リンちゃんと別れてからキヴォトス中を探し回った。アビドスの面々に聞いてもホシノの居場所は分からず、見つけるのに時間がかかってしまった。
鏡を見ていないからハッキリしないが、今の姿は見るに堪えないだろう。ずっと走り回っていたから髪のセットは崩れているだろうが、そんなことを気にしてられない。
「……落ち着いたか?」
「うん……」
長い期間会っていないわけじゃないはずだが、少し憔悴しているホシノを見て申し訳なさとふらふらして危ないだろうという心配がないまぜになりつつも、俺に言う資格はないと口を閉じる。
それでも口にしないと伝わらない。でもなにを伝えたらいいのか、俺がタカナシになにを伝えたいのか分からない。
「無事でよかった、本当に……」
「……」
丈夫なキヴォトスの人間に言うには違和感はあるが、それでも無事でよかった。元々、目を瞑れば次の瞬間には消えているような幼い精神性の持ち主だ。ツギハギだらけの心はもう既に限界で、その上で自分の手の中に残ったものだけでも守り通そうとするのは、齢20に満たない身には酷なものがある。
いつもはほんわかとした笑顔を浮かべている彼女は、今回ばかりは伏し目がちで視線を合わせてくれない。仕方ないとは分かりつつも、胸が締め付けられるような感覚がある。壊してしまったのは自分なのだと、言い聞かせてから渇いた口を開こうとしてから彼女が口を開いたのを見て耳を傾ける。
「先生……そのごめんなさい」
「……なにが?」
不思議になって首を傾げる。俺が謝るのならともかく、ホシノが謝ることなんて、ないはずなんだ。瞳を覗き見ると、泣いていたことを加味しても虚ろで、景色を反射しているだけのように思える。これは……。
「先生がなんで私を遠ざけたのか分からないけど、秘密だって守るし、前みたいに戻るから。あの、シャーレの先生って思えた頃に頑張って戻るから。好きだって気持ちも、見ないフリするから……」
「お前……」
「……でも、毛布だけは欲しいかなぁ~。おじさんちょっと気に入っちゃって……」
ああ……。ホシノの表情を見れば、思っていたよりもずっとギリギリだったことが分かる。どうしようもなく自分が情けなくなって、涙を流すより前に、無理やり起こして横に担ぐ。いわゆる、お姫様だっこというやつで。
「……せんせ?」
驚いたのと同時に、少しだけ瞳に色を戻すホシノを横目で見る。
知り合いの女性の中でも特に軽いだろうホシノだが、両腕が悲鳴をあげているのが分かる。自分の非力さに心の中で舌打ちをして、いつも座っているソファにこちらにもたれかからせるように座らせる。
「……ゃ」
いやいや、と首だけで拒否しているが、肝心の身体が動いていない。きっと、心が凍って動かなくなってしまったのだろう。
何事にも別れはある。だが、俺は相手の気持ちを無視して自分の都合のいいように
俺は、優しい物語が好きだ。
あの日の確信から得たものを、この子に伝えなくては。決意こそしていたが、もう少しロマンチックな方が良かったのだろうと思ってしまう。
記憶の欠け落ちている部分では、もしかしたら似たようなこともあったかもしれない。ただ、今の自分には関係がない。
正真正銘、小鳥遊ホシノという女の子を個人として認識してしまった。
いや、しかし……と解の出ない答えを求め、堂々巡りする思考を黙らせる。
それよりも先に、しなければならないことがあるはずだ。
能天気な頭から、大人の頭に切り替える。
「ホシノ、なにも言わずに。そのまま、聞いてほしい」
「……っ」
ビクリ、と震えるホシノは、闇夜に一人取り残された幼子のように見える。普段の頼りになる先輩は鳴りを潜め、目の前に居るのは歳相応の女の子だ。
そんな彼女を見て、手を握って安心させたくなる。今から言うのは、お前が今想像しているような悲しい結末なんかじゃないんだってことを。
「あの時、お前を否定してしまったことを謝る。ごめんな」
当時のことを脳裏で思い出す。あの時は自分の気付きにばかり目が行っていたが、あの会話なら本人が嫌がっているなら来なければいい、と言っていたような気がする。
そのことにショックを受けていたわけではないのだ。
「
平等で、生徒のために文字通り一生懸命で……絵本の中から出てきたような、そんな偶像だ。
「だが、あの時俺は、自分の中の先生としての虚像が崩れてしまった感覚があった」
人に平等を求めるのは酷だ。なにせ、人によって話し方を変えるというコミュニケーションにありがちなものすら出来なくなるから。
人を捨てる覚悟をしているようなものだ。
あの時の俺はこう思っていた。シャーレの先生とは、誰もが望んだ虚像でなくてはならなかったのだと。
「なんで……だって、私が嫌なこと言ったから……」
「いつもの冗談だって、分かってたよ」
いつも通りは重いものだ。毎日を迎えられていることが奇跡だ……なんて昔の人は言ったそうだが、俺が言いたいのは。
「駄弁って、面倒な絡み方をして。そんな静かな時間の延長線上にあったことは」
それが日常になっていたことを、あの時になるまで気が付かなかったんだ。
「……誰が一番気に入っているか、ってことをあの時話していたよな」
もう既に決まっているその答えは、言い出すのには気恥ずかしく。おおよそ、先生として平等に接していないことの証明でもあった。
「だから、今。あの時の答えを返そう」
二人の距離は拳一つないほど近い距離。たった一つの秘密から、繋がってしまった想いと心。
そろそろ思っていた内容でないことに察しがついてきたのだろう。姿勢を正そうとして、結局こちらにもたれかかったままの彼女は、よく眠れていなかったのか目の下に隈があった。
そんな彼女に出来る限り優しく微笑みかけて、深呼吸を一つ。誰かに背中を押されなければ繋げなかった想いを、手を伸ばす覚悟を示す言葉を紡ぐ。
「俺が一番気に入っている相手は──お前なんだよ、小鳥遊ホシノ」
反応が気になってホシノの瞳を覗くと、いつもの細められた目とも、先ほどの光を無くしたものとも違うその表情は、涙で潤んでいた。
訳の分からない好意というのは恐ろしいものだと、知っている。それでも、今度は逃げないために目を逸らすことなく見つめる。
「なんで、よりにもよって私なの……? もっと、良い子たちは居るじゃん……」
「そうかもな」
「私、面倒な子だし……」
「一回逃げてるんだから俺の方が面倒だろうよ」
左右で色の違う瞳は潤んで、彼女が女の子ではなく、女性としてその一歩を目の前で踏み出している。
躊躇いがちに
だが、これでいい。どうせ器用になんて、お互いに出来ないんだから。
「俺は、シャーレの先生として振舞っている限り、一個人に特別な感情を抱いてはいけないと思ってた」
「それが、あの時の……?」
「ああ、情けねぇよなぁ」
苦笑しながら頷く。勝手な話だ。ズルい話だ。
「だがまぁ……誤魔化すのも無理だからな。こういうの、男からって相場は決まってるだろ?」
視界に捉えるだけで、胸が温かくなるこの気持ちを、知らないフリは出来ない。面映ゆく、どうにも肩が凝るこの感情の名前を俺は知っているのだから。
「正直さ、最初に
「それは、他の子の方がよかったってこと?」
「まさか。今はよかったと思ってるよ」
小鳥遊ホシノという女の子は、秘密を守ることに際してある種誰よりも信頼が出来る。なぜなら、もう既に様々なものを背負っているから。余分なものを背負わせるのは、先生として許容できなかった。
なによりも、個人的に彼女のことは苦手だった。考えていることが分かるが故に。
今や関係性が変わり、また別の一歩を踏み出そうとしている。おそらく、先生としては許されることではないのだろう。
だから、これから先は俺のワガママ。
「それまではさ、お前のことが苦手だった。子供が背伸びしていることほど見ていて辛いものはねぇし……俺が、通って来た道だから」
シャーレの先生としての立場がなければ、関わるの自体を避けていた。
変わってしまったのは、なにがきっかけだったのだろうか。
「でも、いつの間にか。お前との時間がなによりも心安らぐ時間になってた。もっと一緒に居られたら……って。そう、思うようになってた」
「……うん」
「あの時気付いて、逃げちまったけど……今度は、逃げないし逃がさない」
ちゃんと手を繋いでいれば、引き離されるようなことがあっても、お互いに引っ張りあえるはずだから。
「タカナシ。俺と、一緒に居てくれるか」
「うん……うんっ……!」
熱に浮かされたように懸命に背中に手を回す彼女を抱き留める。
「私、不安だったんだよ? 急に拒絶されて。もう会っちゃいけないんだって思ったんだから……!」
「……悪い」
詰られて当然だ。なにをしたら、許してくれるのだろう。
「許してほしかったらさ。……分かる、でしょ?」
媚びるような声色で誘ってくる。化粧なんてしていないはずなのに妙に色っぽく見える唇に引き寄せられるまま……。熱を伝え合った。
まぁ、なんだ。幸せにしたいな、なんて。月並みな誓いを心の中で想いながら。
きっと今の俺が、どんな俺よりも、幸せなのだから。
第一章終わったのでホシノは
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いじめるもの
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かわいいかわいいするもの