数分間吟味したローザは顔を上げると、そこには日頃の温厚で色気を纏った彼女の表情はなく、南米で出会った当初のような冷酷で無機質な仕事人の顔があった。
「…なるほど確かにおかしいですね。旦那様が違和感を覚えられるのも当然です…何故、通したのかはわかりませんが…どうやら、三人の内北米支部のまとめ役以外は<別人>です。変装のつもりなのかもしれませんが…所作などから経歴上の詐称は明らかでしょう。」
所作でわかるもんなのか?俺が首を傾げるとローザが教えてくれた。
「同伴者は二人とも元はアメリカで現地の売人を取りまとめていた者達です。穏健派で我々の統制と管理を望んでいました。南米からの流入を旦那様が抑えられた実績を鑑みて入信した、とプロファイルされています。二名共に正規の訓練は受けておらず、そのため動きはお世辞にも洗練されているはずもありません。」
ローザはそこまで穏やかに笑みさえ浮かべて俺に説明してくれたが、指を画面の向こうの得体のしれない二名に向けると同時に犬歯をむき出しにした。落ち着け。どうどう。
「しかし…見ての通り、この二名の配置取りや佇まいには隙がありません。洗練された、訓練を受けた者の動きです。定跡に則っていることが明らかであり、その点では警戒しておりましたが…なるほど、これは組織的な関与かもしれません。最近は
眼鏡をくいっと上げてから、息を整えたローザは俺にキーボードを寄こし、俺の顔を覗き込んだ。
「…こちらで何か指示を出されますか?」
正直な話、明らかな作意に対してさっさと手を打ちたいところだが、同時に情報も欲しい所である。
だから射殺するのもアレだし、かといって無いとは思うが自爆テロも恐ろしい。
こういう時…一番の最善手は全部ソフィーに丸投げすることなのだが…肝心の彼女は会合だかでいない。…なんだっけ、チャイニーズマフィアとかイタリアンマフィアとか…つまり同業者との折衝らしいのだが…よくわからん。あー、とんだ災難だなこりゃ。早く帰ってきてくれ、ソフィー。俺はお前が居ないとダメだあ。
「さ、さてそれでは、最後に、新しく入ったこちらの二名に是非洗礼を施していただきたく。」
北米支部を纏める頭目が自身の背後に控えていた二人の男を前に出した。
「洗礼ぃ?…だがなぁ、今日はアクマでも報告デあろう?新しく入った幹部ナラバ尚更、正式な場で洗礼ヲ施すベキデあろう?」
洗礼の要求ともとれる発言に、既に警戒が周知されていた部屋の中を更に緊張させた。ウィザード演じるモンタナも、その声を演じるソーヤーもここにきて指示通りにはぐらかす様に答えた。
「この者達がまたお会いできる保証はありませぬ故、何卒、お慈悲をいただきたいのです。」
「う~む…む?……うむ、ソナタラの言う事はヨクわかった。だが、今少し待ってイタダコウ。洗礼を施すのは我デハないノデな。」
<我デハない>の一言に焦りを浮かべる頭目を他所に、立ち上がり玉座を後にするウィザードと、部屋の外へと出て行く護衛達に頭目と二人の同伴者は困惑を隠せなかった。
「へ?どど、どういうことですかな?洗礼を施すのが
「フフフ…ナニヲ勘違いしている?洗礼を施すノハ常に真のウィザードのみ。即ち、真のツァーリのみ。」
頭目にはモンタナに面識があった。だからこそ出来るならば偽物で済ませてしまいたかったのだが、真の方がそれを望まなかったのだ。バラライカが居ない今、これ等の決断を下せるのは一人を置いて他に居ない。
前に出ようとする二人の男を押しとめようと懐に手を伸ばしかけた時、遂に誰もいなくなった部屋の最奥のドアの向こうから先ほど出て行ったはずのボードゥアンと、彼の覚束ない足取りを支えるように腕を抱くメイドが現れた。
「あ…あぁ…。」
頭目は遂に膝をついてしまった。しまった、こんなつもりでは…と思うも後の祭りである。騒ぎ出した二人を抑えつつ、自身も何事なのだと焦りが加速する始末だった。
「
部屋に響き渡る声で、メイドの一喝が響き渡った。威圧感に制圧され、部屋には沈黙が満たされた。
メイドの手を借りて、先ほどまでウィザードが座っていた玉座に坐したモンタナ或いはボードゥアンは彼らの眼を見つめ、ただ静寂の中で頭目が顔を上げるのを待った。
「…お久しぶりです…同志。いえ、我がツァーリ…。」
弱弱しく紡がれた言葉に耳を傾け、モンタナは男を自身が背を預ける玉座のすぐ近くへと手招きした。
・・・
・・
・
「
ローザの反対側に控えて黙る頭目に向けて、喉元に着けたスピーカー越しにソーヤーの声が響いた。
「
「
委縮し顔の青い頭目。彼にスピーカーは無慈悲に尋ねた。噴き出す汗が瞬く間に頬を伝った。ウルスにおいて背信者に未来はない。目の前の狂犬が今にも自分の喉を引き裂こうとしているに違いなかった。
「
少しでも間違いが無いように、頭目は慎重に慎重に答えた。ほんの一言。しかし、この場においては一文字にすら生と死の天秤を傾けるだけの重さがある。
「
「
最早反射的な答えであった。咄嗟の一言に真っ青を通り越して蒼白の頭目を、その顔越しの真実を、仮面越しの美しい黒の瞳が覗いていた。
「
「
許された…そう思ったのも束の間、モンタナは淡々と視線を向けるまでも無く二人の人間を俎上に載せた。それはいわば命の選択と言っても過言ではなかったかもしれない。それほどまでに、モンタナの瞳に三人への執着はなかった。
「
「
モンタナの声に怒りはない。悲しみはない。失望はない。だが、希望もまたない。頭目はこの段に、既に自身が主君の望まぬことを独断で行おうとしていたことを、その記憶を忘却の彼方へと置いてきていた。心の底からそうせねば、自身の命に希望が持てなかったからである。
「
血を吐くように、震えた声で頭目は言った。モンタナは頷くと、頭目の肩に手を置いた。
「
「
あぁ…許されたのだ。頭目はこの時腰が抜けていたが、それでも最後に残った意地だけで立っていた。
頭目は二人の男に気の毒そうな視線を向けた。その視線に気がついた二人が懐から銃を引き抜こうとした瞬間。
・-・ローザ
モンタナは手を挙げ、そしてロザリタは跳んだ。
・
・・
・・・
「う、うわぁぁぁ!!??」
銃口から火が噴き出すより早く切迫したロザリタは片方の男の銃を得意の射撃キャンセルで不能とすると、そのまま男の首を背後から圧し折った。相方が動かなくなったのを眼にしたもう一人の男はモンタナを狙い、引き金を引いた。
今度こそ弾丸は発射され、微動だにしないモンタナの心臓に向かって直進した。
「グぇ!?ぎギャッ!!な、ナンデぇ!ごぼッ!?」
だが、少しの躊躇も見せずにモンタナは直ぐそばにいた頭目を盾にとり、男が放った十数発を全て頭目に受け止めさせた。
頭目が血泡を噴いて絶命する頃、部屋には真顔のロザリタが事も無げに二人目の背骨を圧し折った音が響いていた。