※初投稿です。
作者はウマ娘にわか勢になります。
生暖かい目で見たいただければ幸いです。
放課後。
トウカイテイオーは売店で買ったハチミーを所在なさげに持ち、シャッターが開いた倉庫前の壁に座っていた。
その目は暗く濁っており、流す涙も枯れているかの様で。
なにを思うでもなく、ただ人目につきたくないがために学園の隅の方に来た。
いまはとにかく誰にも顔を合わせたくはなかった。
ふと、カチャカチャと金属室な音が、開いたシャッターの奥から響いていることに気づき、なんとなく気になって、中の様子を伺う。
中には、緩く腕を捲ったYシャツとネクタイにスラックスという、春から夏にかけての学園内でよく見かけるトレーナーの服装をした男が、プラスチックの箱の中を漁っていた。
日除けのためか、ベースボールキャップを被っているので目元はよく見えない。
男が箱から取り出したものを見るに、中身は蹄鉄のようだ。
片手にパッド端末を持ち、そこに表示されている画像と比べながら、一つ取り出しては戻し、また取り出しては戻していた。
「こんなところで何してるの? トレーナーさん」
声をかけてしまった。
なんで話しかけてしまったんだろう。
そう思ったのも束の間、男はテイオーに気づくと、作業の手を一旦休めて、話し始めた。
「休んでいるところすまない。こう見えて仕事中でね、面倒を見ている娘の蹄鉄を探している」
よく響く、柔和な印象の声だ。
男は続ける。
「一週間前まで、その娘にとって一番走りやすい蹄鉄を履いてたんだけど、使い潰して割れてしまってね。今は代わりのものを履いているが、しっくり来ないと言っているんだ。その娘によると、前に履いていたものの方が、爪先で地面を踏み切った感触が一番気持ちいいらしい」
話しながら作業を再開し、取り出したものを検めていく。
「だけど、その型は廃番になってるって言うんで、新調しようにも買えない状況でね。だからオーダーメイドで依頼するためのサンプルに、ここに廃番になる前のものがあるかもしれないと思って探してるんだよ」
随分と熱心なトレーナーのようだ。
……もし、自分にもこんなトレーナーがいたら……。
いや、今更考えても詮なき事だろう。
「……そんな中から探すの?」
純粋に疑問を聞いてみた。
状況を見ると、検分が済んだ箱はトレーナーの右に置かれており、しかしそれ以上に正面の棚に積まれている箱がかなり多くあった。
「教え子のためだからな」
「そっか……そうだね」
臆面もなく、よくそう言えるものだ。
契約したウマ娘と担当のトレーナーってなんかこう……。
いや、いっか。
再び作業の音が響く。
無機質な音が倉庫の中で響き、外では風が吹いて、近くにあった木を揺らしていた。
……。
………。
…………。
「あー、その……」
……なんとなく。そう、なんとなく、失礼かもしれないが聞いてみようと思った。
無意識に腹が立っていたのかもしれないし、担当の娘のために熱心に仕事をしているトレーナーに対して、嫌味を言いたくなったのかもしれない。
だが、聞かずにはいられなかった。
「何か?」
「その、参考までに聞きたいと言うか……なんていうか、ちょっとした好奇心なんだけど」
少し言い淀んで、しかしハッキリ言った。
「もし見つからなかったらどうするの?」
一息置いて、続ける。
「蹄鉄はその中にはないかもしれない。いや、仮に見つかったとして、その娘がレースで一着にならないで、結果を残さないかもしれないし、ひょっとしたら故障が起きてもう走れなくなるかも。そんな可能性がある中で、キミはなんで、その子を指導しているの?」
言い切って、少し後悔した。
こんなの、ただの八つ当たりだ。
話を聞いたトレーナーは、持っていた端末と蹄鉄を置き、こちらに体を向けて姿勢を正した。
キャップに隠れている目元が少し見えた。
「そうだな……」
少し思案しながら、トレーナーは自分の意見を言う。
「私は担当の娘を育成するにあたって、順位だけを求めてはいない」
何言ってんだこの人。
半目になった気がしたが、トレーナーは気にせず話を続けた。
「一着で勝利することが、一番重要なのは確かだ。しかし順位だけを求めていると、私たちは先のない茨の道を進んでしまう。結果が伴わなければ、次第にトレーニングのやる気も失せていく」
……それは。
「そして、走っていて怪我をする可能性は当然あるが、それは事前に気づけなかった我々トレーナーの責任だ」
…………。
「私が大事だと思うのは、その娘の走り続ける意志を支えることだと思っている」
……この人は。
「一着を取りたい理由、つまり走り続ける意志さえあれば、たとえ今回はレースで負けたとしても、次は勝てるかもしれないし、怪我をしたとしても、立ち上がれるかもしれないだろう? ゴールに向かおうとしてるわけだからな。違うかい?」
……今のボクには眩しいや。
「うらやましいな……」
つい、口からこぼれた。
……けど、いいか。
この人になら、話しても。
そう思いながら立ち上がって、風に揺れる木を見つめながら話を続けた。
「前までボクは、シンボリルドルフ会長みたいな立派なウマ娘になりたいと思っていたんだ。トレセンに入学する前から、ずっと。キミの言う、走り続ける意志を持っていたこともある」
ダメだ。
もう涙は枯れたと思ってたのに。
そうでもなかったみたいだ。
「だけど、諦めちゃった」
頬を一筋、流れていく。
「調子に乗って骨折して、走れなくなって。僕はいつもそうなんだ。何も学ばないで、取り返しのつかない失敗をする。自分で自分をダメにしちゃう」
ちょっと鼻声だ。
本当に情けない。
「くだらないよね」
本当に、くだらない。
「そんなことはないよ、トウカイテイオー」
「!」
あれ、ボク名乗ったっけ。
驚いてトレーナーの方に視線を向ける。
なんでと一瞬思ったけれど、そういえば自分は有名人だったことを思い出してちょっと居た堪れなくなった。
下から見上げてくるトレーナーは、穏やかな笑みを浮かべていた。
まるで自分の心を見通されているような、不思議な感覚に陥る。
男は落ち着いた、しかし変わらない柔らかな声音で語りかけてきた。
「お前は立派にやってるじゃないか。意思は同じだ。トレセン学園に入学した時に抱いていた想いは、いま再びお前の中に戻っているのだよ、トウカイテイオー」
…………。
「……ちょっと待って」
男は変わらず穏やかな笑みを湛えている。
「キミ……どこかで会ったことが、ある……?」
今更になって既視感を抱き始めた。
ボクとこの人は会ったことがある。
けど、どこで……?
「何度も君を見かけた。ターフを眺めている君から、今すぐに走り出したいという思いを感じた」
男はそう言ったあと、一度視線を切り、箱の中から蹄鉄を一つ取り出すと、それを端末の隣に置いて、箱を棚に戻し始めた。
検分の済んだものを一段二段と順に入れていく。
ガチャガチャと金属の擦れる音が箱の中から聞こえてきた。
一通り箱を収納し終えると、端末をバッグの中に入れて、蹄鉄を手に倉庫の外にから出てきた。
シャッターを閉めた後、改めて向かい合った。
はっきりと見たその目は、熱意に満ちていて、吸い込まれるようだった。
「トウカイテイオー」
この人は……。
「君はまだ、
そうだ、この人は……。
「そして、悔しがってる」
ああ、そうか……。
だからこんなにも、ボクを励ましてくれるんだね。
「だから、また向かってくればいい」
うん、そうだね。
キミが、幼い頃のボクに教えてくれたように。
「ルドルフは、待っているぞ」
これは彼女が、『奇跡の復活』を遂げる前に、ほんのちょっぴりの勇気をもらった話。
・トウカイテイオー
この出来事の後、史実通りの活躍をする
・トレーナー
ルドルフのトレーナー。
モチーフは「ジョジョの奇妙な冒険」より、アバッキオの同僚。
転生者ではない。
幼い頃のテイオーのことを知っていたが、本人からは忘れられていた。