おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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賃労働はクソ(マルクス並感)。


#16

1984年10月13日。雨。

コバックス州セイラムン市アビィゲイル区の住宅街で、1人の男が死んだ。

男の名は、『ウォルター・ブレイク』。

彼は、5年前に結成された『亜人解放戦線』による非合法的政治運動を事前に阻止した、元暴動鎮圧機動隊の部隊長であり、現役を退いた後に師院議員に立候補し見事当選した男である。

 

最終学歴は、王国立アバー=ガーヴェニー高等魔法学院を5年生で卒業。

因みに、この学院の学位制度は、3年生での卒業が研師卒で、5年生での卒業が修師卒、7年生での卒業が術師卒と、それぞれ学位が分かれており、3年生以降は2年おきに卒業と進級を選択できる。

 

修師として卒業した後は国内保全執行局に入局、学生時代に決闘倶楽部に所属し、福部長として務めた経験や、器械体操の大会に選出される程の、強健な身体能力を買われ、暴動鎮圧機動隊に配属された。

若くから機動隊員として着実に功績を残し、それでもなお驕り高ぶらない彼の性根は、尊敬を集めた。

この時期から既に政治に対する興味を持ち、頻繁に図書館や書店に通うようになり、非番の日も欠かさず勉学に励んだ。

 

趣味は煙草、演劇鑑賞、随筆(エッセイ)の執筆。

特に演劇鑑賞は幼少期からの趣味であり、非番の日の自習の気晴らしに劇場に足を運んでは駆け出しの俳優や女優に食事を奢ってやったり、私金で劇団の運営を援助したりと、演劇を好み発展を願うその並々ならぬ情熱は、多くの人々を勇気付けた。

また、彼の書いた随筆は、何本か出版社によって売り出され、上流階級や中流階級の間で、それなりに話題になった。

公の場では、真っ直ぐで強靭な信念を持ち、毅然とした厳格な態度を崩さなかったが故に、『師院の巌』の異名が付けられ、議会中に白熱した質疑応答が新聞に掲載される事もあった。

 

彼の政治的信念(イデオロギー)は、保守派。復古主義者である。

更に付け加えると、彼は敬虔な神竜教の教徒で、聖書の内容を殆ど暗記していた。移民や亜人種達の伝統的な慣習や土着信仰を異教又は邪教と解釈している為、人種分離主義的な意見も持っていた。

 

そんな男が、死んだ。

享年53歳。独身。

命日の10月13日は、彼の誕生日でもあった。

彼の友人達は、突然の訃報に驚愕し、そして悲しみに暮れた。

遺体は、私営集合住宅近くにある自然公園内の、森林の中で、まるで首吊り自殺のように、縄で首を括られてあった。

 

遺体は複数回の執拗なまでの殴打によって原形を留めておらず、司法解剖によって検出された魔素反応から、犯行の直前まで魔力的毒劇物(禁術指定された、所謂禁薬)による複数の離脱症状が確認された。

 

遺体の近くには、置き手紙があった。

そこには、教養を感じさせない蚓が這った様な、金釘流の伝言が書かれていた。

 

『これは、崇高なる復讐である。これは、聖なる闘争である。我ら亜人解放戦線は、我々の人権と自由が合法的に保障されない限り、傲慢にして悪辣なる全ての純人種に報復する。これは、虐げられた全ての亜人種の総意である。』

 

この犯行声明を受けて、オウェル王国の国内保全執行局は、規格外的な捜査本部を設置し、全国内各地に捜査支部が設立された。

 

ガバー市、国家の中央であり数多くの要人が住むこの土地も同様である。

 

 

 

 

学生寮。自室。

今朝の新聞を読んだ。

『ブレイク議員の死』の報道が主であった。

世論が、純人種たちの、亜人解放戦線に対する怒りが渦巻いている。

記者の質問に対し、殆どの人が『法の下で厳罰』される事を望んでいて、中には亜人に対する義憤のあまりに、なかなか過激で排他的な回答すらあった。

 

有志研究の進捗も順調、下半期の講義も一度だけ出席すればやはり、免除となったので、とにかく暇な時間を過ごした。つまり、それだけ自由に色々と行動が出来た。

 

一人でほくそ笑んで、図書館で様々な哲学書を借りて鞄に詰めた後に、『とある本』を読んでいると、不意に、話しかけられた。

 

「アンタ、ポンパドールか?」

 

少年であった。

目金をしていて、黒い長髪で、肌は褐色であって、痩せぎすで神経質そうな、しかし、端正な面構えであった。

 

「如何にも」

 

なんとも無い様な顔をして、返答すると、益々顔を強ばらせる。

 

「…何故、その『本』がここにある?何処で見つけた」

 

「この『本』に興味があるのか?」

 

「いいから答えろ」

 

予想通りの、簡潔な詰問。

実は、この男の素性や性格や思想を、()()()()()()()

だが、初対面である。

そう、彼は俺の真実を知らない。そして、俺の思惑も思想も分からない。

目の前には、鉄面皮の男。身体つきは細身だが確かに筋肉質で、張り詰めた鋭い眼光と突き出た喉仏から発する低い声。

だが、怖くない。ちっとも威圧されないのだ。

 

「なんだか長い話になりそうだな、君の名前は?」

 

「そんなことはどうでもいい!早くその…『有用なる私案』が何処にあったのか!質問に答えろ!」

 

「そう吠える事はないだろ?それとも、そんなにこの本が、君にとって大きな物なのか?」

 

飄々と、凪が如き態度に対して、募る苛立ちによって歪む顔貌。

愉快だ。歪む顔が精悍で端正である程。

もう少し遊んでやりたかったが、目の色に疑心が宿る前に、こっちからご案内してやることにした。

 

「まぁいい、この本は書店で見つけた、欲しいなら案内しよう」

 

「断る、場所さえ言ってくればいい」

 

「そうか…ちょっと待て、今手記に案内図を書いてやる」

 

手記の一頁を破って、簡素な案内図と書店名を書いてやると、引っ手繰る様にそれを手に取って、礼も言わず、強張った顔のまま、肩を怒らせて、早歩きで帰って行った。

 

彼は、振り向かなかった。

故に、俺の弧を描いた口元が見えなかった。

 

 

 

 

1984年10月20日。曇天。

つまり、『ブレイク議員の死』から一週間後。

ベイリング州アバー市ガーヴェニー区で、1人の女が死んだ。

女の名は、『メリッサ』。苗字は無い。

彼女は耳長族(エルフ)で、娼館で働いていた。

 

最終学歴は、北ガーヴェニー亜人幼年学校を4年生時に中退。自主退学であり、届出理由は成績不振による原級留置と家計の悪化だった。

 

中退後は缶詰工場の包装係として働くも、経営不振による人員整理によって解雇。収入が無くなり、仕事を探す合間は両親の元で過ごすも、再就職の目処が立たず次第に家族関係に軋轢が生じ、最終的に肉体的な虐待にまで発展してしまった。

その後は虐待から逃れる為に両親の貯金の半分を持ち逃げしカサオ市西ナミナ区に移住、大規模な娼館に就職し安定した収入を得たが、私生活では幾度となく恋仲となった男達に裏切られ、それを原因に精神疾患を患う。

尚、この頃から複数の魔薬を娼館の利用客経由で購入しており、それらを元恋人に融通したり、反社会組織相手に売却したりと、非合法的な活動を始めるも、捜査支部に『魔薬売買並びに所持』の容疑で逮捕され、禁術師及び法違反者収容所に収監される。

 

刑期を終え出所する頃にはかつて勤めていた娼館は事業縮小しており、彼女は再就職を希望するも却下された。

暫く雑務の日雇い労働者をした後に、公共便所の清掃員として雇われるも、勤務中に公園に屯していた不良少年から暴行(性的な暴行も含む)を受け、心的外傷精神障害を発症し、清掃員を自主退職する。

 

退職後はガーヴェニー区に帰郷するもこの時点で両親は既に故人で実家は売りに出されていたので、住居を劣悪で粗悪な作りの公共集合住宅に転居した。

そこで彼女は誰も信じず、誰も愛さずに、貯金を切り崩しながら酒食や魔薬を乱用する荒んだ生活を送った。

家族や今まで関わった人々への恨みと幻覚などの精神症状から夜中に叫び声を上げるなどの行動で、集合住宅やその付近の住民からは『耳長の気狂い』と呼ばれていた。

 

そんな女が、死んだ。

享年53歳。独身。

遺体は、鉄道線路の付近で発見された。

 

遺体は凶器の特定が不能な程、非常に酷く損傷しており、特に頭部は遺体から分離した挙句、原形を留めていない程の損傷だった。

そのため事件現場は、現場検証に来た捜査局員の半数以上が嘔吐する程、惨たらしい有様であった。

 

現場検証後は家宅捜査も行われた。

質素で家具も殆ど無かったが、居間の壁には「生れてすみません」と刃物で彫ったと思われる傷が、大小様々に、壁一面にあった。

 

これらの事件の一連を、大手新聞社は大々的に報道しなかったが、一部の記者や新聞社によって報道され、亜人解放運動家の耳にも行き渡り、これを機に亜人問題についての議論が白熱するようになった。

 

純人と亜人の復讐の連鎖は、日に日に、勢いが増すばかりであろう。

そしてその連鎖は、やがて『とある組織の結成』を引き起こす。

 

その組織とは『純人党』。

それは、『亜人解放戦線』とは真逆の組織である。




共産主義の方が良いとは一言も言ってない。

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