大空煌めく淡い羽根   作:鳥籠のカナリア

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第二章:「未定の旅路」
おつきあい


 タカナシと、生徒と。付き合うことになった。

 

 ひとことで言ってしまえばそんなものだが、何日か経った今でも現実味がなく、そのことを考えるだけで浮足立つような感覚になる。女性に慣れていないわけではないが、生徒と付き合っているというのはどこか背徳的で、後ろ指刺されないか冷や汗をかくのは悪いことじゃないはず。

 

 まぁ、それが相手と距離を取る理由ではないわけで。出来る限りお互いを尊重している。

 

「センセー、ちょっと隣に来て?」

「ああ、どうした?」

 

 ソファに座っていたタカナシが隣をとんとん、と叩きながら手招きするのに誘われて、溜息を吐きつつ端末を持って席を立つ。

 

 付き合う前は出来る限り距離を置いていた。精神的にも、物理的にも。時間を共にしていたとしても、最低限のラインだけは守ってきた。告白したあの日から曖昧になってはいるが。

 

 現に、そっと隣に座るとこちらに身体を預けてくる。

 

「んー、極楽だねぇ~」

「仕事してる人間の肩なんて安定感なくて休めないだろうに」

「いやいや。心がだよ~」

「まぁ、否定はしないけどな」

 

 人と触れ合うというのは、どこか心に安らぎをくれる。スキンシップが特に好き合っている同士で重視されるのも分かる。そういう理屈を抜きにしても、自然とくっついているのが恋人同士なのだが。

 

 心の仮面を上手いこと利用して自分を騙していた俺が言うのもなんだが、理屈だけでは恋人ではいられない。いや、もっと言えば。それだけではそもそも人とは関われない。恋愛や人間関係に公式なんて存在しないんだから。

 

 そもそも、中身が露呈してから3か月も経っていないのに付き合っている時点で公式があったとしても外れていると言わざるを得ない。

 

「……お前どこか行きたいとか、ないのか?」

「えー? んー……」

 

 かわいらしく目を瞑って考える彼女を横目に、なにを要求されてもいいように仕事を進めていく。仕事があるから、で断ることほどお互いにとってどうしようもないことはない。

 

 世間に相手が苦手だからで吐かれるウソがある以上、もし仕事があっても無理をしない範囲で手短に済むようにしておいた方がいい。

 

 背伸びしたところでいいことはないからこそ、時間を確保出来るようにちょっとだけ頑張るのは大切なんだから。

 

「んー、特にないかな」

「……本当に?」

「うん。誰かさんが逃げないようにするだけで幸せだから」

「そうかい」

 

 バツが悪くなって口をへの字にしてから仕事に戻る。実際、こちらが一度あの関係を解消しようとしたのが彼女を悲しませてしまった原因だ。外から見たら思春期と笑えるかもしれないが、こちとら成人しているのだから呆れられて終わり。

 

 そうやって言い訳の出来ないように逃げ道を封じた上で隣に居るのだから、ふんわりほわほわと笑顔を浮かべている普段からは想像できないくらい、意外に強かなことに笑ってしまう。

 

「じーっ……」

「……なんだよ」

「ううん、目の前にか……かのじょ、が居るのに。ずーーーっと仕事してるぼくねんじんさんのこと、見てるだけだよ~?」

「いや、お前が居る時間に仕事禁止されたらシャーレ止まるっての」

 

 恋人になってから少しの期間は距離感が掴めずにしどろもどろになってしまうカップルが多いのだが、俺たちの間ではそういった空気になることもない。むしろシャーレに寝泊まりしている。最低限、学校には行って後輩たちと一緒に居るようだが、それ以外の時間はずっとシャーレに居る。

 

 時折浮かべる気恥ずかしさからくるだろう呆けた顔でそういった経験が皆無なのは分かるが、背伸びして頑張っているようで微笑ましくもあり、疲れたりしないかと心配にもなる。

 

「だとしてもさ」

「夜の時間は大切にしてるだろうが」

「よ……夜の時間……」

「おい待てなんでそこで赤くなる」

 

 頬を赤らめて幸せそうに微笑むタカナシに思わず手を止める。まるで大人の時間を夜に過ごしているような空気だが、断じて手は出していない。

 

 酒とタバコと女は大人の世界の常識ではあるが、こちらの世界に無理して付き合わせることはないと感じてただ話をするだけに留めている。

 

「んー、なんだろうね。照れちゃった」

「お前、人の前でそんな反応するなよ……」

 

 それでも幸せそうにするのだから、こちらとしては少ない時間で頑張って仕事を処理している甲斐はあるのだが……本来の()()()()、という言葉はおろか、恋人のABCを知っているかどうかすら怪しい。

 

 今度性教育をするべきだろうかと思いつつ、成人男性が未成年のそれも女の子に性教育をするという絵面が首輪通り越してマズい飯を食わされることになりそうでお手上げ状態。

 

 女性の恋愛トークは男性のソレとは違って具体性があるものだから、そのうち誰かが教えてくれるのを祈っているのだが、生徒たちは過激かむっつりか、それこそ知らないかの三極化して混迷を極めているせいで、どう転んでも面倒しかないことに溜息が出る。

 

 せめてマシな相手に教えてもらってくれ、と密かに祈ってタカナシを観察する。

 

「……お前、現状で満足なのか?」

「んー、センセの時間もらってるだけで、十分だからさ」

 

 必死に悟らせないように努めて幸せそうに表情を和らげてこそいるが、そこにある寂しさだとか構ってほしいといった気持ちだけは隠せないのが長い間生徒を見ていた観察眼で分かる。

 

 仮に観察眼じゃなくても、ある程度までならタカナシのことが分かったりもするが、分かったつもりと阿吽の呼吸は似て非なるものだから、それは気を付けなければならない。

 

「じゃ、こうしてやろう」

 

 抱き上げて、膝の上に乗せてやると慌てたように身体を揺らす。嫌ではないのか、

 

「ちょ、センセ……仕事してたんじゃないの?」

「休憩。あとお前が寂しそうだった」

「うーん、先生には分かっちゃうか~……」

「お前のことはちゃんと見ているからな」

 

 生徒に対して目をかけるのは当然。ならば自分の大切に思える人間には不満や不安を積もらせないためにより一層見てやるべきだろう。

 

「へー……ふーん……そ、そっかぁ~……」

 

 優しい顔に隠れているが、僅かに口元が緩ませてあどけない笑みを浮かべているのが背中越しになんとか見える。声色だって分かりやすいくらい弾んでいて、そんな反応を見れば正解だったんだろうことが分かる。

 

 仕事時の背筋を伸ばした状態から、ソファに身体を預けると、タカナシも身体をずらして落ち着く姿勢を何度か試してリラックスしたように背を身体を預けてくる。

 

「うへ……。これが幸せ、ってやつなのかな」

「……そーだな」

 

 素直に肯定するのが気恥ずかしく感じて適当な返しをしたのに、振り返って満面の笑みを浮かべられると自分の捻くれた性格に呆れて肩をすくめる。

 

「恋人、って。どんなことやるんだろ」

「んー。そーだな……」

 

 手を繋ぎ、デートして。同じ時間を過ごしてお互いを知ってから、良い雰囲気になったのなら身体を重ねて熱を確かめ合う。現実では必ずこの通りに行くものではないが、だいたいはそんなもの。ただ、最後を安易にするわけにはいかない、とも思っている。大人としてはもちろん、俺個人の考えとして。

 

 古臭い、それこそカビのようなニオイすらする価値観だが、好きだからはい身体を重ねましょう……なんていうのは無責任なのではないかと思う。現実で未成年に手を出してはいけないとされているのは、そのあたりが自己責任に出来るからだ。

 

 未成年だから手を出さないのか、と言われれば違う。

 

 これは俺のエゴだが、手を出すならそいつの人生に対する責任くらいは持たないといけないと考えてる。カス人間だからこそ、そこは譲れない。

 

 責任や覚悟はそんな簡単に背負えるほど軽いものじゃない。長い時間をかけて、少なくともそう思えるまでは手を出すつもりはたとえ成人していてもありえない。

 

「まぁ、色々だろ。色々。俺たちなりにやってけばいいさ」

「でも……」

「それに、こうなる前から。恋人っぽいことは大方やってるさ」

 

 最後の一線を除いて。デートはして、お互いの時間を共有している。前に進もうがなにをしようが、冷静になって考えてみるとある程度はやっていたわけだ。

 

 だが、一個だけ。やっていなかったことがある。

 

「ちょっと手出せ」

「はい。どしたのせん……せ……?」

 

 差し出された手を握って、それぞれの指の間に自分の指を差し込んで握りこむ。いわゆる、恋人つなぎというやつだが、そういえばしたことがなかったかもしれない。

 

「あ……え……?」

「な、俺たちなりでいいだろ?」

 

 悪戯が成功した子供のような表情で煽っても、ぼんやりとした表情でこちらを見るだけで反応すらまともに返せていないことに苦笑する。

 

 こりゃ、俺の価値観以前にしばらくは無理だろうな。

第一章終わったのでホシノは

  • いじめるもの
  • かわいいかわいいするもの

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