おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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もう少し昔の話を掘り下げるとするならば、もう少し詳しく話すのであれば、こういった内容になる。

 

6歳の頃から部屋に篭って社交を無視し続けていたので、俺はとうとう通信制の教育機関に、偶然見つけた家の執務室にあった入学書類を勝手にぶち込んで、郵便受けに届く課題をひたすらやり遂げることにした。

 

ちなみに入学金は父親の財布から取り出した自動支払い用紋章券を拝借して、バレないように深夜に家を出て、馬鹿でかい家の敷地内をネズミのよう忍び歩き、町まで出て、近くの紋章照合機能付き自動預払機が置いてある小売店に行って、そこで振込をした。

入学書類の保護者同意書の筆跡も、家で見つけた父親の手紙を参考に真似て書いた。

 

身体は6歳の少女、町中で人攫いなどに拉致される危険は勿論あったし、入学の為の面接は必要無い、とは事前に書類を見て確認していたものの、もし追加で要求されればかなり面倒な事になるという可能性もあった。

が、何とか賭けには勝ったようで、人攫いに遭遇することも面談の要請もなく、郵便受けから出てきた合格通知を見て、ほっと一息をついた。

 

こうして、俺は家から出ることなく幼年学校の教育を受けることができた。

 

家族との会話を殆ど断絶していたので、今までこの世界の常識やこの国の社会制度を知る機会がほとんど無かった。夕食の際は家の倉庫にあった豆やとうもろこしの缶詰を勝手に自室に持ち込んで、本から独学で学んだ火炎術で、湯煎して食べた。

両親は俺を幼年学校に連れて行こうとしたが、あの頃は毎日、前世の記憶を断片的に思い出す事が多かったので、余計な環境に身を置くことよりも、とにかくこの世界の情報を集めることに必死だった。

 

届いた課題は、最初は四則計算や基本的な文法、文字の書き方のような舐めた内容だったので、全部に完璧な解答を書いて、用紙の余白に出来る限り自分の論理的思考能力を証明する文章、つまり図形の積の求め方などを書いたものや語学への理解を示すために今まで読んだ本の読書感想文、本から得たこの国の歴史について簡単にまとめた記述を書いて、その日の内に送り返すと、今度は分厚い様々な参考書と共に、何の分野を学びたいか記入する調査書が内封されていた。

 

最も興味があったのは、魔術に関する法律、略して『魔法』だった。

どのように魔術を行使するのかは、本から得た知識で学ぶことができたが、どうやって魔術を管理するのか、管理する機関はどのようなものか、どうやって禁術と呼ばれる違法な魔術や霊薬を取り締まるのか、そもそも魔術は全部でどれくらいの体系に分かれているのか、それは前世では絶対に得ることが無かった知識であり、この国の先人が積み上げた歴史であり、知恵であった。

 

次に興味があったのは、この国の民法であった。

国があれば、法は必ず存在するからである。

この国に身分制度はあるのか、宗教はあるのか、国民一人一人に納税の義務はあるのか、教育を受ける、または教育を受けさせる義務が保護者には発生するのか、労働の義務はあるのか、この国の社会は資本主義なのか共産主義なのか、どのような通貨があるのか、そしてそれはどんな紙幣でどんな貨幣なのか、物価の相場はどれほどなのか、紋章券以外の支払い方法はあるのか、行政は、立法は、裁判は、教育機関は、権利は……思いついた疑問が頭の中で溢れ出しそうだったので、帳面に気が遠くなるほど箇条書きして、上記二つにおよぶ質問が書かれた紙を、調査書と共に送付した。

 

その間にも、読んだ本に書かれた魔術はどの分野も片っ端から実験して、紙にまとめて、足りない用具や文房具があれば、家族が寝静まった深夜に、あらゆる部屋を訪れて探し当てて自室に持ち込んだ。

何度も読み直して内容を完全に覚えた本は、実験記録用の帳面を保管する場所の為に、暖炉に突っ込んで燃やした。

前世の記憶は、忘れないように思い出したらすぐに、前世の文字で書き起こして、万が一見つからないように鍵付きの引き出しに仕舞い込んでは取り出してを繰り返した。

 

こうして、質問に対する答えを確認して、様々な課題をこなして、自主的に実験もして、棚の一列が自分で書いた記録簿で埋まったある日、俺は股ぐらから血を出した。

初潮である。

12歳の時だった。

 

痛みと不快感で、頭が一杯になり、既に前世の自分は男であったという記憶も思い出していたので、かつての肉体との乖離を一層強く実感して、これから毎月こんな生理作用に苛まれるという事実が頭をよぎって、そうして、発狂しそうになった。

いや、もしかしたら、発狂した。

 

その時、俺はとてつもない程の、鳥肌が立ち、怒髪天が立ち、手がたちまちに震えるほどの、6歳の頃に、最初に前世を思い出した時とは比べ物にならないほどの強い憤怒と憎悪が、異世界という外界と、自分の肉体という内界に溢れた。

 

余りにも、余りにも強い感情の発露は、自室の机と、壁と、本棚にぶつけられ、手が切れて血が出るまで、あっちこっちを殴りまくって、金切り声を発しながら、とにかく暴れた。

 

散々に暴れた後、扉が叩かれる音を無視しながら、俺はそこいらにあった、くしゃくしゃになった帳面に、とにかく今の心の内で荒れ狂う激情の正体を探る為、がむしゃらに、今の感情は何に対してなのか、何に強い憤りの原因を抱いているのか、書いては消して、書いては消してを繰り返した。

 

こうして、日が沈む頃まで、暴れながら,椅子を窓に投げつけたりしては書き殴って、寝台を蹴りまくったりしては書き殴って、ようやく、俺は二度目の生で、『何に怒りを抱いているか、何をしたいのか、どう生きるか』について、明確な回答を書く事にした。

 

怒りの原因その1、月経。

俺は男だった。間違いはない。陰茎があって、筋肉があって、喉仏が突き出て、無精髭が生えて、髪は短く切って、公の場以外では男らしい粗野で品の無い言葉遣いで、ズボンを履いて、格闘技の名試合には興奮して、気に食わない奴とは喧嘩したこともあって、スポーツや車に関心があって、いずれ仕事に就いて、金を稼いで、妻となる女性と子どもを養うのだろうと思っていた。

自分は男であって、アイデンティティであって、特にそれを誇りに思うことは無かったが、それが当たり前であった。

 

それがどうだ、今の俺は、股から血が流れ、艶のある髪はすぐに伸び、肌はツルツルとして、手足は小さく細く、少し走れば息切れして、声は鈴のように高音だ。

 

肉体と精神が乖離している。子を産む事ができる女の身体に男の性自認がある。望んで女になったわけでは無いにも関わらず。

 

女が憎いわけでも無い。そういう時期もあったが、すぐに女全てを一括りにしてとやかく言う事の愚かさと馬鹿らしさを成長と共に知ったからだ。

男が憎いわけでも無い。男は全員がどこか馬鹿だとは思っているが、時にそれは驚異的な力を発揮する事を知っていたからだ。

 

ただ、もしこの荒れ狂う精神を育むために、あるいは異性の肉体に俺という中身を入れる事でどこか歪んだ人間が生まれることを期待して、こんな事を仕組んだ奴が、もしこの異世界の何処かに居るとすれば、俺はソイツをぶっ殺すだろう。

 

月経は、俺が女になったという事実を突きつける、ある意味では究極の性自認の否定であった。

 

怒りの原因その2、国。

この国は歪んでいる。人間は醜悪で傲慢で欺瞞に満ちた存在だ。

亜人と呼ばれる少し外見に特徴があるだけの同じ知的で社会性のある存在を差別し、区別し、階級を作って、蹴落とした。

表向きは民主化を謳い、全員が平等であると掲げながら、第一次産業や屠殺や廃品回収や売春に、亜人たちを押し込めた。自由を謳っていながら、その実、亜人たちに自由は確かに無かった。

 

魔法を敷き、禁術を封印したのは、魔法教育機関が亜人たちを入学させないのは、亜人たちに自分が万全に整えた安楽椅子を穢されないように作り上げた、どこまでも醜い自己保身の悪政であると、そう思った。

 

別に亜人が可哀想だとかは微塵も思ってもいない。寧ろ、どうにかして武力蜂起を計画するなり、あるいは真っ当に抗議運動するなりしないその負け犬根性にも腹が立ったからだ。

 

現に、今この国に住む亜人と半亜人たちの殆どは、貧民窟、つまりスラムに住んでいて、違法霊薬や魔薬の売買、売春買春、強盗、強姦、殺人、違法錬成による人身売買や詐欺が横行している。

 

腐っている。

 

人間は偉い、豊かで幸福に暮らす権利がある。

亜人は醜い、卑しい存在なので虐めてもいい。

 

その傲慢さに吐き気がした。

 

そうして人間は亜人を差別すると、亜人は人間を憎み、人間の中で最も非力で無力で純粋な子どもを狙って、社会から受けた屈辱に対する報復のように、殺したり、痛ぶったり、犯したり、魔薬漬けにしたり、尊厳を破壊した。

 

憎悪が連鎖し、報復が報復を呼び、止まらない悪意は、理不尽は、いつも純粋で善良な誰かに飛んで来て、そしてまた、怒りが燃える。

 

とんでもなく阿呆で、愚かで、無知で、傲慢で、残酷で、残虐で、冷酷で、その癖に街中を歩く人間はさも「私は善良でございます」と言う風に、太陽の下を歩いている。こうしている間にも理不尽に血を流し、泣き喚き、世界を呪っている誰かが居るというのに、何もせず、ただ毎日を浪費するだけ。

 

虐げられ、誇りを穢され、尊厳を無視され、文化を燃やされ、仕組まれた生涯のレールに乗らされ、社会に飼い慣らされ、人間に媚びを売ってお零れを啜り、人間は愚か同じ民族すら見下し、自分は世を渡る賢者と勘違いしている詐欺師同然のクズと、ごく単純で短絡的で杜撰で衝動的で突発的な暴力を、虐げてきた本人でも社会制度ですらない、女子どもなどのか弱い存在にぶつける事で、如何にも自分は高尚な復讐をしているのだと勘違いしている白痴。

 

人間も亜人も、もはや繰り返された憎悪の応酬で、すっかり何方も救えない存在になったのだ、と思った。

 

そうして…

 

『何をしたいのか』と『どう生きるか』が決まった。

 

 

 

 

黒胆汁質は、かつて憂鬱質と呼ばれ、魔素を多く含む為に天才の体質と言われると同時に精神錯乱、狂人の体質とも言われた。

 

1721年に四体液説を提唱したユナニ・ピポテラスは、黒胆汁質は、『矛盾、二重思考の体質』であるという仮説を立てた。

その仮説は、長い時を経て、正しかったと証明される。

 

リーゼ・ポンパドール=ダックテイルは、圧倒的な矛盾を、二重思考を抱えている。

 

怒りの根源に優しさと公平さがある。しかしそれを主張する為の手段は恐ろしく暴力的で苛烈である。

 

憎悪した筈の、自分で自分を正当化し、残酷になるという、人間の性質。

それと全く同じ筋道で、矛盾に気づかないまま、気に食わない人間を暴力で排除しようとする様は、まさしく、精神錯乱と言えた。

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