この世界に転生して僕は念願の魔力を手に入れ、充実した陰の実力者生活を満喫している。
シャドウガーデンという同じく陰の実力者ムーブを楽しむ仲間も出来た。
学園では冴えないモブを演じつつ、日々を過ごしながら、ここ最近では満足のいくイベントが盛り沢山だった。
そこに加えてブシン祭といういかにも陰の実力者として活躍出来そうな舞台があるじゃないか!
乗るっきゃないこのビッグウェーブに!!
そうと決まれば早速出場の手続きをしたいけれど、ここで問題なのが僕がそのまま出場しては陰の実力者にはならないということだ。
モブとしてのシド・カゲノーでも、陰の実力者としてのシャドウでもないおいおい、アイツ絶対に死ぬわみたく、いかにも雑魚っぽそうな人間が実は強者だったという王道にして憧れの展開へと持っていきたいのだ。
そうなれば、ここで頼れるのはやっぱり……。
「お待ちしておりました、シャドウ様。どうぞこちらへ……」
「うん。ありがとう、ガンマ」
そう、我がシャドウガーデンの頭脳とも呼べるガンマが経営しているミツゴシ商会へとやって来た。
僕はここで偽りの顔と経歴を手に入れにやって来たのだ。そんな僕の期待通りにガンマはジミナという仮面を用意してくれた。
「主さま……、やはり急遽ブシン祭に出る理由は、あのジュラキュール・ミホークが出場することを決めたからでしょうか?」
「へぇ……、彼の大剣豪がブシン祭に出場するんだ」
ガンマの口から出たジュラキュール・ミホークの名前に僕は驚いた。
だって前世で一番有名と言っても過言ではない漫画に出てくる強キャラだからね。
一応、ミホークの噂話なら僕も聞いたことがある。
今回、僕が出場するブシン祭で5連覇を果たし、女神の試練では古代の戦士を前代未聞の複数人呼び出してみせ、その中には英雄オリヴィエの姿もあったそうだが、ミホークはかすり傷1つ負うことなくその全てを斬り伏せたという。
他にも幾つもの眉唾物に近しい噂話はあるけれど、原作の彼の強さを知る僕からすれば納得に近い話ばかりだ。
「これは……、面白いことになりそうだ」
頭の中で決勝で戦う自分とミホークの姿を想像しながら、ふっと不敵に笑うシドにガンマはあの大剣豪を相手になんと勇ましいと心の中で讃えていた。
ここ最近は前世と変わらず酷く退屈な日々が過ぎていく。この世界に転生して数年は充実した日々を送れていた。
魔獣と呼ばれる前世では存在していなかった凶悪なモンスター。自身と同じく魔力という超常の力を纏って戦う魔剣士と呼ばれる使い手との戦い。前世では会得し得なかった技の数々に高揚を覚えた。
だが、いくら強い技を身に着けようと、今では俺の前を行く者どころか、横に並び立つましてや後ろに追いつこうとする者すらいない。
だからこそ、ブシン祭も5連覇した後は表舞台から姿を消して人知れぬ秘境にて剣の腕を伸ばしていた。
既に俺の剣は地を裂き、雲を割り、海を断ち切るまでの境地へと到達していた。
すでに今の俺の剣技は原作のミホーク並みであると自負してもよいと言えるレベルまで高まっている。
故に苦痛なのだ。この世界にはゾロもいなければ四皇も七武海も存在しない。
今の俺の我が愛刀どころか、予備の武器すら抜く必要すらない戦いにしか巡り会えない。
原作みたく玩具のナイフですら国家の精鋭騎士団を制圧できてしまうほどの武力を身に着けようとも、それを振るう相手がいなければまさに宝の持ち腐れというものだった。
一体いつからだったろうか? この世界で剣を振るうことなく対峙しただけで相手が負けを認めて頭を下げだしたのは……。
一体いつからだったろうか? 下げた頭を見下ろして落胆のため息を吐かなくなったのは……。
一体いつからだったろうか? この剣を闘いのためではなく、自己満足の為に振るうようになったのは……。
地位も名誉も金も全てを捨て去り、剣の道のみに没頭し魔獣が蔓延る秘境に身を隠し表舞台から去って数年の月日が経った。
ふと、剣士としての勘か? 獣としての嗅覚か? 何かしらの転機が起こる。そう直感が働いて久方ぶりに秘境から人里へと降りてきた。
まずは秘境でボロっちくなった身なりを整える為にそこら辺に生息している盗賊から金品の強奪を計る。これは普通はしてはいけない悪いことなのだが、世の中の浄化という立派な理由があるから世間ではわりと正当化される。
そうして、俺はいつもの黒の一張羅を身に着けそこら辺を目的もなく出歩く。それだけでいい、それだけで目の利く商人や権力者は俺の剣を目的に砂糖に群がるアリのごとく集まってくる。
そのまま俺は集まった奴に招待されるまま、食客として呼ばれた屋敷で秘境では味わえない高級なワインに舌鼓をうちながらここ最近の出来事を聞いてみる。
すると、やはりその事でしたか! と興奮したように商人は1から10まで懇切丁寧に教えてくれた。
ここ最近の盗賊の出現数が激減したこと。
王都にてシャドウガーデンなる極悪非道な集団が暗躍していたこと。
女神の試練にてその頭目シャドウが古代の戦士を相手に勝利したこと。
様々な事を聞けたが、シャドウガーデンか……。恐らくはその集団の出没こそが俺の勘が働いた相手なのだろう。
俺は情報と飯代の代わりとして一太刀だけ商人の為に振るうと約束した。
それを聞いて商人は大層喜びながら、ここ最近の商品の流通ルートに出没する凶悪な魔獣の退治を依頼してきた。
実際に現場に行ってみると、そこには1体だけではないかなりの数の魔獣が近くに縄張りを作っていた。
正確な数を気配で察知すると恐らくは100を超えるだろう。それも1個体の強さも並みの魔剣士では少々手を焼く程の厄介さだ。
「とはいえ、このレベルならば一太刀で充分だ……」
ギン!! と殺気を飛ばすと魔獣は一匹の例外なくこちらへ視線を向けて突然のことで体を硬直して固まった。
その刹那の隙を狙って横に一太刀を叩き込む。それだけで事が終わる。
俺の目の前に広がる魔獣の群れはその一太刀による斬撃で胴体と首が
「っなぁ……!!?」
後ろで見届け人としてついてきた商人は目玉を飛び出させながら、今目の前で起こった現象に理解出来ないとばかしに口をパクつかせて驚きまくる。
これで礼は返したので俺は自身の勘を頼りに、そろそろ開催時期となるブシン祭へと足を運ぶことにした。
久方ぶりのブシン祭だったが、俺が出場すると言い出すと周りは狂喜乱舞しながらあっさりと手続きを完了させた。
いきなりやる事が無くなった俺はこの街に強者、あるいは俺が鍛えるに足る原石でもいないかと散策をしているとだ、本当に俺はこの気まぐれ好きな神に愛されているのだと実感する。
最高だ。僕は今最高にツイている!!
もしもこの世界に神様という存在が実在しているというのならば僕は確実にその存在に愛されていると断言できるだろう。
僕はブシン祭にジミナ・セーネンという偽りの存在で出場を果たすために会場に向かって街を歩いていると、突然歴戦の魔剣士といった感じのお姉さんが僕の望んでいる反応を見せてくれた。
更にそこからイカついおじさんも加わって、僕に殴りかかってきてくれたのだ。
これぞまさに僕が望んだ。おいおい、アイツ絶対に死ぬわ! のシーン!!
これだけでも僕は満足感で一杯だったというのに、そこに加えてあの男が路地の先から現れたのだ。
「俺の通る道の邪魔をするか、弱き者どもよ……」
その眼は猛禽類を思わす程に鋭く、その眼光を前に先程まで僕を殴っていたおじさんも戦慄し恐怖で動けなくなっていた。
見れば解る。この人は間違いなく僕に匹敵しうる最強の剣士だ。
この世界は魔力頼りの魔剣士が多い。事実として、この僕を殴ってきたおじさんもただの筋力頼りのテレフォンパンチで受け流し程度は簡単に出来る。
でもこの男は違う。自然な足運びに加えてその肉体。このおじさんの膨らんだ筋肉が風船で膨らませたものとするなら、この男のは鉄の塊を重機で圧縮してヒトの形にしたものと表現していいほどに次元が違う。
前に聖域でアウロラから魔力無しの人間トーナメントがあれば僕が優勝とお墨付きをもらったけども、この人と戦ったら果たして勝てるかどうか?
再びジロッ……いや、ギロッ! の方が合ってるかな? とにかくこの人が少し目を細めて睨みつけると、僕を殴っていたおじさんは弾かれたように壁際に移動して道を開ける。
周りの人達も同じように邪魔にならないように壁際に立って微動だにせずにいた。まるで統率された軍隊のようだな~と思っていると、先ほどのお姉さんが肩を震わしながら口を開いた。
「…………ジュラキュール・ミホーク。ブシン祭に出場するという噂は本当だったのね」
ああ、やっぱりこの人がミホークさんだったんだ。まあ、漫画で見た通りの容姿に服装だったからそうだろうなとは思ったけど。
カツカツと独特の足音を鳴らしながらミホークは路地を通り過ぎようとして倒れる僕の前で立ち止まる。
「ミホークさんが立ち止まった?」
「おいおい、アイツ絶対に死んだわ……」
なんかモブの中の1人が僕の欲しかった台詞を言ってくれたが、今はそれどころじゃない。
立ち止まったミホークさんが僕に視線を向けた瞬間、僕は倒れていた姿勢を正して即座に立ち上がった。それも無意識に近いレベルで……。
つまり、感じたということだ、本能的なレベルでの死を……。
「……貴様、名はなんという?」
「…………ジミナ・セーネン」
僕はカッコつけるのも忘れて今の仮の名前を口にする。あの眼光を前にさしもの僕も演技をする余裕はなかった。
ほんの数秒程の時間、僕とミホークさんは視線を交わしていた。そして、ミホークさんから先に視線を外しそのまま何も言わずにこの場を去っていった。
周りからは流血沙汰に発展しなくて良かったといった感じのほっとした空気が流れていた。その中で、先程僕に声をかけてきたお姉さんが僕に何者かと聞いてきた。
「あなた……、一体何者なの?」
「ジミナ……ただのジミナさ……」
そうニヒルに返して僕もブシン祭出場の為にこの場を後にした。
決まった! まさに完璧な弱者を演じる強者ムーブ!!
思わず嬉しさでスキップしてしまいそうな気持ちを抑えて、僕は会場へと向かったのだった。
「本当に何者だったのかしら、あのジミナっていう青年は?」
「おいおい、あれはあの男がただ無様に倒れていたからミホークが興味を持っただけだろ? あれはどっからどう見てもただの雑魚だぜ?」
「いいえ、気付かなかったの、クイントン。あいつ、あんたにあれだけ殴られてたというのに、まるで目立ったダメージがなかったわよ」
「っな! マジかよ……!?」
「ええ、とにもかくにも、今年のブシン祭は例年よりも大きく荒れるわよ……」
そう予言してアンネローゼは腰の剣の柄を握りながら、世界最強を相手に己の剣がどこまで通用するのか試したい衝動を抑えるのであった……。
久々にいい剣士を見た。どういった理由であのような弱者を演じているかは知らんが、その身の内に秘める魔力は強大な渦を巻いていた。
俺が視線を向けた際の身のこなしも武芸者の技が見え隠れしたものだ。
「ジミナ・セーネンか……。久しく見ぬ強き者であることを願うぞ……」
静かに闘う闘志を燃やしながら、ミホークはブシン祭の開始を楽しむのだった。
感想さへくれたらよ……、俺は止まんねえからよ……!
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