青いグラサンにアロハシャツ。
科学と魔術の二重スパイである土御門元春。
「ちっ!!」
その眼前で、解体用重機めいた数メートル大の風の刃が、遮蔽にしていた鋼鉄のコンテナを細切れに変えていく。
敵は土御門の方を向いてもいない。
土御門の召喚したサーヴァント――ランサーを相手にしつつ、土御門の動きを牽制するための
まともにやり合えば、三秒と保たずに切り落とし肉にされるのは自明だった。
ランサーの槍の猛撃を片手に持った剣で悠々といなしつつ、敵は、セイバーは、その掌中に風を渦巻かせる。
「これが
セイバーは薄く笑い、目を細める。いいや、それは元からほとんど瞑っているかのような細目だ。
この憂いを帯びた赤毛の騎士は、今までの戦いの中で目を見開いてすらいない。
「どうやら、真名を隠す気も無いらしいな、セイバー……! いいや――円卓の騎士・トリストラム!」
「ふむ。トリスタン、の呼称の方が有名だと思っていましたが。こちらではその呼び名の方が主流らしい」
セイバーの何気なく振るった一撃が、ランサーの全力の刺突を弾き飛ばす。
着崩した羽織の上に、軽装の日本式甲冑を纏った細身の青年がたたらを踏む。
しかし、青年の腕力が低いわけではない。体格こそ細身ではあるが、軽々と振るわれる槍は八尺――二メートル半を優に超える。
それだけの得物を持ちながら、召喚された英霊たちの中でも最速で戦場を駆けるランサーは、なるほど確かに英雄に相応しい超人だ。
だから――これは単に、超人たる
明確に戦力に劣る土御門たち。それでもどうにか戦いが成立しているのは、この騎士が、正しく正義の騎士であるが故だった。
(セイバーが民間人を巻き込むことはない)
機関拳銃による牽制など役にも立たない。しかし、土御門は銃撃を続けながら冷静に思考を回す。
(だが、そんな騎士道精神を遵守するにはヤツのスペックは高すぎる。これじゃ戦車で暗殺をしろと言うようなものだ)
当初の案では、ランサーの機動性を活かした奇襲だった。
それ自体は相手の令呪によって凌がれたものの、まだ攻めきる手が切れたわけではない。
(コンパクトに動いた上でこれってのもなかなかに悪夢だが、それでも付け入る隙自体は……ッ!?)
炎、風、水、土。空から降ってくる、弾雨の如き魔術の群れ。
ろくに洗練もされていない素人同然のそれではあるが、人間相手には十分に有効打。
降り注ぐ魔術を、土御門は身を翻して回避する。
「ドローン……最初からか!?」
複数のドローンによって、夜空に描かれる擬似的な星図。極めてオーソドックスな占星術によるものだ。プロの魔術師にしてはあまりにもお粗末な練度だが、重要なのはそこではない。
「やはりこれでは玩具程度だな。だが仕方あるまい。元より私は戦闘専門の魔術師ではないのでな」
「まさか、もう――!」
背の低いビルの屋上に立つ、コントローラーを携えた人影。
ローブを纏った典型的な魔術師姿の男が、眼下の戦いを見下ろしながら言う。
「周辺一キロの人払いは完了した――薙ぎ払え、セイバー」
「では」
セイバーが、剣を両手で構える。
渦巻く魔力。逆巻く威力。
どう足掻いても防ぎ切れない。
土御門は直感し、自身の手に刻まれた令呪を発動させる。
「宝具だ、ランサー!!
「御意ッ!!」
最速のランサーが更に加速する。
土御門を連れて、今まさに爆心地となりつつあるセイバーから、命令通りに全力で離脱する。
だがそれは間に合わない。例え超音速の戦闘機であっても、この間合ではただセイバーの一撃に叩き落されるのみ――しかし。
「神君――」
本能寺の変に際した動乱の中、明智勢力の只中に孤立した徳川家康を無事に脱出させた逸話の具現。
「――伊賀越え!!」
それこそがランサーのクラスを与えられたこのサーヴァント、『服部半蔵』の宝具であった。
轟音、炸裂。
何もかもを吹き飛ばす、セイバーの一撃が爆ぜる。
荒れ果てた街の一画。されど、ランサーと土御門を仕留めた手応えは無い。
「申し訳ありません、仕留め損ねたようです」
「いや、宝具とあれば仕方ないな。神君伊賀越え……ふん、なるほどな。服部半蔵正成か」
「追いますか?」
「無駄だろうな。ランサーに与えられた
それに、追いついたところでまた人払いの手間がかかるからな、と零す魔術師。
セイバーは、憂いを帯びた顔で魔術師に言う。
「あなたが民を傷つけない限り、私はあなたの剣だ。例え令呪で縛られようと、この約定だけは違えさせない」
「分かっている。むしろ、私としては特段聖杯にかける願いもない君が、何故私のようなありふれた魔術師に諾々と従っているのか疑問なのだがな」
「……あなたの、『過去の過ちを取り消したい』という願い。それ自体は、純なるものでしょう。例えあなた自身の性質が悪であろうと、この一点のために規律の中で動くというのならば、騎士としてそれに手を貸すに吝かではない」
セイバーは言う。口端に力を込め、かつて自身が放った騎士王への諫言を悔みながら。
ランサーと共に逃げ延びた土御門元春は、人気のない路地裏で、咳込みながら血を吐き出す。
能力者に魔術は使えない。行使すれば副作用で血管は破裂し、致命的なダメージを受ける。低レベルの
「今回の科学聖杯戦争、俺らの維持に関しちゃ魔力はほとんど必要ねえが……令呪となるとそうもいかねえか。無事か、マスター」
「がはっ、ごふっ……! クソ……気にするな、普段よりかマシだ……」
外付けの回路を用いた魔術行使であるためか、通常の魔術行使に比べれば負担は少ない。今回は運が悪かったが、賭けに勝てれば些細な内出血で済む程度だ。
介抱されつつも辛うじて平常を取り戻し、土御門は口端の血を拭う。
「
「と言っても、現状の戦力じゃ引っ掻き回すのも苦しいだろ。まともに魔力も練れない以上、宝具で撹乱するにも限度がある」
ランサーの言うことももっともだった。
彼、服部半蔵の「神君伊賀越え」。伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」。
どちらも利便性では一級品ではあるものの、決め手に欠けるのは間違いない。
小さく舌打ちをし、仕方ないと土御門元春は歩き出す。
「どこに行く気だ、マスター?」
「いつも通りさ――クラスメイトの所だよ」
学園都市には窓の無いビルがある。
建物として機能しない密室。
その中心に、一つの巨大なガラスの円筒があった。
液体に満たされた容器の中。
男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも囚人にも見える手術衣を着た『人間』が、逆さになって浮かんでいる。
学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。
科学サイドのトップでありながら、かつて世界最高を謳われた『黄金』の大魔術師。
「それじゃ、今回の聖杯戦争のレギュレーションについて確認するわね」
紫色の髪を持った幼げかつ知的な少女は、近代西洋魔術の祖でもあるそんな魔術師と、同等同質の気配を持ってそこにいた。
この窓の無いビルに招いたわけではない。サーヴァントの霊体化ですり抜けたのでもない。ただ、当然のように、少女はそこに立っている。
アレイスターは顔をしかめて――いや、困らせて――いや、それも違う。複数感情が入り混じった、複雑な表情で少女に語る。
「……まさか、あなたが召喚されるとはな。
「キャスターでよくってよ、ミスタ・アレイスター。あなたが私の知っているあなたという保証も、私があなたの知っている私という保証もないのだしね」
ふぅ、と少し年寄りくさいため息をついて、少女は気安い仕草で円筒器にもたれかかる。
「というか、あなたが管理している街で召喚しておいてまさかも何もないんじゃないかしら? 近代西洋魔術の祖であるあなたと、
「……何が目的だ、キャスター?」
アレイスターの問いかけに、キャスターはふむん、と首を傾げる。
「そうね、思うところはあるけれど、あなたに落とし前つけるならメイザースが筋でしょうし。聖杯にもいくらか学術的な興味がある程度だし……だから、知り合いと話をしに来ただけ、かしら? ――どうせこの体じゃ、出来ることも知れているもの」
そういうキャスターの体……霊基から、解けるように黄金の塵が煌めき舞う。
召喚を維持できなくなったサーヴァントから発生する、退去の光だ。
「あなたが敷いたテレマに干渉して、前回召喚されてから今まで霊基を維持してはみたけれど……流石にこの辺りが限界みたい。だから、本当に雑談よ。今回の聖杯戦争に関する重要情報のメッセンジャー。そう思ってくれて構わないわ」
こほんと咳払いをし、生徒に教授するようにキャスターは語り出す。
「大体のことは把握しているでしょうけど、まずは大前提。この聖杯戦争は、七人のマスターが過去の英雄を召喚し、戦い競わせ、残った一人があらゆる願いの叶う願望機……聖杯を手に入れる儀式。本来ならこの世界には無い魔術だけれど、それがどういうわけかこの街で成立してしまった。KK粒子、だったかしら? 原因についてはあたしよりそちらの方が詳しいかもね」
どちらにせよ、原因などどうでもいい。
事の争点は、もはやそこには存在しない。
「だけど、あなたに掌握されているこの街では英霊召喚は上手く機能しない。それが分かっていたから、数日前、あなたはこの街に侵入してきた魔術師たちによる聖杯戦争の開始を見過ごした。結果、まともに召喚できたサーヴァントはほとんどいなかったし、令呪も大して機能しなかった。……それに伴うトラブルで人払いが間に合わずに民間人にサーヴァントの戦闘がいくらか露出したみたいだけど……まあ、その辺はいいわ。とにかく、ここまでは瑕疵は無かった」
故に、問題なのは――
「――聖杯による、その後の
「AIM拡散力場の集合体――
そう呟くアレイスターの表情に、何か特別な感情はあったか否か。
「魔力を用いて稼働するはずの術式を、超能力で動くように組み換え、本来なら成立しない魔術儀式・聖杯戦争を十全に成立させる。結果として与えられた各自一つの超能力と
両者は想起する。
ありふれた学生服を纏った少女。『科学の魔術師』を名乗ったキャスターを。
「……彼女の真名に心当たりは?」
「何となく直感は出来るのだけど。ヒント、欲しいかしら?」
軽く口端を上げて、キャスターは言う。
「それは、再召喚されたサーヴァントは、前回の同じクラスのサーヴァントと何かしらの縁や共通点を持ってるってこと。例えばアサシン。複数の『自分』を持つハサン・サッバーハとサンジェルマン。例えばランサー。同じルートで伊賀越えをした伊能忠敬と服部半蔵。他のサーヴァントもそれは同様。つまり」
「あのキャスターも、エレナ・ブラヴァツキーに縁を持つ者だと?」
その通り、と彼女は頷いて。
「とは言っても、それじゃ近代の魔術師はほとんど該当しちゃうのよね。なんてったって、近代魔術も現代魔術も、全部あたしが作ったようなものだもの!」
「……加えて、トーマス・エジソンにフリーメイソン。魔術師に限らず、神智学協会にはあの頃の著名人は大概所属しているか」
「魔術サイドである以上、外見も性別も大して看破の役には立たないし――ふふ、何ならあのキャスターがあなた自身、ということもあるかもしれないわね?」
笑ったことで気が緩んだか、黄金の霧が一際大きく揺らめいた。
特に物惜しむこともなく、彼女は平然と別れを告げる。
「そろそろかな――最後にもう一つだけ大ヒントをあげる。あのキャスター。この街を崩壊させかねないサーヴァントの正体について」
「…………」
「
「――何?」
思索と予測を走らせていたであろうアレイスターが、それを打ち切って彼女を見る。
「それは、つまり――」
「囚われないで、アレイスター。聖人、魔神、超絶者、なんだって良い。とにかく、
溶けていく霊基。瞬く黄金の霧。
後にはただ、いつものようにこの街の王が一人佇むのみだった。
セイバー
・真名:トリストラム://███████
・属性:秩序・善
・保有スキル:
・クラススキル:対魔力 B
・ステータス
筋力 B 耐久 B 敏捷 A 魔力 B 幸運 E 宝具 A
宝具「████」
宝具「█████」
ランサー
・真名:服部半蔵://伊能忠敬
・属性:中立・中庸
・保有スキル:
・クラススキル:対魔力 E
・ステータス
筋力 B 耐久 D 敏捷 A+ 魔力 E 幸運 E 宝具 D+
宝具「神君伊賀越え」
宝具「大日本沿海輿地全図」