おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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#15

下半期の中頃、そろそろ期末考査が迫り始めている。

ルーシーの研究室に、リーゼが有志研究の合間を縫って来ていた。

いつもの様に消息子を飲み込んで寝台に寝転がり、胆汁を採取した後、刺青紋章の点検や胆汁の解析をはじめとした、いつもの定期健診が行われた。

そうして必須事項が終了するや否や、大理石で造られた大きくて瀟洒な灰皿が机に置かれて、木箱に入った煙草を取り出して、すぐにスパスパと喫みだした。

それからちょっとして、胆汁の保存が完了したのか、ルーシーが煙草を咥えて、灰皿に近寄った。

 

「ほい、今月の売上と実験記録」

 

それだけ言って机にこの前よりも多い即日支払用紋章券と、その帳簿と、用紙に纏められた紙束を雑に置いて、火をつけた。

リーゼはそれらをぼんやりと眺めながら、ペラペラと頁を捲ったりしながら、もう一本、煙草に火をつけた。

灰皿には吸い殻が山盛りで、乾いた独特の匂いばかりだった。

 

「ほう、やはり『観念干渉』は便利だな、紙幣で買った私兵が幾らでも死兵になるし」

 

「えらい韻踏んで、詩的やな」

 

「今のいいな、ベディに教えよ」

 

「変則的な惚気」

 

軽口を叩き合って、煙草はもくもくと、紫煙を上げる。

頁を捲る音と、カチャカチャと実験器具を点検している音が暫く続いた後、ふと思い出したように言った。

 

「そういえば、そろそろ学園長が重い腰をあげた」

 

「あれま、ほな、あんましデッカい事できんやん」

 

口調は大袈裟でも、しれっと実験器具を点検する手を止めなかった。それを横目につまらなさそうにしながら続ける。

 

「少なくとも今までみたいに、学院内で誰かをボコボコにしたり、契約書を書かせたり、本を忍ばせたり、眼光灯を弄れんな」

 

「良かったぁ〜安牌ばっか切っといて」

 

「なんだそれ?」

 

「業界用語」

 

「はぁ?」

 

やっぱり軽口ばかりに見えるが、これでも2人は結構事態を深刻に受け止めていた。

暫く各々好きにした後、彼女たちは現在進行している活動(タスク)を、黒板に書きまとめて整理した。

 

《リーゼ》

()()()()

・有志研究

・奇数日会の参加

・伝手集め

 

()()()()

・敵の排除・抹殺

・『計画』の進行

 

《ルーシー》

()()()()

・個人研究

・私兵集め

・金策

・偵察

 

()()()()

・私兵集め

・取引

・リーゼの健診

・偽装工作

・禁薬開発

 

《卵くん8世》

・奇数日会の開催

・資格取得

・取り巻き作り

 

《ベディ》

・かわいい

 

唐突に、溜め息と共に、ルーシーが愚痴をこぼした。一番下の項目は普通に無視した。

 

「多ない?ウチだけ」

 

「そりゃあ有能な奴には多くの仕事を任せるものだろうが」

 

「はぁ〜とんだ指導者様でっせ」

 

おざなりに応えた後、空いた机にまた器具だの帳面だのを、色々と雑多に並べて、黒板を裏返して数式と図を書き出した。

 

「お前さんの黒胆汁と王水の反応、最高やったで、まさか結界に引っかからずに人溶かせると思わんかったわ、人間辞めてる人間の素材を好きなだけ弄り回せるのは、やっぱ最高やな」

 

灰皿の近くに、付箋付きの硝子瓶が無駄に几帳面に置かれた。付箋には色々と効能が端的に書かれていて、しばらく確認していた。

 

「それで、『観念干渉霊薬』は?更にどうなった?」

 

「最高、変幻自在に調整可能、…経過発表の捏造ちゃんとしときや、バレたら確定で禁薬指定からの実験監督からの、国営霊薬会社に缶詰めですわ」

 

「うわっ、想像したくもない」

 

そう棒読みで呟いた後、煙草を灰皿に押し付けて、また一本吸い出して、それから携帯していた鞄から数冊の仮製本を取り出して、その内の一冊を差し出した。

 

「なんそれ?」

 

「聖書」

 

「……中央正教会とかが認定してる、公式の神竜教の聖書ちゃうよな?」

 

因みに、『神竜教』とは、オウェル王国の国教である。

『神竜』という唯一神を信仰し、その『神竜』が言い残したとされる教義を厳守する事で、死後に永遠の楽園である『天竜界』に転生することができる、というのが大まかな概要である。

オウェル王国が建国される前からこの大陸に根付いている伝統的な宗教の一つであり、周辺国でもこの神竜教を国教としている国も多い。

その歴史的背景から数多くの宗派や聖書があり、中央正教会が主張する口伝派(竜言派)や西方教会が主張する原典派(竜書派)などは日夜考古学的、人文学的、歴史的、地理的背景などからの観点から様々な論争が繰り広げられている。

神竜教によって定められた祝日や祭典、道徳観、倫理観、礼儀などは国民の生活に浸透し、それだけでなく、慈善事業、観光事業、教育、食文化などにも絶大な影響力を持つ。

 

ルーシーは勿論、本心では無宗教なのだが、語学学校に通っていた頃にこの国教がオウェル王国において非常に重要視されている事を習ったので、『それほど敬虔では無いが神竜教である』と装っている。なお、これはリーゼも同様である。

 

「新興宗教だからな」

 

「ほぉ〜ん………なんか分厚ない?」

 

仮製本の題名は『聖人教』。

開いてみると、何だか堅っ苦しい文体で、少しげんなりとしてしまいそうになるが、どうにも、にやけ面が横目にチラチラ映るので、仕方なしに読み進める。

 

内容は要するにこうだ。

 

聖人教は、『エルヴィス・クロウ』という、かつて神竜に仕えたとされる聖人を救い主(メシア)と信じる新興宗教であり、自らを聖人教徒と呼ぶすべての人々を包含するものである(厳密に説明すれば聖人教は神竜教からの派生宗教という分類になる)。聖人教内には複数の教派、教団、組織、信条が存在しておらず、全て統一されている。聖人教は普遍的な宗教(世界宗教)であり、特定の民族や純人種あるいは限定された身分や社会階層のためのものではなく、すべての()()()に向けられたものである。

 

なお純人種とは、現在の国際魔法連盟に加盟している国の最も主要な(つまり、上流階級)人種の事であり、オウェル人、イースタシア人、イングック人、ウーラシア人、華国人、日出人の純血またはその混血の事である。

 

この聖人教は、純人種のみが神竜の寵愛対象であり、唯一、魂を持つ、神竜による選ばれし民として、他の亜人種から優先され隔離されるべきであり、他の亜人種は永遠に『天竜界』に転生できず、生まれつき咎と悪を背負った劣等民族であるために、死後は完全に物質世界的にも精神世界的にも消滅する、と主張する。

 

祭日や祭典などは、『神竜教』から流用されているが、祭典の参加資格に亜人種は含まれていない。

更に、亜人種による民院選挙や師院選挙の投票権、立候補権を与えてはならない、とも書かれていた。

 

因みに亜人種とは、つまり純人種以外、耳長族(エルフ)黒耳長族(ダーク・エルフ)小鬼族(ゴブリン)豚鬼族(オーク)、妖人種(河童や鬼など)達の事である。

 

「はぇ〜ヤバい宗派やな、何処の思想家の輩が考えたん?それともボロ教会の聖職者様か?」

 

「自分で考えた」

 

「は?」

 

「いや、だから自分で書いた」

 

「……これを?」

 

「これを」

 

「お前、この前の『有用なる私案』といい、本書きすぎやろ、売れっ子作家か」

 

「結構頑張って聖書の文体を真似て書いた、馬鹿と阿呆は大抵敬虔じゃないから、この程度の『偽典』でも簡単に信じ込んじまう、こんなもん、半分同人雑誌みたいなもんなのにな」

 

そう言いながら仮製本をヒラヒラとして振ってみせるその戯けた仕草に、ドン引きしたが、同時に、これは今後の()()を大きく進行させる起爆剤である事には変わりないので、とりあえず、煙草をもう一本吸って、急に見せつけられたブッ飛んだ思想によって構築された代物から、目を逸らして紫煙に耽る事にした。

 

 

 

 

西ガーヴェニー区工業地帯にある廃教会。

そこには何故か、純人種の子どもたちが大勢暮らしていた。

年齢は様々で、中には既に工場等で働いていたり、少年用職業訓練校に通っている子ども達もいたが、大抵は、幼年学校の生徒くらいの、児童ほどの年齢だった。

ほぼほぼ、赤ん坊に等しい子どもすらも居た。

 

皆、虐待から逃れた者だったり、捨てられた落胤だったり、事故や事件によって死亡したがために両親が居らず、幼年学校を中退したり、そもそも入学できなかったりした、訳ありの子ども達である。

 

彼らは本来であれば、行政による救済処置の対象である。孤児院や児童保護施設にて保護される対象である。

 

しかし、彼らは保護されない。

 

何故なら、彼らは皆、書類上は()()()()()()にて保護されている。更に、その孤児院に定期的に訪問する職務を与えられた職員は、何故か彼らがそこでどう暮らしているか、について捏造した書類を提出しているからである。

ちなみにその職員は、最近になって急に羽振りが良くなったらしいが、これは余談である。

 

そんな廃協会には、ある一人の少女が、不定期に訪れる。

子ども達は皆、彼女を『姉貴』と言って慕っている。口調こそ砕けていて、中には揶揄ったり悪戯を仕掛けてくる子もいるが、やはり皆、彼女を慕っている。

ある日、『姉貴』は、とある『本』を、2冊持ってきた。

 

ここで暮らす子どもの一人、クラン・クラックスは、師院議員の一族であるクラックス家の落胤である。彼の父クー・クラックスが彼の母であるとある女中を孕ました事で産まれた子。その存在は母の解雇によって、闇に葬られた。

その為彼は自身の苗字である筈の『クラックス』を名乗れない。勿論、戸籍の書類上は『クラン』という個人名のみである。

幼少期から自身の生まれについて、強い心的複合体(コンプレックス)を持っていた彼は、社交と娯楽が嫌いで、神経質で、上昇志向が強く、父に対する憎悪と復讐心があり、内心では他の子ども達を見下しているが為に孤立気味であり、そして、学問に対して貪欲であった。

 

故に、彼はその本について、尋ねた。彼は読書が好きだったからである。

それに対して『姉貴』は嬉しそうに、にこりと微笑んで、彼の頭を撫でた後、この本について語り出した。それはそれは饒舌に語った。

 

そうして彼は、()()()()()()()()




30話で話を畳むつもりでしたが、無理そうです。

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