おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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#4

その個人研究室の机には、雑多に代物が投げ出されている。

硝子の試験官、計測器が付いた坩堝、火炎術の紋章が描かれた手巾、青銅の瓶、擦り切れた本と手記、防護眼鏡、小瓶に分けられた様々な粉末、消息子、精製水、血が入った注射器、唾液と痰が混じり入ったそこそこに大きい瓶、厚い手袋、異国の言葉で書かれた札、何かの肝や脳味噌が保管されている瓶、大小色々な針、お灸、懐中時計。

隣には寝台があって、革の外套と襟締を脱いで口から護謨性の管を咥えたリーゼが、今朝の新聞を読みながら横たわっている。

 

「30分経過」

 

ルーシーが、注射器の外筒を口からはみ出る管に接続して引っ張ると、濁った灰色の液体が、ポツポツと吸い取られていた。

ある程度吸い出すと、管…つまり消息子が、小鬼の子供程の長さだけ、口からぬるりと吐き出された。

注射器に入った液体を試験管に移すと、紋章が描かれた手巾は、青い炎を円形に発露し、丁度が炎が当たらない位置で、試験管は固定された。

泡と共に、次第に澄んだ黄色になっていく体液は、尿の様で、見た人を不快にさせるかもしれない。

 

「……どうだ?」

 

問いかけは無視され、沸騰した体液に、様々な粉末を、防護眼鏡をしながら、大袈裟なくらいに慎重に注ぐ様を見て、新聞に視線を戻した。

その間にも、血液や唾液と痰が混じった体液を試験管に移したり、炙ったり、色々している。

おおよそ、長針が半周する頃、ルーシーは血走った目で、試験管を振って、坩堝に移した。

 

「血中の魔素濃度に対して、おおよそ黒胆汁が八割、黄胆汁が二割、キショ、見たことないわこんなん」

 

言葉とは裏腹にその顔は喜色満面で、結局譲ってもらった煙草を咥えながら、蚯蚓が這い回った様な汚い字で、手記が埋められていく。

 

「相変わらず人間辞めとるな、ホンマに純人か?」

 

「家系図なら実家にあるぞ」

 

「やかましいわ」

 

軽口を叩き合いながらも、木筆が止まらない。

やがて手の側面が鉛の染料で真っ黒になった頃、咳払い一つし、詩でも詠うように、高らかに経過が書かれた手記を読み上げる。

 

「黒胆汁は状態が安定、変質や結晶化の兆候無し、血液も少なくとも5年生の平均魔素濃度を超えとる、どっちも通常の沸点でも融点でも安定しとるね、意味分からんわ、黄胆汁はやや薄い、錬金術程度なら影響は無さそうやけど、錬丹術なら他に適性のある奴のを掻っ攫ってくるしかないかも、紋章や錬金陣や霊薬の媒体としては安定して変質は出来る、粘液は…霊薬との反応を確認したけど、この前と比べても結晶化までの時間が早くなってる、ところでリゼ、今、食欲あるん?」

 

「最近はあったり無かったり」

 

「肉体の適応が追いついてへんな、軽い過剰黒胆汁症やな、暫くは鉄分の多いホウレンソウとか食っとけ」

 

「ご忠告どうも」

 

「あとお前、唾液取る前に煙草吸うなや、染み出しとんねん魔力性塩基が、態々置換すんの面倒いんじゃ」

 

「それについては申し訳ない」

 

全く情念が篭っていなかった。

 

「お前がクソ凡人やったら今頃解体(バラ)しとるで」

 

ぼやきながらも試験管に入った様々な体液を実験し、ある程度の記録を書き残せたのか、今度は唐突に机には突っ伏して、ひんやりとした机に頬頬骨を当てながら、大きな溜息を漏らした。

 

「はぁ〜…これで今日の実験の半分かいな」

 

「まだ刺青紋章がある」

 

「知っとるわボケカスコラ」

 

数秒、欠伸をしながら目をパチパチとした後、勢いよくそのまま立ち上がり、リーゼの襯衣の釦を外した。

顕になった若々しい肌には、肩、薄い乳房、鳩尾、下腹部、太腿にかけて様々な刺青があり、時々それらは、脈動する様にモゾモゾと蠢いていたり、妖しく光ったりしていた。

 

「月経は?」

 

「ない」

 

「目眩、偏頭痛、便秘もしくは下痢の症状は?」

 

「ない」

 

「きっしょ、それでも女か?」

 

おざなりに言いながら、何処から手に入れたのだろうか?処女の経血とすり潰した()()()()で作られた塗料を染み込ませた針を、それぞれの刺青に軽く刺していく。

刺青によって反応は違う、色が濃くなったり、光を発さなくなったり、ピタリと動きを止めたりと様々だ。

 

「無月経の刺青は魔力の流動が安定しとる、拒否反応も無い、身体強化も任意痛覚遮断も免疫向上も自然治癒促進もやな、もう身体に定着しとるから子宮も収縮するし、おっぱいとかケツおっきならんで」

 

「…利点あるのか?」

 

「寿命と分娩捨てた奴は言うことちゃうな」

 

そして、これもまた手記に汚い字で経過を書き写すと、今度は寝台に飛び乗って、そのまま枕を抱いて、目を閉じてしまった。

 

「頭使ってしんどい、寝る」

 

「おやすみ、商談はまた今度、煙草はここに置いておく」

 

「おおきに」

 

ぶっきらぼうにそう言って、すぐに鼻提灯を膨らませて、さっさと眠ってしまった。

最後に振り返ってみたが、相変わらず、鉄臭くて、小便臭くて、ツンと鼻にくる刺激臭が蔓延していて、その中央で呑気に眠る神経にドン引きしながら、扉を閉めた。

 

 

 

 

夜更け、談話室には、まだ灯が点いていた。ベアトリックスが、鍵を借りたからだ。

いつもの定位置、窓際の二人用の机と椅子に、今度は片側に帳面と参考書が広がっていて、対面には相変わらず灰皿と煙草入れの木箱だけだった。

 

「今日の課題は?」

 

「四体液について、それぞれの特徴を纏めなさいって」

 

やる気満々と言う風に、硬筆を握って、そう言った。

 

「…チャールズ先生、だいぶ授業の進行を巻きでやってるな」

 

「やっぱり?」

 

ふふっ、と可笑しそうに微笑む姿は、青春のまさしく1頁のようで、リーゼは自分が一介の学生の様になった気になった。

このままおしゃべりでもしそうな雰囲気であったが、すぐに気を取り直し、真剣な目で今日板書したばかりの帳面を音読する。

 

「…えーっと、四体液は血、黄胆汁、唾液などの粘液、黒胆汁の事」

 

「正解」

 

えへへ、と笑いながら、さっきよりも少し声が出て、自信満々に読み上げていく。

 

「そして四体液の比率は遺伝や食生活などによって個人差があって、最も多く体に流れている体質をそれぞれ多血質と黄胆汁質と粘液質と黒胆汁質に分かれている、魔術師はそのどれかに必ず分類される、そして、四体液にはそれぞれ使い道に得意分野があるんだよね?」

 

参考書と目の前の専属教師の顔を交互に見ながら、帳面に硬筆を走らせていく。カリカリと音がする度に、先端の灰が、徐々に唇に近づいていく。

 

「黄胆汁質だけは覚えてるの…確か、詠唱術!」

 

「いや、それは多血質だよ、黄胆汁質は錬金術だ」

 

「えっ」

 

「……ほら、ここ」

 

指差した所には、「詠唱術は主に血液中の魔素を消費することが多いので、多血質の人間は、詠唱術においては才覚を見せることが多い」と、たしかに書かれていた。

 

「あっ」

 

今度は参考書に目が釘付けになって、カチカチと秒針が刻まれる音だけになって、合点がいくと共に赤面した。友だちにいい格好を見せたかったのに、早速トチってしまったからだ。

15歳、既に肉体は大人へと変わっていく年齢にも関わらず、ベアトリックスは、未だ無邪気であった。

 

「ちなみに粘液は霊薬の媒体になり易い、特に唾液は大概の動物や魔獣の肝や血と融和しやすい、他にも経血や精液は、魔力性の液剤があれば金属粉末とも反応するから錬金術にも流用し易い、定期的に新鮮な体液を保存しておけば、自主実験の際に時間を取らなくて済むぞ、だが痰は主に呪術や妖術に使われるし、錬金術に応用しづらいから、あんまり詳しく調べることも保存しておく必要もない」

 

「く、詳しいねリゼ…」

 

「…?一応この参考書ならざっと目を通してるしな」

 

「…そういうことじゃ、ないんですけど」

 

当たり前だが、年若い乙女にとって、経血だの精液だのを、学術的な観点とはいえ人前であれこれ語るのは憚られる。

しかし、そういった常識の外に居るから、教師に講義を免除される程の優秀さが得れるのがしれないと、ベアトリックスは思い直した。良い子である。

 

「…じゃ!じゃあ、黒胆汁質については?」

 

あからさまに話題を変えた事には気がつくが、生憎リーゼは、何故態々そんなことをしたのか、合点がいかないでいたが、いちいちそこに首を捻って、さっきの話題を掘り返すのも無粋かと思って、雑な軌道修正に乗る事にした。

 

「黒胆汁は万能の体液だ、黒胆汁質は天才か狂人の体質とも言われている」

 

「…えぇ?」

 

「ほぼ全ての魔術に使用できるし錬金術や霊薬の素材にもなる、詠唱術をやり過ぎた奴は大体が貧血状態になるが、それでも無理に唱えれば、大概黒胆汁が消費される」

 

「すごっ」

 

「だが、黒胆汁は四体液の中で最も魔素が含まれている代わりに、違法霊薬や先天性疾患とかで過剰に分泌されれば、重い精神疾患や魔術の過剰出力になり易いし、逆に欠乏すれば食物を消化出来なくなる、万が一その状態が何日か続いたら体内で黒胆石に変質して、身体から過剰な毒素や魔素を排出できずにそのまま死ぬぞ」

 

「死ぬの!?」

 

「実際、戦時中は欠乏症が原因で死ぬ奴も多かったらしい」

 

いきなり人の生き死にの話になったので、思わず硬筆が止まった。

 

ふと、少しだけ、不安が過ぎった。

 

「…リゼってさ、どれなの?」

 

「黒胆汁質だけど」

 

「……大丈夫なの?」

 

「別に、当たり前だけど、黒胆汁以外の体液だって勿論あるし、そもそも魔素欠乏症になったら、術を唱えるどころか普通は立っていられないらしい」

 

「…よかった」

 

胸を撫で下ろして、一息付いた後、ベアトリックスは、唐突に硬筆をポイと投げた。

ちょっと面食らった顔を知らんぷりして、いそいそと帳面も参考書も鞄に放り込んでいく。

 

「今日は疲れたからここまで!紅茶飲んで寝ようよ」

 

「…そうだな」

 

そうして、割と早くに勉強会はお開きになった。

 

結局、最後まで彼女は、黒胆汁の話になった時から、明らかに煙草を吸う頻度が上がった事に気づかないままだった。

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