「おお! この時代には飛行船などないだろうと思っていたのだが。なあルイコ、あれは乗れるのだろうか?」
「やー、そういうサービスがあるって聞いた覚えはないですけど。あと、『外』じゃこういう飛行船はまず無いと思いますよ?」
「ふぅん。やはり時代は飛行機だろうか。気球などもう何度事故ったか分からんからな。そっちはどこで乗れる?」
「航空系は二三学区まで行かないと。それにあそこ、一般学生は立ち入り禁止ですし」
「むう」
などと子供っぽく頬を膨らませながら、足の長いフライトスーツの銀髪美女は空を見上げている。学園都市の上空を行く、日々のニュースを告げる飛行船を。
――悪い人じゃなさそうなんだけどなあ。
そう思いつつも、二人きりで街を歩く佐天は、完全に警戒を緩めることはできない。
「っていうか、アーチャーさん、もしかしてその服でパイロットでも何でも無いんですか?」
「この辺は民衆の総意だろうな。完全に的外れというわけでもないだろうが、私の生きていた時代にこんな服はない」
「ははあ。時代考証よりイメージ重視と」
まあそんな感じだ、と適当にうなずくアーチャーを前に、うーんと頭を悩ませつつ、佐天は携帯で検索を繰り返す。
「アメリア・イアハートとかそれっぽいと思ったんだけどなあ」
「女性初の大西洋単独横断飛行者か。どちらかと言えばライダーだろう彼女は。……まあ、それを言ったら私自身もアーチャーよりはライダーだろうと思わなくはないが」
「えーと、なら、これ! ブランシャール夫人! 初の女性気球操縦士!」
「そもそも原典だと私は女性ではないぞ。コレに関しては前回のアーチャーと複合した結果だろう。霊核は私のものだが、霊基の大半はその女神によるものだ。――とはいえ元より幻霊級、不完全に召喚された神霊と複合してようやくまともなサーヴァント一騎分と言ったところだが」
意味のよくわからないセリフに佐天は首を傾げる。だが、アーチャーとしても理解ができるように言ってはいなさそうだ。
そういうわけで最初の一言以外を聞き流して、佐天は再度頭をひねる。
「男性もアリとなると今度は逆に範囲が広すぎて絞り込めない……! ……ライト兄弟!」
「違うぞ。複数人複合なのはまあそうかもだろうが」
「レオナルド・ダ・ヴィンチ!」
「オーニソプターか。ロマンがあるよな、あれ。ダ・ヴィンチはアーチャーにはならんだろうけども」
「……イカロス!」
「流石に無理があるだろうよそれは」
後半から大分適当になっていた。
当てずっぽうに言っていく佐天へ律儀に反応を返すアーチャーはいかにも人の良いおねえさんだが、しかし忘れてはならないし、忘れてもいない。
佐天涙子は、先ほど――このアーチャーに、拉致されたばかりだということを。
いや、拉致というのは少し言い過ぎか。
二人きりで話がしたいというアーチャーが、それを渋った自分と集まってきた初春・黒子・御坂たちを敬遠し、佐天の体を抱えてその場から逃げ出したというだけ。
とはいえ、
逃げ出した
「で、私の真名当てもいいが、聖杯戦争については理解できただろうか、ルイコ」
「えっと、古今東西全偉人ぶっちぎりバトルですよね? 七組のバトロワで、勝ち残った一組は何でも願いが叶う、っていう」
「うん、まあ、だいたいそんな感じだろう。で、願いについて何かあるだろうか。実際問題何でも、というわけではないが……理論値としてはそうだな。――『この街の全能力を束ねた際に可能な全事象』、ぐらいをイメージしておけばいいだろう。当然、あらゆる前提を無視した単純な足し算の話だ」
「……いやー、あたし、興味がないわけじゃないですけど、そういうのはちょっと」
正直、もう懲りてるっていうか。
なんて、かつての、『能力のレベルを上げる簡単に引き上げる音声ファイル』――
「うん――ならばいいだろう。正直な話、そこで何を押してでも叶えたい願いがある、というのならどうしようもなかった。私には令呪に対抗する対魔力等の手段も無いからな」
「? えっと、それだと、アーチャーさんの方も特に願い事が無いっぽく聞こえるんですけど」
「そうだ。私に願いは無い。私は未来ある若人を守るためにこの街に来たのだ」
怖じ気も恥ずかし気も無く、アーチャーは堂々たる様で言い切った。
正義、なんて言葉で言うのは簡単だけれど、実際それを行うのがどれだけ難しいことか、佐天はよくわかっている。
「当然、君のこともだ、ルイコ。マスターだろうが何だろうが、巻き込む気は無い。亡者の闘争には亡者がケリをつけるとするさ。ご都合の良いことに私の単独行動スキルはEXランクだ。宝具の最大出力使用とまではいかんが、マスター不在だろうと大して問題はない」
「……え、じゃあ何であたし拉致られたんですか?」
「トラブルメーカーだろう君への警告だよ。これ以上首を突っ込むな、と言っているのだ」
うぐ、と佐天はしかめっ面で後ずさる。これまでの数々の実績と自覚がある分、真っ向からそう言い切られてしまうと何も言えない。
「でも、なら……あたしだけじゃなくて、御坂さんたちにも言えばよかったじゃないですか」
「力ある人間に説明すれば、話が大きくなり過ぎるだろうからな――この聖杯戦争は、
「…………」
……確かに。
かつて
アレとアーチャーが同様のものであるというのなら、確かにそれで説明できてしまうように――思える。
姿形も何もかも違うが、
願いを叶える願望の器、聖杯にしても。先ほどアーチャーが言っていた通り、この街の全能力を結集させれば、それこそできないことなんてほとんど無い。
世界のあらゆる脅威を跳ね返すことも。
未知のあらゆる物質を創り出すことも。
電子のあらゆる領域を操作することも。
次元のあらゆる極点を手にすることも。
人間のあらゆる心理を掌握することも。
何もかもができてしまうこの街の超能力に――できないことなど、逆に何が在る?
「そして同様に、この聖杯には『あちら側の理屈』でも説明がついてしまう。私も詳しくは無いが、むしろ本来はそちらが本領だろうからな。最悪、言葉通りの戦争になりかねん。それは絶対に避ける。君を『代表者』として選びはしたが、私は本来、この街全ての学生の輝きに惹かれて召喚されたサーヴァントなのだから」
その決意は、あまりにも当然かつ、前提として宿り過ぎていた。
だから、彼女の意志を否定したいというわけでは全くないのに、佐天は思わず慌てて、何か反論材料を探してしまう。
「いや、でも。ここの学生、アーチャーさんがそこまで言うほどじゃ……だいたいみんな治安悪いし、そもそも、あたしが『代表者』ってのも、それこそ、
「視点の違いだ。私にとっては、
揺るぎも惑いもせずに、世界の果てまで射抜くような、真っ直ぐな瞳でアーチャーは言う。
「礎、道、薪、燃料、部品。己がそうであることを人は嘆くだろうが、違う。遥かな星に手を伸ばすのではない。そのための踏み台になるのでもない。遥かへと己が信じる星を投じるために、人間は『ここ』にいるのだ、ルイコ。未来へと歩む君たちは、ただそうあるだけで世界の希望に他ならない」
人の可能性を信じ切った、今どき子供でも謳わないような人間讃歌。
光り輝く星があるならば、むしろアーチャーこそがそうだろう。
人々が掲げるべき星。遥かに届けと投じる希望。
白井黒子や御坂美琴、あるいは、初春飾利とは、何ていうかそう、
なるほど、これは……確かに。
――おとぎ話の、英雄だ。
息を呑む佐天。アーチャーはそんな彼女を前に、どこか遠くを眺めて、つぶやく。
「――来るか」
「え?」
直後の出来事だった。
それはまるで噴火のように。
アーチャーの遥か視線の先で、黄金の炎が爆ぜた。
爆轟の光景に音が追いつくのは数秒遅く。
暴風。顔を覆い、足を食い縛ってなお、吹き飛ばされそうになる風圧。セーラー服の裾とスカートがバサバサとはためき、アーチャーのフライトスーツが翻る。
そして、爆ぜる衝撃に騎乗し、彼方より飛翔するものが一つ。
破滅色の軌跡を描く、金色の流星。
しかしてそれは、常人のスケールでは全くそう観察できないだけで、飛翔ではなく跳躍だった。
黄金の怪物が、跳んできている。
一キロ以上も遥か先から。
ただの一足跳びに。
――ここまで。
「っ――」
「逃げろ」
片腕を横に広げ、掌を後ろに向けて、アーチャーは言う。
「今からここは、君がいていい世界ではなくなるだろう。立ち去れ、ルイコ」
それは――そうだ。
佐天にできることはない。これから始まるのは、人類史に名を残した超人たちの戦いだ。
どんなに鈍い人間でも理解できる不可視の圧力。これまで危ない目には何度か遭ってきた佐天だが、今回のこれは質が異常だ。
だけど。
「……何だ?」
足を震わせ、首筋に汗を垂らしながら。
「その……敵は、あたしを狙ってくるかもしれないって、言ってたじゃないですか」
残念ながら、住む世界の違う、見ず知らずのお人好しが助けてくれるからって。
全て押し付けて何もなかった風にいられるほど。
佐天涙子は、能天気ではいられないのだ。
「どうせ狙われるんだったら、アーチャーさんと一緒に一緒にいた方が……。それにあたし、かけっこには自信あるし、援護とかは無理でも、囮ぐらい、には……」
「――――。ふむ」
銀髪の美女は目を丸くして、顎を撫でながら佐天を見やる。
「なら協力してくれ。まずはここに隠れてもらえるだろうか」
「っ、はい……!」
どこからか取り出されたドラム缶のような物体。背の高いアーチャーに抱えられつつ、その中に佐天は入っていく。
「で、その、この後どうするんですか?」
「うむ。続いてこれを身に着けてくれ」
手渡されるバックパックのようなもの。指示通りに、リュックサックかランドセルのごとくそれを背負う。
「次にこれを持ち上げる」
金属の管ごと、ひょいと軽く持ち上げられる感覚。
バランスを崩しそうになり、わわ、と慌てて側面を抑えて体勢を維持した。
「そして次に少し斜めにする」
「おっとっと」
言われ、自分が入っているそれを傾けられる。
ちら、と上方を見ると、管の中から青い空が覗いていた。
「えっと、それで?」
「撃つ」
「はい?」
どこか遠く――あるいは佐天のすぐそばで、火薬の炸裂音が響いて。
「はぃいいいいいいやぁああああああああ!?!?」
青空の遥か彼方へと、佐天の体は超高速で射出された。
昭和アニメの如くきらーん☆と星になる佐天を見ながら、大砲を携えたアーチャーは満足気に頷いて。
「流石にギリシャの神霊。人間を天に投げ飛ばすのはお手の物か」
落下場所は計算し、パラシュートも渡しておいた。サーヴァントに撃ち落とされでもしない限りは、まず問題ないだろう。
アーチャーはくるりと反対を振り向きつつ、一人呟く。
「そも、援護というのなら、その言葉以上のものはないだろうさ、マスター――守るべき者にあのように言われて、奮い立たぬ英雄がいるものか」
彼女の数メートル先で、黄金の流星が落着する。
爆ぜる衝撃、舞い散る土砂。悍ましいほどの暴力の気配に晒されながら、アーチャーは腕を組んで対峙する。
「████ォオオ……」
黄金の全身鎧を纏った狂戦士――であった。
まるっきり悪趣味な、贅を凝らした純金の装甲。
ギラギラと輝くその武装に刻まれているのは、栄華や繁栄ではなく、死と戦争の象徴。
呪いの金塊。盗掘されたピラミッドの財宝、あるいは北欧の川底に眠る黄金。
およそ『財宝』という言葉に宿る不吉のイメージを、この狂戦士は一身に凝縮して放射している。
「ッ、██████████――――!!!」
正気を完全に失った瞳から溢れる憎悪と怨嗟。
その嘆きに着火するかのごとく、掲げる両手に爆炎が篭もる。
一つの手には憤怒の炎。もう一つの手には審判の焔。それぞれ属性の異なる、二種の魔炎。
その狂戦士――
「いいだろう、来いよバーサーカー。火力勝負といこうじゃないか。我々が誇る
アーチャーの周囲に出現する大砲の群れ。
装填された火薬の量は、空を黒く染めてなお余りある。
号砲はここに。
かくして、爆炎と硝煙を爆ぜ散らす二人の英雄は、たった今衝突を開始した。
アーチャー
・真名:█████████://█████
・属性:混沌・善
・保有スキル:
・クラススキル:対魔力 E 単独行動 EX 女神の神核 D
・ステータス
筋力 D 耐久 C 敏捷 D++ 魔力 C 幸運 A 宝具 B
宝具「██████」
バーサーカー
・真名:███████████://█████
・属性:秩序・狂
・保有スキル:
・クラススキル:狂化 B
・ステータス
筋力 C 耐久 C 敏捷 C 魔力 B 幸運 A 宝具 A++
宝具「██████████」