おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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アリス・モンタギュー。公暦1912年生まれ。御年72歳。

趣味は有名な銘柄の茶を収集すること、自宅の庭園に香草を育てること、旧友たちと文通すること。

王国立アヴァー=ガーヴェニー高等魔法学院の学園長であり、主な校務として指導要録の編集や施設設備の安全管理、教員会議の主宰、推薦書の精査および承認、校外行事の責任者、新規教員の誘致、有志・個人研究室の予算案会議と監督である。

 

少なくともこの学園における全ての功績と失態は彼女一人の責任であり、未来の礎を築く聖職者の頂点としての責務を必要とされる職務に就いている女傑である。

 

しかし、その容姿ははっきりと断言するのならば、異様であった。

 

72歳。肉体が老衰し、生理的な機能が低下していく年齢であるにも関わらず、肌には皺がなく赤みと水々しいハリがあり、髪も所々白髪混じりではあるが艶がある。

丁度頭一つほどある三角帽子の黒いつばの影が覆う両目は、いつまでも若々しく爛々と緑色に輝いていて、ダボダボの着古されたローブは、何も知らぬ者から観れば微笑ましく映るのかも知れない。

 

そんな彼女の執務室に、控えめに扉を叩く音が舞い込んできた。

鈴が転がるような声で許可を出すと、灰色の背広を着た、痩せぎすの男がいくつかの書類を手に入ってきた。

 

「ジェームズ・ホプキンス君の退学届です」

 

前置きをすっ飛ばし唐突に話題に入るその姿勢にちょっとばかり辟易とした気分になった。

 

「驚いたな」

 

正直な感想を述べても、その鉄面は微動だにしない。

 

「自主退学する理由は言いたくないとのことです」

 

「心読術は?」

 

「4年前から本人の意志を尊重する方針に変更なされたのは、他ならぬ貴女だと記憶しています」

 

手のひらに顎を乗せ、ダメ元で言ったことに対する嫌味を聞き流しながら、退学届を出した生徒についての自らの記憶を掘り下げていく。

 

ジェームズ・ホプキンス。2年生。決闘士倶楽部所属。

選択科目は、詠唱術、錬金術、紋章術。

実技に重きを置く科目には強いが、いかんせん座学に弱かった。快活な性格からそれなりに友人も多かったが、短絡的で粗野な一面もあってか敵も味方も作りやすい生徒であった、と奥底の記憶の引き出しを開けていく。

 

「出来るのなら、最後通牒として直接、面談をしたいのだが」

 

「本人は既にご実家に帰省しています」

 

「まいったな、こりゃ」

 

こういう事例は過去にも山ほど経験しているが、どうも悲しい気分になってしまうらしい。その端正な顔立ちが、僅かに歪んだ。

手渡された書類を見つめながら、判子に伸びそうな手を止める。

 

「…療養室の使用履歴には、外傷の治療と書いてあるが」

 

「黙秘しています」

 

「眼光灯の記録は?」

 

「因果関係のありそうな映像は記録されていませんでした」

 

小さな手のひらを向け、参ったとばかりに溜息を漏らし、黄金の判子を書類に押し、椅子をクルリと回して窓を眺めた。

ドアが閉じる音を背に、幸先悪いのぉ、と小さな鈴が転がる様な声が、執務室の中で小さく木霊した。

 

 

 

 

()は転生した。

前世の名前は覚えていない。

灰色の街で黒い背広を着た男たちと共に、いつまでも同じ景色の中を歩いた記憶がある。

50文字の基礎的な文字と、多数の意味を持つ複雑な文字を操り、この世界よりも科学が進歩した世を生きた。

 

今世の俺が生まれた家はどうやらかなりの名家だったらしく、家族以外に乳母や使用人を見かけることが多かった。

 

季節が6度過ぎる頃、俺は何故か絶え間ない行き場のない怒りと共に、前世を思い出した。

最初は何かしらの精神疾患を疑ったが、6年の人生経験では思い浮かばないほどの未来への不安と、本や新聞を漁るという具体的な解決法を、誰からも指摘されないまま思いついた自らの異常性を考慮し、ぼんやりとしていて、はっきりと明言できない記憶を持っていた事もあって、俺は自らを転生者だと仮定した。

この異世界について整理するべく、俺はメモ帳に出来るだけの前世との相違点の情報を詰め込んだ。

 

・この異世界は、電気エネルギーの代わりに魔力と呼ばれる個人に宿るエネルギーによって発展してきたこと。

・俺が生まれたこのオウェル王国は、立憲君主制ではあるが、議員内閣制を採用しており、国王や女王は権能が儀礼的になっていること。

・国際魔法協議会によって、禁術を無効化する結界が、原則として公共施設ならび公道に張られていること。

・公暦1922年の亜人戦争によって、数多くの発明や個人の権利、尊厳が見直され、更にその後、亜人の尊厳が尊重され差別的な意識の撤廃が世俗の流行となったこと。

・貧困層の人間、亜人、半亜人たちは魔力を用いない科学や技術を用いた非魔術事業を営む傾向が多いこと。

 

これらを前世で使っていた言語で書き、鍵のついた引き出しに仕舞った。

豪奢な自室には、およそ名家らしい絨毯や椅子、天蓋付きのベッドがあったが、個人的に最も興味をそそられたのは、本棚であった。

 

絵本、童話、寓話、過去の新聞、歴史書、常用魔術について、社交界における礼儀、家庭でできる簡易的な錬金術、1974年版禁術集、杖のカタログ、絵葉書、誰かからの手紙、紋章図鑑、霊薬のレシピ、魔獣の飼育本。

 

本棚自体は整理されているが、雑多に様々な本ばかりで、外で走り回ったり、家の者とのおしゃべりに無関心であると自覚していたので、とにかくそれらを読み漁り続けた。

 

どれもこれも新鮮で面白いと思った。

今世では、家族との会話も、外界での遊びも、水溜りも雪も、何もかも新鮮に感じず、やはり遠く遠くのかつての生涯で経験した事であったから、全くの経験のない事が書かれた本は、人一倍面白く感じた。

 

特に頁を捲る手が止まらなかったのは、1974年版禁術集だ。

結界によって発動が禁じられたそれらは、国際魔法協議会と、それに加盟している国の高等魔法院が制定・管理しており、その職務に就いた者は結界術師と呼ばれている。

 

しかし、結界も万能で絶対の効力があるわけでもなく、禁術に手を染めた者は皆、卓越した魔術の知識や技量を持ち、焚書されたはずの書物の複写などを利用し、結界の届かない私有地で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()魔術を開発し、犯罪に用いている。

 

なお、禁術は厳密に言えば、永久禁術指定、限定禁術指定の二つがある。

 

永久禁術指定には、必殺の術、蘇生の術、人体の錬成術、洗脳の術などがあり、公共施設や公道では勿論、例え私有地内であっても、発動すれば必ず近隣の全ての交番と禁術取締局に通報が行くようになっている。

 

限定禁術指定は、他者に対しての切り裂き術や火炎術、貴金属の過剰な錬成、紙幣に対しての複製術、無許可で他者の肉体に効力を持つ紋章の刺青をする、焚書した禁書に対する復元術など、非常に多様であり、私有地で使用すれば罪に問われない術から、取締局員に逮捕され重い罰則を受けるものまで多岐に渡る。

 

実は、既に禁術というものに惹かれ始めていた。

卓越した知識や技量、結界で制限された発動までのアプローチの開発、私有地を持つための財力も必要だ。

常人であれば諦める高いハードルに、かつての禁術師たちは、野心や復讐心、欲望のために挑戦し、そして皆、魔の法の下で裁かれた。

理由は分からないが、本に記された末路を見ても、彼らは強靭な意志を持った、革命家たちのような気がしてならなかった。

 

この本を読んだその日から、俺は杖が無くても練習できる簡易的な常用魔術を学び始め、台所や母親の部屋からくすねた調理器具や素材で、錬金術や霊薬の作成の真似事をするようになった。

 

全ては、禁術のために。

 

ちなみに両親は俺を社交界に連れようと、茶会だとか展覧会だとかに、度々誘ってきた。が、それを無視して部屋に篭り続けたがために、匙を投げた。

 

 

 

 

日が落ちる頃、女子寮の談話室。

簡素な机には灰皿と木製の煙草入れが、片側にのみ置かれていた。

 

「マンドラゴラの葉は良い煙草になるな」

 

革製の外套を着た少女が、唐突に口を開き、目前の素朴な印象の少女に煙を吹きかけないよう、そっぽを向いた。

 

「あの、リーゼさん、煙草って、お身体に障るのでは…それに、校則違反ですよね」

 

「リゼ、でいいよベディ」

 

咥え煙草をしながら櫛で髪を整えている。その様はどこか、彼女の精悍な顔貌もあって、まるで二枚目の役者のような、趣があった。

 

()は規則という物に対してあまり強い拘りが無くてね、例えば煙草であれば、常用魔術で匂い消しができるし、灰皿に積もった灰は、少し魔力を籠めた風を吹けばたちまち消える、そもそも煙草は酒と違って酔って暴れることも、床に吐瀉物をぶち撒けることもない、バレる可能性が低く、罰則も大した事のない規則など、いちいち従う必要はないと思うね」

 

「…リゼは、悪い人、ですか?」

 

あまりに意を決したような口振りに、リーゼは噴き出した。

しかし、赤面するベアトリックスに気づき、すかさず表情を引き締め、目を合わせ、煙草を灰皿に押し付け、幼子を諭すようにゆっくりと話し始めた。

 

「難しい質問だな…だが、私は例え出会う全ての人間に悪人と罵られようと、私が行ってきた事やこれから行いたいと願っていることに、後悔や恐れはない」

 

「その、行いたいことって、なんでしょうか」

 

「もしかしたら、君や友人を守るために、いずれ苛烈な事をするかもしれない…特に私は、矢面に立つ事に向いていると自負している」

 

その回答に対し、ベアトリックスは、何か言うことができなかった。

実際その場面を見たからだった。

少しばかり場は沈黙したが、リーゼは気にせず木箱から煙草をもう一本取り出して咥えた。

 

「…【火】」

 

指先に小さな火が灯り、煙草に近づけ、大きく吸い、先端は暖かい火の色となって、やがて彼女は煙を吐き出した。

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