そのラスボス枠『ダラサンテン』の娘に憑依した、1人のファンの物語。
※この小説を読むにあたって、上級騎士なるにぃ様の動画【ゲーム開発】超感謝ッ!クラファン成功からの世界観紹介いきますッ!【誓いノ淵】、もしくは作者が過去に投稿した『ダラサンテン』のどちらかの内容を把握している前提で話が進みます。まだご覧になっていない方は、是非『誓いノ淵』の世界観を見てからお読みください。
なるにぃ様の動画 https://youtu.be/RtnuEjC9NBU
当作者の過去作 https://syosetu.org/?mode=write_novel_submit_view&nid=310114
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突然だが貴方は、『誓いノ淵』というゲームをご存知だろうか。
2Dハクスラダークファンタジー。ワクワクとする単語の繋ぎ合わせが、このゲームの紹介文である。
何故突然こんな話を始めたのかというと、わたしがその世界の登場人物に憑依してしまったからと言うより仕方ない。
憑依。そう、憑依である。正確には、母親の胎から産まれ出た直後から記憶があるので、憑依転生と言った方が正しいかもしれない。
産まれてからしばらく、5〜6ヶ月は、よく眠気が襲ってきたのもあって、長い明晰夢を見ているんだと思っていた。認識が変わったのは産まれてから8ヶ月が経ち、ハイハイができるようになったこと。
眠気が襲ってくることに変わりはなかったが、移動可能範囲が格段に増えたことで、あまりにも夢がリアルすぎることに気づいたのだ。
そこからは芋づる式だった。赤ん坊の柔らかい頭は、大人たちが喋る未知の言語を自動的に解読し、自分も率先して理解しようとしたのも手伝って、生後1年5ヶ月程には大人たちの言葉を理解し、自在に操れるようになった。
母親の語る寝物語の意味が初めて完璧に分かった時には、控えめに言ってわたし天才じゃねっと思ったが、まあそれは置いておこう。
言葉がわかるようになってから、わたしは情報収集に努めた。ここは過去のヨーロッパか何処かか、それともアニメやゲームの世界なのか。オタクであったわたしは、出来れば後者であって欲しいと願いつつも、赤ん坊の身では、出来ることといえばせいぜい井戸端会議の会場が我が家に近い場所となる事を祈って、窓際にハイハイで移動することくらいだった。
だが答えは、思ってもみないところから降って来た。これまで一年と6ヶ月、その影すら見たことがなかったのでいないものだとばかり思い込んでいた父が家に帰ってきたのだ。何でもわたしの父は戦争の英雄で、わたしが生まれる前から今までずっと軍事作戦に参加していたのだと言う。
父はこう呼ばれていた。『戦争の大英雄、黒騎士ダラサンテン』と。
これでわたしは理解した。こんな特徴的な名前の人間がそう何人もいてはたまらない。ダラサンテンとはゲーム『誓いノ淵』にてラスボス枠を務めるキャラクター。自らの娘を永遠に殺し続ける業を背負った、悲しき魔女の処刑人。
問題は、わたしがその殺され続ける娘だと言うことである。
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ゲーム名が特定できてからは早かった。何せわたしは転生前に、ちょうどこのゲームの紹介動画を見ていたからだ。もしくは最後に関わったゲームの世界に飛ばされているのか…それは分からないが、取り敢えず知識がゼロではないのは幸運だと思うことにする。
ゲーム『誓いノ淵』において、ダラサンテンがわたしルーニャを殺し続ける羽目になったのは、色々と要因はあるが、主な理由は心を失ってしまったことだ。
ある時ダラサンテンの住む街は魔女の暴走に巻き込まれ、彼の妻——そしてわたしの母——は死んでしまった。彼は暴走を続ける魔女を殺し、その時に心をも失ってしまったのだと言う。
紹介動画ではこう言っていた。ルーニャが何度語りかけても、何度笑いかけても、ダラサンテンの心が取り戻されることはなかったと。その心を取り戻すには、ルーニャが魔女となる他無かったのだと。
紹介動画で、ルーニャは父を救うため、魔女となる道を選んでいた。いずれ若くして死ぬことが確定しているのに、である。何て心優しい少女なのだろうか。その運命が待ち構えていると言うだけで、わたしはもう震えが止まらないのに。
…え?そもそも魔女になる道を選ばず、ダラサンテンを見捨てればいいだろう、って?
…まあ、分からない事もない。確かに、父が戦争から帰ってきた直後、父の名がダラサンテンだと知った時には、そうしようとも思っていた。
でも父は…こう…おおらかで…逞しくて…それでもって優しくて…
つまりその、とてもいい人なのである。わたしの何もしてこなかった前世を考えると出来過ぎに思えるくらいには、いい父親なのだ。
ありていに言うと、わたしはお父さんに絆されていた。
…いやだって仕方が無いじゃないか!本当にいい人なんだもの!
しかもそんな全身からいい人オーラを滲ませている人が、こっちに好意と愛情マックスで接してくるんだぞ。共感性能力を持つ人間として、絆されない方がどうかしてるとわたしは思う!
ともかくわたしはもう既に、お父さんを見捨てるという選択肢は取ることができない。家族を見捨てるだなんて、そんなことが出来るはずがない。
だからきっとその時になれば、わたしはお父さんを救うために魔女になるのだろうと確信している。処刑は怖いし、お父さんに殺されるなど悪夢でしかないが、それでもお父さんを助けられる可能性にきっと賭ける事だろう。
よって何かやるべきは今。お父さんが心を失う前に、何かしらのアクションを起こす必要がある。
心を取り戻させたいのに、そもそも心を失っていない今に出来ることは何も無い?確かにそう思うかもしれない。
だが、実はお父さんは、母が殺された後も、心を失ってなどいない。魔女の力で心を失う幻を見させられているだけだ。そしてそれは、強い心の動きで解除されると言うことが、解説動画にて明らかとなっている。
本来ならば実の娘のわたしを殺した心情でしか解除されなかったその幻を、もっと簡単に解除できるようにすれば良いのだ。
つまり、お父さんともっと仲良くなって、わたしの言葉と笑顔だけで幻が解除されるまでにしてしまおうと考えたわけだ。
わたしは舌足らずな言葉で鍛錬に励む父を誘惑し、肩車してもらったり、かくれんぼをしたりした。
わたしが考えた体にして、二人で人差し指を出し合い指の本数を増やす手遊びゲーム…通称『マッチ』もやったりした。
高い高いをしてもらった時は、空高く飛び上がった時の高揚感と、しっかりと受け止められた時の安心感で、不思議なドキドキ感を味わえた。
これは遊びではない。いや遊びではあるけども、それでもいずれ父の心を救うためには必要な事なのだ。決してわたしが遊びたいがために、父の貴重な鍛錬の時間を消費させているわけではない。
もう一度言うが、決してわたしが遊びたいがために、父の時間を使わせているのではない。これは将来のためのいわば投資、確実なリターンが見込めるものなのだ。
だからちょっと離して、お母さん。これは必要な事なんだってば。あっ、ちょっと!どこ連れてくの!お父さーん!!
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私の娘は少し成長が遅い子だと思っていた。
他の家の子は産まれてから一年もすれば何かの言葉を喋り出すのに、娘ルーニャは一年と7ヶ月経ってようやく言葉を話したのだ。
とはいえ可愛い我が子には変わりなし。少し成長が遅いかもしれないが、それは私と彼で支えていけばいい。なんたって彼は国の大英雄、黒騎士ダラサンテンなのだから。
ルーニャの前に立ち塞がる障害の全てを、彼なら破壊してくれる。その確信があったからこそ、私は娘の抱えているかもしれないハンデの事を気に病まずに済んだのだろう。
しかしまさか、そんな彼自身が娘の人生設計に横たわる障害物となろうとは、すぐそばに居た私でも予想だにできなかった。
始めはいい兆候だと思った。何も意味のある言葉を喋らなかったルーニャが、彼が戦争から帰ってきた時を境に話し始めたのだ。その言葉は赤ん坊とは思えないほどに分かりやすかった為、その日の夜に思わずダラサンテンにお礼を言ったことを覚えている。
「貴方は戦争の英雄だけども、子育ての英雄でもあったのね」と。
不穏なのはそれからだ。それまではいなかった父親という存在が新鮮だったのか、ルーニャはことあるごとにダラサンテンに構ってもらうようになった。
泣き喚くことはしない。だが遊びの誘いを断ると、その目をいっぱいに潤わせて、ぽつぽつと言うのだ。
「そうだよね…仕方ないよね。わたしは邪魔なだけだもの。別のところへ行くよ…」と。
こんな言葉を聞いて、我が子を抱きしめない親がいるだろうか、いや絶対にいない!
ダラサンテンもまた、「そんなことは絶対に無い」と力強く言い切り、ルーニャを片手で抱え上げていた。それまではいい。
…だがあの男、いくらなんでもルーニャの時間を独占し過ぎている!!
確かにダラサンテンは優しい男だ。毎日繰り返されるルーニャのお誘いに嬉々として乗っているのを見るに、ルーニャに対する愛情も大きい。しかし流石に三年間はおかしい。ダラサンテンが帰ってきてからこのかた、ルーニャがダラサンテンのそばに行かなかった日はない。
「赤ん坊のやる事、いずれ飽きるだろう」と思えたのは最初の3ヶ月まで。三年間、ずっと1日も欠かさずダラサンテンと遊び続けるなど、考えられる訳もなかった。子供ってもっと飽きっぽいものだと思っていたんだが、私の思い違いだったらしい。
このままでは私がルーニャと過ごすはずだった時間まで、ダラサンテンに取られてしまいかねない。正確にはダラサンテンは家の庭で修練をしているので、私とルーニャの距離が物理的に開くことはあまり無かったが…
しかし問題はそこでは無い。私だってルーニャと触れ合いたいし遊びたいが、ここで心配すべきはルーニャの花嫁修行である。
花嫁修行。それは全ての女性が積む、毎日の修練のこと。
より良い妻となるため、ひいてはより良い人の元へ嫁ぐために、花嫁修行は必須のタスク。かく言う私も、昔は頑張って修行に励んだ記憶がある。
そんな花嫁修行の時間は、母親、つまり私と関わり、その手伝いをすることで熟される。だが当のルーニャは、彼女の父たるダラサンテンにベッタリなのだ。
ルーニャが手伝いをしない子であると言う意味では無い。無いのだけれども、肝心の手伝いの内容と言えば、薪割りや家の補修、ダラサンテンの鍛錬の手伝いなどだ。それは男の仕事だと、何度声を荒げそうになったことか。戦用の手斧をもって薪割りをやらせようとしていたのを知った時には、思わず彼の頭を全力で殴りつけていた。彼の顔は赤くすらならず、逆に私の拳が痛んだが、遺憾の意は表明できたと思う。
ルーニャにはもっと、料理や裁縫に秀でた、立派な淑女となってもらいたい。このままではルーニャはダラサンテンの側仕えになりかねない。
私はそう本気で危惧し、ある日、ダラサンテンの元へ行こうとするルーニャの両手を掴んで拘束した。
ダラサンテンが好きなのは分かったから、まずはお料理とお裁縫を完璧にできるようになりなさい!それが終わったらお掃除とお洗濯もよ!
全部できるようになるまでダラサンテンと会うことは許しません!彼にも許可を貰ってるんですからね!聞いてるの、ルーニャ!
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お母さんにお父さんと会うことを禁止された。まあ確かに、ちょっとはお母さんの手伝いもしないとまずいかな〜と思ったりもしたが、そんなにやばい状況だったのか。
花嫁修行。将来嫁ぐため、女性には必須の修行。まさか前世では駆逐されていた良妻賢母主義が、ここで牙を剥いてくるとは思わなかった。
夕食の席でお父さんに確認してみると、なんとお母さんの言う通り、わたしの花嫁修行の為、わたしとの接触を控えると言う。
お父さんにも言われたのではもうどうしようもない。よくよく考えてみれば、わたしはお父さんを救うことで頭がいっぱいで、その後のことを考えたことがなかった。お父さんを救っても、わたしの人生は続く。となれば、しっかりと幸せに生きていけるような技術は確かに必要だ。
こうして始まった花嫁修行だが、その内容は意外にもあっさり…なんて甘い話は無かった。
前世で一通りの家事が出来たわたしは、その経験がここでも通じると、喜び勇んでお母さんに師事した。その結果、前世と今世の文明発展度のギャップに、見事に叩きのめされた。
料理は薪を入れて火おこしから。裁縫は補修だけでなく、布一枚から服を作り出す技術を習得する。掃除機なんて気の利いたものはなく、重曹なんて便利溶液もない。洗濯板での洗濯は、力を入れると服が破け、力を抜くと汚れが落ちないお手上げ状態。ここに冬の川の冷たさが加わって、地獄の様相を呈した。
四苦八苦、七転八倒。しかし七転び八起き。
二年にも及ぶ修行の日々は、お母さんとわたしの心の距離を近付けた。
お母さんは厳しくて、でも代わりにアフターフォローが万全だった。最初はその厳しさに、鬼だなんて言ってしまったこともあった。意味が通じなくて良かったが、悪口だと言うことはバレて角度60度の鋭角チョップを貰ったりもした。でも気が付いたら、ベッドの側に打撲によく効く軟膏が置かれていたりしていた。
お母さんの優しさは不器用で、分かりにくくて、でも確かにそこにあった。
二年の時が過ぎ、わたしはついに、お母さんに完璧だと言われた。お母さんの花嫁としての技を、完璧に受け継いだと。
わたしは飛び上がって喜んだ。お父さんとの接触が許されるのもそうだが、あの厳しいお母さんに全面的に認められたのが嬉しくてたまらなかった。
「ぶっちゃけこんなに出来るとは思ってなかった」とはお母さんの談。
確かに今まで疑問を抱いていなかったが、普通6歳や7歳の幼児に火や針を扱わせるのはおかしいよね。お父さんが薪割り用にと戦闘用の斧を出してきた時にも思ったが、頭のねじが何本か足りないのは両親共通だったようだ。
おおらかで優しいお父さんに、不器用で憎めないお母さん。普通妻と夫なら性格が逆なんじゃないかとも思ったが、それも含めてわたしの家族だ。
わたしは生後6年半にして、ようやく両親を平等に愛することができたのだ。
お父さんとの接触が許可されてから、わたしはお母さんとの距離をしっかりと考えるようになった。もちろん、お父さんとの距離は変わらない。わたしは死にたくないし、お父さんを助けたいと思っている。
だが、そもそもお父さんの心が無くなるのならば、その時には既にお母さんが死んでしまっているのだと言うことにこの前気付いたのだ。
『誓いノ淵』において、あくまでお母さんはフレーバーテキスト、お父さんが心を失ったその理由付けに過ぎなかった。だが今のわたしにとっては、2人とも大切な家族だ。どちらかを見捨てるなんて出来ない。
わたしは計画を変更した。そもそもお父さんの心を失わせない。つまり、お母さんが魔女の暴走に巻き込まれて死ぬことがないようにしようと考えた。
魔女の大暴走に襲われた街は、複数あるとは紹介されていなかった。となると、わたしたち家族が魔女の暴走から逃れるためには、まずこの街を離れる必要がある。逆に言えば、それ以上は何もしなくていい。確かに暴走した魔女の力は強大かもしれないが、それでも街を複数飲み込むほどならそう表現されるだろう。
この国にはお父さん以外にも沢山の…とは言えないが、それでも英雄はいる。暴走した魔女の討伐は、彼らに任せればいい。
そう考えたわたしは、早速両親に引っ越しの提案をすることにした。
「ねえ、お父さん、お母さん。いつだったか、お父さんが仕事をしに行く、兵舎がある街に行ったことがあるでしょう。あそこからお家までとても遠いし、お父さんも大変だと思うのよ。それに、お父さんがあの街と家を行き来する為にかかる費用もとても高い。わたしもあの街が好きだから、いっそ移り住んじゃうのはどう?きっといい暮らしになると思う。」
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結論から言うと、わたしの要望は聞き届けられた。
理由としては、わたしの建前通り、お父さんが楽になり、費用もかからなくなると言うのが一つ。逆にこれまで兵舎のある街にすんでいなかった理由としては、
そして、お父さんの仕事が戦闘職であると言うことが一つ。これがとても大きかった。広い土地があればどこでも鍛錬ができる戦士は、農民と違って、土地を移りやすい。
兵舎のある街には、優秀な戦士のために、格安で貸し出されている家があるらしい。戦争の英雄であるお父さんが移り住むと言うのは街側としても大きなメリットだったらしく、こっちの家を処分して、すぐに移り住むことができた。
これで危機は回避される。難しく考えずに、最初からこうすれば良かったのだ。わたしは満悦で、お父さんの元へ走って行った。
全てが間違いだったと気付いたのは、手遅れになってからだった。
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兵舎の街。その大通りは、平時の活気がどこへ消えたのか、しんと静まり返っていた。沈鬱な面持ちで地面を見つめる人々。彼らの前には、大量の慰霊牌が安置されていた。
処刑の不履行、魔女の大暴走。歴史上稀に見る大惨事に、人々は打ちひしがれていた。
その中には、ルーニャの姿もあった。
ルーニャは思う。
(失敗した!失敗したっ!ああッ、失敗したッッ!!わたしが街を移すことも、織り込み済みだったんだ!そりゃそうだ、あのなるにぃが作ったゲームだ。転生者程度でどうにかなると思ったのが間違いだったッ!
もっと対策を考えるべきだった。思考停止するべきでは無かった!そのせいでお母さんが…お母さん…ああ…お母さん…)
彼女の心は壊れかけていた。親しい人を失ったのは、前世を含めても、彼女にとって初めての経験だったからだ。
彼女の行いは無駄でしかなく、結局魔女の暴走は彼女の母親の命を奪い、魔女の
こうしてルーニャは、2つの選択を迫られた。父親を見捨て、ただのルーニャとして生きるか。運命付けられた死を受け入れ、僅かな希望にすがって父の救済を望むか。
幼き日に既に選んだ選択肢を、彼女は違えることはなかった。
神とは、偽りである。それを知るルーニャにとって、心無きダラサンテンは罪深き罪人では無かった。
ただ、それでもやることは変わらない。ダラサンテンの心が戻ることを願って、『処刑人の救済』となるだけである。
ダラサンテンのみではなく、母の救済をも願った自分の声は、笑顔は、きっとダラサンテンには届かない。ならば、魔女の奇跡の力で、ダラサンテンの幻を払えないかと考えたのだ。
魔女の力は、人々の願いに呼応する。ならば人々が信じる、神の慈悲をも顕現させることが出来るはずだ。
そしてその慈悲の行く先を、ダラサンテンにすることができれば、きっとダラサンテンは救われる。ルーニャはそう信じ、神の道を歩むことに決めたのだ。
———しかし、時間の流れは残酷である。魔女の全盛期は終わり、魔女狩りの時代がやってくる。
そしてルーニャは、ダラサンテンを国に置き、呪われた地の奥地、野人たちの集落へと逃げ延びた。
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国が一変した。
今やあらゆる市民は敵となり、わたしはお尋ね者となった。紹介動画でルーニャが逃げ延びたとされている野人たちの集落へと落ち延びることはできたが、それも幸運に幸運が重なったようなものだ。
お父さんを国元に置いてきてしまったが、どちらにせよ神が否定されたこの国では、もうお父さんを救う術はない。『神の慈悲』を前提と置いたわたしの計画は、無惨にも崩れ去った。
しかし、まだ打つ手はある。原作でのルーニャは、神への奉仕として、野人たちに神の信仰を広めていた。
この手であれば、再び地上に神の信仰を取り戻すことが出来る。そうすれば、きっと神の慈悲を顕現させられるようになるに違いない。
わたしは神の教えを野人たちに説いた。心優しく、素直な野人たちは、皆一様にそれを信じた。野人たちを騙しているという罪悪感はあったものの、お父さんの為だと割り切った。
野人たちへの布教は順調に進んだ。わたしは神の教えを信じていなかったけれど、誰よりもその教えを信じたかった。その姿が敬虔な信徒と重なったのかもしれない。わたしの祈る姿を見て、多くの野人たちが神への信仰を持つようになった。
もう少し。あともう少ししたら、必ず神の慈悲が顕現する。そういう希望を持ち始めた矢先、わたしの力は暴走した。
暴走が始まった時、『負けた』と思った。野人たちの集落に来た時点で、信仰が広まる方が早いか、わたしが暴走する方が早いかのデッドレースが始まったことは分かっていた。
今になって思い返して見れば、それは世界の修正力による出来レースだったのかもしれない。わたしは必ず暴走し、お父さんがわたしを殺す。
そう決まっていたのかもしれない。
でも、諦めようとは思わない。わたしが死ぬのはもういい。今更足掻いたところでどうしようもない。だけどお父さんだけは助けないといけない。
原作でお父さんが
ならば、勝負はその時。お父さんに斬られて、死ぬ直前。その時に咄嗟に力を使わなければ、お父さんは無限地獄に陥ることはない。
わたしは最後の計画を立て、討伐隊が現れるのを待った。
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悪魔ルーニャ討伐隊。その隊長ダラサンテン。
古家の中に閉じこもっていたわたしは、外の喧騒で、その到着を知った。野人たちが抵抗する声が聞こえる。皆んなは暴走してなお、わたしのことを庇ってくれているのだ。
しかし、無駄。英雄ダラサンテンの力は、近くで見ていたわたしがよく知っている。流れるような斬撃に、荒々しい兜割り。轟轟と空を切る大斧は、野人たちの抵抗をあっという間にねじ伏せるだろう。
——討伐隊の声が近づいてくる。あの声がこの場所に到達した時、その時こそがわたしの死の時であり、最後の闘いの時でもある。
どさどさという、人が崩れ落ちる音。
しかし足音は一向に止まらず。人が頽れる音は絶え間なく、だがただ一つの足音だけは、決して消えることがない。
戦争の大英雄、黒騎士ダラサンテン。わたしのお父さん。
彼の足音は近付き、近付き…遂に、わたしのいる古家に辿り着いた。
お父さんがわたしの前に進み出る。片手で軽々と持たれている大斧は、天に向かって高々と掲げられ…
一撃。大斧は狙い能わず、魔女の体を斬り裂いた。
痛い!いたい!イタイ!イタイ!
わたしは悲鳴を挙げかけた。だがすんでのところでそれを抑えた。苦しむのは死んでからいくらでも出来る。だけどお父さんは、今しか救えないんだ。
必死になって、力を押さえ込む。国にいた時にやっていた、力を使う感覚とは真逆の感覚を意識した。
出来ている。わたしの力が、抑えられている!それを今、しっかりと感じる!
後は死ぬだけ。このままの状態を維持しつつ、生命力を使い果たすだけ。こんなにも簡単なこともない。
わたしは最後の最後に、お父さんを救済できたと確信し、お父さんに微笑みかけた。
その瞬間、お父さんの瞳に、理性の光が灯った。
何が起きたか理解する間もなく、わたしの力は発動していた。お父さんの心を読み取り、その願望たる
わたしは最後の最後の、更にその最後で、お父さんを救い損ねたのだ。その理由すらも分からずに。
お父さんを救うことができなかったわたしは、足掻くことすら許されず、その意識は永遠に消滅した。
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英雄ダラサンテンは世界を救うべく、最愛だった娘を手にかけた。だがしかしその瞬間には、彼の心は戻らなかった。
魔女の幻に隠された、彼の心の奥底で、『娘のルーニャ』はいつも笑顔を浮かべていた。
故にダラサンテンを救う為、笑顔の一つも浮かべずに神の道へ励む少女を、彼は娘だと認識できなかったのだ。
しかし最後の最後の最後、微笑んだ少女の顔を見て、ダラサンテンは思い出す。
「彼女は我が娘。最愛の娘ルーニャである」と…
全てを悟ったダラサンテンの心は大きく揺れ動き、魔女のヴェールを吹き飛ばした。そしてその心は、強く願ったのだ。
「我が最愛の娘ルーニャを、どうか蘇らせたまえ」と。
ルーニャの力は、ここで初めて呼応した。ルーニャは最初から、力を抑え込めてなどいなかったのだ。
こうしてダラサンテンは、娘ルーニャを永遠に殺し続ける業の輪廻に囚われた。
彼の娘、魔女ルーニャは、結局最後まで彼を救えず、失意の内に闇へ沈んだ。
ルーニャは最後に気を緩めた。なまじ異界の知識を持っているが故に、そこに描写されきっていなかったダラサンテンの心を読み違えた。
未来を知るというアドバンテージが、ダラサンテンの救済を無に帰したのである。
とはいえ、その笑顔がなければ、ダラサンテンの心が戻ってくることが無かったのもまた事実。全ての救済に失敗したルーニャは、しかしダラサンテンの心だけは、取り戻すことが出来たのだ。
永遠に蘇り続ける娘ルーニャを、永遠に殺し続ける父ダラサンテン。
彼らの心を知る者はおらず、ただ残った記録から、内心を推し量るしかない。
そして月が幾度も満ち、また欠けていったのち、一つの酒場で1人の吟遊詩人が物語を唄い始めた。
「さあさあ皆さんお聴きあれ。旅芸人の吟遊詩人、今宵語るは最後の魔女、その父についての物語。かの者の名はダラサンテン、かつては偉大な大英雄。しかし後には処刑人。数奇に過ぎる運命は、涙無しには語れない。長い夜とはなりますが、酒を片手に是非お付き合い願います。」
フロム風のゲームに救いなんて無い。二次創作にも、もちろん救いはない。
あるとすれば、原作で為されている救済のみ。
※あくまで持論です