段の素行が悪い生徒にすら探りを入れた。

それでも、見つからなかった。

せめてこれを焚書し、規制しようと動き出した頃には、その本はどの棚からも、煙の様に消えてしまっていた。

 

理事会と教職員たちのほとんどは、怒りすら沸かずに、ただただ怯えていた。

計画的な犯行だ。それも我々を出し抜く程の。

少なくともただの悪戯では無い。

犯人の全貌や手掛かりさえ見えない。

何かが起きようとしている、と。

 

ただ、アリス・モンタギューだけは、万年筆をくるくると浮かせながら、貧乏ゆすりしながら、碌に進まない会議を眺めていた。

 

彼女だけが、確信している。

その本は、外に流れた。

いつの間にか、外に流れた。

それは、劇物であって、思想の狂化を促す異物だ。

それはもしかしたら、市立図書館の論文保管棚に最近の論文として、或いは本屋の最新の商品として、或いは誰かの書斎に新たに入った本として、いつの間にか、いつの間にか、人々の中にゆっくりと、混じり入っていく可能性があるのだ。

それが、外に流れた。

社会という思想や主義や主張の混沌に。

 

ふと、会議に参加した全ての人が、アリス・モンタギューを見て驚愕した。

彼女が初めてその化術を解いたのだ。

勿論老婆だった。皺と渇いた肌は枯れ木そのものだ。白髪が禿げてきている。

しかし、最も驚いた点はそこでは無かった。

いつも飄々としたその顔が義憤の炎で真っ赤になって、その気迫によって、皆彼女の顔がまるで陽炎の向こうにあるように、歪んで見えた。




『アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案』が好きです。
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