それは彼女の親友、立花響も知らない、誰にも知られてはいけないと心の奥底に隠した彼女の本心であった。
暗く、冷たい感情が支配する彼女の心を暖めるのは親友の存在と、ふしぎな力を使うネコの存在だった。
リディアン音楽院に入学してしばらく経った日の夜、わたし、小日向未来は夢を見た。
2年前に出会った不思議なネコちゃんの夢を。
きっと、同じ学校へ入学した親友が人助けという名のお節介で助けて、その流れで教室に連れてきちゃった白い猫ちゃんの影響だと思う。
その不思議なネコちゃんとの出会いは実家と学校への道の途中にあった、昔ノイズによってボロボロになった空きビルの中だったわ。
あの日は部活からの帰り道だった。
今でもノイズが時折現れるという噂のせいで借り手がつかず、誰も近寄らない筈の空きビルの窓から突然ヒカリが溢れるのを見たの。
気になった私が中を探索してみたら殺風景なはずのビルの一室になぜかあたり一面にお花が散らばっていて、真ん中にダンボールが転がっている部屋があった。
お花はノイズの被害にあった遺族が持ってきたのかな? …今思えばなんて他人事で能天気なことを考えていたのかしら…。
そ、それでね、ダンボールの中を覗いてみたらそこには足にケガをしていたその不思議なネコちゃんに出会ったの。
見た目は赤と白の2色で、左目の周りが赤いあざのようなブチと尻尾の先についた不思議な金の輪が印象的な、それでいて不思議な魅力を放つ仔でした。
これが一目惚れていうものなのかな?
最初はわたしのことも怖がっていたみたいだったけど、足の怪我の手当てとカルシウムを補う為におやつとして食べていた小魚をあげたら気を許してくれたみたいで、その日から家族にも友達にも内緒で学校の帰りにその仔のお世話をするようになったの。
とても可愛くて、言葉が解るのじゃあないかってぐらい賢くて、撫でさせてはくれるけど抱っこはまだ少し嫌みたいで、でも会いに行くたびに嬉しそうに鳴いてくれるその仔にわたしは夢中になった。
その時はもっと仲良くなれたらお父さんとお母さんに会わせてその仔を飼えないか
でも、あの事件のせいでそれは叶わなかった。
わたしの親友である立花響が、一緒に行く筈だったアイドルのコンサート会場でノイズに襲われて、いつ死んじゃうか分からないぐらい酷いケガをしたと、お母さん経由で聞いた。
私はその時、家族の急な用事のために盛岡に連れて来られていたせいで被害には合わなかった。
直ぐにお母さんにわがままを言って響がいる病院に連れってもらったわ。
病院に着くと、そこには体中怪我だらけで、たくさんの包帯で巻かれていて、色んな機械とコードで繋げられていて、でもたまに苦しそうになのに目を開けてくれない親友がいた。
看病していた響のお母さんが言うには一番ひどいケガは胸に爆発か何かで飛んできた破片が体に入ったことが原因で、手術でほとんど取り除くことはできたけど、いつ目が覚めるのか分からないとのことだった。
もしかすると一生目が覚めないかもとも言われた。
それから毎日、わたしは響のお見舞いと看病の手伝いをさせてもらった。
せめてもの罪滅ぼしとして。
その頃のわたしは…、ううん、今もそうだけど自分を責めたわ。
わたしが誘ったばかりに…響があんな目にあったのに、
それなのに自分だけはドタキャンしてのうのうと無事でいる事実が許せなかったの。
響のお母さんはわたしが無事だったことを喜んでくれたし、そのことを謝ってもわたしのせいじゃないと言ってくれたけど、心は晴れなかった。
毎日のようにお見舞いに行っても響の状態は良くならなかった。
それどころか、担当しているお医者さんから根を詰めすぎだと言われ、しばらく休むよう説得されてしまった。
無力感と罪悪感でどうしたらいいのかわからなくなったわたしは、遊びに行くのはもちろん、家に篭る気にもならず、意味もなく家と病院をただ往復することしかできなかった。
学校が大型連休でお休みだったのを恨んだのはあれが人生で初めてだったな。
何度目か分からない往復の途中で、ふと気が付くとあのネコちゃんがいるビルが病院への道中にもあることに気がついたわたしは、どうしてもその仔に会いたくなってビルの中に入っていった。
ビルの中に入ると、前来たときよりもお花が増えていた。
きっとまたノイズ被害にあった遺族がお参りに来て置いて行った物だと考えたわたしは、知らないうちにあの仔がお参りに来た人に連れて行かれてしまったらどうしようと心配になって急いであの仔がベッドにしているダンボールのあるに部屋に向ったの。
でもね、実はそうじゃなかったの。
あとで分かったことなのだけど、あのビルは本当にノイズが現れやすい場所だったの。
急いで階段を上っていったら、廊下を歩く本物のノイズを見てしまったの。
テレビや学校の授業で観た時よりも不気味で、あの時は本当に怖かったわ。
でも当時のわたしはどうかしていたわ。
だって恐怖よりも怒りが勝ったんだもの…。
学校で教わったマニュアル通りにゆっくり静かにその場を離れることをしないで、急いでネコちゃんのいる部屋に走ってしまったの。
ノイズが人間以外の動物を殺すことがあるかどうかは分からないけど、もうこれ以上わたしのまわりでノイズによる被害にあって欲しくなかったわたしはネコちゃんを助けるためにとっさに動いてしまったわ。
ノイズをなんとか避けてダンボールの中を覘くと、その仔は居なかった。 でも微かにまだぬくもりが残っていることに気付いたわたしは、まだこのビルのどこかで無事でいることを祈りつつ、慎重にネコちゃんを探そうと決意して部屋を出ようしたのだけどいつの間にか複数のノイズが入り口に固まっていて、ゆっくりこっちに近づいてきたの。
入り口はふさがれちゃって、窓から逃げようにも高すぎて助かる見込みもなくて、もう逃げ場はなかった。
これは罰だ。
親友をいつ死ぬかもしれない目に合わせておきながら自分だけ無事に済んでしまったことに対しての神様からの
そのことで神様を恨むつもりはなかった。
けどその代わりに、わたしは死んでもいいからせめて響とネコちゃんの命だけは助けてほしいと、わがままを聞いてほしいと思ってそっと目を瞑って罪を受け入れようとした。
でもそのとき、 閉じた瞼を貫くほどの強い光が突然現れて目を開けてみたら、さっきまでノイズのいた場所には色とりどりの花が落ちていて、わたしと花が落ちている間の距離にはいつの間にか探していたネコちゃんが立っていた。
何が起こったのか分からなかった、けど2つだけ確かなことがあった。
わたしはどうやってか、このふしぎなネコちゃんに助けられたこと、そしてわたしのお願いが神様には届かなかったと言うこと。
もう足の怪我は回復したのか、あの仔は力が抜けて座り込んでしまったわたしに走って近づいてきてくれて、心配そうに鳴きながら膝の上に初めて登ってきてくれて、慰めてくれているつもりなのか顔に頭を擦り付けてきてくれた。
嬉しかった。嬉しかったはずなのに、自暴自棄になっていたわたしは、その仔を払い退けて泣きながら、静かに八つ当たりをしてしまった。
「なんで助けたの? 折角のチャンスだったのに? わたしが死ねば、響が、目を覚ましてくれたかもしれないのに…。」
思い返せばすごく気が動転していたんだと思う、自分でも言っている意味が分からないのに、賢くてもネコちゃん相手にそんなこと言っても意味がないのに。
でも止まらなかった。 縋るような気持ちでその仔にわたしの気持ちを吐き出した。
響がこんな目にあったのはわたしのせいだから。
わたしがコンサートに誘ったせいで、それも響が興味のなかったアイドルのコンサートに無理やりに、一人で行くのが心細かったから、ただそれだけ、なのにわたしだけその場に居なくて、友達だけ酷い目にあわせて、 自分は何事もなかったかのようにこうやって無事なのが許せない、 それにいまだって彼女のため何もできない、させて貰えない、じゃあもう神様に祈るしかないじゃない、でもそれすら許されないなんて。
「ごめんね。こんなことあなたに言っても仕方ないのに。わたし、今日はもう帰るね、本当に…、ごめんなさい」
そう言ってその仔をおいてビルから飛び出した。来る前までは晴れていたのに外は強い雨が降っていた。
その晩、過労と雨に濡れた影響で高温の熱を出して寝込んでしまったわたしは、夢の中で何かと出会った。
大きさは当時の私と同じくらい、額にはふわふわなトサカのような白い毛と赤色の猫耳、左目の周りには赤いぶちと白を基調に所々差し色に赤の模様の毛で全身が覆われ、尻尾の先に金色の星が付いている、まるであの仔をそのまま大きくしたような2足歩行する何かが私に語り掛けてきたの。
名前も教えてくれた気がしたけどそこだけは何故か覚えていない。
そのヒト?は宇宙人で、彼の目的は失われたハッピーを取り戻すことだ言っていた。
それと、なぜか私に一つだけお願いを叶えてくれるって言ってくれたの。
「私の願いは友達が元気な姿で生きていてくれること」
答えは最初から決まっていた。
夢の中だからだろうか、よどみなく出た私の願いに宇宙人は見覚えのある笑顔で頷いてくれた。
そして、明日は病院に行くようにと言われたのを最後に私は目を覚ましたの。
昨日まであった高熱は嘘のように引いていた。
一応そのことを報告しようと居間へと降りてみたら早朝にも関わらず掛かってきた電話に対応していたお母さんが急いで支度するように言ってきて、訳も分からず車に乗せられたわ。
ついた先は響が入院していた病院……。
居ても立っても居られず急いで響の居る病室へと向かった。
あれは正夢なのか、それとも私の願望が見せたまやかしなのか、逸る気持ちを抑えて扉を開けた先には…。
後日、私はあの仔の好きな物をたくさん買ってまたあのビルへ訪れようとした。
しかしビルのあったところは瓦礫の山と化していて、そこにはあの仔も花もダンボールもなくなっていた。
これが、私が出会った不思議なネコちゃんのお話。
あの仔がその後どうなったのか判らないけど、この日から私にはもう一つ願いが出来た。
もう一度あの仔にあってお礼が言いたいと…