大空煌めく淡い羽根   作:鳥籠のカナリア

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えがおのうら

 夜の満点に煌めく星々が驚くほど綺麗で、あの星たちは自分とは違うんだなって思って笑ってしまう。あの子たちは笑ってるのかな。

 

 私は、今笑えないのにさ。

 

 ぼんやりとした頭で辿り着いたのはアビドスの屋上。砂漠化の影響でざらざらとしていて、他の学校なら頑張って掃除しているものはなにもない。

 

 転落防止柵すらも取れてしまった端の部分を椅子にするようにして座り込んで足元を見ると、思ったよりも高くなくて笑っちゃった。痛い思いくらいなら、出来るかなぁ。

 

「よいしょっと」

 

 アビドスはこのまま消えていっちゃうんじゃないかなって、何度も思った。諦めそうになる自分をそれでもと言い聞かせるように自分の出来る限り、先輩の守ってきたものを守ろうとしてきた。

 

 いつの間にか後輩たちも増えて、でも私にとってあの子たちは一緒に背負ってくれる人じゃなかった。だって、私は()()だから。ユメ先輩がそうしたように、辛いこと、苦しいこと……その全部を笑顔の裏に全てを封じ込めるようにして、一人で背負わなくちゃいけないんだ。

 

 でも、先輩がそうだったように……ううん。先輩の真似事をしてる私の方がずっと酷い結末だった。みんなに迷惑をかけたくなくて全部背負い込んだ結果、大人に騙された。

 

「あの時は……」

 

 そう、騙されたことの怒り、みんなに対する申し訳なさ。そして……私の終わりはここなんだっていう諦めばっかり閉じた瞼に焼き付いてた。

 

 でも、そうはならなくて。シャーレの先生に助けてもらった。なにを考えてるか分からなくて、底抜けに優しかったからこそ、信じられなかった人に。

 

 信じなかった私に、あの人は優しい笑顔のままこう言った。

 

『子供は大人を疑うのが仕事で、君ら子供を信じるのが私たち大人の仕事だからね。ただ、あの子たちを悲しませるのは感心しないよ』

 

 ああ、なにそれ。信じるのが仕事だなんて、本気で言ってるの? 

 

 出そうになった言葉は引っ込んで、代わりに出てきそうになる嗚咽を必死に抑え込んだ。そうやって、私にとっても頼れる大人って認識に変わったんだ。

 

 でも、その時は身近な大人ってだけで好きな人なんかじゃなかった。ほんとだよ? 

 

「好きになっちゃったのって、いつだったかなぁ」

 

 空に浮かぶ星たちに聞いてもなにも応えてくれないのなんて分かってるけど、それでも聞いてみる。

 

 私にとって、初めてこの人も人間なんだって思えたのは、先生を驚かせようとシャーレに行ったとき。心底リラックスしてたはずの表情を残しながらも、口だけで驚いている先生に笑わないようにするのが大変だったなぁ~。

 

 シャーレの先生は絶対に浮かべないあの表情と、普段は全くしないタバコのニオイはあの人はみんなが思ってるような特別な人なんかじゃないって分からせるには十分だった。

 

 完璧な先生になんて、興味ないんだもん。

 

 だから、きっかけはきっとその時。でも、落ちてしまったのは……布団を買ってくれるって言ったとき。

 

「私は、冗談のつもりだったんだけどな~」

 

 あの時の先生の顔は今でもちゃんと思い出せる。真面目な顔して考えて、疲れたように溜息を吐いて……最後に優しい笑顔を見せられた。たったそれだけのはずなのに、私はちゃんとここに居ていいんだって言われたみたいに思えて、胸の奥が温かくなった。

 

 それからずっと、執務室に居座ってもなにも言われなかった。それが、なによりも嬉しかった。

 

「だからこそ、だよね」

 

 ……うん、最後に先生に会って、忘れるってちゃんと伝えよう。元通りの関係に戻るって、言いたくないけど、言おう。それがきっと、一番幸せだって、家を出る前に決めたんだから。

 

 でも、あの毛布だけは欲しいな。あの毛布さえあれば、先生が隣に居ない寒さにも耐えられる気がするから。

 

 そうだよ。アビドスに来たのは、覚悟を決めるため。絶対に、寂しさを誤魔化すためなんかじゃないんだから。

 

 どんな結末になっても、後悔だけはしないようにしよう。これまで通りの関係じゃなくなってもお互いに、生きてるんだから。

 

 

 

 

 

 ぼんやりとした頭で辿り着いたのはシャーレのエントランス。ここで、なにかが終わるはず。

 

 電気すら付いてないのを見る限り、先生は今仕事中かな。すごいなぁ、私はずっと止まってたのに、あの人は動き続けてる。

 

「あ……プライベートモード……」

 

 通行用の端末が真っ赤になってるのを見て、前に教えてもらったことを思い出す。仕事で忙しかったり外出している時は誰も入れないようにしてるって。なら、入れないかなぁ……。

 

 諦めようとする足取りを一縷の望みをかけて端末にカードをタッチしてみると、さっきまで真っ赤だった端末が青に変わって、同時に明るくなる。

 

「あ、空いちゃった……」

 

 これ、入っていい……ってことかな。まだ、先生に会えるってことなのかなぁ。

 

 先生は、プライベートモード中に入れる人は数人だけだって言ってた。その数人のうちに、私は入れていたんだって思うと泣きそうになる。

 

「これじゃ、いけない……よね……」

 

 零れ落ちそうになる涙を袖でそっと拭いて、エントランスから執務室に歩き出す。ここから執務室まで、この短期間で何度も歩いたから目を閉じていても辿り付けるんじゃないか、ってくらい道は覚えてる。

 

 この通路を通り抜けて執務室に行くと、「また来たのか」って呆れた顔を浮かべてたけど。そのあとに必ず、「いらっしゃい」って優しい顔になるのはきっと私の特権だった。

 

 コツ、コツ。廊下を鳴らす靴の音がどうしようもなく寂しいものに思えるけど、気にしないようにして歩く。

 

「あれ、シャーレの廊下ってこんなに長かったっけ……?」

 

 こうして歩いてみると、普段は気が付かない色んなことに気が付く。先生一人ではとても掃除しきれないはずなのに、妙に綺麗だから他の人が来てやってるかもしれないとか、掲示板には先生以外の筆跡があったりとか。

 

「先生にとって私って、数いる生徒のうちの一人でしかないんだ」

 

 それは、そうだよね。

 

 あの人はみんなから好かれてて、たとえ他の子たちが知らない一面を知ってるからってあの人からも特別な信頼をもらえるわけじゃないもん。そんなこと、分かってる。

 

 分かってる、つもりだったんだ。

 

「私にとって、先生は特別だったけど……」

 

 あの人にとって私は、手放しても気にしない子だったのかもしれない。想像だけでも泣きそうになるけど、泣くわけにはいかない。笑ってお別れするって決めたんだから。

 

 出来るだけ無感情に徹して、執務室の前に辿り着いた。

 

「せ……先生? 入るよ~……?」

 

 出来るだけいつも通りだとアピールしながら執務室に入る。これで目を合わせても流した涙を悟られないようにするために。

 

 ああ、でも。ダメだなぁ……。

 

「いない……」

 

 急に足腰に力が入らなくなった。どれだけ力を入れようとしても、立ち上がるどころか動くことも出来ない。

 

 扉が閉じて、今の心みたいに真っ黒な光景が目の前に広がってる。月明かりはここまで届かないで、私の居ないところばかり照らしてる。

 

 この部屋にあの人が居ないって分かっちゃったら、立ってることすら出来ないんだもん。ずっと我慢してた涙だって、もう抑えるなんて出来ないよ。

 

「せんせぇ……」

 

 この部屋には、たくさんの想い出があるもん。それをなかったことにするなんて、したくない……。

 

「うぁっ……」

 

 これが、失恋ってやつなのかなぁ……。だとしたら、みんなこんな思いしてるの? 

 

 こんなに苦しくて、消えてしまいたくなるような思いをしてるんだとしたら、みんなすごいよ。おじさんには、耐えられそうにないからさ。

 

「あっ……」

 

 不意に上半身すらも力が入らなくなって床に倒れそうになって、受け身を取ろうとする。でも、その衝撃はいつまでも来なくて。

 

「……?」

 

 不思議に思って目を開くと、目の前に居る人に驚く。

 

「な……なんで……?」

「あー……探したぞ」

 

 バツが悪そうに表情を歪めた先生が居た。いつもなら整ってるはずの髪はボサボサ、走ってたのか上気した顔色はどこか色っぽい……。

 

 抱き着きたくなるのを堪えながら、なんでここに居るんだろうってずっと考え続けた。

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