[随分立派なスタジアムだなぁ]
帝国を脱出後、影山が何処からか呼び寄せた車に数時間揺られた俺達は、ギリシア建築を模して作られた豪奢なスタジアムへと辿り着いた。
機密保持の観点から、影山の支配が行き届いたこの場所が例の計画に適した場所なのだという。まぁやってることは薬漬けだし、露出は極限まで減らして当然だろう。俺としてはもう少しこじんまりとした落ち着く空間が好きなのだけど、無駄な諍いを起こすほど馬鹿じゃあない。
「王には王座が似合うように、優れた才を持つものには優れた環境が与えられるべきだ。天帝殿はわかるだろう?」
日が暮れ始め、薄暗くなった車内で呟かれた言葉は明らかに俺を煽っていた。どうやらこの男は先程助けた恩をもう忘れてしまったらしい。
[うるせぇ! 俺をその渾名で呼ぶな!! ]
「……落ち着きたまえよ。何故イラついているのかわからないが……目的地に着いたことだし、早速顔合わせと行こうじゃないか」
影山に促され、降車した俺は影山の後を追って歩いていく。不必要に身元が割れないよう、完璧に顔が隠れていることは確認済みだ。
「ようこそ我が世宇子スタジアムへ」
影山は芝居掛かった様子で振り返り様にそう告げた。眼前に広がるのはスタジアムの周囲に配置された精緻な彫刻達…………この建物飛ぶんだった……よな? どんな超技術だよ……そんなことはどうでもいいか。
世宇子スタジアムを訪れた目的は勿論、世宇子中の面々を鍛え上げるためだ。影山の依頼を建前に、彼らを雷門の壁として相応しい存在へ昇華する……つまり俺はあの我の強い世宇子中の面々を手懐け、指導しなければならないというわけだ。
実力的には現時点の世宇子ならば圧倒できる自信はあるが……疲れそうだよなぁ……今更だけど嫌だなぁ……
「どうした早く行くぞ。既に集合しているはずだ」
影山の催促する声が聞こえる。覚悟を決めた俺は足を踏み出した。厳かな雰囲気を滲ませるそのスタジアムは、静寂に満ちていてどうにも居心地が悪かった。
[こりゃ一試合必要になりそうだ]
「何か言ったか?」
[なにも? ]
──────────────────
黄昏の空の下、影山によって集められた精鋭達は、破壊されたグラウンドに座り込みながら思考に耽っていた。世宇子のキャプテンである彼も例外ではない。
「あぁ……これ程までに空は広かったのか」
僕は髪が汚れることも気にせずサッカーグラウンドに寝転がりながら、空を見上げた。太陽は西へ沈み、世界は薄明に包まれている。
初めて味わった徹底的なまでの挫折。
たった1人に対して、チームとして敗北する不覚。
本来ならば、心が折れるべきなのかもしれない。だが、僕の胸中に広がるのは漠然とした充足感だった。後は……少しの悔恨の念といったところだろうか。あまりに実力差が大きすぎて、そこまで露骨なものではない。
それ以上に僕は目覚めることができて嬉しいんだ。紛い物の力が本物の力に圧倒されて……真の強さを知った。あんなものに頼って神を自称しておきながら、心の何処かで自分の行いに対する疑いがあったのかもしれないな。
僕がこうして目覚めたのは数時間前のある男との出会いまで遡る。
普段の練習を終え、宿舎へと帰宅していた僕たちの元に総帥からの連絡が入った。
「紹介したい男がいる」と。
何故この僕たちが指示されなければいけないのかと疑問に思いながらも、総帥の言葉に逆らうことはしなかった。僕たちの力は影山によって与えられたものであるとわかっていたからね。
数時間後、フィールドに集められた僕たちは本物の神と見えることになったんだ。彼の第一声は……
「影山との取引でここに来た。お前達を強くしてやる」
──というものだった。勿論増長していた僕たちがそんな不遜な言葉を許すわけがない。かなり喧嘩腰で話しかけてしまったよ。真っ黒な外套に身を包み、顔を隠している彼はひたすらに怪しかったからね。
とは言っても致し方ない点も多いと自己弁護したい。総帥に選ばれた私達は神の資格たる……いや、神だと勘違いする契機となった力に呑まれていたのだから。
ー神のアクアー
何人たりとも寄せ付けぬ……圧倒的な生物としての格の違い。私達はアレを口にした時、人の枠を超え、神たる資格を得たはずだった。
今までとは比類なきパワー。アビリティ。スタミナ。それは我ら世宇子の面々に全能感を抱かせるには十分だった。
……彼を紹介してくれた総帥は続け様に僕たちを焚き付けた。
「どうした? 呆然としていないで、この男の指示に従って練習に励め」
売り言葉に買い言葉か僕は攻撃的な言葉を返し、結果的に彼との試合が決まったんだ。それも1対11。勝負が成立する筈の無いハンデキャップで。
「たかが100メートル程度のグラウンド。お前達程度ならば1人でも如何様にでもなる」と彼は言った。
僕たちは誰もが耳を貸さなかった。それも当然だ。キャプテンを務めている僕ですらチームメイトを相手に1対2すら苦労するのだから。僕は彼の言葉を嘲笑ったよ。彼がそれを本気で言っているとも知らずに。
『さばきのてっつい』
天から降り注ぐ、神の怒りも。彼の俊敏な動きを止めるには至らない。
『ヘブンズタイム』
神気が満たす僕の絶対的な領域も。彼を繋ぎ止めることすら不可能だった。
『ゴッドノウズ』
僕の必殺にして最強である大神の神威も……彼は唯の一蹴りで相殺してみせた。
──僕たちの力は何一つ通用しなかった。僕たちが神を詐称したヒトだとするならば、彼は、彼こそがきっと神なのだろう。
「……覚えたぞ」
そう呟いた彼は、グラウンドを強く踏み締め、漆黒の翼をはためかせながら天空へと飛び立った。闇に染まった羽根が呆然とする僕の頬をくすぐった。
『ゴッドノウズ』
朱に染まった空を黒い翼が覆う。勿論僕の翼ではない。
シュートに纏われた黒雷が大気を焼きながら僕らのゴールへと迫る。
紛れもない……あれは……僕の必殺技だった。
『ギガントウォーッッッ!!!!
地を穿つ神の一撃も。彼のシュートを前にしては発動すらままならない。
ボールがゴール内をコロコロと転がった。摩擦熱で煙を上げながら。
僕たちのゴールが僕の必殺技で破られる。そんなあり得ざることがあり得てしまったんだ。
僕の物ではない私の力。私唯一の特権が、誇りが今出会ったばかりの男に奪われ……汚された……
だが、なぜか清々しい。僕はまだまだ強くなれる。そう教えてもらったような気がして。
ここまでが僕たちの敗北までの軌跡。実に短く、実に充実した時間だった。今までのサッカーへの努力が走馬灯のように想起する。死ぬわけじゃ無いが、神としての僕は終わったのだろう。だが……
おや? ────彼がこちらへと近づいてくる。敗北者たる僕たちに何か用でもあるのだろうか……? いや……彼ほどの傑物に大口を叩いてしまったのだ。何を言いつけられても敗者の定めとして受け入れよう。
「おい。お前達何故倒れ込んでいる。立ち上がれ。練習を始めるぞ」
「は? 」
思わず僕の口から惚けたような言葉が飛び出した。しかし、彼の声音は至って平坦。真面目そのものだった。彼の隠された瞳と目が合ったような未知の確信が、心を駆け巡る。
どうやら彼の意思は最初から変わっていないらしい。まだこんな愚かな僕たちを導いてくれるつもりのようだ。
ならば彼のその献身に報いなければ! 時間はない。きっと、今度こそ僕達は自らの力で彼の領域へ、神の元へ至ろうでは無いか。
どうやらチームメイトも僕と同じ心境に至った様子だ。皆前を向き、彼を見据えている。
僕たちは今日ヒトとして再び立ち上がった。
変更ポイント
・神のアクア不使用
・―――――会得
・―――――――入手
・――――――――――覚醒