おめでとう!悪役令嬢は悪のカリスマに進化した! 作:ギブソン・ガール
深夜、東棟地下、ルーシーの個人研究室。
いつも雑多な机は、今は綺麗に片されており、その上には銀色に輝く粉末が小分けにされて布袋に詰められており、更にその横には即日支払用紋章券が束となって置いてあった。
「やっぱ現金は無しか」
「ほとんどが毎月配給で配られる券の中で一番高いヤツやぞ、換金ダルいくらいでグダグダ抜かすな」
煙草を吹かしながら紋章券を一つ一つ鑑定しつつ、手記にそれぞれの金額を書いていく。
リーゼとルーシーは、主に学院外の治安の悪い地域を対象に、自前で製造した『魔薬』を亜人、半亜人
リーゼが入学する半年程前から、二人で共謀し、
裏路地の粗末な公営住宅に住む亜人と半亜人は、主に郊外の大規模農園か、缶詰・布織工場で労働しているが、疫病や身体障害を原因に働けない亜人達には、税金を資金源とする公共運営資金から、月毎に即日支払用紋章券が配給される。
しかし、公共住宅が並ぶ貧民窟は公共施設も公道も少なく、そこを根城とする賭博師や禁術師、賄賂で多少の指定禁術の通報を見逃す警邏、魔薬の製造と販売を請け負う悪党の集団によって、半ば無法地帯と化しており、複雑な通路によって私有地と国有地の境目が曖昧な為に、結界の精度は時が経つに連れて杜撰になってしまった。
娼館に勤務する
が、彼女たちにとってそんなことはそれ程大事では無かった。
むしろ、金蔓が増える要因でもあるし、増えすぎても最終的には
「それより、今年はこのまま小金稼いで終わりなんけ?誰かシバかんの?」
「ナローは将来的に考えたら厄介すぎる、消すか最悪追放しなきゃ豚箱行き確定だ、可能なら今年、最低でも3年に上がるまでに」
「卵野郎は?」
卵野郎とは勿論、ハンプティ・ダンプティ8世の事である。
「出来れば躾してから飼いたいが……」
「噂によると、ウチの同級の部員みんなド突き回されとったらしいで、しかも一発も入れれずに、シバいて躾んのはやめといた方がええんちゃうの、知らんけど」
「……流石にあんな化け物と殺し合うくらいなら、丸め込んで引き込むしか手はないな」
机には新しく、過去の新聞や情報屋から集めた手記を広げ、徐に立ち上がると、埃を被った車輪付きの黒板を引っ張り出して、白墨で色々と書き始めた。
ハンプティ・ダンプティ8世。
112年前から近親婚を続けている気狂い一家。
歴代の卵野郎共は、意外にも職種はバラバラで、なんなら中央魔法院に行った奴さえ居る。
過去にブン屋に取材された記事を見ると、亜人に人権を与えることに対してかなり批判的であり、純人の人権と安全を優先する方が大切と説いている保守派の家だそうだ。
現在、亜人の待遇改善で中央魔法院も内閣府も揉めに揉めている状況のせいで、その勢力は衰え始めているが、かつての先代達が残した功績が強いため、まだまだ根強い人望があり、味方も敵も多い家だと考えられる。
また、様々な証言を見るに全員が全員、愛妻家で、いつまで経っても新婚のように暮らしていたとのことだ。
今の所、選択肢は二つ、懐柔か脅迫。
懐柔では完全な制御はできないが、叛逆される危険性は著しく低い。
脅迫では一時的に完全な制御が可能だが、後にその恨みが倍になって帰ってくる可能性がある。
「…懐柔でいこう」
出した結論は、安全策だった。
苛烈で暴力的な普段の思考とは裏腹の、リスクを排除した決断だった。
対面は、意外そうな顔をして、少しだけ好奇心を覗かせた。
「…ちなみになんやけど、決闘、直で観たんやろ?具体的にどこがヤバいんその卵野郎」
「………詠唱術ってあるだろ」
「おん」
「その中でも三つの種類に分かれているのは知ってるな?」
「結論から言えや、1箱全部吸い終わるで」
「発音詠唱と無言詠唱と動作詠唱を近接格闘しながら並行して全部使ってくる」
「は?マジ?」
目を見開いて、硬直した。
「マジ」
「えっなに、つまり…口で詠唱しながら、頭ん中で別のを詠唱してて、杖とかでド突きながら、その殴る動きで動作詠唱してるってこと?一回に最大3種類の違う攻撃魔術を殴りながら出してくんの?」
「そう、因みに拳闘にも秀でてる」
「…ホンマにホンマ?」
「………おう」
今度は、口からポロリと、まだ結構残っているにも関わらず、煙草が地に堕ちた。
「きっしょ」
◆
西棟1階にある決闘士倶楽部の、部室の前で、革の外套を着た少女が、珍しく煙草を咥えないで、静かに佇んでいた。
そして、扉が開かれる。
「だれ?」
「はじめまして、ハンプティ・ダンプティ8世君」
和やかでは無いにしろ、握手を求めてきた少女に、純白の肌を保つ少年は、少し困惑しながら、それでも優しく応えた。
「少し、お茶したいんだが、どうかな?」
「えっ、いい…?けど?飲むだけ?お茶…」
「…少し、おしゃべりしようって事だ」
「なに話すの?今日のご飯?」
「……いい喫茶店があるんだ、着いてきてくれ」
とうとう律儀に回答する事がなくなり、溜め息混じりに踵を返してスタスタ歩き始めた少女の背を、慌てて追いかけながら、彼はこう言った。
「それっておごり?おごりなの?」
…そうして、学院外の町の、小さな喫茶店に、二人で入った。
中々お洒落な内装で、客も少なく、丁寧に飾られた本棚には几帳面に様々な本が分類ごとに並べられている。
が、そんな事には目もくれずに品書きばかり見る目の前の少年。
なんだか変に緊張し過ぎていた自分が情けなく思ってきたが、そもそも未だに本題に入っていないので、すかさず、密かに心の中で喝を入れ直した。
「で?おごりなの?」
「奢りでいい」
「っしゃあ!!お兄さん!注文!レモラ煮とケルピーの刺身とファラリスの乳粥!あと紅茶!銘柄はマンドレイクで!!」
奢りと分かった途端に迅速に店員を呼び、凄まじい勢いで注文していくその様は、無邪気というよりは無神経と言えた。
「で、きみは?なに食べんの?」
「紅茶だけでいい、君と同じ銘柄で」
「ふぅ〜ん、あっ、お兄さん注文以上ね」
今まさしく舌戦が始まるとは、とても言えない雰囲気で、リーゼは櫛で髪を整えながら、ふと、思い立ったように、あっ、と言って、店員の背を呼び止めた。
「灰皿貸してください」
「ここ禁煙です」
「えっ」
◆
学園長の執務室。
中間考査の結果を元に、第101期生の指導要録をまとめる為、アリス・モンタギューは、右手に木筆、左手に判子、更には念動術で書類を運んだり、木筆や硬筆を動かしていた。
一見すると、長期課題を最終日にまとめて終わらそうとしている幼年学生にしか見えないその姿は、実は学園長としての責務を果たしている立派な教職員の仕事風景なのだ。
そうして、事務作業をしながら、対面で同じく指導要録を確認している灰色の背広を着た教師に話しかけた。
「第101期ヤバすぎんか?」
「雑談するよりも、手と術を動かしてください」
「動かしながら問いとるんじゃ」
「………」
論破されたので、灰色の背広の男、チャールズは黙り込んだ。
「ポンパドール嬢は言わずもがなじゃ、700点が満点って言っとるのに、なんか限界突破した点数を取りおった、ナロー君は優秀じゃが正義感が強すぎて社交性が終わりすぎておるし、8代目卵に至ってはなんじゃあれ、7代目卵も大概だったが、もうアレは純人の領域超えとるぞい」
「優秀過ぎるというのも……考えものというか…」
「挙句の果てには、上半期でいきなり退学者が理由不明で出るし、眼光灯の調子が軒並み悪いし、露骨に成績下がる生徒が例年より多いし…なんなんじゃ、なんなんじゃマジで、ワシなんか悪いことしたか?
とうとう下手くそな泣き真似をしながら駄々を捏ね出したので、チャールズは態とらしく中折れ帽を外して、咳払いを一つした。
「
「本命ナロー、対抗ポンパドール、大穴でセネル」
「…流石に大穴過ぎるのでは」
さっきまで大袈裟に嘘泣きしていた瞳は、今は微塵も揺れていなかった。
「純粋で純朴な子ほど、悪に染まりやすいんじゃよ」
「……それは」
「はい指導要録終わりぃ!確認よろしくぅ!」
念動術で吹き上がった全ての書類が、暴風のように中折れ帽を外した頭部に直撃し、風によって張り付いた全ての書類を剥がす頃には、既に下手人は窓から逃走していた。
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