おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した!   作:ギブソン・ガール

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#6

ルーシー・リー。4年生。

かつては大東亜華国に住む李若溪(リ・ルォシー)という名前であった。

華国拳法の師範代である母と、錬丹術師であり、刺青師でもあった父を持ち、幼少期から拳法や勉学に励む、物静かな少女であった。

しかし、公暦1981年に発生した人民革命という武力革命によって、故郷は混乱し壊滅、命の危機を察した両親と共にオウェル王国に亡命する事を余儀なくされた。

亡命して最初の1年は、オウェル王国の西部、カサオ市で過ごして、難民申請をしてオウェル王国の名前を得たり、同じくらいの年頃の難民と共に語学学校に通った。

語学学校ではそこそこの人気者で、拳法の演武を見せたり、木の板を蹴り折ったりしては、様々な肌の色をした同窓生たちからの賞賛を浴びた。

真面目で冗句すらあまり言わない堅物ではあったが、陽気な人柄もあって、友人に囲まれた1年間を楽しく過ごし、それぞれの進路へ旅立った。

 

この頃から既に錬丹術と紋章術の才能があった若溪は、アバー=ガーヴェニー高等魔法学院に編入し、立派な錬丹術師として成功する未来を夢見ていた。

しかし、物珍しい東洋人という容姿と西オウェルの独特な訛り、編入生にも関わらず優秀な成績で講義を免除されるという話題性によって、同級生から酷いいじめを受けた。物を隠される、参考書を破られる、便所で殴られる、陰口や無視、時には恐喝されてなけなしの金を強奪された。

一度だけ、たったの一度だけ教師に相談しようとしたが、両親が自分のために学費を稼ごうと、亜人や半亜人に混じってまで懸命に製紙工場や少しばかり遠方の大規模農園で一日中働いていると知っていたので、大事にして心配をかけたく無いと思ってしまった。

 

若溪は、いじめに耐えて立派に卒業すれば、両親と共に幸せな生活を送ることが出来ると盲信し、耐えてきた。誰の前でも教師の前でも毅然とした態度で、決して弱音を吐かなかった。殴られても、母から習った拳法で報復したりせず、真っ直ぐに飛ぶ矢のような、年若い少女とは思えぬ剛毅な眼差しで、無言で抗議した。

周りに囃し立てられて殴る事を余儀なくされた、心弱き夕暮れた学生たちは、無抵抗の女生徒に気圧された。

 

ある冬、長期休みなので、寮を出て若溪は両親の元に帰省した。

難民用の公営住宅は、比較的治安の悪い町に用意されていたので、出来るだけ表通りを早足で歩いた。

老朽化したあばら家は、一見いつも通りだと思って、扉を開けると、玄関に違和感があった。

靴が散乱している。しかも、土や砂で汚れている。

 

母は武術の師範代だ。構えていた道場も、中々に立派だった。

礼儀に厳しく、礼節を弁え、家事に手を抜く人では無かった。

よく見れば、廊下に、ぽつぽつと髪の毛が落ちている。

嫌な予感は徐々に増し、居間に続く扉がいつもよりも重く感じたが、案外母も働き詰めで疲れていて、今日が偶然そういう日だったのだ、と邪推を辞めて、開けた。

 

居間には、虚な目をした母が、涎を垂らしながら、腕に空の注射器を、何度も何度も、殴りつけるように刺していた。

床は赤黒い血で汚れていて、まるで屠殺場そのものだった。

余りにも凄惨な光景に硬直していると、ようやく、視界の端に映る父の姿を捉えた。

父は丹薬を食っていた。棒立ちのままで、こちらも虚な目で、落ち着きなく歯軋りをしながら、唇を噛み切って血が出ていても、只管に、丹薬を噛み砕いていた。

二人とも、ザラザラとした、銀粉のような粉末が、流れっぱなしの鼻水にくっついていた。

 

魔薬。

刹那の快楽の代償は、感性と自尊心と人間性を喪う事。

知らぬ間に、両親は、人で無くなっていた。

快楽を貪るだけの獣になっていた。

昨日か、一昨日か、もしかしたら、編入した次の日からか、永遠に分からないが、一つだけ分かることがあるとするならば、もう両親が両親では無くなってしまった、不変の事実だけだった。

 

不思議と、涙は出なかった。

怒りすら沸かなかった。

ただ、自分の世界は終わった、と思い、何も感じなかった。

言うとすれば、精神の死。彼女の中にあった過去の幸福と未来への希望は、瞬く間に泡となって消えた。

 

踵を返して、町を歩いた。治安の悪い町を、のろのろ歩いた。

酷く寒い気がしたが、身体は震えなかった。

 

ふと、路地裏の遠くの方から、鈍い音が聞こえた。打撃音だ。

幼い頃、故郷でよく聞いた。微かだが、たしかに闘争の音だ。

音を頼りに近づいて、曲がり角から真っ暗な陰を覗き込むと、一人の少女が、寝転がる乞食の老人を、金属製の杖で滅多打ちにしていた。

 

悍ましい様であったが、何故か興奮した。組手前の武者震いに近い、高揚感があった。

なんとなく、ふらっと近づいてその老人を見ると、皺やシミだらけで気色が悪かったので、雑に、適当に、脚で物を退かすように、顔を蹴り飛ばしてみた。

唾と歯と血が路地裏の壁に飛び散ったのを見て、汚い、と思った。

横目に映る杖を持った少女は、気まずそうに、怪訝な顔をしたまま黙っていた。

 

「何してはんの?」

 

話しかけてみたら、意外と素直に応えた。

 

「気持ち悪い顔で魔薬やってたから、私刑してる」

 

徐に煙草を咥えたその少女は、顔立ちは未だ幼かったが、その割に中々鋭くて冷酷な目を、油断なくボロ雑巾みたいな老人から外さない様子から、かつての師範代であり母であったモノ(ヒト)が、いつも組手の時に放っていた剣呑な威圧感を感じて、なんだか、興味が湧いた。

 

「ほぉん」

 

「因みにこいつ、ショボいけど売人」

 

「はえぇ、コイツ、まるで人みたいな汚物やな」

 

「しかも半亜人」

 

「あらぁ、激しく目障り」

 

「激しく同意だ」

 

よくよく目の前の少女を観察していると、微かに聞こえる呻き声が五月蝿かったので、足元の汚物をもう一度蹴り飛ばして、ぐったりとした様を見て、「これは殺しになるのか、ならないのか」と思案したが、別に態々考えることでも無いと思い、改まって目の前の少女に向き直ってみた。何故かは未だに分からないが、気が合いそうな予感がして、友だちになりたいと思った。

 

「名前は?」

 

「……うーん…リゼ、でいい」

 

何やら言い淀んでいたが、別にどうでもよかった。

 

「ウチは李…やなくて、ルーシー・リー…よろしゅう」

 

なんとなくだが、李若溪という名前を捨てたくなったので、難民申請の時に得た名前をこれからは使おう、と思った。

 

「所でルーシー、禁術とか好きか?」

 

まだ、友だちになったと確信できる状況では無いにも関わらず、いきなりこんな妄言を吐いたリゼへの返答は、

 

「魔薬と同じくらい好きやねぇ」

 

即興の、お粗末で不謹慎な冗句だった。

 

 

 

 

腐った国を変える為に、まず、武力革命による政権の奪取を思いついた。

 

なので、自分が政党の党首になった時のために、色々と考えてみた。

思想形態(イデオロギー)は少数独裁制集産主義。

公約(マニフェスト)は『オウェル国民の価値を回復』と銘打って、半亜人を含む全亜人の民族浄化(ジェノサイド)を最終目標とした。

 

そして、最終目標のために、3つの目標を設定し、具体的にどう行動するべきかについて、検討し、帳面に書いた。

 

第1目標。テロ組織の創設。

詳細、未定。

第2目標。組織の拡大と既存国営機関への入局。

組織拡大は未定、国営機関への入局は、王国有数の高等魔法学院とかの首席になれば達成できると考えていたので、ギリギリ未定ではない。

第3目標。武力革命。

勿論、詳細は未定。

 

正直、後で見たら笑ってしまうくらいに、荒唐無稽で穴だらけの壮大な目標だったが、まるで自分が何にでも成れると信じていた頃の、少年の日の心になれた気がしたので、なんだか懐かしくなって、しばらく何も詳細を書き込まず、そのままにしておくことにした。

 

14歳の頃、俺は当たり前のように外出を繰り返していた。側から見たら家出少女同然だろう。

勿論家の連中は何も言わない。最近は見かけもしない。

煙草の味が着いた不味い唾を、いつも通りクソデカい敷地に吐き捨てながら町まで歩いて、ブラリと路地裏を彷徨いていると、汚いモノを見つけたので、掃除して地域貢献してやっていたら、一人の東洋人と出会った。

死んだ目をした子どもだった。

髪は手入れされて艶があって、育ちが良さそうな娘だと思った。

上等そうな素材ではなかったが、紅い簪をしていて、物珍しいなぁ、と思った。それだけの印象だった。

 

が、その直後、雑に汚物を蹴り飛ばす様を見て、なんだか友だちになりたくなった。

 

路地裏の道は歩き慣れていたので、するりと表通りまでご案内すると、新しくできた本屋を見つけたので、一緒に寄った。

適当に本を吟味していると、華語の本を見つけた。

隣の東洋人なら読めるだろうと踏んで、見せてみた。

 

「これ、読めるか?」

 

「舐めんなや、母国語やぞ」

 

別に揶揄うつもりで言ったわけではなかったのに、大袈裟に臍を曲げながら、吐き捨てる様に反論された。

しかし、全く不愉快で無く、心地良さすらあった。

 

「来年には高等魔法学院なんだ、出来るだけ入学前に色んな勉強をしておきたいんだよ」

 

「えっ、年下?」

 

そこに食いつくのか。

 

「…何歳だと思ってたんだよ」

 

「いや、まぁまぁタッパあるし、テカテカのヘンな髪型しとるし、肩幅もお嬢ちゃんにしちゃゴリゴリやし、なんや、てっきりタメかお姉さんやと…」

 

さっきまでの大袈裟に不貞腐れた顔は何処、途端にはしゃぎ出したので、悪戯心が沸いて、びっくりさせてやろうと思って、少しだけ自分の秘密を話してみようと、

 

「大体…2年前くらいに無月経の刺青紋章を入れたからな、身体が男子らしくなってきているんだよ」

 

敢えて何でもない様に言ってみた。

 

「…マジ?」

 

たぶん、普通にドン引きされた。

 

「…悪い事言わん、ウチが健診したる」

 

まさかの、お節介まで焼かれた。

 

「何処で?」

 

「…半月待て、気合いで個人研究室ぶん取る」

 

遂には、今までのちゃらんぽらんな態度とは打って変わって、初めて真剣な様子を見せた。

勿論、気になった。

だって、大抵の子どもは、家があるから。

 

「お前の家とかでいいんじゃないか?」

 

「家、無い」

 

おお、百面相だ。

最初の死んだ目が、久しぶりに帰ってきた。

 

うん、流石に自分が少し踏み込み過ぎた事を悟った。

無礼を詫びるのは、大切なことだ。

 

「煙草吸うか?」

 

「美味いん?それ」

 

「美味いよ」

 

なので、これで手打ちにして貰った。




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