おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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#13

『奇数日会』。それは社交界(サロン)である。

50年程前からハンプティ・ダンプティ邸で催されるようになったそれは、毎月どこかの奇数日に不定期で集まり、様々な議題を話し合う場だ。招待された面子の中には学者や学生だけでなく医療従事者や芸術家、実業家、銀行家、民院議員や師院(二院制の内の一つ)議員の姿もあり、夕方の食卓で美食や美酒を楽しんだ後に、深夜まで談話室で各々議論し合うのだ。

その場にリーゼ・ポンパドール=ダックテイルとべアトリックス・セネルは、ハンプティ・ダンプティ8世に招待された。

 

或る机では、『日出国の河童(カッパ)なる亜人種によって独自に発展した文明について』の議論が交わされていた。

或る机では、『マンドラゴラの抽出液による副作用の無い嗜好品の研究開発についての是非』。

或る机では、『かの有名な小説家アーサー・ヘイスティングスによる新書、「今宵も月が哭いている」の読書感想会』

或る机では、『蒸気機関の開発と発展による魔力性資源を原動力とする機械的仕事の代替法』。

或る机では、『メイフラワ合州国による独立宣言に対する国際魔法連盟の対応について』。

或る机では、『人工的に錬成された代理的中枢神経の移植による白痴及び精神分裂症の治療法について』。

どれも知的で洗練された最先端の話題であって、参加する者は皆、教養に富んだ富裕層や中流階級ばかりであった。

 

そして、或る一つの長机に人が集っている。

中央には、夜会服の上に革の外套を羽織った女生徒が足を組んで煙草を喫んでいて、その隣には小綺麗な礼服を着た同じく女生徒が、そわそわとしながら行儀良く座っていた。

そして、彼女たちを囲う様に、礼服を着た少年少女や、白衣を着た青年や、洒落た礼服の中年や、背広を着た壮年が、葡萄酒の杯を片手に煙草や葉巻を喫んでいて、そこいら一帯はやや煙たくなっていた。

 

白衣の青年が口を開く。

 

「君の研究は、ウチの部署でも話題になっていたよ、『深刻な心的外傷治療の為の忘却水薬の一部改良による二重思考療法』、大変興味深い内容だったよ」

 

「ありがとうございます」

 

「おっと、忘れてた忘れてた、はいこれ名刺」

 

「どうも、…おや、魔術癒師さんなんですね」

 

「まぁね」

 

そうして、彼女は『繋がりを産む種』を衣嚢に仕舞い込んだ。

それを合図に、議論は開始された。

 

「従来の通り宣言的(エピソード)記憶そのものに干渉するのではなく、手続き記憶の一部である『観念』に干渉するのは、中々大胆な発想だ………だが…」

 

そこで、白衣の青年は少し態とらしく口を噤むが、目線で促されたので、続ける事にした。

 

「中央魔法院での面接試験でも答えていたが、何度考えてみても、やはり『観念干渉』は悪用の危険性が非常に高いと思うのだ、私が考えられる()()()()()は、君のその楽観的な予想を超えていると確信している、故に、此れについて君と議論したい」

 

「なるほど」

 

「なぁに、今後、君の研究が成功すると云う確信があるから、私はこうも慎重になっているのだ、何もケチをつけて君の熱意を削ごうという訳ではないよ」

 

飽くまで友好的で温和に議論を持ち掛けるが、彼女の観察眼は密かにその目の奥に確かな『侮り』を感じたらしく、相手にバレないくらいに眉を顰めたが、此方も飽くまで丁寧な口調で冷静に議論に乗った。

 

「では、まずその最悪の結末についてお聞かせ願えないでしょうか?」

 

「うーむ、その前に、君は…最近話題の所謂『有用なる私案』について、知っているかな?」

 

「はい、この前本屋の新書棚で見たことがあります、あの正式名称がやたら長ったらしい題名の論文でしょう?」

 

「あれがまさしく私が危惧する『最悪の結末』の鍵なのだよ」

 

彼は煙草を灰皿に押し付けて、葡萄酒を一口呑むと、咳払い一つ。

そこから立ち上がり、途端に弁舌に熱が入った。

 

「まず君の研究についての議論の前に、この私案自体の『利点と欠点の天秤』から整理しよう、後に必要となるからね」

 

お誂え向きに車輪付きの小さな黒板があったので、長机に座る者たちが全員見えやすい位置まで移動させた後、白墨でつらつらと利点の欄と欠点の欄が書かれた。

 

利点その1

医療の発展による人的資源の延命。

利点その2

食品産業や服飾産業の雇用の創出。

利点その3

国家予算の増大。

利点その4

新たな食文化の創出。

利点その5

貧困を原因とする犯罪の減少。

 

欠点その1

亜人及び半亜人及び亜人公民運動家からの著しい反発。

欠点その2

かつて鎮圧された反社会的組織『亜人解放戦線』の再熱の可能性。

欠点その3

『亜人解放戦線』の拡大による治安の悪化の可能性及び暴動の可能性。

欠点その4

国民の道徳的、倫理的な辟易。

 

黒板の文字は達筆で、誰もがそれだけでこの青年の素養に関心を抱いた。

 

「こうして見るに、我々純人とそれによって構成される組織や団体から見れば、一時の道徳や倫理の放棄によって、多くの利点が手に入るのだ、勿論暴動の可能性は多いにあるが、殆どの亜人や半亜人は魔術の素養がない労働者階級であるから、鎮圧出来る可能性は高い」

 

「だが暴動に対する嫌悪感が強い穏健派の政治家や亜人公民運動家たちは違う、大概が魔術師で高い教養を持っているし、暴力的でない方法で抵抗するだろう」

 

まだまだ続くその口は、他ならぬ議論相手の女生徒によって遮られた。

 

「なるほど、だがこの『二重思考療法』を悪用して政治家全体に波及させれば、亜人たちだけでなく穏健派の政治家や運動家たちの政治的な『観念』に干渉される事でそもそも暴動が起こらず、鎮圧の為の国家予算と人員の犠牲という代償を払わなくて済む、ということか」

 

結論を先に出されたので、彼は少しばかり不機嫌になってしまったが、同時に感心したように頷いた。

 

「…ふむ、私は()()()()()()()()()()()()()、確かに今聞く限り、これの私の研究と合わされば、国家という機関が国民の自由意志すら制御し得る強力な権能になってしまうな」

 

「しかも、それだけではない」

 

男はあまりに熱が入ってきたので、とうとう白衣を脱いだ。

 

「もしこれによって亜人以外の国民の『観念』が統一されれば、我々は国民共同体となり、全ての思想が統一される事で、憲法が保障した思想や思考の自由が、実質的に廃れてしまうのだ」

 

「全ての人間が一つの大きな意志の根塊に従属する、ということか」

 

「私はこれでも自由主義者で資本主義者で競争主義者だ、正直そんな事になってしまえば、私は自殺するだろうさ」

 

「そうですか?私はある意味では理想の国家が出来上がる気がするのですが」

 

「ほう……うーむ、ここからは互いに妥協できぬ信念(イデオロギー)の闘いになるな、では第三者に聞いてみよう、セネル君、君もこの研究に参加するそうだが、君自身の意見が聞きたい、生憎面接試験は代表者のみしか出席しない決まりだからね、私は君とも話してみたかったのだ」

 

「えっ!…リゼさんじゃなくて、わ、私ですか?」

 

唐突に話を振られたべアトリックス・セネルは狼狽したが、軽く思案した後、ゆっくりと、辿々しくも、しっかりと意見を述べた。

 

「私は、この私案が実際に施行される事には反対です、そして『二重思考療法』は、更なる慎重さを以って厳重に管理する必要があると思います」

 

「ほう、その心は?」

 

「先ずこの私案についてですが、やはり亜人の肉を食べるのは食人嗜好(カニバリズム)であると思うので、道徳的な規範を逸脱すると思います、それに、私は例え異なる文化を持つ人種であったとしても、出来る限り尊重し合い共存し、弾圧や差別は断じて慎むべきだと思います」

 

「青い程の理想論だが、悪くない」

 

「私もそう思います」

 

何故かリーゼも同調した。

調子が狂いそうになったが、耐えた。

 

「そして『二重思考療法』ですが、確かに悪用された際の危険性は非常に高いですが、それでも被害者の精神が回復し、咎人が正しく魔法の下で裁かれるのなら、いっそ全てを捨ててしまうよりも、正しく扱う方法を皆で考えたら方がいいと思いました」

 

「国民の全員が君であればねぇ…」

 

「私もそう思います」

 

セネルの声と言葉と態度には、どうやら論客の荒立つ心を宥め、和ませる効果があった。

 

 

 

 

その後も何度か議論を交わした論客の両者は、結論こそ平行線であったが、互いの教養を認め合い、「これもまた得難い見聞であった」、と言いながら握手を交わした。

白衣の青年だけでなく、様々な論客とも議論を重ね、丁度、午後12時に長針と短針が重なる頃、今日の『奇数日会』はお開きとなった。

 

帰り道、リーゼは衣嚢に入った論戦の際に貰った相手の名刺を眺めながら、手帳に全員の名前と職業を書いた。

すると突然、話しかけられた。

 

「あの〜研究を本格的に始める前にさ、良かったら喫茶店でお茶しない?今週末とかに」

 

「奢らないぞ」

 

「いや、別にそんな期待をしていた訳じゃ」

 

思いっきり真に受けている様子を見て、慌てて訂正による弁明をしようとしたが、

 

「いや、冗句だ……冗句でも無いな、うん」

 

やっぱり気まずそうに自己完結した。

セネルは今日で初めて、上半期を共に過ごした友人の唯一の弱点を見つけた。

 

「ちょっと、意外だね」

 

「私は表情が硬いらしいから、たまに冗句を言うのだが、大体上手くいかないんだ、今日の『奇数日会』でも、私と話す奴は皆ほぼ鉄面皮だったしな、あーあ、スベりたくないのにな、恥ずかしい」

 

「だったら、私のちょっと恥ずかしい趣味を教えてあげる」

 

悪戯っぽく微笑んで、少し背伸びをして端正だがまだ子どもっぽい顔を耳元に近づけた。

すると、途端に何かを閃いた顔をした。

 

「あっ…やっぱ喫茶店で言うことにする、まだ「絶対行く」って言ってないし」

 

「絶対行く」

 

「返事が早い」

 

あまりに早い返答に驚いたんでギョッとしてしまったが、それだけ自分の趣味に関心があるのだ、と彼女は思ったので、何だか嬉しくなった。

今度はリーゼから話を切り出した。

 

「そういえば、そもそも何で私にそんな恥ずかしい趣味ってやらを告白するんだ?」

 

「だって、リゼだけ恥ずかしい思いするのは公平(フェア)じゃないと思って」

 

そう、はにかむ姿を見て、リーゼは彼女との間に熱い友情を感じた。

それからの帰り道は殆ど無言だったが、居心地は良かった。




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