【水星の魔女×ACfA】迷い猫は揺り籠を護り、魔女と出会う 作:Artificial Line
「……きろ……お……ろ」
遠くで誰かが声をかけている。煩いなぁ、まだ眠いんだ。声を無視し、再び微睡みの底へ意識を沈めていこうとする。
「起きろッ!」
「グエッ」
喉に強烈な閉塞感を感じ急速に意識が引き戻される。瞼を開ければ視界いっぱいに美形の女の顔が広がっていた。セミロングの黒髪、強い意志を感じさせる切れ長の目、細く整えられた眉、東洋系の顔立ち。見間違うはずもない、セレン・ヘイズだ。
覚醒した頭で辺りを見渡す。成人二人が収まるにはギリギリの空間。コンソールと見慣れたアームレイカー。間違いない。ここはストレイドのコックピット内だ。モニターは付いておらず、暗闇を各種計器のランプが照らしている。
何故ストレイドのコックピット内にセレンがいるのか。それにいつもと姿が違う。彼女はリンクス用のパイロットスーツを装着していた。その姿を最後に見たのは、私を拾った時が最後であった為、随分と懐かしく感じる。
「セレン……?何故貴女がここに?」
「判別つかん。ともあれストレイドを起こせ。状況を確認する」
ネクストACのコックピット内はかなり狭い。そもそもリンクス一人の搭乗しか考慮していない設計なのだ。当然とも言える。必然セレンは私の膝上に向かい合うようにして座っていた。セレンの言葉を受け、コンソールを操作する。AMSを介した生体認証を終え、独特の不快感が脳を驅けた。そしてストレイドが覚醒する。
モニターが生き返り、周囲の様子を描画する。蒼い空、あれた土の地面。間違いなくアルテリアクラニアムではない。ここは何処か、そう思考するよりも前にコンソールから電子音が鳴った。
「……レーダーに反応。IFF応答なし。所属不明機3機確認。距離1000で停止している」
セレンが身体をコンソールへと向け直しながら言葉を告げる。膝上でもぞもぞと動かれるのは対Gスーツ越しでもこそばゆい。
「位置システム応答なし。現在地不明。見たところ屋外のようだが、何処だここは」
コンソールを操作しレーダーに確認している不明機をモニターに拡大表示させる。その姿は随分と懐かしさを感じさせるものだった。
「ハイエンドノーマル?国家解体戦争以前の遺物が何故……」
セレンの呟きが聞こえる。その姿は過去戦場を支配したレイヴンが駆るハイエンドノーマルに瓜二つであった。
「セレン、どうします?」
「どうもこうも状況が不明すぎる。位置も時間も、何故私がお前の上に座っているのかすらも不明だ。とりあえず不明機とコンタクトを取ろう。ストレイドを不明機に近づけろ」
「了解」
指示を受けAMSを接続する。先程とは比べ物にならない不快感が脳を駆け巡り、直後脳裏に直接ストレイドの視界が描写された。そしてメインブースターに火を入れ、機体を進ませる。即座に時速600km弱まで加速し、不明機へと接近していく。その間にセレンはコンソールの無線をいじっていた。
「こちらネクスト、機体名はストレイド。オペレーターだ、聞こえていたらハンズアップしろ。……周波数の問題か?企業連救難チャンネルで再度呼びかける」
それから幾度か周波数を変え呼びかけるも応答はない。だが動きはあった。接近するこちらに対し装備しているライフルを構え、背部キャノンの照準を向けている。
「セレン、どうやら臨戦態勢のようですよ」
「状況がわからん。撃ってきたら取り敢えずあしらえ。だが殺すな、支援企業の部隊だったら後々面倒だ」
「了解。スーツの安全帯をシートに固定しておいてください。セレンが乗っているとはいえ、容赦なくQBを吹かしますよ」
「バカにするな。誰がお前にネクスト操作を教えたと思っている」
「これは失敬」
直後であった。停止している3機のうちの1機のライフルにエネルギーが収束していく。そしてそれが黄色を帯びた光となってこちらに放たれた。
「掴まって!」
左へQB。強烈なGが全身を襲うが、別にどうということもない。心配なのはセレンであったが、さすが元リンクス。安全帯で姿勢を固定している事もあって何の問題もなさそうだ。
「交戦の意思ありと判断。無力化しますよ」
「了解。さっきも言ったが殺すなよ」
セレンからの返事を聞き、即座に連続QB。同時PAを展開。右腕部の04-MARVEをアクティブ。残弾48発。クラニアムの戦闘後と同じ残弾?FCSの自動ロックオンを切り替え。マニュアルに変更。ひとまずは戦闘力を削ぐ。04-MARVEのトリガーを引き絞り最初に発砲してきた不明機の右腕部に射出。命中。二発で砕けるとは、防御スクリーンすら展開していないと推定。続け左腕ブレードユニット、両脚部に射撃。敵機回避行動を取るも全弾命中。対象の無力化確認。
残存2機、引き撃ちを開始。QBによる連続回避。先に前衛機を落とす。左背部兵装アクティブ、SALINE05をノーロックで射出。地面への着弾により不明機の足を止める。04-MARVE射出。脚部に命中。地面にクラッシュ、無力化を確認。
「増援を確認、機数6。方位148だ。そいつを無力化した後迎え」
「了解」
敵機ランダム機動回避、予測位置に04-MARVEによる射撃。命中。不明機の右腕部破壊。継戦の意思を確認。不明機、背部キャノンアクティブ。QBにより回避。かなりの高出力だ。残滓がPAに干渉、若干の減衰。この程度なら問題ない。敵機左腕部ブレードアクティブ。こちらに向かってくる。このハイエンドノーマルのパイロット、筋が良い。だが戦闘が上品すぎる。レイヴンではないのか?後方へQB、回避。07-MOONLIGHTで敵機の脚部を切断する。
前方へのQBと共に07-MOONLIGHTを振り抜く。極大の紫の刀身は不明機の脚部を切断し、地面へと転がした。
「追加の6機、散会しながら接近してくる。時間をかけるなよ」
「わかってますよ」
左背部兵装アクティブ、SALINE05を連続射出。不明機の進路上に着弾させ、足を止める。04-MARVE連続射。3機の無力化を確認。04-MARVEの残弾が心もとない。だがKAMALスラッグガンはあの敵に対して威力過剰だ。散弾という特性上情けもかけづらい。SALINE05を続けて発射。足元に着弾させ1機の脚部を破壊。07-MOONLIGHTアクティブ。一気にQBで距離を詰め、足元に振り抜く。隣接していた最後の2機の脚部を纏めて溶断。全機の無力化を確認。
「ふぅ」
小さく息を吐く。殺さない戦いというのは窮屈なものだ。普段より神経を張り詰めいていたためか、アドレナリンが脳に飽和していく感覚を覚える。そうしていればコンソールが電子音を鳴らした。
「さっきブレードを振ってきた機体のパイロットがハッチから出ている。無人機じゃなくて安心したよ。PAをカットしつつあのパイロットに機体を寄せろ」
「了解」
セレンがコンソールを操作し、モニターにそのパイロットの姿を拡大表示させる。パイロットスーツを身に着けている為判別つけづらいが、身体の線からすると女だろうか。割れたバイザーから見える顔はかなりの美形であり、蒼い瞳が怯えた色を伴いこちらを見上げていた。PAをカットしゆっくりと降下する
「あー、あー、この回線ならどうだ?そこのノーマルの搭乗者、言葉がわかるか?状況の確認を行いたい。理解できれば顔の横に手を上げろ」
セレンが無線に向かって声を出す。その後しばらくの間が空いた後、その女は右手を顔の横に上げた。
セレンは一先ず通信と言語が通じたことに安堵したのか一息付いた後、言葉を続ける。
「聞こえているか。あー、何から聞こうか。とりあえず……ここは何処だ?」
その女パイロットが困惑したように瞳を揺らす。そしてほそぼそとした声で答えた。
<<えーっと、地球です……>>
「そんな事はわかっている」
間髪入れずそう返したセレンの声に対し、女パイロットは少し肩を震わせた。ともあれ言葉が通じるのは僥倖だ。ストレイドを女の前に完全に接地させる。女の身体が震えている。怯えか?
コジマ汚染の懸念があるが、既にネクストが交戦した後だ。その中で外に出ているのだから今更だろう。それにこの程度であれば十分に除染できるはずだ。致命的な健康被害はでないだろう。
まあ、ともあれ。交渉や会話は得意ではない。そういうのはセレンの仕事だ。しばらくは彼女に回せよう。
#
<<具体的な地名は?>>
冷たい女の声がインカムから聞こえる。眼前に立つ黒い巨人、そして実体験として理解したその戦闘力。心が怯えていた。答えなければ殺されるかもしれない。そういった強迫観念に襲われ、口を突き動かす。
「旧ヨーロッパ、ハンガリー高原に存在するアルムクヴィスト社の戦術試験場です……」
そう答えればしばし女からの応答はない。何かマズいことを言ったか、と心拍数が跳ね上がる。だがそれは杞憂であった。
<<アルムクヴィスト社?聞いたことのない名前だ。企業連に加盟していないのか?>>
?何を言っている。アルムクヴィスト社はベネリットグループ第4位の大企業だ。それを知らない?MSに乗っているにしてはありえないことだ。それに企業連?軍需企業条約加盟機構のことか?それにしては耳馴染みのない略称だ。この機体とパイロット達は何者だ?
<<まあ兎も角こちらの状況を伝えたい。先程攻撃を行ったが、それはあくまでそちらの対応に対する自衛措置だ。これ以上の攻撃の意思はない。認識のすり合わせを行いたいのだが、責任者はいるか?>>
どう答えたものか迷う。攻撃の意思がない?それはこの状況を見れば理解出来る。だが信用はしきれない。実際にこちらは9機が大破する損害を被っているのだ。返答に迷っていれば、軽薄そうな男の声がインカムから流れてくる。
<<聞こえるかな?こちらアルムクヴィスト社CEO、ヴェスパー・アルムクヴィストだ。黒い機体、双方に認識の齟齬があったようだ。取り敢えず君たちにバラされた機体のパイロットの救助チーム、あと誘導班を送るのでそれに従って我が方の基地に来て欲しい。そちらの身の安全、及び機体の安全は保証しよう>>
兄さま、ヴェスパー兄さまの声だった。通信を受け黒い機体はしばし沈黙する。15秒ほどの間をあけ冷たい女の声がインカムから流れる。
<<承知した。ただこちらも状態を判断しかねる状態だ。その言を信じるに値する証拠を示して欲しい>>
当たり前だ。向こうが状況を把握していないならば、先制攻撃を仕掛けたこちらの言を信じる材料などないだろう。どうやらこの声の女はかなり用心深いようだ。さて兄さまはどうするか?
<<最もな意見だね。ならそこの女パイロットを確保しておくといい。その子は僕の妹だからね>>
「兄さま!?」
兄さま!?あの人やりやがった。ふざけるんじゃない。妹を人質に推薦するなんて。とんだ薄情者だ。まあこちらに危害を加えないという確信があるからこその判断だろうが、それはそれとしてぶん殴りたい衝動にかられる。
しばらく黒い機体はどうするか思案していたようだが、その左マニュピレーターを私へと伸ばしてくる。もうどうとでもなあれ。半ばやけくそになりながらそれを受け入れた。
機体のマニュピレーターに飛び乗る。そして機体の眼前まで上げられた。無数の赤い複眼が私を凝視するために集まってくる。身がすくむが、私もアルムクヴィストの人間だ。この通信が聞かれている以上、兄さまと部下達に無様な姿を見せるわけにはいかない。折れかけている心を無理やり奮い立たせる。そして黒い機体のマニュピレーターの上で立ち上がった。黒い機体の複眼を見つめ返す。
<<いい顔だ。了解した。そちらが敵対行動を示さない限り、この女パイロットには危害を加えないと保証しよう。貴様、名はなんという?>>
冷たい女の声がそう訊いてきた。ただ先程までとは違い、どこか温かさを感じさせる声色だ。緊張が和らぐ。背筋を伸ばし、はっきりと答えた。
「私はオイフェミア・アルムクヴィスト。アルムクヴィスト社CEO、ヴェスパーの実妹であり、MSのテストパイロットです」
<<ふっ、いい目をするじゃないか。了解した。そちらの誘導に従おう。現着までここで待機する>>
何処か満足げな女の声がインカムから聞こえる。もうこうなれば行く所まで行くしか無い。生身とこの黒いMS。あらがった所で無駄に命を散らすだけだ。ならば兄さまの考えに乗ってやろう。大変癪ではあるが。黒い機体の複眼から視線を切る。そして基地の方向へと振り返った。土煙を上げながら接近する車両を多数確認。あれが救助班と誘導班だろう。やれることをやる。そう割り切れば何処か心軽やかだった。
#
「いい眼をしますね、彼女」
青い瞳が脳裏に映し出されている。覚悟を決めた、何処までも透き通った瞳。何処かウィンDやリリウム・ウォルコットにも似たものを感じる。
「なんだ、惚れたか?」
セレンが茶化すような声色でそう訊いてくる。肩を竦めながらそれに応える。
「冗談。私にはセレンがいますよ」
「私はお前の恋人にはなれんぞ」
「わかってます。だけど、それ以上でしょう?」
セレンが鼻で笑う。だが何処か嬉しそうであった。
コンソールから電子音。レーダーに複数の反応。望遠カメラで描写してみれば複数の車両の姿。だがどれも対コジマ粒子汚染対策を施しているようには思えない。そんな事がありえるのか?ネクストACが戦場を闊歩する世界で、コジマ汚染対策無しなどと。
「あれが誘導班と救助班か。PAの展開はするなよ。人体など容易に殺すからな」
「理解してますとも。そもそも手のひらに彼女を乗せてたんじゃ戦いづらい。ともあれ撃ってきたらどうします?」
「通常兵器など、ネクストの敵ではない。適当にあしらえ」
「彼女は?」
「撃たれた後に気にすることか?」
確かに。内心で同意しながらストレイドを歩かせる。対コジマ汚染対策が見られない以上、ブースターを吹かすのも憚れる。直後、誘導班と思われる車両から通信が入った。
<<こちらアルムクヴィスト社誘導班。こちらの後に続き機体を回して欲しい。基地のハンガーにてCEOがお待ちだ>>
「了解した」
セレンがそう無線に返す。そして誘導に従いストレイドを歩行させ基地へと向かう。
「周辺探知、一定の気候変動は確認されるが、コジマ汚染は認められない。ヨーロッパにこんな地域があるのか?」
「コロニーアナトリアもプロトタイプネクストの襲撃で壊滅したんですよね?そうでなくてもリンクス戦争時GAEとBFF、インテリオル、アクアビットにレイレナードとあまねく企業群がひしめき合っていた地域でしょう。そんなことありえるんですか?」
「私の記憶と知識が間違っていなければありえない。一定の除染は行われたとはいえ、企業が見捨てた地上だ。そもそも企業のCEOが地上にいること自体異常だろう」
セレンの言う通りだ。企業は汚染されきった地上を捨て、クレイドルという揺り籠に逃げた。私とウィンDが動かなければ企業はそもそも自分たち以外をORCAの生贄に捧げていただろう。あまりにも私達の知識との齟齬が多すぎる。ここは、本当に私達の知っている世界なのだろうか?
「油断するなよ。ネクストとはいえ、現状派手に動ける訳では無い」
「理解してます。そろそろ見えてきましたね。おや」
基地が脳裏に描写される。映るそれは実戦仕様の前線基地というよりも、研究所的側面が強いように感じられた。加えネクスト用の除染ハンガーが見られない。やはりネクスト運用を想定した基地ではないのだろう。だが出迎えに外に出ている幾名かは防護装備を身に着けていた。コジマ粒子の有害性を知っていた?いや、それにしてはオイフェミアという女パイロットの行動は不可解だった。バイザーの割れた状態でネクストの前に身体を晒すなど、知識があるならば正気ではない。であればコジマ粒子の有害性を検知できるだけの機材が揃っているということだろうか。
「防護服の連中が誘導灯を振っている。どうやらハンガーに入れる気のようだな」
「どうします?屋内だともしもの時にリスクがありますが」
「今更だ。誘導に従いハンガーにストレイドを入れろ。どの道資本の支援無しでネクストなど宝の持ち腐れだ。お姫様を落とすなよ」
「了解」
誘導人員に従いハンガーへストレイドを入れる。何の変哲もないACハンガーの様に思えるが、細部に見慣れない装置がいくつもあった。パーツ変更用のクレーンや装置も見受けられない。となればやはりAC用ハンガーではない。ではACではない人型兵器とはなんなのだ?
ハンガーの隔壁が閉鎖され、除染目的と思われる車両がいくつか接近してくる。とはいえ、完全な除染車ではなく、消防車のようではあるが。まあ高圧放水であれば機体の除染はできる。問題はその汚染水の処理だが、流石にその辺は徹底しているだろう。少なくもACのような人型兵器を保有しているのだ。技術力が無い訳もない。
<<協力に感謝する。では認識のすり合わせを行おう。こちらの計器ではその機体から有害な物質が検出されている。これに間違いは無いかな?>>
軽薄そうな男の声。先程のヴェスパー・アルムクヴィストだろう。ストレイドの手のひらにいるオイフェミアという女の兄であり、彼らアルムクヴィスト社のCEOらしい。
「間違いない。除染作業をするなら自由にしろ。その場合先にオイフェミア・アルムクヴィストをそちらに降ろす」
少し驚いた様な声色でヴェスパーが返答する。
<<おや良いのかい。人質をそんな簡単に解放してしまって>>
「貴様らが何をする訳でもないだろう。どの道その気になればこの基地ごとお前らを消し飛ばせる」
<<おお怖い。まあもちろんその通りだ。では先に除染作業を開始しようと思う>>
その回答を受け、ストレイドの左腕部を地面へと近づける。すればオイフェミアはぴょいとジャンプをし地面へと着地した。そしてこちらへ向き直り小さく一礼をする。
「礼儀もいいじゃないかあの娘。本当に良いんじゃないか?」
「早く孫の顔が見たい母親みたいな事言わんでください。そんな歳でもないでしょう」
ストレイドに放水が開始され、AMSを介し微弱ながらその感覚が伝わってくる。装甲に感度計などは取り付けられていないはずではあるがこれがプラシーボというやつだろうか。
そのこそばゆさから逃げるように目を瞑りAMSの接続をカットする。脳裏に描写されていた風景がカットされ、ゆっくりと目を開く。やはりAMSの気持ち悪さはいつになっても慣れるものではない。そして接続解除後のこの開放感はいつ経験しても心地が良い。
ネクストはAMSを用いた機体制御によって、まるで手足の様に機体を操れる。だがそれ相応の負担がリンクスにかかることは間違いない。その為ネクストACはQBなどの複雑な機体制御を有する機動以外、つまりハイエンドノーマル程度の機動であれば通常操縦での駆動が可能になっている。故にリンクスは戦闘後や移動などではAMS接続を切り機体を動かすことが多い。
こんな状況でAMS接続を切るのは確かにリスキーではあるが、こちらにはアサルトアーマーという最終手段が存在する。アサルトアーマーに複雑な機体制御は必要なく、その為即座に発動が可能だ。さっきセレンの言っていた"その気になればこの基地ごとお前らを消し飛ばせる"というのはこれのことである。発動させればPAを一時的に減衰させる代わりに周囲に対して大規模なコジマ爆発を発生させられる。これだけ生身の人間が近くにいる状況で使いたくはないが、まあ私達の身の安全が最優先だ。もしもの時は一切の躊躇いなく周囲一体を消し飛ばすとしよう。
<<さて、除染作業中ですまないが認識のすり合わせを行おう。こちらにさっきも話した通りだが、そちらの事も教えてくれないかな?>>
無線からヴェスパーの声が聞こえる。それに対しセレンが応答した。
「こちらはACネクスト、機体名ストレイド。カラード所属の独立傭兵だ。アルテリアクラニアムでのORCAとの決戦後、気が付いたらこちらにいた。私はストレイドのリンクスのオペレーター、セレン・ヘイズ」
<<ふむ>>
思案しているような声色が返ってくる。違和感が凄い。そも、お互いの前提が違うような。
<<先ず以て今出された固有名詞に対して、我々は知識を有していない>>
予想通り、そして外れてほしかった回答が返ってきた。やはりここは我々の知る世界ではない。私は現在カラードランク1のネクスト戦力だ。自惚れではなく、ACの様な人型兵器を所有しておいてストレイドの名前を知らないなどありえない。それにそもそもネクストに対しての知識もない。あの地獄の様な世界で、そんな幸せに生きていけるなどありえないのだ。
「やはりそうか」
セレンも私と同じ考えであるらしい。大体ここがあの世界であったとしても今私の膝上にセレンが座っている状況は異常である。それに加え、意識を失う寸前のテキスト。あれも不可解だ。私達は別の世界に転移した?
<<驚かないんだね。想定していたかな?では次にその機体、先程の文脈から察するにACネクスト、ストレイドについてだ。その機体からは高濃度の有害物質が検知されている。そしてその有害物質について、我々は知識を持たないが、そうとうヤバいモノじゃないかな?>>
「ああ、その通り。そうだ、先程のオイフェミアという娘だが……」
<<勿論既にメディカルルームに搬送している>>
その言葉と同時に除染作業が完了したようだ。放水が停止され、どういう技術なのか水が凝固し一箇所に集まっていっている。私達の世界とは異なるものだが、凄い技術だ。機体の性能差はあるにせよ、あまり文明レベルに差が無いのかもしれない。
「そうか。あの時間であれば然程問題は無いと思われるが、良く診てやってくれ」
<<そのつもりさ。ところでいつまでも無線でやりとり、というのも面倒くさくないかな?>>
確かに、とは思うがこちらの安全保障的問題もある。さてセレンがどう判断するか。
「了解した。今からハッチを開けて私が出る。ただリンクス……パイロットはこのままコックピットに残す。理由はわかるだろう?」
なるほど。妥当な落とし所だと思う。
セレンがコンソールを操作し、ハッチをオープンする。ACのコックピットハッチは頭部の後ろ側に存在し、戦車の様な乗降を行う。這い上がるセレンの臀部を押し上げ、コックピットから出るのを手伝う。セクハラ、という単語が頭によぎったが、別に今更であった。昔は一緒にシャワーも浴びていたのだ。
『聞こえるか』
通常の無線とは異なり、脳裏に直接声が響く。脳に埋め込まれたインプラントを通じての通信。リンクスというネクストのパイロット達は、すべからく強化人間手術を受けている。最大20G以上の重圧に耐えながら戦闘を行う悪魔の機体、搭乗者も改造されるのは至極当然であった。強化骨格、脳へのインプラント埋め込み、人口臓器への換装、AMS端子の接続。いじれる所は全て弄った半ば人外。それがネクストの乗り手、リンクスと呼ばれる存在である。セレンもかつてはオリジナルと呼ばれた最初のリンクスの一人であった。その為私と同じ様な手術を受けている。この脳波通信はインプラントを埋め込んだ強化人間同士だけが行える特殊なモノである。
『聞こえてますよ。これ使うのも久々ですね』
『そんな事はどうでもいい。脳波通信を繋いだままにしておけ。視界の共有もしておく。問題が発生すればそちらの判断で対処しろ』
『了解』
直後セレンの視界が共有され、それを受諾した。脳裏に風景が描写される。ストレイドのハッチから上がりきり、眼下を見渡せば、除染班やその他の人員が、セレンの事を見上げていた。その顔に張り付く恐怖の色。先程の戦闘を見ていれば無理もない。降乗ワイヤーを下げ、セレンがハンガーへと降り立った。
すればハンガーの奥から防護服に身を包んだ男が近寄ってくる。赤い瞳に白い髪、薄ら笑いを浮かべた美形の男。察するにあれがヴェスパー・アルムクヴィストだろう。
「セレン・ヘイズ?」
『そうだ。ヴェスパー・アルムクヴィスト?』
「如何にも。普通の人間の外見、それもとびっきりの美人で安心したよ。さっきの機動を見ていれば、人の見た目をしていない可能性すら脳裏によぎるというもの。ともあれよろしく」
ヴェスパーが右手を差し出す。セレンがそれをとり、握手を交わした。
「立ち話も何だ。中で飲み物でもどうかな?」
『構わない。ただ話が纏まるまでストレイドに人を近づけるなよ。乗ってるリンクスは私を殺す事すら厭わないぞ』
そんなことはない。厭いまくりである。
「怖い怖い。別に死にたいわけじゃ無いから、そんなことはしないさ」
そう言って内部へと向かい歩きだす。
機密隔壁がオープンし、除染が開始される。特筆すべき事もない。私達のいたあの世界とほぼ同水準の施設。やはり軍事技術以外に文明レベルの差は無いようだ。むしろAMSとコジマ、ネクスト、アームズフォートなんて言う悪魔の技術が存在している方が異常なのだろう。まあこの世界でも戦争は行われているようではあるが。
除染が終わり、隔壁が開く。セレンもヘルメットを上げた。そして廊下を歩き始める。防護服を脱いだヴェスパーとその護衛がエレベーターに乗り込んだ。セレンもそれに続き、扉が閉められる。エレベーターにセレンが乗った瞬間、床が一瞬揺らいだ。骨格を全て強化金属化している私達リンクスの体重はゆうに200kgを超える。ヴェスパーの瞳が面白いものを見たと、少し細められた。流石に女性に対し体重を聞くような野暮な真似はしないようだが。
「セレン、貴女はオペレーターだと言ったね。あのストレイドのパイロットはどんな人物だい?」
『どんな、か。優男、冷静沈着、物腰丁寧、聡明なのに馬鹿。そんなところか』
最後は酷い言い様である。まあ否定しないが。でなければORCAと共にクレイドルを落とし、人類種を救っていたはずだ。馬鹿だったから小の犠牲が容認できなかった。全くその通りである。
エレベーターの扉が開く。しばし廊下を進めば瀟洒な扉が目に入る。護衛の一人が扉を開け、中へとヴェスパーが入っていった。セレンもそれに続く。
「ではゆっくり事情のすり合わせでも行おうか」
『ああ。よろしく頼む』
さて長い話が始まりそうだ。録音を機動しつつシートに身体を預ける。セレンの事だ。少し休んでも大丈夫だろう。リンクス用の対Gスーツを着てるのだから銃弾も通らない。何なら頭は並の防弾ヘルメットよりも硬い。膂力も常人の5倍以上。例え武装した連中が出張ってきてもねじ伏せられるさ、という楽観をいだきつつ、少し休む事にした。