おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した! 作:ギブソン・ガール
ガーヴェニー区13丁目7番通りの路地裏を更に進んだその先には、ドブ川と、廃工場の跡地。
廃材、端材があちこちに投げ捨てられていて、コンクリィトで出来た屋根には穴が空いていて、壁も柱も所々崩れている。
誰もが見捨てた工場の跡は、未だこの地に縛り付けられたままであった。
そして現在、凄惨な有様になっていた。
そこには、艶の無いガサガサの長髪をした少女が1人、倒れ伏す半亜人の少年が2人、しゃがみ込んだ少年が1人、座り込む服を破かれた少女が1人。
5人の少年少女が居た。
倒れ伏す少年たちの顔には、酷い熱傷があって、焼け爛れていて、口から泡を吐きながら、倒れ伏しながらジタバタとしていて、羽根を捥がれた羽虫が如く、ただ地べたに転がっていた。
しゃがみ込んだ少年と、あられもない姿の少女は、息を荒くしたまま、目の前の長髪の少女に怯えていた。
「西ガーヴェニー幼年亜人学校5年生、半
長髪の少女が、倒れ伏す彼らに一声かけてから、痛ぶった。
熱傷で覆われた顔を、痛ぶった。
羽根の無い虫を痛ぶった。
具体的に説明すると、そこらの硝子の破片で太腿や背中を滅多刺しにした。あえて魔術を行使せずに、だ。
「…はぁ…はぁ……」
ギヨームとフィリップは、微かに息をしているが、次第に脈は弱く薄くなってきているので、長髪の少女は、懐から試験管に入った何かしらの
「おっと、勝手に逝きかけんな
水薬によって、その熱傷と裂傷は瞬く間に
それを、見たまんまに喩えるのなら、肉塊であった。
彼らの顔はまるで、醜く蠢く肉塊であった。
「ど……どうして…こんな…?」
「意外な質問やね、北ガーヴェニー区幼年学校5年生、コリー君」
「……ぼ、ぼくの……な、まえ…」
「ビビらんでええんやでぇ、ルーシー姉ちゃんは君と、君のお友達の味方なんやからなぁ」
ルーシーと名乗った少女は、そう言って微笑みを浮かべてみせるも、やっぱりどうしても不気味だった。
何故なら、長髪の少女のその顔は、クッキリとした隈があって、瞳は虚で闇夜を彷彿とさせる程真っ黒で、頬骨がハッキリしていて、窶れていて、肌には水気もハリも艶も無かったからである。
それから、ギョロリとした目が横に泳ぐと、徐に、ルーシーは紅色の
「君、寒そうやね、先に帰りな」
「え…あっ……えっ…」
少女は、バレバレの目配せをした。
「ん?コリー君なら後で、ちゃんと姉ちゃんが家まで帰したる」
「…コ…ッ…コーちゃんに、な、な、なにかを、何かをする、するん、……ですか?」
その少女は立った。その足で自ら立った。
声は震えていた。脚もみっともなく震えていた。
それでも少女は立った、他ならぬコリーという少年の為に立ち上がった。
「だからビビらんでええって、ただちょーっとお話しするだけやって」
「…アリー、帰って」
それは唐突な、震えを押し殺した少年の声だった。
「……っ…」
「先に帰って、身体を拭いて、ご飯食べるんだ……ぼくも、すぐ後で帰るから…ね?お姉さん」
怯えながらも気丈に振る舞う目を見た。
故に。
パチパチパチパチ。
拍手が木霊した。閑散とした場に木霊した。
この場に似合わない、拍手の音が奏でられた。
「感動した!コリー君、ええやん、ウチ、君みたいな子、好きよ」
「大丈夫だから……お願い、アーちゃん、帰って」
「……う、うん」
アリーと呼ばれた少女は、踵を返して、何度も何度も振り返りながら、その場を去った。
ルーシーは、コリーを雨が当たらない所に、火炎術の紋章手巾と共に置いた。
手巾は忽ち燃え上がって、焚火の役割を担い、雨粒で冷えた身体を温めてくれた。
お礼を言おうと火から目線を外すと、もう既に少し離れていて、半亜人の少年たちの喉仏や鳩尾や睾丸を何度も何度も蹴りまくっていた。
「死ね!ボケ!カス!クソ!テメェら!みてぇな!社会の!屑の!労働歯車未満の!タンカス野郎共が!のうのうと!生きとんちゃうぞ!死ね!はよ死ね!人間に!楯突こうなんざ!このっ!このっ!犯罪者が!悪党が!チンピラ!ゴロツキ!ゴミが!くたばれコラッ!…はぁーっ……はぁーっ……畜生!鬼畜生がよ!はよ死ね!はよ死ね!」
そう、執拗に蹴りまくっていた。蹴りまくって息切れすれば、一度息を整えてから、また蹴りまくった。そうやって力いっぱいに蹴ったことで剥き出しになった歯は、かなり黄ばんでいて、汚かった。
「テメェらのその、しこたま人間様の女子供犯してすっきりしてきた腐れ睾丸面、すっかり蟹足腫でぶくぶくになって、むっちゃオモロいで、性病患者みてぇでなぁ…こりゃ爆笑もんですわ、ふひっひひひ………はぁ、以上、君が盗んで脅して犯して嬲ってきた者たちの代弁者でした、ほな、さいなら」
嘲る私刑人の暴虐の嵐は、悪意と殺意に満ち満ちていて、偏執的で猟奇的な狂気ですらあって、それでも、何故かその奥の奥に悲しみだとか、虚しさのような、どこか空っぽで無感情な情感を、側から見て感じ取った。
勿論、それを口に出さなかった。
口に出せなかった、という方が正しいのかもしれないが。
「お、お姉さん…」
「激しく、すっきり」
そう言って唾を蟹足腫だらけの顔に吐きかけた後、そこいらの廃材に腰掛けて、また懐から、今度は試験管を取り出して、トドメとばかりに彼らに向かって投げつけると、硝子が割れて、水薬が漏れ出て、当てられた部分は徐々に壊疽が広がっていった。辺りには腐臭が漂い、蠢きから生まれる擦る音も相まって、気色の悪い悪魔みたいであった。
「っ………」
息を呑むコリーをどこか微笑ましそうに見つめた後、煙草を取り出して、火をつけて、顎に手を乗せて、喋り始めた。
「ちなみに、ウチは間に合ったんか?」
彼は一瞬その意味が分からなかったが、直ぐに合点がいった。
「…はい、ぼくはちょっと殴られましたけど、アーちゃ…アリーは…ただ服を破られただけです…」
「おぉ、良かった良かった」
紫煙を喫みながら、ケラケラとしているその姿は、どこか浮世離れしている。
コリーは、その真っ黒な視線で続きを促されたので、事のあらましを話した。
2歳の頃、両親を亡くした事。
物心ついた頃から小さな孤児院で暮らしていた事。
アリーとは、そこで共に育った幼馴染である事。
6歳になって、同じ幼年学校に通うようになった事。
2人共、幼年学校の寮に上手く馴染めず、いつも一緒だった事。
たまたま近所の路地裏で見かけた野良猫を、彼女と共に世話した事。
急に野良猫が行方不明になった事。
捜索のために無謀にも、遠出をしてしまった事。
そして、路地裏の奥へ奥へと迷い込んでしまった事。
吸い殻が2、3本程、床に落ちる頃、とっくに生き絶えていた半亜人の少年たちは、その肉体がグズグズになって、雨に流され始め、地面の土に食い込んで、染み込んで、直に消えてしまいそうだった。
コリーは初めて死体を、そして無情にも溶けていく凄惨な有様を目にしたが、意外にも恐怖だとか、焦燥だとか、逆に爽快感だとかは感じなかった。
「大衆浴場、行くか?」
またも唐突に、今度はさっきとは打って変わって穏やかな口調で、なんなら頭を撫でながら、そう問いかけられた。
「えっ…」
「お姉ちゃんの奢りやで」
目の前の女は、確かに殺人者だ。
倒れ伏す半亜人の少年たちを滅多刺しにして、蹴りまくった。
だが、今はどうだ。
目の奥には確かな優しさを感じた。
だからこそ、少年の頭と心は混乱した。
「……行きます」
ただ、温まりたかった。
火だけじゃ、まだ寒かった。
それだけの理由で、彼女に付いて行く事にした。
そのしばらく数日後、コリーは自主退学した。
そして、消息不明になった。
アリーは、幼馴染をいつの間にか失った。
探しに行きたかったが、彼女にはもう、路地裏にもう一度足を踏み入れる勇気がなかった。
◆
正午。喫茶店。店名『ポポレ』
店内の蓄音機のレコォドからは、耳心地良い音楽が流れ、木目の机や椅子はどこか温かみを感じさせる。
そして、紅茶に砂糖と牛乳を入れる女生徒、ベディと、珈琲を飲みながら煙草を喫む女生徒、リーゼ。
二人は、それはそれは楽しそうにおしゃべりしていた。
「それでね、それでね、お母様ったら私が書いた詩を見て、『貴女は将来凄い詩人になれるわね』って舞い上がっちゃってね、それがとにかく恥ずかしくって」
「いいお母様じゃないか、それに、君のその秘密の詩ってやら、うん、やっぱり良い出来だよ、名作ってやつだ」
彼女の秘密の趣味である詩について話してからは、いつもより饒舌に他愛無い話を喋り倒すベディに、リーゼはただ微笑むだけであった。
雑談がひと段落して、しばらく音楽に耳を傾けたり、窓から見える木漏れ日をぼんやりと眺めていると、不意にリーゼが口を開いた。
「なぁ、ベディは将来、何になりたいんだ?…やっぱり、詩人か?」
「うーん、迷ってるの、詩人になりたいけれど、やっぱり療術師さんにもなりたいし…」
「…詩なら、働きながらでもどこかの雑誌に寄稿したり、誰かと同人雑誌なんてやれるんじゃないか?」
「私、一点集中型だから、両立なんてできないよ」
自信なさげに俯いた頬に、冷たい、ゴツゴツとした、無骨な手が添えられた。
身を乗り出して、柔らかな顔を少しばかり強引に引き上げて、じっくりと目を合わせられたので、なんだか胸が熱くなっていると、いつもよりも、熱の入った、淡白で無い声色で、こう言った。
「いいか?…夢を見るんだ、それが一番人生で大事な事だ、その夢ってのは別に幾つあっても良い、もっとがむしゃらに何でもかんでもやってみていいと思うよ」
「…そうかな」
「君は勤勉だし、真面目だし、素晴らしい娘じゃないか、君が頑張るなら、私も力になりたい」
「あ…っ…ふ、ふふ…ありがとう…っ」
少しだけ涙を溜めて、やっぱり照れ臭くなって、それでもちゃんと笑って、感謝を告げた。
ベディは、気がつけばもうすっかり、リーゼに夢中になっていた。
彼女は強く、正しく、優しく、故に人を導く力があると信じた。
否、心酔した。
つまり、もう戻っては来れない段階であった。
「…ぇえっと……そ、そういえば!リーゼは将来の進路とか!考えてるの!?」
「相変わらず話題を変えるのがヘタだな、…まぁ考えているさ」
「教えて教えて!」
「主相」
ベディは、ぽかーん、としてしまった。
そのちょっと間抜けな表情がツボに入ってしまったのか、リーゼは咽せた。更にそれは丁度煙草を吸っていた時だったので、何度も咳き込んでは、煙が目に染みて、少しだけ涙目になっていた。
「だ、大丈夫!?」
「あははっ!何だよその顔!…っく…くくっ……ズルいってそんなの…っくく…っははは…!あー、久しぶりに本気で笑ったな…っくく」
「そ、そんなにヘンテコな顔してた?」
「してた、ぽかーんってしてた、かなり可愛かった…っくくく…」
この時、初めて心の底から、腹を抱えて笑っている姿を見た時、胸の中に、多幸感と高揚感が溢れていた。
自分が心酔している友が、恐らく
「…オホン!それ以上淑女に恥をかかせないでくださいまし!」
「…オホン!おおう、こりゃあ失礼しました」
ふざけて芝居がかってみると、思ったよりも景気の良い返事が帰ってきた。
これもまた、自分
「ちなみに、もし主相になったら、オウェル王国じゃ、たぶん歴代で唯一の女性主相なんじゃない?」
「悔しいが15年前に先を越された、つまり2番目だな」
「でも、もしなれたらそれでも凄いよ!ねぇねぇ、何で主相になりたいの?」
気軽な問いかけに対し、一見、おちゃらける様に、しかし、目の奥にはギラギラとした決意と意志を滾らせて、こう答えた。
「この国を救いたいからさ」
そう言って、不敵な笑みのまま、とっくに冷めた珈琲を啜った。
批評が、欲しいのよ。