ほぼフルタイムで入り浸っているタカナシのせいで実感は薄いが、シャーレには多くの生徒たちが出入りする。行政では解決してくれないものを解決する便利屋のような側面を持つから実のところ、シャーレの外に居ることの方が多い。
まぁ、端的に言ってしまえば女の子と接する機会が多いわけで。グループと一緒に居ることはもちろん、狭い部屋に二人っきり、ということも少なくない。
恋人が居てこんなことをやっているなんて……と後ろ指を指されそうなものだが、シャーレの先生としての振る舞いをやめてしまえば少なからず変化があったことを周囲に悟られ、この立場を追われる原因になるかもしれない。道を選択したからといって、元々の道を完全に捨てることもないと思って仮面を被り続けている。
もちろん、誰にも打ち明けられない以前とは負荷は全く違う。以前は光のない暗闇を歩いているようなものだった。本当に、感謝してもしきれない。
「先生。最近付き合いが悪い気がする」
「え……なにその女子高生特有の同調圧力みたいなの……」
アビドス高等学校。砂漠に沈みかけている学園で、既に本校舎は砂に呑まれ、生徒数も5名と他の学園と比べなくてもほとんど廃校のようなもの。連邦生徒会での発言がほぼ皆無なため、シャーレの先生としての権限を使っても出来ることはほとんどない、そんなところ。
権限ではなにも出来ないからといって、その身で出来ることがないわけではないから定期的に訪問して調子を確認している、アビドスはそんな場所の一つで、今日はちょうどその日だった。
「シロコ、ちなみにどうしてそう思ったの?」
目の前に居る人間──砂狼シロコの外見を眺める。空色の瞳はよく見れば瞳孔の色が違うオッドアイ、人形と見違えるほど端正な顔立ちを支える灰色のミディアムヘアはボリュームがあり、毎朝早くに起きてしっかりセットしているのだろうことが想像出来る。男性と女性はセットする時間がだいぶ違う。
それを毎朝整えるのは相当な努力だろう。
この世界の子たちはしっかりと見ればしっかりと整えるための努力をしていることが多く、化粧品の話題で盛り上がることも少なくない。
その中でもおすすめされる確率が高いのは香水。何度かおすすめされたものを試したが、以前まで使っていたものが一番で戻してしまう。それを見て残念がる生徒が相当数居るのはどういうわけなのだろう。こういうのは深く考えると負けなので思考停止しておくことにしている。
「ん、だって最近、ここに居ることあんまりない」
「……そうだったかなぁ。自覚ないんだけど」
以前と特に変わりないはずだ。対策委員会の顧問として精神的にも時間的にもこの子たちとしっかり向き合っているはず。そうだというのに、彼女がそう感じたのはどうしてだろう。
砂狼シロコという人物は、表面だけ見れば発想や行動がぶっ飛んだトンチキ女で、真のアウトローなんて一部生徒から言われたりしている。それは一部事実で、一部間違いだ。
彼女は手段を多く持たないだけ。子供なだけなのだ。普段言っているトンチキも、現実的なプランを背景に提案してくることから、根幹はしっかりしているも言える。だから、正面から向き合って言語化してやればおおよそしっかりしたものが出てくる……と、思いたい。そうだといいな。
「それに、先輩だってあんまり居ないし」
「先輩?」
「ん、ホシノ先輩。最近アビドスにあんまり居ないって、みんな心配してる」
「あー……」
あまり気にしてこなかったが、タカナシの居場所は本来ここだ。今でこそすっかりシャーレで昼寝するくらいに入り浸っているが、彼女はアビドス対策委員会の長、つまりはリーダーだ。対策委員会の頭で、欠ければみんなが散り散りになってしまう。
そんな未来を確信させるほどには大切な人間。それなのにタカナシはここに居らず、シャーレに居続けている。後輩に寂しい思いをさせてまで、やらせておいていいのだろうか。
「本人は、なにも言ってないの?」
「ん……、ホシノ先輩、自分がどこに居るかとかあんまり言ってくれない」
「あー、まぁ、そうだねぇ……」
彼女はしっかり者のように思えて、勝手にふらふらどこかに消える風の前の塵のような存在。彼女がふらりと消える様子に、何度困らせられたか分かったものではない。
俺も人のことは言えないが、彼女の方こそ、ちゃんと捕まえておかないと消えてしまいそうだと常々感じている。
だが、現状を対策委員会の子たちに寂しい思いをさせてまで維持していいものかと問われれば少し悩む。
天秤にかけることが出来ている事実に驚きを隠せない。以前の自分であれば、是非もなく生徒のためになることを選んでいた。その結果がタカナシを泣かせ、自分自身すら傷つけたあの過ちなのだから、もう二度と繰り返してはいけない。
「心当たり、ない?」
「えーっと……」
真っすぐな目を向けられて、思わず逸らす。視線というのは口ほどにものを言う、とはよく言ったもので、後ろめたいことがあれば意識していても相手の目を見ることが出来なくなる。
そこで、以前タカナシから俺の匂いがするとシロコが言っていたらしいことを思い出して苦い顔をする。下手なことが言えない。
「聞けないなら、こうする」
そう言って腕に組みついて胸に抱き寄せられる。なんだか柔らかい感覚があるような気がするが意図的に無視して引き抜こうとして……いや無理だわこれ力強っ!?
「あのー、シロコさん。出来れば離していただけるとですね、非常に嬉しいのですがね……」
「大人の男の人はこういうの好きって聞いたんだけど」
「ノーコメント」
実際のところは悪い気はしないが、それとこれとは話が別。相手が居るのなら出来るだけ相手を悲しませないようにしたい。
それはそれとして、分かった上で聞かれている場合はどうしたものか。誰か助け舟を……と考えていると、部屋の扉が開いて見慣れた淡い髪の色が見える。
「やぁ、た……ホシノ」
「あっ、先生~。……シロコちゃんも居たんだね」
あっぶね。普通にタカナシって言いそうになった。
少しだけ不服そうな色を滲ませていた気がするが、すぐに切り替えて柔らかいいつもの笑みが見える。あまりにも一瞬過ぎて見間違いかとも思うが、そうではないのだろう。
この状況になにも思わない方が達観しすぎているから、恋愛面では普通の女の子なんだなと安心するのだが、不満を貯めさせてしまうことに変わりない。
さっさと振り解きたいのだが……シロコの膂力に勝てない。
「ん、先生に問い詰めてた」
「そっか~、先生悪いことでもしたの?」
「私が悪い前提なのが納得いかないんだけれど……」
悪かろうが悪くなかろうがお前が悪いと言わんばかりに胡乱な目をするタカナシに降参するように空いている片手を挙げる。
その手に自分の手を伸ばしながら精一杯背伸びしているタカナシに首を傾げる。お前はいったいなにをしてるんだ……とりあえず視線の高さまで下げてみる。すると、手を合わせてにへら笑いかけてくる。
それがどうにも可愛らしく見えて、静かに微笑む。きっと、先生としてのものとは違う笑顔を向けているのだろう。
「……っ」
伏せながらもちらちらと様子をうかがう彼女の姿を見ると、可愛らしくて抱きしめたくなる衝動に駆られるが、シロコが目の前に居ることを思い出してすんでのところで止まる。
宙に浮いたままの腕に不満そうな顔をして、そっぽを向かれる。
「ん、先生のとこに居たんだね。ホシノ先輩」
納得したように頷くシロコは俺のところに来ていたのだと思い至ったらしく、感情の読めない瞳を向けてくる。ちょっと分かりやすすぎただろうか。これではいつまで隠しておけるのか怪しい。
「えっと~……なんの話?」
「ホシノがあんまりここに居ないって話」
「えっと、そ、そうだったかも~……?」
「自覚ないの?」
「誰かのせいで時間が早く過ぎるからさ~?」
「えぇ……?」
いつもと同じような優しい笑顔でも、ほんの少しだけ向けられる色が違うのに気が付く。
俺のせいなのか、それ。体感時間ってのはそんな簡単に……。
いや。俺もタカナシと一緒に居る時間は楽しいし、自然と過ぎていく。そのせいで、仕事に支障が出て遅刻しかけたことも少なくない。そこまで気が付いてしまうと面映ゆい気持ちになって、軽く咳払いをする。
「私のところに来るのはいいけど、心配してくれる後輩も居るんだから、居場所くらいはちゃんと教えてあげようね」
「おじさんは先生の方がよっぽど心配なんだけどな~?」
「私の方こそ、ホシノのことが心配だよ」
俺と一緒に居て、本来の居場所が失われるようなことがあれば。それはきっと許されないことだ。俺のような人間よりもっと、良い人間はたくさん居る。それでも俺がいいと言ってくれていると分かってはいるが、たった一度の青春を犠牲にしてまで一緒に居るのは正しいか、と言われれば疑問が残る。
当人がよければいいが、こればかりはこれから気を付けてやるべきことかもしれない。
「ん、よかった……」
そんなことを思いながら、結局シロコがなぜ安心したような優しい表情をしていたのかだけは分からなかった。
第一章終わったのでホシノは
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いじめるもの
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かわいいかわいいするもの