大空煌めく淡い羽根   作:鳥籠のカナリア

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第一章:「明けの明星」
きっかけ


 シャーレの先生、と呼ばれる存在に腰を据えてから少し経った。

 

 新緑が深い緑になる程度の時間をここで過ごして知ったのは、教職はブラックで、金でやると長続きしないと言われるのにも納得がいくくらい面倒が目立つこと。

 

 普通の社会人なら薄い付き合いで済むところを、深いところまで踏み込まなければならない。なにせ学生にとって先生というのは良くも悪くも注目の的だ。

 

 この世界の大人はクソッタレしか居ないことはもちろん、普段は上手いこと真人間に擬態しているから生徒からの反応も良好。……そのせいか、空き時間が生徒に侵略されるのは嬉しいやら悲しいやら。

 

 シャーレのオフィスの窓から空を眺める。あの空は、これからやらなければいけないこと思わせる程度に遥か遠く、かと思えば吹く風はその過程で得られる関係性を暗示しているかのように優しい。

 

 目を閉じ、ジャケットの裏側をまさぐって手にするのは、タバコ。現代においては有害物質の塊とされるそれに火をつけて、口に咥えた。これを吸っている時だけは、誰にでもいい顔をする必要がある先生という重責から解放されているような感覚に浮足立つ。

 

 最近、頭を悩ませている生徒が一人居る。

 

 いや、頭を悩ませているだけであれば数えきれないほど居るが、その中でも俺にとっての天敵が一人居る。

 

「あれ~、先生。こんなとこでタバコ吸ってて、いいのかな~?」

「うるせぇタカナシ。大人だからいいんだよ」

 

 ノックをすることもなく、悩みの種が入ってくる。

 

 小鳥遊ホシノ。

 

 潰れかけていたアビドスを先がないことを知りつつも延命させ、最後には諦めて勝手な行動に走った生徒(困ったちゃん)

 

 ふんわりとしたロングヘアーは、本人の雰囲気とマッチしていて絵になる。

 

 乱暴な物言いをされているのに、どこか嬉しそうにも見える。

 

「そっか~。おじさんも吸っちゃおうかな?」

「バカ言え。俺がタイホされちまうだろうが」

 

 近付いてこようとするタカナシを視線だけで静止させる。にへら、と軽薄にも見える笑みの裏ではなにを考えてるのか。きっとダメな大人、とでも思われてるんだろう。

 

 お前の頭頂部についてるアホ毛引き抜いてやろうか。

 

「じゃあおじさんは子供だからソファ借りるね?」

「オメー……」

「今の先生の姿、他のみんなが見たらどう思うかな~?」

「……はぁ。好きにしろよもう」

 

 今の口が悪く、タバコも吸って、表情も険しい姿を他の生徒に見られようものなら社会的地位は地の底に落ちる。最悪権利が剥奪される危険すらあるから強くも出れない。

 

 知られてる時点で地の底に落ちてる事実は知らない。大人は時に見なかったことにすることも肝要なのだ。

 

 窓の外に手を伸ばして、室内にニオイが流れ込みそうにないことを確認して吸い続ける。

 

「なんかさ、タバコ吸ってる先生って絵になるよね」

「そりゃどうも。部屋に入ってくるときのお前もなかなかだったぞ」

「うぇっ!?」

 

 ぼんっ、と爆発でもしたかのように髪が逆立ち、慈雨のように優しく降る。

 

「ほら、おじさんなんて可愛げのかの字もないじゃん。先生なら選り取り見取り!」

「まぁ、確かにな……」

 

 顔だけなら好みの女はまぁまぁ居る。というかキヴォトスはどいつもこいつも顔面偏差値が高い。問題は性格が終わってること。

 

「なんか肯定されるのも複雑だねぇ~……」

「ただ、周囲のレベルが高いからって良いと思ったものを褒めないのも……ちげぇだろ」

 

 背後を見るのが億劫で、遠方に見える水平線を見る。

 

「……あの日も確か、こんな感じだったか」

 

 ただここではない場所で羽を休めたくて、現実逃避にタバコを吸っていたあの日、他の生徒とは違う関係性が、始まったのだろう。

 

 

 

 

 

 この話をする前に、ハッキリと言えることがある。俺は小鳥遊ホシノという人間が苦手だ。それは最年長のクセに一人だけ能天気にソファで寝転がっていたことが原因。

 

 こいつはある種の偏見になってくるが、この手の意図的にのんびりを演じているタイプは過去になにかある。それはその後付き合っていく中で、清濁併せ吞み、後輩に対して注意する場面などを通してそのうち確信に変わっていくことになる。

 

 苦手というよりは面倒、というのが先生としてではなく、俺個人としての見解だった。

 

 子供のクセになんでも分かったような顔して突っ走るバカが一番手間がかかるな、とアビドスの一件を終えてからの感想。

 

 そんな一生に一度あるかどうかの大事件ばかり起こるキヴォトスにおいて、先生という立場の重責は重い。

 

()()()()()でも思い通りにいかずに中々堪えることも多かった。それで逃げた先が、タバコ。一般的に悪いとされていることをやるときは、背徳的な高揚感が胸中を満たす。

 

 酒も悪くはないが……どこか容認されている雰囲気がどうにも好きになれない。

 

「はぁぁぁぁぁ~~~…………」

 

 その日も確か、思った通りに出来ず苛立ち混じりに窓際でタバコを吸っていたのだったか。

 

「どいつもこいつも手間がかかるなコンチクショウ」

 

 子供はそういうもの。頭では分かっていても限度がある。一人ひとりに対しては許容できるものもあるが、積み重ねられれば崩壊していく。

 

「手間がかからないのも考えものだが……」

 

 高校生のときなんて変に悟って自分の可能性を潰すのが一番マズいんだ。ソースは俺。ロクな人間にならない。

 

「その中でもホシノはなぁ……」

 

 ありゃ、ダメだ。全容を知っているわけではないが、過去あったことが関係して諦めてるフシがある。あの手の人間は、優しすぎる。自分の手でなんとかしようとしてしまう。

 

「おじさんがどうかした?」

「は?」

 

 驚いて振り返ると、考えていた相手が居た。噂をすれば影が差す、なんて誰が言ったのか。

 

「先生も大人なんだねぇ~」

 

 俺が右手に持ったタバコを見ながら、面白いおもちゃを見つけたような笑顔を浮かべるホシノに冷や汗。

 

 いや、ホシノだからじゃない。生徒にオフの時の姿を見られるのがマズイのだ。客先で素を出すやつがどこに居るのか。咄嗟に普段の仮面を被り直す。

 

「……やぁ、ホシノ。俺だって大人だからね。ストレス発散手段の一つとして、タバコを使うことくらいあるよ」

「先生って普段()って話してた気がするけどな」

「あ~……っと」

 

 ちょっとミスったらしい。いや茶目っ気出してる場合じゃない。マジでマズい。

 

 ただ、ほぼバレている状況で誤魔化すのは難しい。

 

「ホシノ? 先生とちょっとお話しようか」

「うん、いいよ? よいしょっと」

 

 こちらが言うまでもなく、備え付けのソファに沈み込んで恍惚の表情を浮かべているホシノを先生としては怒るべきなんだろうが……あいにく、今先生業はお休みだ。

 

「やってられんな……」

「お邪魔だった?」

「邪魔だったわけではないよ。ただ、タイミングが悪かっただけで」

 

 それに限ってはこいつに非はないだろう。今度から鍵をかけるなり、別室を用意するなどすればいい。ホシノは人の秘密を話すタイプでもない。問題は、なにを要求されるか。

 

「……それで、なにをすれば黙っててくれるかな?」

「んー……おじさんとしては、休憩場所にさせてほしいかなって」

「シャーレを?」

「うん。今はアビドスも安心だからさ。やぁ、大人の力ってすごいんだねぇ」

「大人がすごいってわけでもないけどね」

 

 ホシノがいつか、大人を信じられなくなったように。大人は子供よりも残酷に裏切るものだ。それが裏切りだと、気付きもせずに。

 

「それだけ?」

 

 言ってはなんだがこっちが得られるメリットの方が大きい。それだけホシノが、このことをどうでもいいと思っているだけかもしれないが。

 

 まだ要求していいのか、と視線で問われたので構わない、と返すと悩ましげな声を少し出したあとに。

 

「その喋り方さ」

「うん」

「本来の先生じゃないでしょ」

 

 なんとなく、言いたいことが分かる。ようは本来の自分で居てくれということだろう。

 

「……つまり、本来の喋り方をしろと?」

「そういうこと〜」

 

 流石に生徒の前で……いや、シャーレでは中身を出さないようにしていたのだが。自己催眠は大人の嗜みだ。

 

「……二人のときなら」

 

 考えたあとの、妥協案。定着したイメージというのは厄介だ。そうであることを無意識下に期待されていて、それと違えば幻滅される。口調、仕草、その他諸々。

 

 ホシノが寛容なだけだ。

 

「うへへ、なんかトクベツなカンケーみたいだ」

「バカ言え。本来はこっちでした、なんてジョークかなにかだと思われるのがオチだ」

「……」

 

 呆気に取られたように口を開けるホシノに苦笑する。まぁ、こんなものだよなと。

 

「はぁ……中身出せって言ったのはタカナシだろうが」

「ちょっとびっくりしちゃって」

 

 ぱちくり、と何度かマバタキしたあとにニンマリと笑う。その表情には否定的なものは見えない。

 

「うん、そっちの()()()()の方がいいかも」

「……そりゃどうも」

 

 自分の口から溜息をひとつ。これはなんの溜息だろうか。最近は溜息を吐かないようにしていたからか、よく分からない。

 

 ただ、マイナスの感情でもないのだろうということだけはなんとなく分かった。

 

「じゃあ、これからよろしく〜」

「よろしくしたくねぇがな……」

 

 柔らかな笑顔が、どうにも居心地が悪く感じて、また新しくタバコを咥えた。

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