世界一の大剣豪になりたくて!   作:リーグロード

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仕事が忙しかったのと、書いている内に無駄に文章量が多くなった。
投稿遅れたけど、ゆるしてクレメンス。


戦慄走るブシン祭!!大剣豪の脅威の一振り!!!

 ここ数日、シャドウガーデンのメンバーはとある人物の情報を手に入れる為に奔走していた。

 

 事の発端は数日前、とある信頼できる筋からの情報で、世界最強と名高き魔剣士、ジュラキュール・ミホークが表舞台に躍り出たらしい。

 

 その目的は何か? 教団と繋がりがあるのかどうか? シャドウガーデンと敵対関係にならないか? 

 

 様々な可能性を調べて潰すべくメンバーは周辺諸国から情報を手当たり次第に集めていった。

 その結果として、ミホークの目的がブシン祭に出場することだということが判明した。

 

 だが、そこで新たな疑問が浮かび上がる。

 ブシン祭優勝5連覇を果たし、自身に匹敵する魔剣士は存在しない。そう確信したからこそ、ミホークは表舞台から姿を消したのだ。

 そんな彼が何故今更ブシン祭に出場することを決めたのか? 

 

 秘境にて手に入れた新たな力を試すためなのか? 自身に匹敵するような相手を見つけたからなのか? 新たな情報は新たな謎を呼んだ。

 

 そんな中、我らが主であるシャドウが顔と身分を偽ってブシン祭に出場するとガンマから報告が入る。

 まさか、シャドウはミホークの狙いを暴いている!? 

 

 即座に私は命令でゼータを派遣し、ミホークの情報を得るべく足取りを追跡し、その目的を調べ上げようとした。

 しかし、後日ゼータからミホークに追跡がバレたとの報告が入る。

 

 シャドウガーデン内で最も隠密能力に特化しているゼータですら見破られる気配察知能力は流石の一言だろう。

 ゼータからは本人と直接言葉を交わし、目的は暇つぶしで、教団との繋がりはないと言われたそうだ。

 ゼータからは噓を言っているような感じはしなかったと報告はされたが、それを馬鹿正直に信じる訳にもいかない。

 

 ならばと、剣の国『ベガルタ』出身であるラムダをここへ呼んだ。

 

「失礼します、アルファ様!」

 

「急に呼び出したりしてごめんなさいね、ラムダ。あなたに聞きたい事があったの、かの大剣豪、ジュラキュール・ミホークについてよ」

 

「あの御仁のことですか、申し訳ありません。私もかの御仁とは直接的な面識はなく、精々があの方とベガルタの精鋭達との決闘試合を見た程度でして……」

 

 本当に申し訳なさそうに謝るラムダに私は宥めるように優しく声をかける。

 

「それでも構わないわ。それで、あなたの目から見て、ジュラキュール・ミホークの実力はどの程度のものなのかしら?」

 

「はっ! 了解しました。っと言っても、あの頃の私はまだまだ未熟者で、理解出来たことといえば、彼の剣が消えたと思った瞬間に敵が吹っ飛んだということぐらいでして……」

 

「なるほど、つまり当時のあなたでは見ることすら出来ない領域の強さだったということね?」

 

「はい、まさにその通りです。その……すみません。あまり役に立ちそうな情報ではなくて。こ……これからも精進し、シャドウガーデンの為に尽くすことを約束します!」

 

 ラムダを傷つけないように言葉を選んで問いかけると、ラムダは申し訳なさと気遣ってくれたことへの照れと嬉しさが入り混じったような表情を浮かべて答えてくれた。

 そのままラムダへ通常業務に戻るように命じると、彼女はすぐに今担当している新人育成の為に訓練場へと戻っていった。

 

「シャドウ。あなたには一体何が見えているというの?」

 

 窓の外から見える空を眺めながら、アルファは事件の核心に近づいているであろうシャドウの姿を思って言葉を独り言を漏らす。

 

 

 

 

「はっくしょん!」

 

 ズビッと鼻水をすすりながら誰か僕の噂でもしているのかな? と首をかしげる。

 

「大丈夫ですか、シドさん?」

 

「ええ、ちょっと鼻がむず痒かっただけですよ、アイリス王女」

 

 そう、今の僕の隣には昨日試合で負けたアイリス王女が座っている。

 僕はてっきり昨日の試合で負けたから公務に戻るものだとばかり思っていたが、どうやら彼女はこのブシン祭でのミホークさんの試合を見学して雪辱を果たすリベンジに燃えているようだ。

 

「僕よりもアイリス王女の方が心配ですけどね。ほら、その目とか……」

 

「あらやだ、みっともない顔を見せてしまって申し訳ありません」

 

 王女様の目には思いっきり泣いた後に出来るまぶたの腫れが浮かんでいた。

 そりゃ、昨日あんだけ派手にボコスカにやられちゃってたしな~。

 けど、あの強者ムーブはかっこよかったな~。武器を使わないじゃなく、あえて使った上で刃の方を持ち手にして柄の方を相手に向けるとはね~。

 あの煽りは今後のシャドウの参考として取り入れるのも有りだな。

 

 うん? なにか向こうが騒がしいような? 

 

「あのっ、お客様。失礼ですが、こちらの特別席に武器の持ち込みはちょっと……」

 

「! あ……いいのです! その方は私がお呼びしました。こちらです『武神』ベアトリクス様」

 

「ベアトリクス様……? あの伝説の剣聖の!? 」

 

 あの人は確かベアトリクスさんだったっけか? へぇ~凄いな、あの人武神やら剣聖やらだなんて呼ばれてるんだ。

 僕もそういう2つ名とか欲しいな。例えば奴があの伝説の!? だとか、あれが噂に聞く!? なんて呼ばれてみたいな。

 

 まあ、そんな風に呼ばれている有名な人と僕は今から戦うわけなんだけどもね……。

 

「それでベアトリクス様。例の件はお考えいただけましたでしょうか?」

 

「例の件?」

 

 おっと、つい気になって口を挟み込んでしまった。けどまあ、メインキャラの意味深なやり取りに、ついうっかり口を挟むモブとしてはいいタイミングだったのではないだろうか? 

 

「ええ、昨日この子に剣の腕を磨いて欲しいってお願いされたの」

 

「昨日の負けは私の未熟が招いた結果。決して王都ブシン流のせいではない。それを皆に示さなくてはなりません!! その為には、今の私がより強くなってミホーク様に認めてもらわなければ!!」

 

 へぇ~、昨日の負けで剣の道を諦めるものかと思ってたけど、随分と熱い人だったんだな、アイリス王女って。

 

「無駄よ。今のあなたでは何をしたって彼には勝てないし、届かない」

 

「っ! 何故!?」

 

 ガタンと椅子を蹴倒して立ち上がるアイリス王女に、ベアトリクスは冷めた目を向けながら落ち着いて話をしだす。

 

「正直言って、あなたがここまで早く再起するのは驚いた。でも、その精神性はあまり変わっていない。そのすぐ激情する性格は直しなさい。ミホークからも言われてたでしょ?」

 

「っ!!」

 

 悔し気に唇を嚙みしめるアイリス王女。まあ、人の性格なんて1日そこらで変化することはそうそうないからね。

 それを見抜いたからこそ、ベアトリクスさんはアイリス王女のお願いを蹴ったのだろう。

 

 おっと、そろそろジミナに変装しなければ試合の時間に間に合わないぞ。

 折角だし、この気まずい雰囲気に耐えられなくて逃げ出したモブでも演じるとしようか。

 

「あ~、僕、お腹が痛くてトイレに……」

 

 飲んでいたティーカップを置いてそそくさとこの場から退場する。

 よし! 周りの人たちの目が逃げやがったなこいつという冷めた視線を向けてくる。どうやら僕の演技に見事に騙されたようだな。

 

 さ〜て、ブシン祭での最大のお楽しみといきますか。

 

 

 

 

 

 シドが去ったことにより、場の雰囲気を悪くしたというのに気づいたアイリス王女は、頭を下げてベアトリクスに修業の打診を再び願いでる。

 

「お願いします。この性格を直せというのであれば精一杯の努力はさせていただきます。なのでどうか、私に剣のご指導を!!」

 

「…………、確かにあなたは才能がある。剣の腕も魔力もこのブシン祭に出場している魔剣士のなかではトップクラスの実力者でしょうね」

 

「でしたら!!」

 

「でもそれだけよ、私やミホークの求める強さとあなたの思い描く強さは全くの別ものよ……」

 

「?? それはどういう……」

 

 ベアトリクスの言い分が理解出来なかったアイリス王女は首をかしげながら問いただそうとすると、部屋に入ってきた男が先程までシドが座っていた席に着席する。

 

「これはこれは、アイリス王女。どうやら、昨日の試合で折れてしまったかと心配しましたが、そのお姿を見れば無用の心配だったようですな」

 

 そう隣に座るドエムがニヤリと笑いかけるのに対し、アイリス王女は若干眉をひそめると、すぐさまいつもの笑顔を貼り付けて返事を返す。

 

「昨日はお見苦しい様をお見せして申し訳ございませんでした」

 

「いえいえ、かの大剣豪を相手にすれば仕方のなきこと。アイリス王女ならば、リベンジを果たすと信じております!」

 

「そうですね。私もより一層の精進をみせ、次こそはかの大剣豪を相手に剣を抜かせてみますわ」

 

 なんとも胡散臭い笑みを浮かべながら思ってもいないことを口にするこの男の態度に、アイリス王女はにこやかに返す。

 

「なるほど。実に心強いお言葉だ。ところで、そちらのお嬢さんはどなたでしょうか?」

 

「ああ、この方は『武神』ベアトリクス様なのです」

 

「っな! まさかこの地にかの大剣豪と剣聖が揃うとは……。このような歴史的瞬間に立ち会えたことを光栄に思えます。そういえば、ベアトリクス様はかの大剣豪と旧知の仲であると噂で聞いておりますが?」

 

「それは本当。最初の出会いは確か、目が合ったから殺し合いをしたのがきっかけだったかな?」

 

「「こ……殺し合い!?」」

 

 まさかのとんでも発言に、アイリス王女とドエムが異口同音の声を上げる。

 

「うん。お互いにあっ! この人強いってなんとなく気になったから口より先に剣が出たの……」

 

 なんてことない風に口にしているが、アイリス王女は「ははは……」と渇いた笑みを浮かべ、ドエムはひきつった顔で「どこの蛮族だ!」と内心でツッコミを入れていた。

 

「そ……それで、その殺し合いの結果はどうなったのでしょうか?」

 

 かの大剣豪と剣聖の殺し合いの結果、そんな特ダネを聞かずにはいられなかったドエムが恐る恐ると尋ねる。

 

「う~ん、結果から言うと私の事情で勝負は中断しちゃったから、引き分け……かな……?」

 

「引き分け……ですか……」

 

「うん。あっ、でもそれ以降も出会ったら戦ったりしていて、現在は12戦11敗1引き分けで負け越してる」

 

「ベアトリクス様が11回も負けているのですか!?」

 

「そう。彼、会う度に別人かと疑うくらい強くなっていくから……」

 

 ちょっと悔しそうに頬袋を膨らまして剣を握る手を強め、用意されたティーカップの中身を一気に飲み干す。

 

 だが、実際にミホークはベアトリクスと出会う度に飛躍という言葉では片付けられない程の成長をしている。

 それは彼自身の天賦の才能もあるが、何より彼の努力の賜物だろう。

 剣以外の全てを捨てたような生活と空想のフィクションとはいえ、今の自身よりも格上の剣士をイメージしながら剣を振るい続けている。

 決して自身にとって都合のいい偶像ではない。自身の経験と歩んできた現実、そして何時間と読み込み、見続けた憧れのキャラの動きを完璧に覚えている記憶によって裏打ちされたイメージは虚像ではなく、現実となる。

 それこそが、ミホークが強くなり続けられる1番の理由なのだ。

 

「彼が見ている世界は私が知る闘いの世界の遥か上をいっている。だからこそ、彼は世界最強の魔剣士と呼ばれるほどに強くなった」

 

 ごくりとアイリス王女とドエムは唾を飲み込む。

 ミホークがまだ成長を続けているというのであれば、あれ以上強くなるというのだろうか? 

 

「そういえば、ミホーク様の剣の腕……というより、伝説は聞き及んでおりますが、その……」

 

「……? ああ、彼の剣ってデタラメ過ぎて噂話とかじゃ理解出来ないのものが多いからね……」

 

 ドエムが聞きたいのはミホークの剣技についてなのだと察したベアトリクスは、自分の目から見たミホークの剣を説明する。

 

「そうね。彼の剣は私が知る魔剣士の中で最も優しい剣の使い手ね……」

 

「彼の剣が優しいですか……?」

 

 昨日の試合で見せた圧倒的な戦闘からは、優しさとは無縁の人物に思える。

 

「勘違いしないで欲しいのだけれど、彼は敵に対しては決して優しくも甘くもないわ。私の言う優しさとは“柔”を指す。その言葉の意味を真に知りたければ、彼が次の試合で剣を抜くことを祈ることね……」

 

「「…………」」

 

 王国最強のアイリス王女ですら剣を抜くことさえしなかったミホークに、一体誰が抜かせられるというのだろうか? と半ば諦めた気持ちのアイリス王女とドエムは静かに次の試合が始まるのを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別席から抜け出した僕は早速ジミナへと変装し、ミホークさんの待つ闘技場へと歩を進めようとしたその時、僕の背後に誰かが近づいてきた。

 

「何の用だ、アンネローゼ?」

 

「っ! こっちを振り向きもせずに気がつくなんて流石ね、ジミナ」

 

「なに、簡単なことさ。俺は一度戦った相手の気配と足音は絶対に忘れないタチなんでね」

 

 決まった~!! 気配察知で格の差を見せつけ、ニヒルな台詞で振り返る。いかにも強者の風格を滲ますこの一連の動作!! 

 ま・さ・に! 僕の思い描く陰の実力者として完璧じゃないか? 試合開始前にこんな貴重な体験をさせてくれるだなんて、やっぱりアンネローゼは最高だ!! 

 

「それで、一体何の用で俺の後ろに立った? 俺はこれから試合なんだが?」

 

「私が来たのはそれよ!」

 

 ビシッ! と指を指してくるアンネローゼに、僕は首をかしげる。

 これから始まる試合にアンネローゼが何か関係しているのだろうか? 

 

「あなたがこれから戦おうとしている相手は、剣の国ベガルタで『剣神』とすら崇められ畏怖される剣の頂点に立つ存在なのよ!」

 

「知ってる。俺の知り合いにベガルタ出身の者がいるのでな。その称号を持つきっかけになった試合を見たそうだが、何も理解出来ない次元の戦いだったそうだな……」

 

 これは確かラムダに聞いた話だったかな? 昔、ミホークさんの噂を聞いて色々と調べ上げてたっけかな。

 結局、分かったことといえば、ミホークさんがとんでもない魔剣士で物凄く強い! ってことくらいだったけど。

 

「ええ、彼の強さは昨日の試合でも見たように常軌を逸してるわ。その上で聞いて! 今からでもいいから、彼と戦うのは止めておきなさい。これは一度剣を交えた友人としての言葉よ!!」

 

 なるほど、アンネローゼがここへ来たのは純粋に僕を心配してのことだったのか。

 まあ、昨日のあんな試合を見たのならそれも仕方のないことだろうけれども……。

 

「生憎と断らさせてもらおう。俺は敵に対して背を向けない主義なのでな。それに、1つお前に聞くが、戦う前から負けることを想定して戦う魔剣士がいるか?」

 

「……はぁ、それもそうね。ならここからあなたの活躍を見せてもらうとするわ。精々無様に負けないように気張って頑張ってきなさい!」

 

「…………」

 

 そう背中を押してくれるアンネローゼの激励に対して僕は無言で親指を立てて闘技場へ入場する。

 

「…………ニィ」

 

 実力を認めた同士が試合開始前に友情を確かめる。なんて王道的なスタイル! 僕の思い描く陰の実力者ムーブとはちょっと違うが、こういう演出も悪くないな。

 

 感無量とばかりに浮かれた気分で闘技場の土を踏んだ瞬間、僕の気持ちが一気に引き締められる。

 

「っと、こうして戦いの場で対峙すればよく分かるな。奴の気迫と強さというやつが……」

 

「…………」

 

 ただそこに立っているだけ。武器を構えているわけでも、殺気を放っているわけでもない。

 先程、僕がアンネローゼにしたみたいな強者ムーブをせずとも、そこに立つ。たったそれだけの動作が彼という本物の強者を強者たらしめる。

 

「嬉しいねぇ……」

 

 僕がこの世界に転生してかなりの月日が経った。

 

 前世で恋焦がれ続けていた魔力! 同じ志を持つ同士! 陰の実力者として活躍できる舞台! 

 

 前世であれほど欲しかったものが今の僕の周りには溢れている。

 でも、1つだけ手に入っていないものがある。それは、陰の実力者としてのライバルの存在!! 

 つまるところの主人公の有無だ。

 

 王都の学園に入学し、それなりの時を過ごした。モブとしての友人ができ、王女との偽りの恋人を強制され、強者に倒れるモブ技を試し、王女をテロリストから庇うモブを身を張って演じてみせた。

 非常に濃い学生生活を送ってみたが、未だこの世界の主人公ともいえる存在には出会ったことがなかった。

 

 でも、僕は今日この瞬間に確信した。彼こそが僕のライバルたる存在。すなわち、主人公になりえる存在足りえると!!! 

 

「「…………」」

 

 互いに口上の挨拶を交わすことなく、闘技場の中央で接敵する。

 

 緊張した空気が闘技場内外に張り詰める。昨日のアイリス王女との試合でもここまでの緊張感は漂ってこなかったというのに、あのジミナとかいう魔剣士は何者なんだという声が観客席中からざわめきだっている。

 

 本来の僕ならば、この観客達の反応に満足感で満たされているのだろうが、それ以上に目の前に立つこの人の視線が気になり過ぎてそれどころではなかった。

 

 全身の鳥肌が逆立つような気迫の圧に押されてしまう。今すぐにでも剣を抜いて戦ってみたい衝動に駆られるが、まだ押さえろ! メインディッシュを焦って喰らうだなんて勿体ない、じっくりと味わいつくそうじゃないか。

 

『両者準備はよろしいか? それでは2回戦、ジュラキュール・ミホーク対ジミナ・セーネン!! 試合開始ッ!!!』

 

 審判の試合開始宣言と動くと思われた両者だったが、現実はその真反対に両者は動きをまるで見せなかった。

 

 微動だにしていないわけではない。ジミナはほんの僅かに視線や重心を移動させながらミホークの動きを観察している。

 それに対してミホークは、アイリス王女の時に使った玩具のナイフではなく。腰にさしている予備の武器である短剣を抜いた。

 

 あのアイリス王女にさえ剣を手にすることがなかったあのミホークが短剣とはいえ、剣を抜いてみせた。その事実は観客を含め、特別席に座っている者達も驚きの声を隠せないでいた。

 それに対して、対戦相手のジミナはというと……、

 

「…………?」

 

 おかしい? 俺は視線や重心移動でイメージではあるが、何度もミホークさんの体を斬っている。

 だというのに、ミホークさんは一切の挙動を見せてはこない。気がついていない? いや、そんな筈はない。

 今はイメージだけだが、実際に俺が動いていればイメージ通りにその体を斬り刻まれていただろう。

 

 もしや、僕の虚を完全に見切っているからこそ動かないのか? 

 

「試してみるか……」

 

 ゆったりとした体の動きから、力を籠めて剣を握る。

 そして、踏み込みと同時にその体を斬り裂く!! 

 そう思って地面を蹴り上げようとしたその瞬間、ミホークさんの鋭い眼が僕を捉えた。

 

「生憎と俺はその手の小細工は好かん。ゆえに、避けてみせろ」

 

「っっっ!!!?」

 

 ミホークさんが握っているのはただの短剣だ。抜いた時から観察していたが、そこらの武器屋に置いてある程度のどこにでもある、業物とも呼べぬ普通の代物と何ら変哲は無かった。

 

 頭ではそう理解している。だというのに、ミホークさんがその短剣を天高く掲げたその時、全身の細胞が死の恐怖を……あの日、前世で死んだときの光景を思い出す。

 

 未来の現実が、予感として僕に警告してくる。

 

『避けねば死ぬぞ!!!』

 

 その言葉が頭に響くと同時に、前へ出る為に踏み出そうとした足は真横に飛んだ。

 

 ズバッ!!

 

 そのすぐ後に、ミホークが短剣を振り下ろせば、斬撃が先程まで僕が立っていた場所を斬り裂き、地面にはけして小さくはない斬撃の跡が出来ていた。

 

「飛ぶ斬撃とは、恐れ入ったな……」

 

 まさか、試そうとしたつもりが試されるハメになるとは……。

 

 首筋に流れる冷や汗を拭いながら、もう油断や慢心はしないと誓って剣を構える。

 

 

 

 

 

 

 

 特別観客席で試合を観戦していたドエムは目を見開きながら身を乗り出し、今の現象に困惑を隠さずにいた。

 

「なんだ今の攻撃は!? 振り下ろした短剣から斬撃のようなものが飛び出たぞ!! まさか、あの短剣はアーティファクトの類いの物なのか……!?」

 

「そんな筈は……!? あれはどう見てもただの短剣のようにしか見えませんが……?」

 

 人が短剣をただ振り下ろしただけで斬撃が飛んだ。

 どこのホラ吹きが吐いた嘘だ! と笑われるかもしれないが、事実として目の前でミホークがそれを成してしまったのだ。

 

 これには大会では禁制であるアーティファクトの存在を疑ってしまうのも無理はない。

 しかし、純粋な魔剣士であるアイリス王女の目にはあの短剣がアーティファクトのようには思えない。

 

 そもそも、世界最強の魔剣士であるミホークがアーティファクト頼りの戦いをするだなんて信じられないのだ。

 

「アイリス王女の言う通り、あれはただの何処にでも売っている短剣よ。ただその使い手が異常なだけ……」

 

 騒ぐ2人を落ち着かせる為にベアトリクスは言葉を紡ぐ。そして、その細い指を真っ直ぐにミホークへ指す。

 

「運がいいわ2人共、彼が剣を抜く事なんて私以外じゃ滅多にないもの。ほら、見なさい。あの闘技場の地面に出来たあの跡こそが私の言う彼の強さの1つよ」

 

 そう言われてミホークが放った斬撃の跡を見てみるが、別段特に変わったようなものは見受けられなかった。

 いや、ドエムは何も気付かなかったが、アイリス王女は何か違和感のようなものを感じ取る。

 

「なにか……魔剣士としての勘ですが、あの跡には私が学ぶべきことが詰まっている。そんな気がします……」

 

「そうね。昨日の試合で見たかぎり、あなたの剣に足りない物がアレにはあるわ。分からなかったとはいえ、それに気付きかけたのは及第点をあげる」

 

「あの……ベアトリクス様。アレがなんだというのでしょうか? すみませんが、私にはただの斬撃で出来た破壊痕にしか見えませんでしたが?」

 

 魔剣士でないドエムは何度見ても理解出来ないといった感じで、根負けしたかのようにベアトリクスに答えを尋ねた。

 

「そうね。あまり長々としてたら2人が動き出しそうだしね。アレの破壊跡には一切の無駄が発生していない」

 

「あっ!」

 

「……?」

 

 ベアトリクスの答えともヒントとも取れる発言に意図を読み取れたのはアイリス王女だけで、ドエムは未だに? を浮かべている。

 これには答えを言ったつもりになっているベアトリクスも? を浮かべる。ベアトリクスの真意を読み取ったアイリス王女が未だ理解出来ていないドエムに理解出来るようにちゃんと説明する。

 

「つまり、ベアトリクス様はミホーク様の斬撃が余計な破壊を生まない正確無比な剣技であることを仰りたいのだと思われます」

 

「ああ……、なるほどそういうことですか」

 

 これでようやくドエムも理解出来た。空を走るほどの斬撃を飛ばす力を持ちながらも、その破壊跡には小さなヒビ1つ出来ていない。

 つまるところ、ミホークはただ身体能力にモノを言わせただけの魔剣士ではないという事を意味している。

 

「ミホークが言うには、最強の剣とは、守りたいものを守り、斬りたいものを斬る力……らしい」

 

「なんとも、彼が言うには違和感がある言葉ですね……?」

 

「実際、この言葉はとある御仁からの受け売りらしい。でも、それこそが魔剣士を1つ上の段階に登らせる真髄に通ずる言葉らしい……」

 

 ベアトリクス自身もこの言葉の真意は半ばまでしか理解出来ていない。この守りたいと斬りたいは1()()()()()に通ずるものがあるというのは漠然と理解できた。しかし、それがどう魔剣士を1つ上に登らせるのだろうか? 

 

 もしその答えがこの試合で分かるのならば、私はきっと……。

 

 ぎゅっと自身の剣を握りしめながら、2人の戦いを食い入るように観戦する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どちらも互いに動こうとはしなかった。否、動けなかったのだ。

 それは傍から見ていた審判や観客達も分かっていた。この状況は所謂先に動いた方が負けるという場面だと……。

 

 しかし、実際は違う。空想……とは少し違うが、ジミナは幾度も視線や重心移動などを駆使しながら自身の未来の動きをイメージとしてミホークにぶつけていっている。

 しかし、その全てが悉く返り討ちに合わされる。

 

(真っ正面からの特攻は……ダメだな。薙ぎ払いからの連撃で殺られる。ならば、スピードで後ろに……これも防がれて返し刀で一刀両断か……)

 

 先程から何十回と攻め入っては失敗していっている。本当に強い! ここまでやられるのは前世を含めても数える程度しかない。

 いつの間にか口に溜まった唾液をゴクリと呑むと、ミホークさんが痺れを切らしたのか、一歩足を踏み出す。

 

「気は済んだか? 生憎と俺はイメージよりも剣で撃ちあう方が性に合っているのでな。今度はこちらから攻めさせてもらうぞ!」

 

 世界最強の魔剣士が今大会でついに初めて攻めへと転じた。

 

 




日間ランキング2位に躍り出たのはマジで嬉しかった!
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ミホークが異世界(別タイトル)に行くなら?

  • 鋼の錬金術師
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  • 異世界サムライ
  • FGO 英霊剣豪七番勝負:下総国

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