大空煌めく淡い羽根   作:鳥籠のカナリア

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こうかい

 8時過ぎの匂いが窓の外から流れてきてる。起きないとって、そう思うのに身体に力が入らない。

 

 あの日、シャーレで先生に拒絶されてからはずっと、ベットから起き上がる気力がなかった。

 

 しばらくしてから外が暗くなってるのに気が付いて、逃げるように家に帰ってきたときはすんなり動く足を恨んだ。先生を追いかけるときは全然動かなかったのに。

 

「うへぇ~、今日もダメかなぁ……」

 

 毎日行ってた対策委員会の部屋にも行ってないからみんなから心配のメッセージが来てるけど、いつも通りだよって家に来ないようにお願いしてる。

 

 ベットから身体を出して活動することが出来なくなった。

 

 水族館で先生に買ってもらった大きなぬいぐるみを抱きしめて涙がこぼれ落ちないように、必死にこらえる。先生に抱きしめられて眠った日からずっと、このぬいぐるみと一緒に寝てる。これを抱きしめてると、先生に抱きしめてるみたいですごく安心するから。

 

 でも、ぬいぐるみから伝わってくる水っぽさが、涙を押し留めきれていないことを嫌でも自覚させてくる。安心と不安と閉塞感で頭の中がごちゃ混ぜになって胃の中のものが出てきちゃいそう。

 

 あれから何日も経ってるのに、昨日のことみたいに思い出すのはなんでだろう。

 

「むぅ……」

 

 頭の上にまだ先生の手の感覚が残ってる。あの人は自分からスキンシップを取らない人だった。だから、あれがきっと最初で最後のスキンシップ。

 

 シャーレの先生としていっぱい触れてたはずなのに、ぎこちなく撫でられて髪がボサボサになってたのに帰ってから気付いた。

 

 なんで、嫌なことほど忘れられないのかな。あの日のことを全部なかったことにして、それならきっと、あの日を続きをやり直せるはずなのに。

 

「忘れられないのかなぁ……」

 

 これをずっと抱えて歩くのはきっと苦しい。それでも、大切な記憶なんだって置き忘れたまんまなんだろうって、思う。

 

 手のひらを重ねて、片腕がもし先生だったらって想像しちゃう。きっと、涙なんて吹っ飛んで、すぐに笑顔になれる。

 

 実際には私の手は先生に届かなかったのに。想像では自分にとって都合のいいことばっかり。

 

「笑っちゃうよね~……ほんとに」

 

 先生はずーーっと、「シャーレの先生としてじゃない自分のことをロクな人間じゃない」なんて言っててたよね。

 

 でも知ってる? 先生。

 

 私は、そんな先生の方が好きだったんだよ。シャーレの完璧で、心をひた隠しにしてる先生なんかより、ず~っと。

 

「なーんで、全部終わったあとで気がついちゃうかなぁ……」

 

 笑ってるはずなのに、声に力が入らない。次に先生に会うまでに上手く笑えるようにしておかなくちゃ。

 

 私がワガママを言って困らせたから、勝手なことをしたからきっと拒絶したんだ。あの顔は、無くしたんじゃなくて失望した顔だったんだ……。

 

「うぅ……」

 

 そこまで想像して、ダメだ。胸の奥がズキリと痛んで仕方ない。

 

 銃弾を受けても、こんなに痛くなかったはずなのに、どうしてこんなに痛いんだろう。

 

「あ、あはは……おじさん、こんなに弱かったかなぁ……」

 

 淡く揺れてるこの気持ちの名前はもう分かっていたのに。きっと、私に勇気がないから。ならきっと、この感情を抱くこと。それこそが間違いだったんだ。

 

 孤独が息をするたびに胸の奥に突き刺さるとしても、それが正しいと決めつけるように。あの日の光景と後悔を瞳の裏に焼き付けて言い聞かせる。

 

 でも……。

 

「一緒に色んなことを知っていける時間もあったのかもしれないなぁ」

 

 ねぇ、先生。私ね、やっと気付けたんだよ。先生と一緒に居るとね、アビドスのみんなと一緒に居るときとは違う、胸がぽかぽかあったかくなってやさしくなれるんだって。

 

 先生の傍に居ると、胸のあたりがぎゅ~っと苦しくなるけど、それが全然嫌なものじゃなかったんだって。

 

 この人の隣にならきっと、ずっと居ても嫌な気持ちにならないで。きっと、ずっと一緒に居たいって思うようになるんだろうなぁって。

 

 あの日の先に、なにがあったのか分からないけど。一緒に歩んでいける未来があったのかもしれないけど、一歩いっぽ、後ずさりして諦めるから。だから、だからさ……。

 

「捨てないでよぉ……先生……」

 

 捨てられる。その言葉を思い浮かべるだけで、身体が震えて抑えていた涙が栓を切ったように一気に流れ始める。せめて泣くなら、好きな人の胸の中で泣きたかった。

 

「ああ、そっか。好き、だったんだぁ……」

 

 先生、私ね。先生の匂い、すっごく好きだったんだ。タバコ臭くて、でもどこか安心させるあの匂いが。

 

 そりゃ、酷い大人だなぁ……とか。

 

 ああ、私が居ないとこの人ダメになっちゃいそうだなぁ……とか。

 

 思うところはいっぱいあったよ。

 

「それでも、先生の優しい顔が、大好きだったんだよ」

 

 なのにさ。そうやって、一方的に別れを告げて……そうやって、自分の心を黙らせるなんてズルいよ。私はこの気持ちに気付いたばっかりで、どうやって向き合ったらいいのかすら分かってないのに。

 

「もう……どうせ突き放すなら、惚れさせないでよぉ……」 

 

 でも、その好きな人は隣には居なくて。頑張って笑おうとしてもいつもの笑いが出てこない。

 

「私……先生を独り占め出来るあの時間が、大好きだったんだから……!」

 

 置いていかれるのはもう嫌だ。ずっとそれだけ願ってて、それが叶わないって心のどこかで諦めちゃってる。それでも行動だけはしてて、中途半端な結果だけが生まれてる。

 

 恨めたらきっと、楽になれる。でも、それをするのは忘れることより、もっとずっと難しいことだから出来ない。

 

 あの時間は、大切なものなんだから。

 

「ユメ先輩……私、どうしたらよかったのかな」

 

 もう居なくなった先輩ならもっと上手くやれたのかな。ずっと笑って楽しそうに語り掛けてきた先輩なら。このどうしようもないように思えるバッドエンドすら乗り越えて、ハッピーエンドに導いてくれたのかな。

 

 

 光の螺旋は遥か遠く、あの空のように遠いんだろうね。

 

 枕元にある手紙を見上げて、少しの間瞳を瞑る。起きた時にはなにもかも元通りになってたらいいのにって、心から願いながら。

 

 

 

 夜になったとき、私は居ても立ってもいられず、外に出た。ふらふらとした足取りで、どこに行くのか、どこに行きたいのか……分からないまま。

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