【水星の魔女×ACfA】迷い猫は揺り籠を護り、魔女と出会う 作:Artificial Line
無数の星が煌めく黒い空間を複数の光跡が不規則に入り乱れている。機体速度1500km。真空、そして無重力だからこその速度域。だがこの程度なら地上戦でもネクストは容易に到達する。むしろ遅いくらいだ。敵機は3機。一斉に散会し3方向からこちらを追い詰めるつもりか。レーダーを確認。右下か?恐らく2秒後に射撃が来る。感覚のまま回避機動開始。数的不利の状態で速度を殺せば直ぐに堕とされる。ペダルを踏み込み機体を更に加速。直後左肩部のアポジモーターを一瞬だけ吹かし機体を無理やり曲げる。周りから見れば突如機動が直角に曲がったように見えるだろう。レッドアラート、敵機からビーム・ライフルでの射撃を確認。黄色い閃光が一直線にこちらへと向かってくる。だが当たるわけが無い。引き金を引くよりも前に回避機動を行っているのだ。自機を大きく逸れその黄色い閃光は宇宙空間へと霧散していく。
背後を取ろうとしているのが一機。予想射撃時間までの猶予は1秒。足のブースターを一瞬吹かし機体を縦軸に45度回転させる。敵機発砲を確認。ギリギリの所で機体の背面を黄色い閃光が通過していく。反応と予測は容易だが機体の反応が鈍い。やはりネクストでなければこんなモノが限界か。
「重いんだ……!」
更に足のブースターを吹かし135度回転。最初の状態からはちょうど反転し、いま発砲してきた敵機を正眼に捉える。サイドブースターを吹かしスライドしながら右腕部のビームライフルを射撃。機体が鈍い。MSのサイドブースターの出力ではこんなものか。突然の事に対応が遅れた敵機のコックピットへと黄色い閃光が吸い込まれていく。当たった、そう確信し機体のメインブースターを全開で吹かす。思った通り先程までいた位置にカバーの射撃が飛んできた。良い腕だ。だからこそ読みやすい。
レーダーにて一機の撃墜を確認。残るは二機。上下で挟み込む様にこちらに追従しようとしてくる。ならばそれを利用しよう。機体を加速させ続けたまま後方に回り込もうとしている敵機を意図的に真後ろにつける。乗ってきた。加速を緩めずもう一機へと正眼から突撃。撃ってみろ。味方機への誤射を懸念出来る貴女方なら嫌うはずだ。予想通り味方撃ちを嫌って決定的なタイミングを逃した。ならばそのまま前を先に狩る。メインブースターのリミットを解除し130%の推力を無理やり引き出す。そのまま左腕部のビームサーベルを起動させ、敵機へと一閃。同性能機であるが故に、バックブースターに頼った機動ではこちらの突撃から逃げ切ることは出来ない。コックピットごと機体を両断し、その横をすり抜ける。爆発予想2秒後。後方に着いている敵機は食らいつこうとメインブースターをふかしている。だがこちらの速度はまだ上げられる。後方で切り裂いた敵機が爆発。爆風が更に機体を加速させる。両肩部のアポジモーターをそれぞれ逆に吹かし、機体を無理やり反転。擬似的なクイックターンにて敵機を正眼に捕らえる。そしてそのままメインブースターへのエネルギーカット、バックブースターに全力をまわす。ロックオン、引き撃ちを開始。こちらの意図に気がついた敵機は咄嗟にシールドを構えるが、もう遅い。敵機右腕部に初撃命中。ビームライフルの破壊。続いて頭部へ命中。更に脚部へ命中。こちらを追いかける為に全力でブースターをふかしていた敵機は重量バランスが崩れた為に機体が空回りする。そうしてガラ空きとなった背部へと向けビームライフルを撃ち込んだ。命中、機体の撃墜を確認。
眼前で宇宙を映し出していたモニターの画面が暗転し、"FINISH"という文字が大きく表示された。小さく息を吐き、スティックから手を放す。所要時間は54秒。前回に比べ2秒も遅い。それだけ彼女たちの練度が上がったということだろうか。微妙に納得できない結果ではあるが、まあ良いだろう。戦い方を教えた身としては成長を喜ぶべきだ。
シミュレーターのハッチが開き、室内のざわつきが入ってくる。
「……本当に同型機同士だよな?」
「ああ、双方共にクレストⅡだ」
「オイフェミア様だって相当な腕前のハズだぜ……。適性テストA-だろ……?それに特実部隊の面々を相手にこれって……」
「俺なら5秒だ。勿論こっちが爆発するまでの時間な」
「3vs1の宇宙戦闘でこれかよ」
シミュレーター室には複数の人物の姿がある。彼らはこのアルムクヴィスト社特殊実験基地の駐屯警備MS部隊のパイロットたちだ。
オイフェと何度かシミュレート訓練を行っているうちに気がつけばオーディエンスが集まるようになってしまった。
今日戦っていたのはオイフェが所属するアルムクヴィスト社の特殊実験評価MS部隊の面々。双方共にクレストⅡを用いた非対象戦だったが、結果は1分弱でこちらの完全勝利。まあ言っては何だが場数が違う。リンクスの自負として負ける訳にはいかない。それ以前に生物としてのあり方すら違うのだ。私はリンクス、ネクストを操るために身体に強化を施された存在である。演算処理速度は通常の人間の比ではない。これで負けようものならむしろお笑い草にもならない。
「負けたー!!!」
悔しそうな少女の声がシミュレーター訓練室に響き渡る。その声を聞いて先程までざわついていたパイロットたちが踵を正した。
「お疲れ様でしたオイフェ、皆さんも。動きが良くなってましたよ」
「だから負けた後にそう言われても皮肉にしか聞こえないんですー。そもそも3vs1だったわけですし……」
すねた子供の様に口を尖らせるオイフェは年相応に可愛らしいと思う。普段しっかりしている分、こういう時に見せる彼女の本質を私は好ましく感じていた。
「いやぁ、まあ、経験が違いますので」
「リンクスさんって天然の煽りの天才ですよね」
眼の前でジト目で頬を膨らませるオイフェに思わず笑いが溢れる。そうしていればオイフェの横に長身の短髪の男が並び立った。優しそうな目元の30代の男だ。
「直接お手合わせ出来て光栄でした。結果は悔しいですが、感謝します」
そういって手を差し出してくるこの男の名前はウィリアム・スノー。オイフェの所属する特殊実験評価MS部隊の隊長である。テストパイロット部隊の長だけあってかなり筋は良かった。
「いえこちらこそ。機会があればまたお願いします」
ウィリアム・スノーの手を取り言葉を返す。だがきっとこの言葉は図らずとも社交辞令になってしまうだろう。その理由は明日私達はこの基地を離れるからである。2週間程度ではあるが馴染んだここを去るのは少し寂しい気もした。
「オイフェミア様も学園生活を楽しんでください」
「いやだなぁウィル。卒業したらまた貴方の部隊に戻ってきますよ」
オイフェのその返しにウィリアム・スノーは照れくさそうに微笑んだ。
「では通常の業務に復帰しますので、私達はこれにて。お前たちもいつまでもサボっているんじゃないよ」
「やべっ」
ウィリアム・スノーがパイロット達にそういえば蜘蛛の子を散らす様に退散していく。気がつけば室内は私とオイフェだけになっていた。
オイフェは溶けたようにソファーへと身を投げ出し、その豊かな金髪が絨毯の様に広がる。私と二人でいる時は良くこういった姿を見せてくれる様になってくれた。2週間程度訓練に付き合う内に信頼してくれたのだろう。まあ普段部下や兄の前では気を張っている分、たまには素になりたい彼女の気持ちは理解できる。どの道私も気にしないし、彼女がそうしたいならば別に構わない。
「あー!結局この基地にいる間にリンクスに勝てませんでした-!!」
天井に向かいオイフェは叫んだ。やはり本質的には16歳の少女なのだという事がこういった所作からも理解できるだろう。可愛らしくて大変結構。私はセレンの傍若無人に慣れているのでこの程度むしろ心地が良い。変に畏まった空気は苦手なのだ。口調などはセレンからの教育の賜物で丁寧なものを用いる癖があるが、雰囲気まで堅苦しいのは好きではない。
「むしろ実戦経験が殆どないオイフェに負けたら私も生き方を改める事を考えますよ」
「ねぇ、やっぱり煽ってません???」
うつ伏せになり口を尖らせるオイフェに思わず笑いつつ、私も彼女の横へ腰をおろした。
「そういえばストレイド、改修終わったんでしたっけ?」
切り替える様にオイフェがそう切り出した。
「ええ。コジマ粒子の無害化措置、それと宇宙戦闘に適用できる様に色々やってくれたみたいです。あと宇宙では実弾の使用が禁じられているとの事なので、いくつかのビーム兵器を頂きました。まさかストレイドの武装の見た目のまま作ってくださるとは思っていませんでしたがね」
あれにはびっくりした。まさか04-MARVEなどと同じ外見をしたビーム兵器を2週間足らずで製作するとは。
「あー、ストレイドはレーザーブレード以外全部実弾兵器ですもんね。MS開発部の主任、凄い楽しそうでしたよ。ストレイドの兵装のどれもがこだわり抜いて作られた芸術品だ!なんて言って意気揚々に作業を進めてましたね。完成度や設計思想が兵器と完成されているとかなんとか」
まああの経済戦争を繰り返して、戦いに特化していったイカれた世界の兵器である。しかもその中でも名作と呼ばれた各種武装でストレイドのアセンブルは組んでいる。技術者が興奮するのは当然だろうか。
「にしても使用用途をほとんど変えずに製作してくださったことには驚きました。特に04-MARVEの特性を理解してそのままビーム兵器化してくださったのは素直に嬉しかったですよ」
「04-MARVEってライフルでしたっけ?なんかある種の執念とリスペクトを感じますよね。しかもあれ、ストレイドの異常なジェネレーター出力にものを言わせた代物らしくって、他のMSの転用には外付けの大型ジェネレーターを積まないとマトモに運用出来ないらしいですよ。まあ既存のビームライフルの概念を変える運用が出来る!って主任は大喜びしてましたけど」
オイフェが寝転がったまま苦笑いでそういった。どれだけの金がかかったのか、想像するのは辞めておこう。今の話を聞くに実質ストレイド専用のワンオフ装備。コストパフォーマンスなど度外視で作ったことは想像に難くない。まあそもそもネクスト自体が超超高級兵器であるため、今更ではあるが。運用に関しても通常のMSやACの比ではないコストがかかるはずではあるのだが、ヴェスパー・アルムクヴィストはそれよりもネクストACの戦力保有の利をとったのだろう。
まあ自分でもいうのは何だがネクスト一機あれば他企業、単一国家を潰す事など造作もない。通常戦力を多数抱えるよりもむしろコストは安くなるのか。
とはいえあの世界の企業は一騎当千のネクストの個体依存性に危機感を抱いて代替可能な多数の凡人で制御するアームズフォートを生み出した。この世界でも極少数の超高性能機と隔絶した能力を持つパイロットが主戦力となれば、あの世界と同じ様に巨大兵器が闊歩する世界へと変貌していく可能性は否定できない。
「リンクスさんは明日の準備はしましたか?」
だらけた姿勢のまま顔だけこちらに向け、オイフェはそう尋ねてくる。こうまで無防備な姿を晒すのはよほど私に信頼を寄せてくれているのか、生来の彼女の性格が本来こうなのかはわからないが。
「ええ。とはいっても荷物などはほぼありませんので、身軽なものですよ。セレンは技術者との調整で色々忙しそうですが」
ここ数日セレンは各方と連絡を取り合ってストレイドの最終調整を行っていた。前の世界からその辺のことは任せきりで申し訳無く思うが、むしろ単一最強のリンクスという存在に直接ものを言われるより周囲の摩擦は少なく済むはずだ。セレンもかつてオリジナルと言われた熟練のリンクスではあるが、いまパイロットではないという事実こそが他者にとっては安定剤ともなりうる。
「私の機体の修理も終わりましたので、一緒に持っていく予定です。とはいえストレイドと共に入学するとなると霞んでしまいますが」
「それは致し方無いことです。そもそも兵器としての設計理念からして違うのですから。ともあれ、今後ともよろしくおねがいします。オイフェ」
オイフェは言葉を受け身体を起こし、しっかりと椅子に座り直す。そして手を差し出しながら口を開いた。
「こちらこそ!向こうでもご指導ご鞭撻、よろしくお願いします!」
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強烈なGが身体にかかる。まあとは言ってもネクストの異常加速に慣れている身からすれば大したものではないが。その証拠に他の面々はGに耐えようと歯を食いしばったり、きつく目を瞑ったりしているのだが、私とセレンは表情を一切変えずにそのGを楽しんでいた。
楽しんでいる、というのは文字通りである。あの閉塞された世界では宇宙に出ることは叶わなかった。故に私とセレンが宇宙に上がることは初めてである。シャトルの窓へと視線を向ければ、慣れ親しんだ地球が徐々に離れていっている姿が目に入る。ああ本当に宇宙に上がるんだ。
成層圏に程近い高度。ダークブルーの宇宙が広がる。あの世界であればアサルトセルからの一斉砲撃が開始される地獄の空間。だがこの世界においてそんなものは存在せず、シャトルは大気圏を突破した。
離脱加速が終了する。グリーンランプが点灯したのを見計らって、シートベルトをすぐさま解除。無重力の浮遊感が身体を包み込み、思わず笑いが溢れた。そして窓にかぶりついて眼下に広がる地球を視界に入れる。"綺麗だ"。他の思考をする余裕も無いほど、その光景に圧倒された。青々とした生命の星。宇宙からみるそれはこんなにも神秘的で綺麗なのか。私はこんな美しい星を見る機会をあの世界の人々から奪ったのか。罪悪感と後悔が湧き上がる……訳も無い。私はあの選択を微塵も悔いてはいないのだから。確かにあのままではそう遠くない未来、人類種は滅亡するだろう。だがそれが何だというのだ。それで今生きる数十億の人間が死んで良い訳にはならない。どの道、企業の根幹たる優秀な人材を多く殺すORCAの理想は世界を滅ぼす。経済が壊れた世界で生きていける程、あの世界の人類は強くないのだから。そう思ったからウィンDの手を取ったのだ。人は人によって滅びる。それが必然だ。だからせめて泡沫の夢の中で安らかに飛び続ける最後を。最低最悪のエゴであると同時に、私にとっての最大限の人類愛である。
「青いものだな……」
横から声が聞こえる。重力から離脱した身体を浮かせ、私と同じ窓を覗き込む横顔は見慣れたもの。
「セレン、私達の故郷の星もこんなに綺麗だったのでしょうか」
問いかける私に対し、少し悲しげな視線を彼女は向けた。
「さあな。少なくとも、こんなにも緑が広がっているとは思えないが」
寂しげとも思える顔で、セレンはそう言った。
「いやー!やっぱり宇宙は良い。重力は窮屈で仕方ないね」
対角線のシートに座っていたヴェスパーが大きく腕を伸ばし伸びていた。対面のシートに座っているオイフェも同じ様に身体を伸ばしながらシートベルトを外し、ふわふわとその場に浮かんでいる。
「そうか?初めてからかもしれんが、地面に足がつかないというのは慣れんな」
「僕とオイフェミアは宇宙生まれだからね。こっちのほうが身体に馴染むのさ」
「にしても宇宙に上がるのは久々ですけどね。クレストⅡの地上実験で3ヶ月は地球にいましたから」
オイフェはふわふわと漂いながら口を開く。その美貌と広がった金髪のお陰で、まるで妖精のようだ。
「視点が違えばそんなものか。お前はどうだ?」
「身体が軽すぎて違和感がありますよ。でもすぐに慣れるでしょう」
「そうだな」
アルムクヴィスト社のシャトルを用いてあの基地から宇宙に上がったのは私、セレン、ヴェスパー、オイフェ、あとケジャン秘書官とメカニックチームの数名とMS開発主任。その他にも多くの搭乗員の姿があるが、主に打ち上げ基地で合流したこの船のクルーたちだ。故に私とセレンの正体を知っているのは少数。
「この後アルムクヴィストの宇宙基地に入港後、ストレイドのテストだったな?」
「そうさ。AMSの技術がこちらでは再現できない以上、ぶっつけで実機を用いた空間機動を行ってもらう事になるが、頼むよリンクスくん」
「承知してますよヴェスパー・アルムクヴィスト。これでも適応力と応用力には自信がありますので、ご安心を」
私がそう返せばヴェスパーはその口角を少し上げて笑う。
「気をつけてくださいねリンクスさん。シミュレーターでMSでの空間戦闘は何回もやりましたけど、ストレイドでは初めてなんですから」
少し心配そうな表情でオイフェは声をかけてくる。優しい子だ。まだそれほど関係が深いわけでも無いというのに。
「ストレイドの推力を入力したシミュレーターでその速度域には一通り身体を馴染ませました。むしろAMSでの制御が出来る分シミュレーターよりも楽だと思いますよ」
「それでも、です。リンクスさんの強さは幾度も模擬戦をして理解しています。ましてやストレイドに乗ればまさに天下無双でしょう。ですが宇宙の戦闘は一つのミスが致命傷になるんですからね!」
めっ!と人差し指を顔の前に立て片目を瞑りながらそういうオイフェはまるで創作作品の中から出てきたようだ。
「とかなんとか言ってるけどオイフェミアも宇宙での実戦経験なんて無いんだけどね」
「兄さま!真面目な事言っているんですから水をささないでください」
アルムクヴィスト兄妹がじゃれている中、セレンは妙に穏やかな顔を向けていた。戦い続けてきた私達にとってこの様な人の姿というのはとても眩しい。私よりも多くの時を戦いに捧げてきたセレンなら尚更だろう。
ピーン、という電子音が機内に鳴り響く。直後渋い男の声がスピーカーを通じて聞こえてきた。
『本機は地球の引力圏を離脱。加速は終了し、以後は慣性航行にてアルムクヴィスト社MS生産工廠、リデュウラ宇宙基地へ向かいます。予定では到着は4時間後となりますので、しばしお体をお休めください』
4時間か。何もしないのは暇であるし、ストレイドのシステムチェックでも行っておこう。
「私は格納庫でストレイドの様子を見てます」
「あ、それでしたら私もご一緒しても良いでしょうか?」
ヴェスパー・アルムクヴィストとじゃれあっていたオイフェがその手をやめ口を開く。確認を込めてセレンへと視線を飛ばせば彼女はふっと笑った。
「構わんぞ。私もこの馬鹿も宇宙には不慣れだ。空間戦闘のパラメータに異常があったら指摘してやってくれ」
「僕もセレンと今後の話を詰めておくよ。君らが学園に行くまでに準備しておきたいものも色々あるからね」
二人の言葉を受けうなずく。すればオイフェが手を差し出してきた。
「無重力に不慣れでしょう?いきましょう」
「貴女の様な美女にエスコートされるとは光栄ですオイフェ。ではセレン、行ってまいります」
「行って来い」
オイフェは私の手を引きながら壁を蹴り格納庫方面へ続く背部ハッチへと向かおうとする。だが私の質量がありすぎたのか、逆にオイフェが宙空で一回転。
「ぐぺっ!?」
あわや窓へ頭をぶつけそうになるのを慌てて体全体で抱えそれを防ぐ。胸の中に収まったオイフェの顔を覗き込めばビックリしたような顔をしつつ、頬を赤らめていた。
「すいませんオイフェ。無重力ということもあって自分の質量を失念していました。お怪我はありませんか?」
声をかけるもしばし彼女は呆けた様な顔で私の顔を覗き込んでいた。だが状況を把握したのかますます顔を赤くし、小さな声でつぶやく。
「は、はい……大丈夫です……」
そのままオイフェは縮こまり私の視線から顔をそらすようにそっぽを向いてしまった。
「なぁヴェスパー。お前妹の婚約者にこだわりはあるか?」
「そりゃ可愛いかわいい妹だ。何処の馬の骨とも知らないやつに渡す気は無いさ。最低でもオイフェミアを守れて、アルムクヴィストに利益をもたらして、尚且つ顔が良い人じゃないと」
「なら問題ないな」
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顔が熱い。なんで彼はあんな人前で恥ずかしげもなくしていられるのだ。普段対Gスーツか制服姿しか見たことが無かったから、抱き込まれた時初めてその鍛え抜かれた肉体に気がついた。優しげで可愛らしい美形なのに、がっしりとした体格とか、ずるいじゃないか。
艦内の廊下で彼の先を行く。理由は顔を見られたくないから。この顔の熱さから察するに、今の私の顔はトマトのように真っ赤だろう。
そうしていれば格納庫へ続くハッチが見えてきた。認証をそそくさと終わらせハッチを開ける。ガレージ内は空調が抑えられているようでひんやりとした空気が火照った顔を冷やす。
ガレージ内には2つの機体の姿があった。一つは私の乗機、クレストⅡ。そしてもう一つはリンクスの愛機、ストレイド。数名の作業中のメカニックがガレージに入ってきた私達に気がついてこちらに礼を行ってくる。それに気にしないでとジェスチャーを返し、床を蹴ってストレイドへと向かった。黒い鋭角の機体の胸部へと着地し、その場に立つ。無重力用にマグネットシューズを履いている為、身体が勝手に離れることもない。
「ハッチを開けますね」
リンクスがストレイドの頭部の裏に回り込み、コンソールを操作する。空気を排出するシュッという音が鳴り、コックピットハッチが開いた。
ネクストをここまで間近で見るのは初めてであったが、MSとは搭乗の仕方からして異なっている。多くのMSは胸部前方にコックピットハッチがついている為、ストレイドのようにな搭乗方法を見るのはこれが初見であった。
リンクスは滑り込むようにそのコックピット内へと入っていく。私も移動し、その真上から顔を覗かせた。MSのコックピットと比べてかなり狭い。このコックピット内にどのようにしてセレン・ヘイズとリンクスが収まっていたのか、それを想像すれば冷えた顔に再び熱が籠もった。
「AMS認証、成功。続けてAMS接続。……成功。おはよう、ストレイド」
ストレイドの複眼に光が灯り、無数の赤い目がこちらを向いた。それを見てあの初遭遇時の事が鮮明に脳裏によぎり、少し身体が震える。
ストレイドのコックピット内のモニターに私の顔がデカデカと表示されていた。やっぱり赤い。それがまた私の羞恥心を煽り、更に顔が赤くなっていく。
「オイフェ顔が赤いですよ。体調、悪いのですか?」
「ちーがーいーまーすー!!!!」
コックピット内のリンクスに対して上から言葉を浴びせる。全く、戦闘時には嫌というほど思考スピードが速いというのに、何故こういう所は鈍感なのだろうか。
だがそこで気が付いた。彼の首裏にはコードのようなものが接続されている。普段身長差がある上に制服や対Gスーツのデザインが首元を隠すものだったため気が付かなかったが、彼の首裏には機械が埋め込まれていた。これが……AMS。頸椎という人体でもかなり繊細な部位の機械化。
先程の羞恥の原因たる事案が脳裏によぎる。あの時私は二人分の体重であればかなりの余裕があるように壁を蹴った。だが彼の身体はわずかに動いたのみ。逆にこちらがその反動で一回転するハメになった。
更には初めて食事したときの様子。木製の椅子が壊れるからと、彼らは座るのを嫌った。
嫌な想像が脳裏によぎる。もしかして彼らの身体は、そのほとんどを改造されている……?
「オイフェ、大丈夫ですか?」
リンクスの声ではっとわれに返った。無数の赤い複眼が私の顔を覗き込む様に集まっている。モニターに映し出される私の顔色は酷く悪いものだった。
「……ええ問題ありませんよ、リンクスさん」
「そうですか?」
更に気がついた事がある。彼は先程から目を一切開いていない。つまりAMSを介して機体の視覚情報を直接脳裏に投影しているのか。なんだそれは。
「バランサーのチェック……問題なし。OSの空間戦闘用システムも異常なし。各種増設バーニアの接続確認。コジマジェネレター及び、無害化装置も正常に稼働。よくぞあの短期間でここまで」
驚きが脳を襲っているが、これ以上リンクスに心配をかける様な真似はしたくない。私の想像の真偽に付いては不明だが、いずれ彼の口から直接聞かせてもらうことにしよう。
表情を取り繕い、口を開く。
「空間戦闘用の推力システムに異常はありませんか?」
「ええ問題ありませんよ。かなりメカニックチームは頑張ってくれたようですね」
少し喜色を帯びた声で彼はそういった。その様子を見て、本当に愛機を愛しているのだなというのが伝わってくる。
その時であった。ガレージ全体が赤い警告ランプで照らされ、アラート音が鳴り響く。
『レーダーに所属不明機を4機確認。距離16000、真っ直ぐこちらに向かってきている。護衛の連中との合流はまだ先だぞ、クソ』
渋い声色の男の声、先程もアナウンスしていたこの船のキャプテンの声だ。
いやそれよりも所属不明機だと?地球から離れて護衛部隊との合流前のこのタイミングを狙った?となればアーシアンのテロ組織か海賊だろうか。
自機へ向かい出撃の準備を整えるべきだろうか。そう思考した一瞬の間にリンクスの声が耳に入る。
「セレン、護衛部隊との合流は?……間に合いませんね、捕捉される。ストレイドを出します。ヴェスパーに許可を……流石手際が早い。了解です、オイフェにも伝えます」
コックピットのコンソール類から他の人の声はしない。であればインカムを用いた通信だろうか?いや、彼はそんなもの装着していなかった。となれば、彼らは生身で通信すらも行えるというのか……?その思考を遮るようにリンクスから声がかかる。
「オイフェ、ヴェスパーからの指示です。ノーマルスーツを着用して乗機で待機。3分でストレイドとクレストⅡを出します。貴女には船のディフェンスを、私がオフェンスに回ります」
感情を一切感じさせない声で彼は早口にそういった。普段知っているリンクスでは無いように感じ、これが紛れもない実戦なのだと脳の隅まで実感する。心拍数が一気に跳ね上がり、思わず返答の声が上ずった。
「りょ、了解!」
ストレイドを蹴って自機へと向かう。すればノーマルスーツを持ってメカニックが近寄ってきた。
「コートお預かりしますよ、オイフェミア様。これ着ていってください」
コートを脱ぎ捨て、ノーマルスーツを受け取った。メカニックの彼は慌てた様子はなく、かなり落ち着いている。恐らくは実戦経験者なのだ。目を見てそれを理解する。
「ありがとうございます!3分後に出撃しますので、格納庫から退避急いで下さい!」
「了解です!ご武運を!」
私の放り投げたコートを回収し、彼はグラップリングフックを用いて離れていった。
クレストⅡへと辿り着き、コックピットハッチを開く。そしてノーマルスーツを服の上から着用。ヘルメットを被り、バイザーを下げシートへと座った。
各種システムを立ち上げ、簡易的なチェック。問題なし。いつでも動かせる状態にし、スティックへと手を置く。すればカチャカチャと音をならした。手が震えている。怖い。それが本音だった。
『ガレージ要員退避急げ!MSを出すぞ!機密隔壁閉鎖!』
コックピットハッチを閉め、モニターが全て投影される。眼前に写るのは赤い複眼を爛々と輝かせる、ストレイドの姿。
その姿を見て、自然と震えが収まっていった。
「大丈夫、訓練通りにやれば良い。それに彼も共に出てくれる。心配しないで、オイフェミア」
自身を落ち着かせる様にそう口に出し、格納庫の外壁が開くのを待った。