【水星の魔女×ACfA】迷い猫は揺り籠を護り、魔女と出会う 作:Artificial Line
「コジマ粒子の無害化だと……?」
セレンの怪訝な声が聞こえる。白を基調とした清潔さを感じさせる室内。ここはアルムクヴィスト社の戦術試験基地、その中にあるMS開発研究室である。MSというのはACと同じ様な人型汎用兵器であるが、決定的に異なる点が存在する。それは各パーツが共通規格のユニット化されておらず、基本的には挿げ替えが不可能という点だ。私達の知識で言う所の企業標準ノーマルとほぼ同じものだろう。要するにハイエンドノーマルACの下位互換兵器。当たり前ではあるがその性能はネクストの足元にも及ばない。
私達がこの世界に現れてから4日。セレンは先日のリンクス用対Gスーツでは無く、レディーススーツを身にまとっている。私も支給されたアルムクヴィスト社の制服に袖を通していた。
「ええ。アルムクヴィストのMS開発部門で提供されたコジマ粒子の解析を進めました。結論から言えば性質を維持したままその無害化が可能です」
白衣を着たアルムクヴィストのMS開発主任がそう言葉を告げる。それを受けセレンはにわかには信じがたいという表情を浮かべていた。無論、私も同じ様な表情をしているのだろうが。
「たった数日でか?そんな馬鹿な……」
「ほぼ偶然と言っても過言ではありません。というのもビーム兵器に用いられる粒子とコジマ粒子を結合させると性質が変化しましてね。コジマ粒子はご存知の通り致命的な有害性を持つ重金属粒子ですが、その有害性の原因たる原子が崩壊現象を見せるのです。本来であればここでコジマ粒子自体の崩壊が起きるはずなのですが、結合したビームの粒子がそれを防いでいます。つまりは、ストレイドのコジマジェネレーターに外付けの改良を施せば性能を落とさず、その有害性だけを除去することが可能です」
衝撃であった。あの世界の環境を壊滅させたコジマ粒子とネクスト。たった30機で全世界の国家を崩壊させた圧倒的な性能を誇るネクスト。だが致命的な環境汚染を引き起こす点やAMSを用いた機体制御からその個体依存の危険性は度々指摘されていた。故に最強の欠陥兵器などと揶揄される事もあったネクスト。だがその欠陥の片割れがこうも簡単に解決するとは。ビーム兵器が存在していなかったあの世界では決して無かったことだろう。
「とはいえ、じゃあストレイドクラスのジェネレーターを搭載した機体を量産できるかというとそんなことはありません。コジマジェネレーターに用いられているパーツには私どもが認知していない未知の物質が多分に含まれているようでして。そうでなくてもこのジェネレーターはブラックボックスの塊です。完全再現は現状ではほぼ不可能と言えるでしょう」
セレンは複雑そうな顔をしている。国家解体戦争時オリジナルとして活躍した彼女。その力を持って地上を汚染し尽くした張本人でもあるセレンの気持ちは理解しているつもりだ。なんせ私もネクストを用いて直接、間接問わず数多の人間を殺した身なのだから。
「わかった。やってくれ。お前も……リンクスもそれでいいな?」
眉をしかめたままセレンはそう言う。無論断る事理由もない。
「ええ構いません。主任、よろしくお願いします」
「わかりました。では事前に伝えてくださった手順に従って機体のオーバーホールメンテナンスとジェネレーターの改良、というかその外付け装置の取り付けを行います。機体重量が最大150kgほど増加する可能性がありますので、後日詳細をお送りします」
「ああ。頼んだ」
セレンは主任の肩を軽く叩き、部屋から退出する。私も会釈だけ行い、その後に続いた。
廊下に出る。セレンが重い溜息をついた。
「諦めていた事だが、ああもあっさりと提示されてしまうと、煮えきれないな」
その顔に感情はない。ただ目には後悔、悔恨、憤怒、そういったものが混ざり合い浮かんでいる。
きっとそこには私への懺悔も含まれている、そう感じた。
「……私はセレンがいなければ間違いなくここにはいなかった。感謝することはあれ、恨む事などあるわけも無いでしょう。それでも、というのなら。また私達の答えを探していきましょう。それに、付き合ってください」
「……大馬鹿野郎が」
セレンがそっぽを向く。相変わらず素直ではない。だが、まあ、これでいい。
ガタリ。廊下の曲がり角で物音がする。湿っぽい空気が一気に霧散し、二人してそちらへと視線を向けた。
壁際から豊かな金髪がはみ出ている。隠れたつもりなのだろうが、見え見えである。
「隠れるならもっと上手くやれ、オイフェミア・アルムクヴィスト」
セレンが少し不満げな声で揺れる金髪に声をかける。すれば気まずそうな顔で俯くオイフェミア・アルムクヴィストが壁裏から現れた。
身長165cm程度。腰ほどまである豊かな金髪、整えられた眉と大きな目、すっと高い鼻。忖度無しにかなりの美形である。私がこれまで出会った人間の中で一番の美形はリリウム・ウォルコットであったが、それに並ぶ程には彼女の容姿は整っていた。
「すみません……リンクスさんと少しお話がしたいと思い……」
本当に申し訳無さそうに彼女はそう言う。別に謝罪される事など何もされていないのだが。
「ならばもっと堂々としてろ。それで、この馬鹿に話とは?」
セレンは相変わらず言い方がキツイ。私はそれがセレンの良さだとも思っているが、まだ出会ったばかりの人間にとっては威圧のようにも感じ取れるだろう。その証拠にオイフェミア・アルムクヴィストは少し怯えた様子で口を開く。
「い、いえ。もしお時間あれば私の訓練を少し見ていただければと思いまして……」
どんな内容かと思えば、存外意外な内容であった。
「私は構いません。ですが私はネクストのパイロット。貴女方が操るMSとは操作系統が全く異なりますが」
「理解しています。ですが実際私はリンクスさんと戦い、機体性能差以外にも大きな技量の隔たりを痛感しました。ですので戦闘時の考え方とか、そういったものをお伺いしたいのです」
先程までの萎縮した様子は何処へやら。強い意志を感じさせる瞳で彼女はそういった。私はセレンへと目配せを行う。すればセレンは頷きながら口を開いた。
「人に教えるのもいい経験だろう。お前は忖度抜きに私の最高傑作だが、自分の中で技術を完結させている。それをアウトプットし言語化して他者に伝えるという事もやってみると良い。どの道学園に入学すればストレイド以外の機体に乗ることもあるだろう。お前もオイフェミア・アルムクヴィストからMSの操作方法を学んでおけ」
「なるほど。わかりました。ではオイフェミア・アルムクヴィスト、そのお話を受けましょう。今からやりますか?」
私がそういえばオイフェミア・アルムクヴィストは少し驚いた様な表情を浮かべ、勢いよく頭を下げる。
「はいっ!よろしくお願いします!」
礼儀正しく丁寧な女性だ。環境と育ちの良さを感じさせる。何者にも染まっていない無地の清廉さ。あの世界ではなかなか見ないタイプである。
「実機ではありませんよね?シミュレーターですか?」
「ええ、その通りです。シミュレーター訓練室までご案内します。あ、あと呼び名はオイフェで構いません」
「了解、オイフェ。よろしくお願いします」
オイフェミア・アルムクヴィスト、改めオイフェは嬉しそうな表情をこちらへ向け、廊下を歩き始める。何が嬉しいのかは理解できないが、別にネガティブな顔でもない。ということはそれで良いのだろう。私はチラリとセレンへと視線を向ける。セレンは妙に感慨深そうな顔で顎で先を示した。
オイフェの横へ並び歩みを進める。数名の社員がそれに気が付き、廊下の隅へよって頭を下げた。オイフェはそれに対し少し困った様な顔をしながら、構わないといったジェスチャーをする。
「リンクスさん、ありがとうございます」
「いえ気にしないでください。ですが私などよりも専門の教官やセレンの方が教えるのは上手いと思いますよ」
「セレン様が、ですか?」
小動物の様に首をかしげ、オイフェはそう訊いてくる。
「ええ。私の師はセレンですので。まあ彼女の訓練はそれなり以上に厳しいので色々と覚悟はしておくべきですが」
「あー……もっと自分に自信が持てるようになってからお願いしたいと思います」
苦笑いでオイフェはそう誤魔化す。さすがのセレンでもリンクスではないただの生身の少女にそれほど過酷な訓練は施さないと思うが、まあでもセレンだしなぁ。
「リンクスさんは何か好きな事とかありますか?」
不意にオイフェがそう問いかけてきた。
「それは趣味、という意味でしょうか?」
「ええ。趣味でも好きな食べ物や色、そういった事全般です」
少し思考を回す。好きなもの……趣味……。
「あまり思い当たりませんが、ストレイドに乗っている時間は好きです」
心底意外だという表情をオイフェがこちらに向ける。言葉足らずだったか。
「殺し合いが好きという訳ではありません。ただ私は何度もストレイドに生かされ、そしてストレイドを活かしてきました。ですので、それなり以上に愛着があるのです」
「なるほど~。自分の機体には愛着が湧くっていうの、わかります。私も自分の愛機好きですので」
そういう彼女に対し少し申し訳無くなる。なんせその愛機をバラした当人は私なのだから。
「あ!別に皮肉とかで言ったわけでは無いですからね!?あれは私の技量不足が原因です。それにこうして訓練を見ていただける事になったのですし」
慌てて彼女はそう取り繕った。だが不思議な気分である。交戦した人間とこうして語り合う事があるとは。私もカラードのリンクス達の一部とは交流があったが、それは主に協働を行った人物達であった。メイ・グリンフィールド、エイ・プール、ダン・モロ、有澤隆文、ウィン・D・ファンション、ジェラルド・ジェンドリン、ロイ・ザ-ランド、リリウム・ウォルコット。
ネクスト同士の交戦で乗機が撃破された場合、リンクスの生存率は決して高くはない。故に私が今まで対峙してきた人物達とはあまり交流が無かったのだ。
そうこうしている内にシミュレーション訓練室の前にたどり着く。機密ドアがプシュッという空気音をならしながら開く。内部には6機ほどのシミュレーション装置が存在しており、最大3vs3の模擬戦も可能になっているようだ。シミュレーション装置は壁際に3機ずつ設置され、その中心にはいくつかのソファと大型モニターが設置されている。観戦用の席だろうが、幸いにもいまこの部屋には誰の姿も無かった。
「ここがシミュレーション訓練室です。シミュレーション装置には様々な機体と状況がプログラミングされておりまして、訓練内容に添って任意に選択が行なえます。とりあえず今の私の実力を見せた方がやりやすいですかね?」
オイフェの表情が真剣なものに切り替わっていく。実戦経験は少ないとはいえ彼女もしっかりパイロットであるということがそれだけで理解できた。
「ええ、そうですね。私はネクストを用いた戦闘しか知りませんので。一度見ないことには何もわからないです。ですので、よろしくお願いします」
オイフェは頷き、01とナンバリングされたシミュレーション装置のハッチをオープンする。内部はACのものと大まかには似ているが、細部はかなり異なっている。少なくともACよりは居住性が良さそうだと、自嘲めいた笑いがこぼれた。彼女はシミュレーション装置のシートに座り目を閉じる。胸の前に手を重ね大きな深呼吸。オイフェなりのルーティンだろう。息を大きく吐いた後に彼女は自分の頬を軽く叩いた。パン、というこ気味の良い音が鳴り響き、少し赤くなった頬のまま私へ視線を向ける。
「シミュレーション装置の背面にヘッドセットとタブレットが付いていますので、それで私の訓練内容が確認できます。またボイスチャット機能もありますので、なにかあれば伝えてください。それで、どの様な状況が見たいですか?」
言葉を受けタブレットとヘッドセットを手に取る。ヘッドセットを装着し、タブレットの電源を入れればそこには訓練シチュエーションの一覧が並んでいた。様々なオプションがあり、また気候や時間、気温、電磁波濃度など様々な部分まで細かに設定が出来るようだ。
突然だが私は大変凝り性な所がある。ACのアセンブル、チューニング、シナリオの状況設定。それらをやりだすと気がつけば日が沈んでいるほどだ。故にこんな提案を行う。
「でしたら5分ほど時間をください。私がいまからシナリオを作成しますので、それをやってみていただきたいのですが、どうでしょう?」
オイフェは目を丸くし驚いている。何がそんなに意外だったのかは分からないが。だがその顔を直ぐに変わり、喜色を孕んだ表情で言葉を返した。
「え、ええ。構いません。というかむしろお願いします!」
許可は得た。さてどの様なシナリオにするか。オイフェが望んでいるのは私視点からのアドバイスだろうと推測する。であれば複合的な内容にしていくとしよう。その方がより多くオイフェの実力を測れる。私はタブレットに視線を落としつつ、シナリオの構築を開始した。
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「出来ました。30秒後にブリーフィングを行いますので、準備してください」
シュミレーション装置の側に立っていたリンクスがそう口を開いた。時計を確認すれば本当に5分程度しか立っていない。この短時間でシミュレーションのシナリオを制作したというのか?疑問に思いつつも言葉を返す。しかしそれ以上に気になる点がある。
「ブリーフィング、ですか?」
「ええ。オイフェはテストパイロットでしたっけ?ならこういった実戦形式のものはあまり必要ないかもしれませんが、パイロットとしての素質を見させていただくのでしたらこういったモノの方が判断材料が増えると思いまして」
なるほど。政治的理由から実戦部隊ではない私からすれば考えもしなかった発想だ。確かにその方が効率は良い。
「了解しました。ではハッチを閉めますので挟まれないように気をつけてください」
リンクスが装置から少し離れのを確認してから、ハッチを閉める。部屋の電気が遮断され、計器類のランプのみが暗闇の中で光っていた。直後、MSのコックピットを模したモニターが起動する。
『準備は良いですか?』
インカムを通じてリンクスの声が聞こえた。一呼吸を置いた後にそれに返答を行う。
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
『解りました。ではミッションの概要を説明します。雇い主はオーメル・サイエンス社。目的は旧ドイツルート44を移動中のインテリオル・ユニオン社の輸送部隊の撃破です。敵戦力は装甲車両と戦車が数台。MSの敵ではありません。とは言え周辺にはインテリオル・ユニオンのノーマル部隊が巡回しています。時間をかけ過ぎればそれらが増援としてやってくるでしょう』
モニターにブリーフィング内容の詳細を纏めた映像が描写される。いつどんなタイミングでこんな映像をシミュレーターに入力したのだ。いやそれよりもこの映像の完成度はなんだ。まるで実際に用いられたモノに見える。
ルート44の周辺地理と作戦領域が表示される。またその戦力の詳細が記されていた。装甲車両4両、戦車4両。そしてTGT、ターゲットと表示されている大型トレーラーが一台。これが襲撃目標か。その他に周辺を巡回中のMSのような人型兵器が3機。見たことの無いタイプの機体だが、これがリンクスの世界での汎用人型兵器、ACだろうか。とは言え流石にストレイドの様なネクストでは無いだろう。そうだと信じたい。そうでなければ訓練というよりも陰湿な虐めである。
MS部隊と輸送部隊の距離は大凡3km。早ければ3分もせずに接敵する。時間との勝負か。
『また今回のミッションでは北部に離脱線を設定しています。そのエリアまでいけばオーメルの通常部隊が展開していますので、ターゲット破壊後は離脱を行ってください』
マップ上に離脱線が表示される。交戦予測地域から大凡10km北。輸送部隊の撃破が問題なく行えたとしても、MS部隊には間違いなく補足される。
つまりはMS部隊の攻撃を退けつつ逃げなければいけない。もしくは輸送部隊もMS部隊もどちらも殲滅するかだ……難易度高くないですか???
『とはいえ、ノーマル程度ネクストの……失礼。今回はネクストではありませんでしたね。ともあれ問題は無いでしょう』
いや、問題しか無いのではないでしょうか???
確信する。このシミュレーション内容はネクスト機を想定した内容だ。あの短時間でシミュレーション内にどうやってこんなシナリオを制作したのか疑問ではある。まあそれは終わった後にでも聞けば良いだろう。内容も恐らく手心を加えマイルドにしてくれているのだろうが、それはリンクス視点での話である。私からすればこんな作戦MS一機で行う内容ではない。だが、やる前から泣き言をいう趣味もない。こちらからお願いした以上全力でやるのみだ。
『説明は以上です。戦果を期待しています』
リンクスの言葉が終わると同時にモニターが切り替わる。映る風景は砂漠。ん?まて、旧ドイツが作戦の舞台では無かったのか?何故砂漠が広がっているのだ。
わからないことは多数あるが、電子音が思考を中断させた。レーダーに反応。前方6km地点に移動中の車両を確認。目的の輸送部隊か。ブースターを点火させ機体ホバー移動で目標へと向かわせる。今回シミュレートしている自機は普段搭乗している愛機のクレストⅡ。装備はシールド一体型のビームサーベル発振器とミサイル、ビームライフルにビームスナイパーキャノン。ストレイドと対峙した際と同じ武装だ。
コンソールから警告音。巡回中の敵MS部隊がこちらへと向かってくる。気がつくのが早い。やはりとんでもない高難易度設定なのでは無いだろうか。
愚痴を思考の隅に追いやりつつビームスナイパーキャノンをアクティブ。数の不利に加え輸送部隊の撃破が目的となれば時間はかけてられない。機体の膝を地面に付き、安定射撃体制を取る。この殆ど遮蔽物が無い砂漠では射程の有利を活かせる。
「ッ!」
レーダーロックオン、同時にファイア。有視界ギリギリのMSへ目掛け黄色いビームが発射される。モニターで爆煙を確認、同時レーダー上から1機消滅。
続けて第2射を撃とうとする。だが敵MSは先程の射撃を見てランダム回避機動を行いながら散開し速度を上げて急接近してくる。距離1400m。敵機体の速度は大凡340km。20秒足らずで接近される。
その焦りからFCSのロックオンが甘いまま第2射をファイア。
左側に展開した機体を狙ったビームは掠ったのみ。だがその威力によって敵機の右腕部を吹き飛ばす。機体を立ち上がらせブースター点火。機動戦闘に移行する。距離600m。
はっきりと視界に捉えた敵機から青色の光が発射される。減速しつつ地面を蹴り、それを回避。これは……レーザー兵器?私の認識ではレーザー兵器の実用化はビーム兵器の台頭によって頓挫したはず。やはり彼の世界の機体か。
ビームライフルを敵機へと向け3発発射。一撃目はあえ敵機の移動方向へ外し速度を落とさせる。そして二撃目と三撃目が機体の胴体部分へと吸い込まれていき爆散させた。これであと1機。
コンソールが警告音を発する。レーダーを確認すれば背後200mほどまで肉薄されていた。焦りつつブースターを吹かし回避機動を試みる。だが一歩遅く敵機のレーザーを背部に被弾した。
「速い……!」
レーザー兵器の弾速の速さを身をもって理解する。ビームよりも圧倒的な弾速の速さ。あれは撃たれる前に回避機動でもしないとクレストⅡの機動性では躱せない。被弾部位は背部ミサイル。それを理解すると同時に焦りながら誘爆する前にパージ。直後機体が背後から爆風に寄って押し出される。だがこれで速度は上がった。爆風で加速した機体を弧を描くように機動させ、敵機を正眼に捕らえる。そしてビーム・サーベルをアクティブにしすれ違いざまに振りかぶった。黄色いビームの刃が敵機体を溶断し、2つに分かつ。
撃破確認。残るは輸送部隊だけだが、かなり距離を離された。作戦領域外までいかれたらこちらの負けだ。追いつけるか?
兵装へのエネルギー供給を一時的に最低値にし、ブースターに全て回す。気休め程度には早くなった機体で輸送部隊を追撃する。
距離5000。だが遮蔽の無いこの環境のお陰で見失うことはない。これならば問題は無いだろう。そう思った。だが。
「なにっ!?」
輸送部隊のトレーラーの荷台から青い閃光が放たれ機体に直撃した。左腕部が吹き飛びバランスを大きく崩す。マズい、そう判断し機体の体勢を直そうとした時には、再び青い閃光が眼前に迫っていた。煩いほどの自分の鼓動。その閃光の奥、発射元のトレーラーの荷台が一瞬見える。そこには上体を起こしたMSの姿があった。
モニターがブラックアウトする。その後表示されるのは"MSSION FAILED"の文字。撃墜された。頭をシートに預け早くなった鼓動を落ち着かせようとする。悔しい。それが率直な感想であった。
『お疲れ様でしたオイフェ』
インカムからリンクスの声が聞こえ、同時シミュレーターのハッチがオープンする。室内の光がシミュレーター内に入り、一瞬目がくらんだ。慣れた目を開ければ穏やかな笑みを浮かべタオルを差し出しているリンクスの顔が写る。こんな鬼畜なシナリオを考えた張本人とは思えない優しげな顔。少しデコピンでもかましたい気分になる。
「惜しかったですね」
「いまそれ言われると皮肉にしか聞こえないんですが」
わざとらしく口をつっぱらせながらそう言う。我ながら頼んでおいて子供っぽいなと自己嫌悪。
「皮肉じゃありませんよ。そもそもネクストを投入する前提のシナリオです。無論敵機の数などは減らしましたが、それでも想定以上の技量でした。上から目線みたいでこの言い方は好きでは無いのですが、オイフェはやはりかなり筋がいい」
予想以上の評価に思わず顔に熱がこもる。まあ物腰丁寧な彼の事だから罵倒されるなどとは思っていなかったが、それでも世辞なしで言っているだろうその表情に面を喰らった。
「あ、ありがとうございます……」
視線を反らしながらそういえば、リンクスは言葉を続ける。
「私見ですが、見ていてオイフェの感覚に対して機体の反応がかなりマイルドに感じました。もっと操作系の感度をピーキーにしてもいいかもしれません。あと貴女は格闘戦時の距離の詰め方、空間の把握がとても上手い。スナイパーキャノンはオミットして機体重量を軽くした方がオイフェの能力が生きると思います」
やはり彼に訓練を見てもらう様に頼んで正解だったと、自分の中で確信を得る。続けて改善点や提案を続けてくれるリンクスの話はとてもわかり易くすっと頭に入ってきた。セレン・ヘイズの話ではリンクスは人に教えた経験が無いとのことだったが、今直ぐにでも一流のMSパイロット教官になれるだろう。
「とまあそんなところです。最後の奇襲狙撃の被弾に関しては経験不足から来る予想の甘さが原因でしょう。ですので数をこなせばオイフェならあの程度をいなす程度造作も無いはずです。とはいえテストパイロットならそのへんはあまり関係もないかもしれませんね」
リンクスは少し笑いながらそういった。自分では理解していなかった自分の適性やミスの原因まで正確に伝えてくれるリンクスの技量はやはり本物だ。等に理解していたとは言え、自分との差を強く実感する。
「なるほど……。ありがとうございますリンクスさん。ところで……」
ある程度のフィードバックが終わったタイミングで、一番気になっていた事を質問する。
「あのシミュレートシナリオ、どうやって作ったんですか?」
登場した機体、レーザー兵器、そしてあのマップ。全てがこのシミュレーター装置には存在しないものだった。5分程度で一から作ったとは思えない。
「ああ、シナリオですか。あれはストレイド内に保存しておいたシミュレートデータを引っ張ってきただけです。規格が違うんでエラーが出たらシミュレート機能の範囲内でシナリオを弄ろうと思っていたんですが、存外入力出来たので」
なんだそういうことか。……とはならない。どうやってデータの転送をしたんだという疑問が浮かぶ。が、まあやり方を聞いた所で別にどうこうするつもりは無いし、無理に聞き出す必要もないか。そう判断し思考を切り上げる。
「それでオイフェ、こちらからも少し頼み事良いでしょうか?」
「MSの操作方法……ですよね?」
「その通り。ご教授いただいても?」
「勿論ですとも!」
その後10分ほどの説明で完全にMSの操縦をマスターしたリンクスに驚いたり、MS同士での模擬戦を行って20戦20敗する事になるということをこのときの私はまだ知らなかった……。