「うーん、確かこの辺りのはずなんですけど」
制服姿の佐天涙子が周囲を見渡す。
整備が行き届いておらず少々荒れた様子の道路は、ビルの日陰になって寒々しい。
頭の後ろで手を組んで、気も
「やっぱり、CGなんじゃないの? 見た感じ、特に痕跡も残っていないみたいだし」
「いいえ。それについてはしっかりと初春に確かめさせましたわ、お姉さま」
栗色ツインテールの白井黒子は、
「はい、これに関しては間違いなく実写ですよ。仮にこちらを完璧に欺けるレベルの合成映像だったとしても、明らかに不要な部分まで作り込んでいますし」
「近隣住民の目撃証言や、騒音被害の報告も届いておりますし……いえ、わたくしも、最初に被害者が駆けつけてきた時は何の冗談かと思いましたけれど」
初春飾利が手に持った端末を、四人の少女達が一緒になって覗き込む。
「何食べてたらこんなの思いつくんですかね――
「科学史フェアに乗っかった自主制作映画撮影……にしてはちょっとニッチ過ぎというか、どの層狙ってるのか全く分からないというか、そもそも科学史関係ないというかー」
取り合わせのあまりの奇妙さに、苦笑いを浮かべる初春と佐天。
先日、
その中で、かくしゃくとした老人が機敏な動きでテレポートを繰り返し、老人を追う豪奢な服を着た王様の手の動きに合わせ、大きな爆発が連続して巻き起こる。
戦闘の規模は次第に大きくなり、爆風に煽られた撮影者が携帯を取り落とすところで、映像は終了した。
「
「この街の超能力開発を受けているのは学生だけだし、この伊能忠敬さんは特殊メイクか何かなのかな?」
「いずれにせよこの規模の、それも既に民間人に被害が出ている能力の使用となれば見過ごすわけにはいきませんの」
言って、咎めるように美琴を見る白井だが、当の常習犯――毎日が喧嘩祭りの発電系最強
はぁ、とため息をつき、白井は気を取り直し言う。
「ダメ元ではありますが、それでも一通り手分けして探っておきましょう。大丈夫だとは思いますけれど、初春と佐天は何かあればすぐにこちらを呼ぶように。いいですわね?」
「はーい」「りょーかいでーっす」
四人の少女がそれぞれ散っていく。
都市伝説の蒐集が趣味の……正確には流行のおっかけをした結果としてそんな情報も集めてしまうだけなのだが、佐天涙子としては少し興味深い。
古今東西全部乗せ、全時空ぶっちぎり偉人バトル! 如何せんC級、というかZ級の感は否めないが、まあ学園都市の都市伝説なんて割とそんなんばっかりだし――なんて、そんなことを思いながら全然使われていなさそうな地下横断歩道に入った時だった。
「ん?」
魔法陣。
そうとしか形容出来ない模様が、地面にチョークで描かれている。
かなり複雑な文様だ。何か専門的なオカルト本を参考にしているのかも。
映像見てても思ったけど、相当に気合の入った制作委員会だなあ。などと考えつつ、魔法陣に近づいていく。
これが、何かの薬品だの、用途の分からない機材だのなら、いや、中に入ってる物が分からない木箱程度であったとしても、佐天は近づく前に他の少女達へ声をかけたかもしれない。
だが、まさかそんな、いくらなんでも床に描かれた魔法陣。
それも、どこにでもありそうなチョークで描かれた模様なんかが――
――自分を波乱の運命に巻き込む火種であるなどと、思えるわけがなかったのだ。
ズバヂィ!! と。
網膜を焼くような激しい閃光。それに伴う放電音。
すわ白井さんがまたぞろ懲りずに御坂さんへセクハラをしかけたか、などと思いかけた佐天だったが、違う。
輝きは魔法陣から放たれている。
「痛っ……!」
眩しさを遮る手に、焼き付くような痛みがあった。
光の収束とともに痛みは収まる。
光に眩む目が通常の視界を取り戻した後。
視線の先には奇妙な形のアザが出来た手の甲があって、その奥に。
「…………はえ?」
バチ、バチ、と、光の名残として周囲にわずかに残るスパーク。
魔法陣のあった場所。
まさにその中心に、一人の女性が立っていた。
年の頃は大学生かそこらだろうか。
背が高くて、足の長い、すらりとした体躯。ゴールデンレトリバーの毛並みを思わせる、クセのある銀の長髪。職人に磨かれた宝石のような青い瞳。
まるで戦闘機のパイロットみたいな分厚い航空服を着崩していて、頑丈そうな布地を、しかしその奥にある母性の象徴がしっかりはっきり分かる形で持ち上げている。
美琴と白井を呼ぶことも忘れて唖然とする佐天に向け、現れた女は覇気のある声で言った。
「問おう。貴方が、私のマスターだろうか?」
白衣の女が、夜の第一〇学区をふらつきながら歩いていた。
周囲には無機質な研究施設が立ち並んでおり、女以外に人影は無い。
だから、まるで酩酊したような千鳥足に、汚れて破れ、もはや白衣としての意味をなさなくなった様で徘徊する彼女を、見咎める者は一人もいない。
まるで浮浪者のような出で立ちで……しかしその瞳にだけは爛々と憎悪を燃やしながら、白衣の女は彼方の第一学区を睨む。
「……統括、理事会め……」
ギリ、と奥歯から摩擦音が響いた。
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……!! 私の研究を、私の科学を! あんなことに使いやがって……ッ!!」
自分の手を痛めるのも厭わず、研究施設を囲むフェンスを全力で殴りつける。
「どれだけの人間が、どれだけの学生が……!! 私の研究で傷つき、泣き叫び、死んでいったと思っている!? お前たちに何の権利があってこんなことが許される!? こんなことのために私は、私の、科学は……!」
叫びに息を切らす。
呼吸が整った後に漏れるのは嗚咽だ。
強大な権力を前に、何も出来ない自身の無力。死を覚悟で立ち向かうことも出来ぬ怯懦。
そして、何より――
「何が、とっくに終わった話だって言うんだ……」
――それらの非人道的な研究が、自分の知らない間に、この街の「ヒーロー」と呼ばれる人種によって既に解決されてしまっているという事実。
分かっている。きっと、統括理事会はこの一件に直接関わってさえいない。
彼らの陰謀の末端に、偶然、たまたま、ちょうどよかったから使用された無数の歯車の一つ。
自分の立場と研究が、そんな程度のどこにでもある代替可能なものに過ぎないことなど、女は既に自覚している。
むしろ、自分に直接的な害を被らなかったことを喜ぶべきなのかもしれない。この街の暗部に関わればどうなるかぐらい分かっている。
彼女の研究を利用することを決めた直接の下手人は、既に牢獄に囚われている。
命拾いしたことをこれ幸いと、元の生活に戻ったとしても誰も咎めはしないだろう。
だが、それでも……。
「認めない、認めてたまるか……! このまま放って良い理屈が――
血を吐くような叫びと共に、放電音が迸った。
女の背後で弾ける閃光。
振り返った時には光は止んでいて、周囲に立ち込める煙の中に、一つの人影が佇んでいる。
「……、████……」
女の乞い願っていたチカラが、夜闇の中に顕現していた。
「████、██████████――――!!」
ふぅっ、と、キャスターを名乗った少女が額を拭った。
「というわけで、一通り直してみたんですが……どうですか?」
「お、おお……! 壊れていた蛇口が! コンロが! 冷蔵庫が! 電子レンジが! あとついでに洗濯機とかテレビとかその辺の壊れていない諸々まで、学園都市にあるまじき上条家の中古家電たちがっ、一切合切ちょっと扱い切れるか不安なぐらいのハイテク品に早変わり……ッ!!」
「えへへ。お役に立てたのなら何よりですっ。あ、ちょっと変に使うと危ない機能も取り付けちゃったので、その辺りはちゃんと説明書を読んで――」
「ねーとうまー。レンジにピコピコがいっぱい増えててなんだか大変なことになっているんだけど。これって適当に押しちゃっても大丈夫なのかな? ……あっ」
「ちょっと待ちなさいインデックスさん何ですか今の不幸な『あっ』は! 早いよ! 全体的に! これコミカライズしたら一ページも経ってないよ確実にっ!!!!」
爆発の後、三人は再び夜の街へと繰り出した。
向かう先はジャンクショップ。先ほどの家電は、キャスターが上条家に転がっていたガラクタで修理・改造していたのだが、流石にもう取れる部品が無くなったということらしい。
ため息をついて項垂れる上条。だが、その隣で自分と同じように暗い顔をしたキャスターに気づいて、慌てた様子で声をかけた。
「いやその、ごめんな? せっかく直してくれたのに……」
「い、いえ! 私が悪いんです、もっと直感的に、誰にでも分かりやすく使いやすい形に改造するべきでした……! これに関してはどう考えてもエンジニア側の過失ですっ! 待っていてください上条さん、今度こそはインデックスさんにもハイテクとハイリスクを完璧に扱える最高最善のインターフェースを拵えてみせますからッ!!」
「待ってッ! 大丈夫だから、というかそもそもハイテクはともかくハイリスクは要らないからッ! いや実のところあのレベルのハイテクがあってもウチじゃ絶対に扱い切れねえし絶対に二つ三つの機能だけ使ったまま終わる未来しか見えねえよ正直なところ! 本当に申し訳ないけど!!」
ハイテクの最中で生きる学園都市の学生とはなんだったのか。
アナログ人間上条のあまりにも情けないツッコミに、キャスターが背後にガビーンというオノマトペが浮かびそうな顔で分かりやすくショックを受ける。
「そ……それは……いえ、それは違いますっ! そんな残念な人にも届けてこその科学、広めてこその私、万民に渡ってこそのテクノロジー! 諦めないでください上条さん、科学はいつだってすぐそばにあるのですっ、そう、あなたの後ろにも!」
ホラー系番組のオチのようなことを言い残しながら、意気軒昂とばかりに鼻息荒くジャンクショップへと駆け出すキャスター。
上条は本日何度目かのため息をつき、ふと、不安そうにこちらを見てくる隣のシスターを振り返った。
「……ねえ、とうま」
「ああ……でも、あの分なら大丈夫だろ。キャスター自身、近い内に記憶が戻る確信があるって言ってたし」
嘘ではない。上条当麻には、それが分かる。
あのキャスターという少女には、真実、自身の記憶が無いことに対する不安が一切無い。
だが、だからこそ不可解だった――いくら記憶が戻るという確信があるからと言って、それで喪失中の今の不安が完全に無くなることなどあり得るのか?
……ともあれ、放り出すわけにもいかない。例によって。
これ以上居候が増える事態にはならないとは思うのだが、というか思いたいが、今日のことに対する恩ぐらいは返したいのも事実である。
あれだけの数の故障家電、新調もしくは修理業者に頼んだりすればいくらかかるか分からないのだし、などと、もはや慣れた様子で上条は今後の算段を立てていく。
その。
次の瞬間。
カツン、という硬い音が響いた。
強烈な既視感があった。
それまでの黒とは異なる黒へ、色を変える夜の闇。
(これ、は……)
それは杖でアスファルトの地面を叩く音。
駆け出す二人。上条とインデックスの前で、キャスターが立ち止まっている。立ち竦んでいる。
彼女の視線の先に、人影があった。
礼服などではあり得ない戯画的でコミカルな燕尾服。頭に被った手品師のシルクハット。右目にかけた片眼鏡。されど、ただの仮装などとは決して違うその雰囲気。
「やあ」
何の気もない一言に、上条当麻の全身が
それは若々しい青年紳士。あるいは奇術師と言った方が正しいか。
どちらにせよ、その性別年齢容姿外見に何の意味もないことを、上条は既に知っている。
風も無いのに、青年紳士のすぐ傍の街路樹が揺れた。
考えるより早く、それに気づいた瞬間、上条はキャスターの前へと立ち塞がるように飛び込んでいく。
ヒィウン!! という音と共に、街路樹の枝の一本からそれは跳ねた。
捻じれ、捩り、鋭い錐のようになったその先端に、キャスターの胸元を狙って放たれたその先端に、上条当麻は右手をかざす。
あらゆる異能を打ち消すその右手、
「……ふむ? なるほど、この街にもこのような不純物があるわけか。一〇〇・〇%純粋なダイヤと同様に、真に完全な科学もまた存在しないようだ。元より、今ここにいる私自身がそれを裏付けてはいるのだがね」
「
「私とは異なる構造の私と会ったことがあるようだな、少年。
言って、青年紳士はこう宣言した。
「既に看破されているのならば、秘匿する意味もあるまい。私を語る伝説の如く、好き放題に名乗りを上げよう」
かつてとはまた違う。本当に純粋な、真実子供のような笑みを浮かべて奇術師は語る――騙る。
「命の法則を知り不老不死を成し遂げた者、時間を跳躍する旅人、砕けた宝石を元通りにする技工者。あるいは――」
その真名を、宣名する。
「聖杯を追い求める人類史の影。サーヴァント・アサシン――
アサシン
・真名:??サンジェルマン??
・属性:混沌・善
・保有スキル:████ B 黄金律 A 専科百般 A 巧言令色 A+
・クラススキル:気配遮断 EX
・ステータス
筋力 D 耐久 C++ 敏捷 C 魔力 A 幸運 E 宝具 B+
宝具「████」