おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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#3

一般魔術教養の教室内は既に、一人の俊英の独壇場であった。

灰色の背広を着た教師は、打てば響くような、優秀な生徒に次第に惹かれ始めていく。

 

「一般教養魔術で最も使われる魔法体系と術式は?」

 

「はい、様々な用途で使われるのは念動術、火炎術、水冷術です、そして目覚め薬、体熱薬、鎮炎薬、除草薬などの一般家庭用品の製作には錬金術、音声通信や郵便配送は紋章術または魔導工学です」

 

次第に問いかける声に熱が帯び、それに応えるように、俊英は、解答に鋭さと正確さが増していった。

それはまるで中央魔法院の討論そのものであった。

 

「禁術にもそれぞれ区別がある、分かるか?ポンパドール」

 

「はい、禁術には大まかに永久禁術指定と限定禁術指定があり、更にその中でも他者の肉体や精神を改悪する呪術、直積的に危害を加える邪術、魔薬などを生成する妖術、違法錬成に分かれており、最も有名な禁術である必殺の術は他者の命に直接作用するため邪術として分類され、洗脳の術は他者の精神に作用するため呪術と分類されています、なお、蘇生の術は現段階では精神の完全な復元が観測されていないので邪術として分類されていますが、仮に肉体と精神の完全な復元に成功すれば、究極の呪術として認可され、その直後に永久禁術指定されると考えます」

 

「補足説明含めて完璧だ、もう上半期の中間考査まで講義に出席しなくていい、どうせ他の科目の教師にも、似た様な事を言われているのだろう?」

 

「いえ、チャールズ先生が初めてです、…ご配慮痛み入ります」

 

圧巻であった。

他の生徒はただただポカンとして、リーゼの長台詞を、理解しようにも出来ずに自ずと聞き流してしまい、灰色の背広の教師、チャールズ・ハットルトは余りに完成された流暢な解答に思わず、背広と同じ色をした中折れ帽を外した。

 

「君の有志または個人研究にはすごく興味がある、ぜひ、新たな叡智を得られる様、精進してくれ、研究事前計画について詰めたかったらいつでも来るといい」

 

「ありがとうございます、失礼します」

 

ピシャリと扉が閉まる音がして、数刻の沈黙の後、チャールズは咳払いをして、こう言った。

 

「アレは規格外だ、皆の者、真似ようなんて思うな、態々太陽を直視する必要など無い、足下の確かな道を往け」

 

 

 

 

有志・個人研究室と霊薬・錬金術工房が連なる東棟、その影。

本来であれば眼光灯が観える寸前の、その監視が届くか届かないかの場所。

しかし、肝心の通路の眼光灯は眼振を繰り返していて、光を出鱈目に放ったり消したりしている。

 

壁に寄りかかる一人の少女。

凄惨な有様であった。

上等そうな布で出来た外套と高級そうな生地で出来た襟締は、バラバラに切り刻まれ、美しい、絹の様な金髪が生えた頭も、まるで失敗した植木の剪定のように、しっちゃかめっちゃかに、ざっくらばんに切り刻まれていた。

本来であれば、綺麗で真っ直ぐな鼻は少し右に歪み、シミ一つない肌の四方八方に痣、大理石の様に白い前歯は欠けて、さらに血塗られ、極め付けには、土に這う目前に、真っ二つにへし折られた短杖が転がって、精巧な紋様が彫られた銅の柄は、血が赤黒く滲んで、見る影も無かった。

 

「ゆるして…お願い…っ…っ……!」

 

金属の杖が、懇願を拒絶した。

鈍音は止まない。つまり、彼女への拷問は、まだ止まらない。

 

「罪状は三つ、一つ目は功を焦って私を脅したこと、二つ目は私の読書時間を妨害したこと…」

 

二、三束だけに残った前髪を乱暴に引っ張り上げる。

哀れな罪人は、もはや痛みに喘ぐことすら出来ないでいた。

 

「最後に…これが最も罪が重い…………私の友人を脅迫の材料にした事だ」

 

軋む音を立てていた鉄拳が頬を殴りつけた。

虚な目をしてぐったりとした顔は、涙の跡と血でぐしゃぐしゃになっているが、お構い無しに、拳も、蹴りも、杖も、振るわれる。

断罪者は息切れ一つしていない。

 

「しかし、こうも短い間隔で退学者が出るのは、学園長を悪戯に不安にしてしまうな、そう思わないか?」

 

今度は革靴が、倒れ伏す鳩尾を蹴った。

 

「ひ…ぃ……ゃだ…」

 

「聴いているかマリー?…ローズマリー・モーラ」

 

見れば、革の手袋も金属の杖も赤黒い滲みばかりで、焦茶色の手袋は、白銀の杖は、次第に血に染まっていく。

 

「別にこのまま君をその惨め姿のまま殴り殺してやっても、それはそれで少し面倒なだけなんだが、私とて、それほど外道でも拷問狂いでもない」

 

「……な……なん…」

 

乾いた音と共に、頬が張られた。

今までの鈍い痛みと違う、迸るような、気つけのような鋭い痛みであった。

 

「頼み事に礼儀は付き物じゃないか?」

 

「なんでもしますっ!なんでもしますっ!ころさないで!おねがい!ころさないで!」

 

絶叫と言うよりも、まるで猿叫だった。

()()()()()、彼女の喉が焼け切れるような懇願は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ピクリともしなかった筈の、痛みまみれの頭部を振り回すように、何度も壊れた玩具のように頭を下げた。

 

「許してやるよ」

 

「…ぇ」

 

「飲め」

 

革の外套の深い衣嚢から、濁った緑色の液体が入った瓶が取り出され、木栓が血溜まりに落ちて、ブツブツに髪が剥げた頭に、乱暴に水掛けられた。

するとたちまち、時が巻き戻る様に、痣も髪も、無惨な様の上等な生地も、少女が父親から貰った切り刻まれた襟締も、かつてを取り戻していく。

 

「取り引きの条件その1、この事を誰にも言わないこと」

 

鈍音。

それは鳩尾を金属の杖が突く音だった。

それは次第に痛みの波が弱くなってはいくものの、何度も、何度も響いた。

 

「取り引き条件その2、万が一事情聴取された際には、『私が錯乱の呪文の練習を路地裏でこっそりしていたからです』と答える事」

 

今度は、膝を打つ。

関節部分はは筋肉も脂肪も薄いので、ジンジンとした鈍痛は、しばらく歩く事さえ妨げるだろう。

それは何度も、何度も響いた、

()()()()()()()()()()()

 

「取り引き条件その3、今からこの紙に、君の血印で、契約すること」

 

今度は、衣嚢からクシャクシャになった、一枚の羊皮紙を無理矢理に直しながら、初めて暴力を振るわずに出した。

 

「早くやれよ」

 

「…か、かくものは……?」

 

「は?血印と言ったろ?治してやったんだから早くその歯で何処でもいいから噛み切って血を出せよ」

 

喉元に杖が突きつけられる。

短杖は、未だ折られたままだ。

抵抗すれば、また、顔以外のどこかを殴られるだろう。

もしくは、もう一度髪をぐしゃぐしゃに切り裂かれるかもしれない。

今頭にあるのは、それに対する恐慌だけであった。

 

ちなみに言うと、ローズマリー・モーラは、多少の倫理観の欠如や利己的な性格ではあるが、無意味に崖から飛び降りたり、無闇矢鱈に法を犯す様な阿呆ではなかった。

ただ、欲望のために、不安がために、リーゼが個人研究室を借りると、もしかしたら、未だに成果を挙げていない自分の研究が打ち切られたり、予算が減額される事を恐れて、攻を焦り、研究の申請を遅らすように脅迫した。そうしなければ、お前の友人も痛めつけてやる、と出来もしないのに、やる気もないのに、口から出まかせに言った。

それが、変哲もない木の首輪を付けただけの、竜の逆鱗に触れた。

 

本来であれば、時間をさらに稼いで、眼光灯の異常を察知した教職員の誰かを待つべきであった。

ただそれだけで、激情に駆られた目前の断罪者気取りに、一矢は報いることができた。

 

しかし、あまりに迅速で、容赦も慈悲もない、魔術の使わない単純な暴力と、魔術を用いて関節的に精神や名誉を傷つける悪意(マリーは、鎌鼬術で、服や髪を切り裂かれたりした)によって、その心は、ただ恐怖と、屈辱と、自らを失望し、後悔するばかりであった。

 

そうして彼女は、犬歯に親指をしっかりと、突き刺し、くしゃくしゃのそれに押し付けた。

途端に頭痛がした。

さっきまでと比べると、流石に大した事はない痛みであった。

 

しかし何故か、目の前が揺れている。まるで、さっきの様に、思いっきり殴られた時のように。

 

「さようなら」

 

最後にもう一度、その低く嗄れた声が、耳に残って、そして、引き摺り込まれる様に、眠った。

 

 

 

 

実を言うと、東棟は、唯一地下まである。

日当たりや外気温さえ考慮する必要がある研究生のために、蟻や土竜の巣のように、あっちこっちに研究室が用意されている。

 

地下に続く螺旋階段は、一番上から見ると、底が暗くて見えないほどで、事故の防止のために、等間隔に網が貼られていた。

 

結構な時間を歩いた、()()()()()()()()()()、精悍な顔貌の少女は、あまりに暇だったのか、時々()()()()()()()()()()やたまたま衣嚢に入っていた銀貨を手で弄り回し、鏡もないのに櫛で適当に髪を整えながら、咥え煙草をしつつ、黙々と階段を降りて、ようやく、目当ての部屋まで辿り着いた。

面倒臭くなったのか、後ろ手に煙草を投げ捨てると、舞い上がった砂の様に、吸い殻はたちまちに消えた。

そして扉を開けながら、気怠そうに、向かい合うこともなく、そこらの椅子に座りながら本題に入った。

 

「ルーシー、新規顧客だ、中が一人、女、3年生の癖に結構な馬鹿だったから、重めの契約をさせといた、外は二人、どちらも男、半亜人(バスタード)のゴロツキと、缶詰工場で働いている純血の小鬼(ゴブリン)、片方は商売取り引き、もう片方は普通の取り引き」

 

個人研究室の中央で、床に何かの紋章を書いていた、ルーシーと呼ばれた猫背の女が、これもまた気怠そうに振り返った。

 

まずはその不気味な容姿、古くなった糸のような、艶のない伸びっぱなしの黒い髪。一応前髪は額の所で真っ直ぐ横に切られているが、どうもお洒落じゃない。

げっそりと頬骨が出ていて、目には覇気がなく、その下には濃い隈があった。

 

顔貌は、他の大多数の生徒と比べると、目が細く、顔に凹凸がなく、所謂東洋人といった所。主に大東亜華国や、日出国(ヒズル国)に住んでいるその顔立ちは、ここでは珍しい。

 

こまめに洗濯していないであろう黄ばんだ白衣は、その整えられて無さそうな髪も相まって、かなり不潔に見える。

よく見ると、彼女は裸足だった。厳密に言えば、埃を被った革靴の踵を素足で踏んでいた。

 

恐らくリーゼとはそう大差無い歳の筈だが、気色の悪いほど、老けて見える。

 

ルーシー・リー。

数少ない、個人研究室持ちの、4年生である。

 

「賭けしようや」

 

見た目通りの低い声で、リーゼよりも、もう少し嗄れていた。

喋り方は西オウェルの訛りが強く、母音が強くて抑揚が独特という特徴があった。

 

「条件は?」

 

「商売取り引きの相手を当てれたら、その銀貨と煙草一本くれん?」

 

「…まぁ、別に良いんだが」

 

うーん、と顎に手を当てて、首を捻る仕草自体は、年相応の少女であったが、口を開く度に見える歯は、やはり白衣のように黄ばんでいて、滑舌もそれほど滑らかではなく、まるで痴呆の老婆だった。

 

「純血小鬼やろ、アイツら、がめついの多いし」

 

「…いや、違うが」

 

「はぁ?……おもんな」

 

勝手に賭けを持ちかけておいて、勝手に機嫌を損ねる。

あんまりな態度であったが、不思議とリーゼは、そこまで腹立たしい思いをしなかった。

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