これは、禁断の研究。
人とウマ娘が踏み入れてはいけなかった領域。
そこに踏み入った者は、まともではいられない。
そして、これはその領域を超えさせられた一人の「ウマ娘」の物語だ。
彼女の出身地シティ・アナトリアでは、テロが少なからず発生していた。
そんな中でウマ娘のレースは人々に夢と活力を与えていた。
姉は、人々にそんな夢を与えたウマ娘の一人だった。
妹もまた、将来を有望視されるウマ娘の一人として日夜訓練をしていた。
そして、彼女達姉妹は「イェルネフェルト教授」の養子として引き取られる。
教授の一人娘「フィオナ」と、彼女の彼氏であり教授の助手でもあった「傭兵」と共に穏やかな日々を過ごしていた。
しかし、とある事件が大規模な紛争に発展した結果、姉は民兵として武器を取った。
その後、姉と妹は「企業」に所属しPMCの隊員及び候補生となった。
紛争は終わり、平和が戻ったが、報復攻撃が散発的に発生していた。
そんな中、企業へのテロ攻撃が発生し、偶然居合わせた二人は巻き込まれてしまう。
両足が吹き飛び、心臓も持たない状態となった妹と、両足と心臓は無事でも、肺が潰れその命を植物状態で終えようとしている姉。
どちらかが死んでどちらかが生きるその瀬戸際の際に、姉のドナーカードに基づき姉の体を移植して妹を生かす事が決定。
元の名前を捨てた一人のウマ娘は、姉の名前「ホワイトグリント」を受け継ぎ、レースの世界に参入することになる。
しかし、テロの恐怖に怯えさせたくないと考えたイェルネフェルト教授達は、治安のよい国でレースをさせたいと考えた。
その末に、日本のトレセン学園に目を付けたのだ。
彼の研究データと、姉が残したある程度のレース賞金、更には企業からの献金と引き換えに、ホワイトグリントを「普通のウマ娘」として入学させてくれるように頼んだのである。
どこか浮世離れし、また、方向を間違えれば破滅するようなトレーニングばかり行うホワイトグリントと、そんな彼女に振り回されるトレセン学園の面々。
白い煌めきは、この極東で何を見て何を掴むのだろうか。
彼女はそこで、どのような答えを出すのだろうか。
※ 読み切り短編です
続きは思いつかない、けれどもアーマードコアの新作が出たしと。
みんなの好きなACは何でしょう?
私はホワイトグリントが好きです。
なので、主役はホワイトグリントになります。
誤字脱字もあるかと思いますが
寛大な心で読んでいただけますと幸いです。
プロジェクト「ネクスト」
これは、禁断の研究。
人とウマ娘が踏み入れてはいけなかった領域。
そこに踏み入った者は、まともではいられない。
そして、これはその領域を超えさせられた一人の「ウマ娘」の物語だ。
《shape-Memory-Alloys》
「これが今回の被検体達か?」
「武装勢力の急襲で重傷を負ったようです」
「成程、随分な重傷じゃないか」
「ええ、身体ダメージはかなりのものです」
「この施術で回復すればいいのだが」
「施術が終わったあと問題なく生きていればの話ですが」
「確かにな・・・・・・では始めようか」
某企業の研究班の会話より
乾いた銃声が街中で響き渡るのが聞こえる。
私は、そんな中で頭を下げて、建物の影から影へと映りながら待ち合わせの場所へと走っていた。
「もう、終わったはずなのにっ」
口から恨み言が漏れる。
どうやら、姉が出走するはずのレース会場が過激派の残党の攻撃を仕掛ける標的になってしまったらしい。
姉さんは過激派の銃撃から逃げてPMCの駐屯部隊に助けを求めに行ったと、私の持っている非常用端末に連絡が来た。
国軍の装甲車が展開し、完全武装した兵士達が周囲に展開しているのが見える。
救急車に運び込まれていく、血まみれのウマ娘や彼女達の関係者が見える。
姉のいる場所は、テロ攻撃にあった試合会場から凡そ1キロ程離れた場所にある。
顔見知りのウマ娘でPMC「レイヴンズアーク」に所属しているオラクル隊長から、
直々に集合連絡をもらったのだからその情報は確かだろう。
そして、私は姉が待つあの場所に走る。
足が痛み、肺が痛み、傷つく人たちを見かけるたびに心が痛む。
本当は、こんなはずじゃなかったのに。
今日のレースは、皆が笑顔になるはずのレースだったのに。
そう思いながら、私は走る。
頬に当たる風は、生臭い血を帯びている。
そして、目的の「オーメル・トレセン学園」の門をくぐったその時に、私は目的の人を見つけた。
「姉さん!」
「・・・・・・!」
私の声に、振り向く姉さん。
上にはジャケットを羽織り、下は擦り切れたジーンズ姿だが、靴は防刃性能の高い軍用ブーツに変わっていた。
上半身にはジャケットの上に防弾ベストを纏っており、腰にはAK用弾薬ポーチの付いたベルトを巻いている。
姉さんの手には、アクセサリのついた折りたたみストック仕様のAK47が握られており、
よくよく見てみれば姉さんの級友達もRPG7ロケット砲やRPK軽機関銃、
マークスマン仕様のSKSライフル等で武装して集合していた。
ベストの下のジャケットには「黒い鴉」のエンブレムが刺繍されており、皆が「レイヴンズアーク」所属のPMCであることを示していた。
本当なら、皆思い思いの勝負服で、争いの終わりを告げるレースを走るはずだったのに。
そう思うと、やりきれない。
「姉さん、私っ」
「伏せろっ!」
姉さんが鬼気迫る表情で私を押し倒したとき、私の目にはラグビーボール大の何かがすごいスピードで私達に突っ込んでくるのが見えた。
誰かが『自爆ドローンだ!』と叫んだ時と私が地面に引き倒されたのは、ほとんど同じだったと思う。
そして、爆音と爆風に私の意識は消し去られた。
「また、あの夢か・・・・・・」
私の運命が変わったあの日、あの出来事。
鮮明なその夢を、私は久しぶりに見た。
まだ、この体になって間もないころはよく見ていた夢。
しかし、12歳を境にあまり見なくなったはずだったのだが。
私が目覚めたのは、ホテルの一室。
日本の基準で高くはなく、安くもなく、手頃なそのホテルは、私の友人が当面の拠点として手配してくれた場所だ。
上半身を起こし、寝汗に濡れたシャツを脱ぎ捨てて、半裸になる。
半分にちぎれた右耳が、少しじんじんとした痛みを伴っている気がする。
寝るときにブラジャーは付けていない為、はだけたシャツから胸が揺れ出て外気に晒された。
適度に冷えた室内の空気にさらされて、私の半身が冷えるが気にしない。
ベッドから起き上がると、室内に備え付けてあるタオルを手に取り、嫌な汗をぬぐう。
(実に日本らしい、気遣いのきいた部屋だ)
従業員が備え付けのタオルを新しいものに変えてくれることに、今更ながら感謝の念を覚える。
何者かの盗聴器や監視カメラの類はなく、従業員が金品を盗むこともない。
心が休まる、居心地の良さを常に感じさせてくれる清潔な部屋だ。
当たり前のように安全に過ごさせてくれる従業員達に感謝も込めてチップをいくら払おうかと頭の片隅で考えつつ、テレビの備え付けてあるスペース下にしゃがみ込む。
備え付けの小型冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、キャップを開けて口を付け飲み始める。
(毒もなければ薬臭いわけでもない)
キンキンに冷えた水を一気に半分程を飲み干して、意識がハッキリと戻ってきた。
時計を確認すると、午前5時ちょうどを指している。
朝のトレーニングをするには、少々早すぎる時間だ。
(しかし・・・・・・何度見ても嫌な夢だ)
カーテンを開け、まだ薄暗い外を見ながら思う。
窓ガラスには、私の上半身がハッキリと映し出されている。
少し色の濃い肌(日本ではオリエンタルという表現だそうだ)の上には、無数の手術痕が残っている。
「はぁ・・・・・・」
あの日以来、私の体には縫い痕が沢山増えてしまった。
まるで、無地のキャンパスに黒いクレヨンで何本もの線を引いたように。
そして、それは今なお私の肉体と精神をむしばんでいるのだ。
「出るか」
思考が暗い方向へ走り出そうとしたので、予定を変更して朝のトレーニングをするために走る準備をする。
(さあ、走る準備だ)
私物を入れているトランクからトレーニングウェアを引っ張り出すとそれに着替え始める。
トイレにも行けるときに行っといたほうがいい、何が起こるかわからない。
時計を確認すると時刻は5時半を指している、トレーニング開始には丁度いい。
職務熱心なホテルのフロントマンに鍵を預けると外に出た。
「ああ、そう言えば」
日本の友人からもらった小型音楽プレイヤーを二の腕にマジックテープで巻きつける。
骨伝導型のイヤホンを、形としては残っている人耳にセットする。
ウマ耳から音を聴くウマ娘にとって、人耳の名残は残しておく価値はない。
生まれた時に残っているのが見つかった場合、幼い時に手術で除去することが多い。
とは言え、私はそこまで経済的に余裕はなかったため、人耳の名残はそのままだ。
その名残に、骨伝導型イヤホンをセットする。
エレベーターに乗り、1階のスイッチを押す。
それと同時に、小型音楽プレイヤーのスイッチを押し、お気に入りの音楽を流し始める。
人耳の名残から伝わるそれは、音というより一定のリズムを刻む振動だ。
人耳から音なんて聴こえないが、骨から頭の方にある耳に振動とかすかな音が伝わる。
テクノポップ調の音楽は、私の友人が好んでいたやつだ。
「付け心地は上々、音質もちょうどいい・・・・・・やるな、有澤楽器」
音量は決して大きくはなく、外に漏れ出るものではなく、何より走る最中に聞く音楽としては些かテンポが速い。
だが、私が走る時はこれくらいがちょうどいい。
(故郷ではこんな風に音楽を聴きながら走る、なんて自殺行為だったものな)
何より、銃火の音を聴きながら戦場を走るのではなく平和な日常で走れるのだ、これ以上を望むのは贅沢極まりない。
トレセン学園への転入まで残り3日、ここらの道順を徹底的に頭に叩き込み、何かあった時の備えとしよう。
そう思いつつ、私は走り出した。
目指すはいつもの川辺、ここから凡そ数キロ程離れた場所にある。
私の足ならば、すぐに到着できるだろう。
トレーニング用シューズから伝わる上質なアスファルトの感覚を確かめながら、私はこの国の道を走り出した。
たっ、たっ、たっ、と一定のリズムを刻みつつ走りだす。
数秒で私は風と一体となった。
(実に羨ましい道だ!)
つくづく、そう思った。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」
ライスシャワーにとって、この道は走り慣れた道だ。
雨の日も、曇りの日も、晴れの日も。
いつもこの道を走って調整と自主訓練を繰り返してきた。
ウマ娘基準の「学園近く」川沿いの土手道。
休日になると、川辺で釣りをするセイウンスカイや野球をするメジロ家一門達、それを見て荒ぶるアグネスデジタル等、沢山の人達がここを憩いの場とする。
だが、早朝のこの場所は違う。
水と土と風に少々の排気ガスが混じった独特の匂いが満ちており、
雑多な人の気配はほとんどない。
文明の匂いの中にある、自分達ウマ娘の魂を揺さぶる自然の残り香。
耳をすませば遠くから電車の音が聞こえてくる。
そして、土の部分を踏みしめるウマ娘達の足音。
ライスシャワーが走るこの道はまたの名を「スタミナロード」と呼ばれ、
スタミナをつけたい生徒達にとって非常に良い練習コースとなっていた。
「ふひぃ~、流石に長距離はきっついですわ~」
「あの、大丈夫・・・・・・?」
「ふ、ふっふっふ、真のプリンセスたる私は、長距離でもなんとか、なるのですわっ!」
「あ、あのね、無理して長い距離走る必要はないからね?」
「ありがとうございます、ライスシャワーさん! しかし、プリンセスたる私にはっ!
一度やると決めた事を途中で投げ出すという事はないのですっ!」
「えっと・・・・・・それじゃあ、もう少ししたら少し休憩しようね?」
「ありがとうございますっ!」
ライスシャワーにとって、何時もの自主練と異なっているのは実に騒がしい後輩であるカワカミプリンセスが付いてきたことだった。
ライスシャワーに対して突撃をかけたカワカミプリンセスは、突撃の勢いそのままに併走させてくださいませっ、とド直球に切り出した。
どうやら、カワカミプリンセスは長距離にチャレンジしてみたいらしく、その為にも体力を付けたい、そして体力をつけるにはステイヤーに併走してもらい技術を盗むのが一番だと考えたとの事だった。
更に詳しく聞くと、どうやら小さな子供と「長距離だって1位で勝てますわっ、何故なら私は真のプリンセスなのだからっ!」と約束してしまったらしい。
今度の学園祭で、長距離に出走して1位を取ると約束してしまったのだという。
その事でキングヘイローに相談(泣きついた)したら、ライスシャワーが一番教えを乞うのにいいのではないかと言われたそうだ。
(多分、キングさんすごく呆れた顔していたんだろうなぁ)
詳しい理由が描かれた手紙をプリンセス経由(突然の事への謝罪とどうか協力してあげて欲しいという内容だった)で貰ったライスシャワーは、そんなキングヘイローに同情しつつも了承したのである。
蛇足だが、キングヘイローは昨日の夜から遠征に出発しており現在は北海道にいる、そしてカワカミプリンセスがヘイローに相談したのは彼女が出発する当日の朝であった。
その勢いに流されるままに、ライスシャワーは騒がしいお姫様と併走をしつつ、いつものランニングコースを走っているのである。
この道は、中央と言われるトレセン学園本校の生徒達にとって憩いの道になっており、見知った顔とすれ違ったりすることもある。
例えば、朝練に精を出すBNWの三人組(タイシンがとても渋い顔していることが多い)だったり、高笑いをしながら走り抜けるオペラオーに併走するメイショウドトウとアドマイヤベガだったり、もしくはドリームトロフィーリーグに挑戦しようと追い込みをするミホノブルボンだったり。
ミホノブルボンに勝ち、宝塚記念と有馬記念を制し、一躍鬨のウマ娘になったライスシャワーだが、有名になっても結局この何時もの道を行く練習は欠かすことが出来ないルーティンとなっていた。
「あれ?」
「? どうしたんですの?」
「あの人・・・・・・見た事がないような?」
「え、あの人ですの?」
そんな時、ライスシャワーは何かおかしなことに気が付いた。
(見慣れないヒトがいる)
彼女が見たことの無いウマ娘が一人、前方に走っているのが見えた。
後ろから見えるその恰好。
トレーニング用のウェアに身を包む長身の女性。
肌に張り付くタイプのウェアだから、彼女の体つきがよく解る。
背筋が伸び、体のブレがなく走るその様子は、同性のライスシャワーが見惚れるほど完成された姿だ。
スパッツタイプのウェアだからこそわかる、鍛え上げられたヒップラインはたるみが見られない。
脹脛も地面を踏みしめる程にその形が浮き上がる。
白く長い長髪は、左右に揺れてリズムを刻む。
その髪の間から除く腹部には、余計な脂肪が見えない。
腰回りも細く見えるが、ダイエットなどで無理やり細くしたのではなく、鍛えた末にたどり着いた筋肉質な細さだ。
そして、その足取りは規則的で一歩の歩幅が常に均等だ。
(レースを意識している・・・・・・のかな?)
長距離を得意とするライスシャワーだからこそ、一歩の歩幅についてはかなり神経を使っていた。
歩幅が短すぎると前に進めず、歩幅が大きすぎると余計な体力を使ってしまう。
これを見つけられるか否かでステイヤーとしての伸び率が変わる、とは彼女のトレーナーである『お兄様』の弁であった。
ミホノブルボンを破ったのち、突然スランプに落ちた彼女はマックイーンどころかほかのウマ娘にも負けて天皇賞を9位という結果に終わった。
その後も思う様に結果が出せず、原因も解らないという悪循環の渦に陥ったのだ。
その際、彼女が立ち直れるようにと彼女のトレーナーが文字通り寝ずに見つけ出した結論が歩幅だった。
その後、走り方から鍛え直したことで、ライスシャワーは宝塚・有馬で大差とコースレコードの更新という大記録を打ち立てて一位を獲得したのである。
「はひっ、ほへぇー、もぉんのすごく鍛えていらっしゃいますわね、あの方」
そしてそれは、ライスシャワーと併走してばて気味のカワカミプリンセスも同じである。
彼女は中距離を主戦場としているが、マイルにだってある程度の適性を持つ。
マイルは彼女の差しに欠かせないパワーとスピードがものをいう世界である。
そして、彼女はマイルも中距離も、双方で爆発的な脚力からくる差し脚でエリザベス杯優勝という栄誉、NHKマイルチャンピオンシップ優勝という結果をつかみ取っていた。
強力な差し脚が武器の彼女は、得意な差し一本で常に勝負し続けている。
故に、自分と同じ「差し」を武器とするウマ娘への嗅覚は自然と鋭いものになっていた。
「カワカミさんは、解るの?」
「ええ、私差し脚一本で勝負してきましたから、足の筋肉の付き方には少々うるさいんですの!」
「そ・・・・・・そうなの?」
「ええ、あの方の走り方と力の入れ方は恐らく私と同じ差しで勝負するタイプと見ましたわ・・・・・・ごめんあそばせっ!」
「えっ、あっ、カワカミさん!?」
「長距離で差すやり方を聞いてまいりますわーっ!」
カワカミプリンセスは、叫ぶや否やライスシャワーの制止を振り切り前方の女性に突撃を開始した。
レースで使う差し脚、正に豪脚と言っていいそれをフルに生かして、500メートルはあろう距離をぐんぐんと詰めていく。
(あれ、でもびっくりしちゃうんじゃないかなあのヒト)
いや、とライスシャワーは考え直す。
ウマ娘の耳は文字通り後ろに向けることができる。
そして、彼女の視線にはその白いウマ耳が絶えず動き周囲の音を捉えているのが見て取れていた。
あんなにも周囲の音に気を配っているならば、カワカミプリンセスの足音は必ず聞こえているはずなのである。
(とりあえず、ライスも追いつかなきゃ)
なんだかとんでもない事をしでかしそうな危うさをカワカミプリンセスから感じ取ったライスシャワーは、先行する彼女に追いつくために力を込めて一歩を蹴り出した。
『お前達、見ず知らずの私にいきなりタックルを仕掛けてくるなんて・・・・・・一体何を考えているんだ?』
「「・・・・・・」」
ライスシャワーとカワカミプリンセス、両名は今わかりやすいピンチだった。
カワカミプリンセスはライスシャワーの心配をよそに、後ろから大声で前を行くウマ娘に話しかけたのである。
一瞬びくりと耳が彼女の方に向き、その後ウマ娘は立ち止まるとカワカミに向き直る。
ほっとしてスピードを緩めたライスシャワーだったが、そこで意識が少し切れてしまう。
ただ、その時だ。
正に三女神の悪戯か、ライスシャワーが小石に躓いてしまったのだ。
勢い余ったライスシャワーはいきなり止まることが出来ず、カワカミプリンセスの丁度腰のあたりに勢いよく頭突きを食らわせる形になってしまった。
そして、突然の一撃にカワカミプリンセスが耐えられず、ドミノ倒しのようにそのウマ娘の腹の辺りに倒れこんでしまったのだ。
当然、そのウマ娘は怒った。
いきなり押し倒してくるなんて、お前たちは何を考えているんだと。
それが、今に至る経緯だった。
『おい、聞いているのか君たち』
(ど、どうしましょうライスシャワーさん・・・・・・)
(へうぅ、謝りたくても私達の言葉が通じるかわからないよぉ・・・・・・)
(私達のつたない英語で通じるでしょうか)
彼女達にとって想定外なのは、そのウマ娘の話す言語が中東っぽい言語であり、義務教育で習う英語ではない事だった。
ライスシャワーは英語の成績は良い方である。
しかし、そこは悲しき日本人と言うべきか。
テストで点数を取ることと話す事は別だったのだ。
勿論、トレセン学園には海外レース出場を希望するウマ娘の為に、英会話コースが用意されている。
しかし、ライスシャワーは英会話コースを履修していない。
そして止めを刺す様に、目の前のウマ娘は知らない言語でまくしたててくる。
結論から言えば、彼女達は混乱と緊張の極致に至ったのである。
(た、助けてマックイーンさん、ブルボンさんんんんっ!?)
(助けてキングさんっ、私もうだめみたいですわぁぁっ!?)
『・・・・・・おい、聞いているのか?』
「ぴぃっ!?」
「ぴゃいっ!?」
『はぁ・・・・・・』
反応がない為、少しドスの利いた声になったウマ娘に対し、とうとう二人とも涙目になってしまった。
そして、混乱の果てにガッチガチに固まる二人に、見知らぬウマ娘は困惑した。
彼女からすれば、いきなり見知らぬ異国の娘に話しかけられて、対応しようとしたら押し倒されて、何故こんな事をしたのかと問うたら固まってしまうという異常事態。
しかも、この二人は尻尾をピンと張って明らかに緊張している。
(何だ、私は何かしたのか?)
ただ問い詰めただけなのに。
非常に珍しい事だが、彼女は本気で困惑していた。
ここに日本の友人がいれば、その珍妙な光景に目を丸くしただろう。
そして、双方が困惑と緊張で身動きが取れなくなりつつ5分程経過した時。
「プ、プリーズ、ウェイト、OK?」
『あー、OK』
黒い長髪の小柄なウマ娘が、サムライイングリッシュで話しかけてきた。
(ん、まあ待てと言われたら待つが・・・・・・む?)
まだ慌てている節のある二人を見て、自分の行動を思い返す。
(そう言えば、私は母国語を話していなかったか?)
ウマホの翻訳アプリを起動しようとして四苦八苦している彼女達をしり目に、自分の行動について考えを巡らせる。
そして、彼女達の混乱の原因が自分の言語にあると行きついた。
日本の友人からは、よく慌てると母国語がつい出てきてしまう事は指摘されていた。
そして、コミュニケーションを取る時は拙くてもいいから日本語で話した方がいい、とも。
「あー、貴女達少しいいですか?」
「ふぇっ!?」
「はひっ!?」
「どうして君達が緊張しているのか、教えていただけませんか?」
彼女がいきなり日本語を話しだしたので、ついにライスシャワーとカワカミプリンセスは目をまん丸に見開いて驚いたのである。
「海外からの留学生さん、ですか」
「ええ、日本の友人からこちらの【トレセン学園】に来ないかと誘われまして」
「おぉ、熱い友情があったんですのね!」
「どちらかと言うと圧のある友情、なのかもしれませんが・・・・・・」
先程の醜態をかき消そうと、いつもより数段高いテンションで王道ですわっ、と盛り上がるカワカミに苦笑しつつも、ライスとのコミュニケーションを図るウマ娘。
彼女の分析通り、二人は彼女の話した母国語に驚いてしまっただけだった。
「日本の教育水準は高いと聞いていたので、つい母国語で話しかけてしまいました」
「あの、ごめんなさい、ライスたち英語以外は・・・・・・」
「エルコンドルパサーさんあたりなら何とか貴女の母国語で対応できそうですが・・・・・・」
「いや、そんなに落ち込まないでください」
耳が垂れてしゅんとしてしまった二人を見つつ、少し笑う。
サングラス越し見る彼女達は、まるで親に叱られた幼子のようだった。
感情が手に取るようにわかり、二人と話し始めて初めて彼女は腹芸等考えなくてもいいとそう思った。
どんな事を考えているか、探らなくていい程純粋でいられる彼女達がうらやましい、とも。
「そう言えば、私は3日後にトレセン学園に編入するのですが・・・・・・編入先で心細くなるのも嫌なので、お二人の名前を教えていただけませんか?」
白いウマ娘は、しょんぼりしてしまった二人を見て話題を変えようと話を切り出した。
彼女の日本の友人曰く『優しく気を使うために、ミス等で落ち込んでしまう子が結構な数在籍している』という情報を鑑みた故の判断だった。
すると、彼女たちは瞬く間に(特にカワカミプリンセスは)立ち直り、何でも聞いてくださいな、と言わんばかりのオーラを発し始める。
先程の体当たり事件と言い、今の落ち込む様と言い、彼女達は良くも悪くも裏表がない娘達だと彼女はそう判断した。
それと同時にこの二人が大型犬と小型犬に見えてきた。
お転婆なラブラドールとシャイなコーギーみたい、と。
すると、ウマ耳が犬耳に見えてしまうから不思議でしょうがない。
(腹の黒い企業の連中や、一癖もふた癖もある企業に所属している連中とはえらい違いだな・・・・・・これも日本効果という奴か?)
そんな事を考えながら、彼女は留学先の情報交換にいそしむのであった。
白いウマ娘がゆっくりと、解りやすく、流暢な日本語で話してくれたのですっかり打ち解けた二人。
自分達の所属するチームの事、レースの事、寮生活の事、友達の事。
始めはどこかおずおずとしていたライスシャワーも、思いのほかこの会話を楽しんでいるのが白いウマ娘から伝わる為にとても長く話してしまう。
カワカミプリンセスなど、先ほどの体当り事件を感じさせない、まるで同級生と談笑するかのようにリラックスしている。
白いウマ娘の話術(この場合話の動かし方)がいかに上手か、というのがよく解る。
しかし、そんな彼女達に白いウマ娘は時計を指さして言った。
「あー、登校時間が迫っているのでは?」
「そう言えば、すっかりさっぱり忘れていましたわっ!」
「・・・・・・あっ!」
ライスシャワーが慌ててウマホの時計を見れば、始業時間まで1時間程度。
彼女達の足で走ればギリギリ間に合うかもしれない。
ただし、朝食は食べられるかわからないという悲しい事実も明らかになったが。
「えぇっと、その、それじゃあライス達はこれから授業があるからっ、その、三日後にまた学園でっ!」
「次はターフの上で、正々堂々とぶつかり合いましょう!」
「ええ、私もお二人に出会えるのを楽しみにしています」
そう言うと、そのウマ娘とライス、カワカミの二人は握手を交わした。
「?」
「どうなさいましたの、ライスさん?」
「あ、ううん、何でもないよ?」
手袋をつけて握手を求めたウマ娘に少し違和感を覚えたようで、ライスシャワーは小首をかしげる。
しかし、海外の人だから日本とはマナーが違うよね、と違和感を流してしまった。
握手が済むと、遅刻しない為にカワカミプリンセスと共にUターンして全速力で駆けだしたのだが、何を思ったのかライスシャワーは100メートル程で急停止してしまう。
「ふぎゃん!?」
「あっ、ごめんね?」
「体格差もあるはずなのに、微動だにしないライスさんマジパネェですわ・・・・・・」
カワカミの前を走っていたライスが急停車することで、胸近くに頭がぶつかり蹲るカワカミ。
そんな彼女を心配しつつ、ライスシャワーは普段より少し大きな声で叫んだ。
「あのっ、私ライスシャワーって言います、それで、この元気な子はカワカミプリンセスさんですっ!」
「ふむ?」
「あの、最後に貴女の名前を教えてくれませんかっ!?」
そう言えば、私は彼女達に名乗っていなかったな、とウマ娘は思った。
名乗らない自分に、随分と素直に教えてくれた彼女達の純粋さが、自分の知るウマ娘達とはまるで違う。
純粋、そして素直な彼女達をとても愛おしいと思いつつ彼女は名乗る。
自分の名前、故郷を背負う名前を。
「私の名は《ホワイトグリント》、シティ・アナトリア所属のホワイトグリントだ」
いずれ学園で会おう、そう言いながらウマ娘――ホワイトグリント――はサングラスを外して笑いかけた。
端正で彫の深い「可愛らしい」のではなく「美しい」という言葉の似合う、ウマ娘。
思わず二人が見惚れた彼女は、直ぐにサングラスをかけ直し踵を返してまた走り出した。
遠くなるホワイトグリントの背中を見送りながら、ふとカワカミプリンセスが呟いた。
「あの、ライスさん?」
「どうしたの?」
「私先ほどのホワイトグリントさんの事で、少し気になることがあるんですの」
「気になる事?」
「どうして彼女は、最後まで手袋を外さなかったんでしょうか?」
「もしかして、寒がりさんだから・・・・・・かな?」
「それでも、握手するときは手袋を外すのが最低限マナーだと思うのですが・・・・・・」
「うーん、何というか、いろいろとあるんじゃないかなぁ」
「色々、ですの?」
「ホワイトグリントさん、オッドアイだったし・・・・・・外見で嫌なことがあったとかかなぁ」
「「うーん?」」
なお、二人はこの後無事遅刻し、補習授業と反省文で丸一日を費やすことになったのは、まるで関係のない事である。
消すのももったいないから投稿。
しかし、カワカミプリンセスのキャラがつかみきれてない気がする・・・・・・。
本当は、この後いろいろと展開を考えていたのですが、
どう考えても武力闘争に行きつくため、断念しました。