【水星の魔女×ACfA】迷い猫は揺り籠を護り、魔女と出会う   作:Artificial Line

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Prologue3.霞と山猫

「オイフェミア様、検査完了です。額の傷も見た目ほど酷いものではありません。多少の内出血は確認できますが、細胞などに異常は確認できません。そちらで痛む場所などはありますか?」

 

メディカルカプセルが解放され起き上がる。医療担当者が事務的な表情でそう訊いてきた。

 

「いえ大丈夫です。ありがとうございました」

 

こちらは表情を取り繕いなるべく笑顔で言葉を返す。疲労で身体は重いが、メディカルカプセルのおかげで幾分か楽にはなった。

 

「とんでもない。ただあの機体から検出された者は未知の有害物質。恐らくは毒性を持つ重金属粒子だとは思われますが、詳細は調査中です。身体に変調があれば直ぐに連絡をください」

 

医療担当者の瞳には私の事を気遣う、というよりも知的好奇心が多分に含まれている。どの様な症状が出るのか、どの様な属性の粒子なのか。そういった事を知りたくてたまらないのだろうということが容易に想像できた。患者、というよりはモルモットにでも向けられる目である。まあ別に不快感はない。医療従事者とはいえ、軍需企業所属の人間。そういうものだと理解している。

 

「承知しました。では失礼します」

 

言葉をつげメディカルルームから更衣室へと向かう。病衣しか纏っていない為あちこちがスースーとして落ち着かない。更衣室に他の人物の姿は無く、早々に着替えを済ませる。黒地のハイネックロングコートに安全帯の取り付けられた黒のスキニー。コートの左肩にはアルムクヴィスト社の社章と私の部隊の部隊章。これがアルムクヴィスト社の制服である。

姿見で自身の姿を確認する。腰まで届く金髪と碧眼。自分でも整っていると自覚するコーカソイド系の顔立ち。普段よりも目が垂れている気がするのは、疲労の影響だろうか。額にはガーゼが貼り付けられているが、前髪のお陰で然程目立たない。これならば公の場に出ても問題ない。

どの道機体があの状況ではしばらく出撃も無いだろう。私服でも良いのだろうが、流石に業務時間内である。人の目もあるし、何よりあの客人達と顔を合わせることもあるかもしれない。

 

更衣室から出て備えつけのカフェテリアへと向かう。少し小腹が空いた。だが廊下を歩いていれば、前方に複数の人影。それが誰か直ぐに気が付き、慌てて姿勢を正す。

 

「おやオイフェミア。身体はなんともなかったかい?」

 

ヴェスパー兄さまとその側近のケジャン秘書官。そしてもう一人。かなりゴツいノーマルスーツに身を包むセミロングの黒髪に意思の強さを感じさせる切れ長の瞳、整えられた眉、東洋系の美形な女性。察するに彼女がセレン・ヘイズ。あの黒い機体、ストレイドのオペレーター。

 

「ええ問題はありませんでした。改めまして、私はオイフェミア・アルムクヴィスト。ヴェスパーの妹です」

 

少し意外そうな目をこちらに向け、セレン・ヘイズが応える。

 

「セレン・ヘイズだ。先程やりあったばかりだというのに豪鬼なものだ。やはり良いパイロットだよ、お前。これからよろしく頼む」

 

彼女はそういって右手を差し出してくる。私は"これから"という言葉に違和感をいだきつつ、その手をとった。2秒ほどそうした後どちらかともなく手を放す。そして説明を求めるという意思を込め、兄さまに視線を飛ばした。

 

「ヘイズ女史と話してね。まあ詳しく説明すると長くなるんだが、兎も角彼女たちを我が社の特別アドバイザーとして迎え入れることにしたんだ」

 

特別アドバイザー……?まあそうするだけの価値と必要性があることは理解できる。あのストレイドの戦闘能力。他企業に渡ろうものなら明らかに我が社の不利益となることは想像に難くない。だが早急に話が進みすぎだろう。そもそも彼女達は元々はどこの所属だったのだ?彼女達も急ぎ立場を決めなければいけない都合でもあるのか?例えば、他企業からの脱走者、とか。

 

「ちょうどいい。ヘイズ女史、ストレイドのリンクスにも事情を話す必要があるでしょう?こちらもオイフェミアには話しておきたいし、時間も時間だ。夕食を一緒にどうだろうか?」

 

セレン・ヘイズは少し考えるような素振りを見せた後、口を開く。

 

「構わない。あの馬鹿には伝えておくから案内役でも送ってくれ」

 

「承知した。ストレイドはどうする?」

 

「詳しい整備手順などは直接私が技術者と話した方が良いだろう。どの道アイツはあの馬鹿の生体マトリクスが無ければ動かない。まあ私達二人がストレイドから離れる事を誠意と受け取って貰えれば助かる」

 

現状セレン・ヘイズとパイロットの生命線かつワイルドカードはストレイド。それから一時的にせよ離れるとは。勿論何かしらの考え、対応手段あってのことだとは思うが、セレン・ヘイズという女性は用心深いが、誠実な人物なのだろう。どんな内容で契約をしたのかはまだ知らないが、それでもこちらの対応に同じ目線で向かい合おうとする。私の知る狸と狐のばかしあいからすれば真っ直ぐすぎる。そして少し羨ましいと感じてしまう。

 

「感謝するよ。代わりと言ってはなんだが、勝手に触らないことは徹底させるさ。ではいこうか、オイフェミア」

 

勝手に決めやがって。とは少し思うがまあ別に構わない。そうする必要があることは理解しているし、どうせ後で知ることなら早い方がいい。ちょうど腹の虫も鳴きそうになっている。

 

「ケジャン、VIPルームで食事の準備を」

 

「畏まりました。メニューは如何なさいますか?」

 

「うーん、別に僕はこだわりは無いかなぁ。ヘイズ女史、貴女は何か食べたいメニューはあるかい?」

 

兄さまがそう問いかけると、少し困った様な表情をセレン・ヘイズは浮かべた。何故?そう思考していれば彼女がその答えを告げる。

 

「いや……生憎と私達は食に対する造詣が浅い。そちらで決めて欲しい」

 

違和感を感じる発言。あんな高性能機に関わっている人物であればそれなりの立場にあったはず。なのに食事に対する造詣が浅い?企業のパイロットとは即ち花形。ほとんどがエリートである。なのに、何故。

 

「じゃあ、嫌いなものとかは?」

 

「うーむ。粘土風味の固形食でも無ければ頓着はないな」

 

どんな食事水準で過ごしてきたのだ。もっとこう、ナスとか、ピーマンとか、魚介とか、色々あるだろう。粘土風味の固形食ってなんだ。それは最早食べ物なのか?

 

「了解。じゃあケジャン、イタリアンにしよう。シェフにそう伝えてくれ」

 

「畏まりました」

 

ケジャンが端末を使って連絡を行う。兄さまはそのままVIPルームへと向かいあるき出した。私とセレン・ヘイズもそれに続き歩いて行く。

 

#

 

VIPルームは社内の重役や他企業からの客人を歓待する為に使われる部屋だ。故にそれなり以上の調度品と装飾が備え付けられている。壁には大型のAR投射装置が備え付けられ、映像や資料の閲覧も可能。加えビリヤード台やダーツも存在する。とはいえ、こんな地球の実験基地にそうそう客など来ない。いまこうして兄さまがここにいることすら珍しいのだ。今回はたまたま新型MSであるクレストⅡの試用実験の見学で訪れていたにすぎない。まあタイミングが良かったといえば良かった。統括責任者たる兄さまが不在であれば、もっと話が拗れていたに違いない。最悪この基地の全員がストレイドによって殺されていた可能性だってある。

 

VIPルームには私を含め3人の姿がある。他の2名はセレン・ヘイズと兄さまだ。私と兄さまは部屋の中央に存在する円卓の席に座り、セレン・ヘイズは興味深そうにビリヤード台を眺めていた。護衛は部屋の前で待機させている。ケジャンに散々ゴネられてはいたが、兄さまは護衛の入室を拒んだ。恐らく、セレン・ヘイズたちを刺激するような真似はしたくないのだろう。それほどまで兄さまが重要視する存在。その意味改めて理解し、自然と背筋が伸ばされた。

 

部屋の扉がノックされる。そしてケジャンの声が聞こえた。

 

「ストレイドのパイロット様がご到着です」

 

「どうぞ」

 

ドアが開けられ、長身の男性が入ってくる。年の頃は青年、十代後半から二十代前半ほど。だがその雰囲気は老練した狼の様に鋭い。セレン・ヘイズと同じくゴツいパイロットスーツに身を包み、体系は分かりづらかった。アッシュグレーの少し長い髪はきれいに整えられ、前髪が輪郭に流されている。優しそうな目元、高い鼻に整ったパーツ配置。私と同じくコーカソイド系の肌。忖度なしに美形であった。優しそうという印象と、近寄りがたいという二律背反の感情を抱かせる。

 

「初見となります。ストレイドのリンクス、登録名はUnknownです。どうぞよろしく」

 

何処までも優しい口調で彼はそう言葉を発した。Unknown、名無し?どういうことなのか。

 

「丁寧にどうも。通信で知っているとは思うが、僕がヴェスパー・アルムクヴィスト。それでこっちが」

 

「オイフェミア・アルムクヴィストです。よろしくお願いします」

 

席を立ち頭を下げる。それが心底意外であるような表情を彼は浮かべていた。

 

「これで役者は全員揃った。ケジャン、料理を頼む」

 

「畏まりました」

 

ドアが閉まる。そして兄さまが二人に着席を促した。それを受けセレン・ヘイズと名無しは椅子に座ろうとする。だが、腰を下ろそうとして、それを取りやめた。理由は直ぐにわかる。木製のアンティークチェアーがギシリと叫んだからだ。

 

「セレン、重いそうですよ」

 

「貴様も同じだろうが」

 

悪戯っぽく名無しが笑いながらそう言った。セレン・ヘイズも口では悪態を付きつつ、目元が先程よりも柔らかい。それだけでこの二人の関係性がある程度うかがえる。だがそれよりも、いくら木製の椅子だからといって人一人が座るだけであんな音をあげるものだろうか?あのパイロットスーツが以上に重いのか?

 

「……別の椅子を用意させよう。すまないね」

 

兄さまは何かを確信したかのように目を細める。

しばしの後、鉄製のフレームの椅子が運び込まれ、またキッチンカーに乗せられたイタリアンも運び込まれる。

 

セレン・ヘイズと名無しの彼はその料理を見て、とても驚いた様に眉を上げていた。見たことが無いのか?

新たに用意された椅子に二人が座る。椅子のクッションスプリングがギシリと音を立てるが、壊れることは無さそうだ。だがスプリングの沈み方を見るにかなりの負荷がかかっていることは間違いない。相当な筋肉量?いやソレにしてはおかしい。いずれ相当な体重であることは理解できる。

 

料理が机に並べられていく。出撃前から液体食以外口にしていなかった為、その美味しそうな匂いが空腹を煽る。ピザ、エスカルゴ、カプレーゼ、ワイン。その他様々。本来ならばコースとして一品一品運ばれてくるはずのそれらは、恐らく兄さまの指示なのだろう、一斉に円卓へと並べられていく。なるべく会話を聞かれたく無い、そういった意思が感じられる。

 

料理を配膳し終え、職員はVIPルームを後にする。そして4人だけとなった空間で、兄さまがワインのボトルを開けた。

 

「まあ気楽にいきましょう。お互いの身内しかいない訳ですし。お二人はワインで問題ありませんか?果実水もありますが」

 

セレンと名無しは顔を見合わせたあと、少し自嘲気味に微笑った。

 

「ああ問題ない。とは言え、酔えないだろうがな」

 

やはり違和感。もしかしてこの二人の身体は……。

兄さまがそれぞれのグラスにワインを注いでいく。私はまだ16であるため、ワインを遠慮し、果実水を自分のグラスに注いだ。それぞれの杯が満ち、兄さまが口を開く。

 

「出会いに、でいいかな?乾杯」

 

円卓という都合上直接グラス同士を鳴らすことは無かったが、兄さまの言葉を受けそれぞれが飲み物を口へと運ぶ。私も乾いた喉を果実水で潤した。セレン・ヘイズと名無しは驚いたように目を見開いている。

 

「……旨いな」

 

「ええ、本当に。ワインってこんな美味しいものだったんですね。知りませんでした」

 

まあ時価相当な額の銘柄であるのは間違いない。だが、少し違ったニュアンスが含まれている様な感想だ。

 

「料理も食べてみてください。話はそれからでも良いでしょう」

 

兄さまがそう促す。言われ、セレン・ヘイズと名無しは自身の前に配膳されたカプレーゼに手を付けた。その所作は詰まることな無く、しっかりとしたマナー的教養を感じさせる。だがそれが私の中の違和感を更に加速させた。

まあともあれ私も空腹だ。まずはカロリーの接種をして頭を回せるようにしよう。

 

「……」

 

「……」

 

二人は無言でカプレーゼを食し続ける。だがその表情から相当に気に入ったのだということが伺えた。名無しに対する第一印象とは異なり、不覚にも少し愛らしいと思ってしまう。

 

「気に入ってもらえたようで何よりだ」

 

兄さまが少し満足げに微笑んだ。いつもの皮肉たっぷりの笑みとは少し違う。

 

「さて、食べながらになるが、話していこう。先程ヘイズ女史と話した結果を二人に伝えていく。まず僕たちは仮の契約を交わし、独立傭兵ストレイドを我が社の特別アドバイザーとして迎え入れることにした」

 

「え、そうなんですか?」

 

「貴様、さては寝ていただろ」

 

ピザを食べながら思考を傾ける。概ね先程も伝えられた事ではあるが、独立傭兵?あんな機体を保有しておいて?そんなことが、ありえるのか。

 

「そしてオイフェミア。驚かないで聞いて欲しいんだが、彼らはこの世界とは違う、別の世界からやってきた存在だ」

 

「……はい?え、はい?」

 

思考が一時固まる。だがピザを飲み込むと同時に無理やり頭を回転させはじめた。

別の世界からやってきた存在?……にわかには信じられない……という訳でもない。あの機体、ストレイド。そして目の前の二人の反応。むしろ、そのほうが色々と納得がいく。あんな超高性能機のデータが存在しないこと。そして未知の有害物質。

 

「信じられないと思うが」

 

「いえ、信じます。その方がまだ理解が出来ますから」

 

セレン・ヘイズの言葉を遮るようにそう口を開いた。二人は少し驚いたような表情を見せるが、兄さまは対象的に当然といった表情を浮かべている。

 

「存外、あっさりと信じるのだな」

 

「実際私は貴女がと交戦……というよりも一方的な蹂躙を味わった身。あの機体は我が社の最新鋭MSでもありますし、そのテストパイロットを務める私はその性能を熟知しています。クレストⅡはこの世界において最優の量産型MSだという自負があるからこそ、それを複数相手にし、一方的に撃破したストレイドの強さは誰よりも理解しているつもりです。むしろそうであってくれた方が納得がいきます」

 

「ほう……」

 

セレン・ヘイズが感心した様な表情でこちらを見ている。だがまあその自信のあった機体でボコボコにされたという事実は消えないので慰めにもならないのだが。性能差は言い訳にしかならない。私は例え同性能機に乗っていたとしても名無しの彼には勝てなかっただろうという確信があった。悔しいが私は音速を軽く超える超高速戦闘であそこまで冷静、正確に情報を整理しつつ機体制御を行える気がしない。しかもあの戦闘で彼はこちらに死傷者を出さないようにしていた。圧倒的性能差、練度差がある状況で程よく手加減するのは並大抵の腕前ではできない事を、パイロットであるが故に理解している。ジェット戦闘機がレシプロ機の速度に合わせて飛ぶようなものだ。それには多大な集中力と技量が要求される。

 

「特別アドバイザーというのは理解しました。ですが具体的に私達は何をするのですか?ネクストを動かす程の戦争があるならばそれこそ傭兵という扱いで構わないはずです。その方が安上がりだ」

 

名無しの彼がそう訊く。確かに私も気になる所だ。

 

「そんなに難しいことじゃないよ。僕たちはストレイドの運用に必要な資本、人材、情報をスポンサードする。その代わりに君たちには我が社のMS開発、戦術考案などに一定の協力、そして戦力を提供してほしい」

 

ギブアンドテイク。交渉の基本である。私は兄さまと違って経営戦略などを専攻しているわけではないが、この契約の内容の妥当性ぐらいは理解できる。彼らの操るACネクスト。その戦略的価値、戦力的価値は図りし得ない。本来であればセレン・ヘイズと名無しを殺めてでも自分たちのものにしたいぐらいに。だが明らかに見えている地雷だ。もし失敗し、彼らの全力がアルムクヴィストに向いたら?結果は火を見るよりも明らか。我が社の全戦力を集結させれば流石に対処可能だろうが、大損である。私達は企業。利益の見込みがあってもリスクは避ける。当然だ。

ならば対等な条件、むしろ少し譲歩しても彼らを味方に引き込んだほうが良い。あわよくばあのACネクスト、ストレイドのデータを我が社のMS開発に活かせるかもしれない。

 

「なるほど。理解しました」

 

「ほう、食って掛かると思ったが、存外素直だな」

 

「ネクスト技術の供与、それに対しそれなり以上の懸念はあります。ですが私は10の命よりも今そこにある1の命を拾おうとした愚か者。その意味、分かります?」

 

「……大馬鹿野郎が」

 

セレン・ヘイズが照れ隠しの様に名無しの彼から視線を切る。不覚にも少し可愛らしいと思ってしまった。

 

「あとできればオイフェミアの護衛も頼みたい」

 

「兄さま!?」

 

兄さま!?

なんでこの人はこっちの意見も聞かずに勝手に私に関連することを決めるのだ。そして100歩譲って決めるのは良いとして、事前に知らせて欲しい。そのおかげでまたもや素っ頓狂な声を上げる羽目になった。ふざけやがって。

 

「構わないが……お前は?」

 

「私も問題ありません。ですが疑問です。私達はまだ出会ったばかり。何故妹君の護衛を私達に?」

 

私も疑問である。兄さまなんでです?

 

「妹は4月からアスティカシア高等専門学園という、アルムクヴィスト社も所属している企業群、ベネリットグループが運営している学園に入学するんだ。まあ軍需企業グループが運営しているだけあって普通の学園じゃない。経営戦略、メカニック、MSパイロット。そういった軍需系知識を学ぶベネリットグループの人材育成機関だ。まあと言うのは表面上で、実際はグループ内企業の政治闘争に利用されているというのが実情だがね。ただ一応学園という体をとっているため、企業の人間、特に大人が大々的に介入はできない。だが名無しくん、君の外見であれば学生でも違和感が無いだろうと思ってね。僕としては政治闘争の場に可愛い妹だけを送るのは不安なんだ。アルムクヴィスト社員の子供も在籍しているとは言え、所詮は子供。その点君なら能力面、経験面も信用できるだろうと思ってね」

 

……なるほど。お節介、過保護であることは理解できた。だが兄さまが私を想って提案してくれているのはわかる。邪険にするのも心苦しい。まあ別の目的もあるのだろうが。

 

「それだけでは無いだろう?」

 

兄さまが薄ら笑みを作り、セレン・ヘイズへ言葉を返す。

 

「その通り。他に2つほど理由が存在するよ。まずひとつは、他の護衛だと産業スパイの可能性が拭えない。何処に産業スパイが潜んでいても可怪しくないのがこの世界の実情でね。穏やかじゃないが暗殺、なんていうのも珍しくない。その点、君たちは絶対の信頼がある。そして2つ目。その学園では"決闘"という慣習が存在する。要するにMSでの模擬戦なんだが、事前に取り決めた賭け事によって勝者は敗者に行動を要求できるんだ。例えば相手のMSを貰うとか、恋人になってもらう、とかそんなの」

 

セレン・ヘイズが微妙な顔を浮かべている。その表情には一定以上の共感を覚えた。うん、意味分からない制度だよね。

 

「なるほど、学校とはそういうものなのですか」

 

「そんな訳あるか」

 

真顔で言う名無しの彼をセレン・ヘイズが小突いた。彼は学校に行ったことが無いのだろうか。その割には教養、品性共に整っているように見受けられるが。

 

「そしてその決闘は実際の所、各社の新型MSの性能実験に使われる所も多分にあってね。パイロットの生命の危機もなく、それなり以上に真剣で戦えて、かつ対戦相手の修理費は持たなくて良い。ほら、実に企業が好きそうだろう?」

 

兄さまがそういえば妙に腑に落ちた様な表情をセレン・ヘイズは浮かべた。どうやら思い当たる事象があったらしい。

 

「つまりは決闘という場でストレイドとこの馬鹿の能力で別企業の牽制ができる、と」

 

「その通り。外から見ればストレイドはアルムクヴィスト社のMSに見える。その圧倒的な性能差を見せつけられれば大抵の連中からの邪魔も入りづらくなるさ。まあ、一部お痛をする連中も現れるだろうが、その時は少し君たちに"お遣い"を頼みたいと思っているよ」

 

セレン・ヘイズは思案する様に顎に手を置いた。なるほど兄さまの考えは理解できた。大規模な戦争が起きていない今、ストレイドの能力を有効活用するにはアスティカシア高等専門学園という特殊な空間はうってつけかも知れない。

 

「あと決闘の勝者の中でも最優秀者には"ホルダー"という称号が与えられるんだが、ホルダーになると現ベネリットグループ総裁、デリング・レンブランの愛娘、ミオリネ・レンブランの婚約者になれる」

 

「やはり意味がわからん」

 

心底バカバカしいという表情をセレン・ヘイズは浮かべた。名無しの彼も流石におかしさに気がついたのか、苦笑いを浮かべている。

 

「まあ別にホルダーになってくれなんて言わないよ。困るだろうし、アルムクヴィストとしても別に望んじゃいない」

 

兄さまはワインに口を付け、空笑いをする。

 

「はぁ……とのことだ。お前はどうしたい?」

 

セレン・ヘイズは名無しの彼にそう訊いた。この二人の関係性をより理解する。セレン・ヘイズは最終的には判断を名無しの彼に委ねている。まるで、息子を想う母親のようだ。少し、羨ましかった。

 

「私は構いませんよ。学校という場には行ったことがありませんので、興味もあります」

 

兄さまはその答えに満足なようで、一気にワインを呷る。

 

「じゃあ仔細は後で決めるとして。学園に入学するんだ、名無しじゃ通らない。ヘイズ女史、本当に彼に名前はないのかい?」

 

自嘲めいた笑いをセレン・ヘイズは浮かべる。名無しの彼はそれを優しそうな目で見ていたのが印象的であった。

 

「生憎と、な。コイツには好きな名を名乗れと言っているのだがな」

 

少し不満そうな顔を名無しの彼が浮かべる。先程までの雰囲気とは異なり、その表情は年相応に若いと感じた。まあ歳知らないが。

 

「だからセレン、名前をくださいと言っているじゃないですか」

 

「私に名付けの親になる資格など無いと何度も言っているだろう」

 

セレン・ヘイズの顔は無表情。だが、どうしてだろうか。それがとても悲しそうだと、そう感じた。

 

「困ったなぁ。僕も今のセリフを聞いて名付けを行えるほどまっとうな人間じゃない」

 

3人が無言になる。私は多少の気まずさを覚えつつも、果実水を飲んで誤魔化そうとする。

 

「そうだ、オイフェミア、君が決めなよ」

 

「ブホッ!」

 

果実水が気管に入り、鼻から逆流しそうになる。私には関係ないと思っていた話だけあって、心の準備が出来ていなかった。

 

「な、なんで私が!?」

 

「だって僕の手は既に真っ赤だ。ヘイズ女史も名付けを拒むと言うなら、この場において人の名を決める資格は、まっさらなオイフェミアしか持っていないよ」

 

眉間にシワが寄る。言っていることは理解できるが、納得は出来ない。

 

「お前はそれでいいか?」

 

「……まあ一時的なモノでしたら」

 

ほらぁ!名無しの彼めっちゃ不満げじゃないか。彼はセレン・ヘイズから名という自分自身の証明を貰いたいのだ。なんでそんな二人の関係性に私が割って入らなければいけないのか。胃が痛い。

 

「とのことだ。オイフェミア・アルムクヴィスト、何か案はあるか?」

 

セレン・ヘイズの一層真剣な表情が私に突き刺さる。"お前、適当な事言ったらどうなるかわかってるんだろうな"という強い意思を感じる。そんななら自分で決めてくれ!と内心叫びつつ、頭を回した。男性の名前、良いもの……。ん?待てよ。彼はセレン以外から名を与えられる事を望んでいない。であれば彼に対しての通称と私達は理解でき、周りからは実名だと思わせる名前ならば変な角も立たないのではないか。となればうってつけの名前があるではないか。

 

「……リンクス。リンクスはどうでしょう?」

 

「リンクス?」

 

セレン・ヘイズがそう聞き返す。彼らにとっては当たり前のネクストパイロットを指し示すという名詞。だがこの世界に置いては。

 

「ええ。リンクス。お二人からすればそれが貴方を、ネクストのパイロットを指す単なる名詞にすぎないかもしれません。ですが、LinksではなくLynxと書けば意味はオオヤマネコ。他者から見れば十分に人物名に見えます」

 

どうだ。10秒ほどで考えた案にしてはいい折衷案ではなかろうか。

 

「なるほど、良いですねLynx」

 

名無しの彼、いやリンクスは少し嬉しげにそういった。

 

「本当にそれでいいのか?」

 

「構いません。むしろ感謝を、オイフェミア・アルムクヴィスト」

 

セレン・ヘイズは不満げな表情を浮かべているが、リンクスの妙に嬉しげな表情を見てそれも和らいでいった。どの道複雑そうであるが。

 

「では名前はリンクスとしよう。今後他の人がいる場面では各々そう彼のことを呼んでくれ。名字はヘイズでいいかな?」

 

「ちょっとまて。なんで私の名なんだ?」

 

ジト目でリンクスがセレンを見つめる。

 

「嫌なんですか、セレン」

 

「いや別にそういうわけでは……」

 

気まずそうに視線をそらすセレン・ヘイズ。彼女の中で彼の名前というものはよほど大事なモノなのだろう。名というのはその人物がその人物であることの証明。そして縛り続ける呪いにもなりうる。過去に何があったかは知らないが、セレン・ヘイズはリンクスに対して負い目を感じている。そう見て取れた。

 

「ヘイズ女史が書面上、アルムクヴィスト社の人間となるならその弟という事にしておいた方が話が単純だろう?アルムクヴィスト姓だと何かと詮索されるだろうし、良いと想うんだが」

 

「私も良いとおもいます」

 

セレンの整った眉が困ったように下がった。強気で凛とした女性だが、存外表情が豊かである。

 

「お前なぁ……まあお前が良いならそれでいい……」

 

セレン・ヘイズはそう言葉を吐いて、ワインを一気に飲み干す。

 

「では改めまして。オイフェミア・アルムクヴィスト、世間知らず故迷惑をかけることもあると思いますが、これからよろしくお願いします」

 

リンクスが席を立ち深々と頭を下げてきた。慌てて席を立ちこちらも返礼する。その時に果実水を派手に零してコートがビチャ濡れになったが、気にしない。

 

「こちらこそ!よろしくお願いいたします!」

 

話はある程度纏まった。4月からの私の生活はどうなってしまうのだろうか。まあ、最早どうとでもなあれ、と思いつつ、だがどうせなら楽しくなると良いな、という淡い期待と共に夜は更けていく。

 

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