「おいタカナシ……いい加減俺の部屋から出ないか?」
シャーレの執務も一区切り付いて戻ろうとした昼下がり、人の部屋を平然と占領している彼女様に呆れを隠すこともなく注意する。
わざわざ仕事がひと段落するであろう時間に学校をサボってまで来ているのに呆れたらいいのか、そうまでして俺との時間を大切にしてくれていることに嬉しさを覚えたらいいのか分からなくなる。
「えー、だって。先生って放っておいたらどこかに消えちゃいそうだし。ならずーーっと見てたら安心だと思うんだ~」
「消えそうなのはお前だよ。次勝手に消えたら引きずり戻して手くらいは出るぞ」
人のベットの上を占領して、そんなことを言ってくるタカナシは普段はふんわりさせている髪を少し潰しながら毛布を被っている。
何度したか分からない問答をしているのは、スタンスを確認するため。お互いが束縛しておけば、勝手なことをしていても繋ぎ止めていられると、彼女は信じているのだろう。その証拠に、この話をするときは僅かに瞳を潤ませ、恨めしそうに睨んでくる。
敵に向けるような憎しみの籠ったものではなく、まるで子が親に甘えるような。親しい人に手を伸ばすような視線に心の中でなにかが動きそうになるのを感じながらも、努めて平静を装う。
「なんだったか、共依存とか言ったんだっけなこれ」
タバコの火付けながら横目でタカナシを眺める。秋口に入った外の空気は生命の息吹こそ感じないが、春とはまた違う新鮮な空気が立ち込めている。
以前まではタバコを吸っているときは必ず青空を眺めていたはずなのだが、いつの間にか彼女を視界に収めながらタバコを吸うようになっていた。
それで言えば、仕事もそうだ。必ず執務室の方でやることにしていたが、タカナシが四六時中くっついてくるせいでたまに自室で仕事するようになった。執務室に居ないから、ここに俺が居ないと勘違いした生徒が書置きを残していくことが増えた。
正直、そうして追い返してしまうのは申し訳なさがあるからせめて執務室で作業したいのだが。
「ん~……極楽だねぇ」
「よかったな……」
そりゃ、人のベッド占領して、買ってもらった毛布被ってたら極楽だろうよ。そう思いつつも、柔らかな笑顔を浮かべている彼女を見ると、なんだか仕事の苦労が報われるようで、だがそれが腹立しくて。タバコの火を始末してベッドに近寄る。
縁に腰掛けると不思議そうに見上げてくるホシノの頭を撫でながら、髪を梳いて形を整える。今俺はどんな表情をしているんだろう。幸せを嚙みしめているような表情をしているのだろうか。少なくとも、心ではこの時間がどうしようもないほど愛おしくて、永遠に続けばいいのと願っている。
その気持ちが伝わる表情をしていたかどうか分からないが、照れたようにはにかんで毛布を被り直す。恥ずかしさはあっても、それでも頭は撫でた方がいいのか顔だけ出してぐいぐいと手に押し付けてくることに愛おしさを感じながら、頭を撫でてやる。
髪を触れると女の逆鱗に触れるとはよく言ったものだが、タカナシは今までずっと、嫌がった様子はなくむしろ積極的に頭を撫でさせようとする。積極的、とは言っても服の袖を引っ張ったりと一般に言わせれば控えめもいいところなアピールなのだけれど。
「最近、さ。思うことがあるんだ」
「ほーん」
「その、聞いても笑わないって約束してほしいな~……?」
「ああ、まぁ。抱腹絶倒の話が出てくるなら別だが約束する」
「そんなの出てくるわけないよ」
頬を膨らませて拗ねるタカナシをこれでもかと撫でまわしてから手を握って言葉を待つ。こうして冗談のひとつでも言ってやれば、普段よりは言いやすいだろう。こちらの反応を伺うようにちらりと見てから、恥ずかしがるようにぽつぽつと話し始める。
「なんだろ、あのね。みんなが、ズルいなぁって思って」
「みんな?」
「うん。シロコちゃんとか、ここにいっつも来てる子たちとか」
「あー……」
「先生は、シャーレの先生として居たいって分かってるから、出来るだけ迷惑かけないために頑張って我慢してるんだけど……これじゃまるで。私だけが一人みたい」
「対策委員会のみんなが居るのにか」
「先生の、隣が。……いいのに」
疎外感のようなものを感じているのかもしれない。
他の人間が居る前でのタカナシは秘密を知る前のお互いを演じているようで、必要以上にひっつきはせず、まるで保護者のような表情を浮かべて輪に入ろうとしない。それでも寂しさを消せていないことだけはきっと俺だけが知っていること。
タカナシとしてはこうやってお互いに背を預けられるような距離感でみんなの前でも話したいらしい。そんなことをしたら特定個人を贔屓にしていることがバレるから気を遣ってくれているが、やはり過度なスキンシップが目立つ生徒たちを見て思うところがあったんだろう。
いじけたような彼女に嗜虐心を刺激される。
「つまり、なんだ。寂しいって言いたいのか?」
「うへぇ……うん、そういうことかな……」
いつの日かに買ってきたクジラのぬいぐるみを膝で大事そうに抱えながら寂しそうに笑うタカナシを見てどうしようもないことだと自分に言い聞かせる。立ち振る舞いは自分の合わせ鏡だ。現状で幸せなのだから、これ以上を望むのは難しい。
人生に幸せが限られているとはよく言った話。スピリチュアルを信じる気持ちはないが、実際そうだとも思う。いいことのあとには、ほとんどの場合悪いことがセットになっているものだ。自分が気付けるか気付けないかを含めて。
「みんな、ありのままで一緒で先生と居られるのに私だけ誤魔化さないといけないのは、寂しいし辛いんだよ?」
寂しいと言われると弱い。男は大切な誰かのためなら女が呆れて物も言えなくなるようなバカをしてしまう生き物だ。
それでも、はいそうですか。なんて言えるものでもなかった。
バカとハサミは使いよう、というやつである。
「問題は、お前にないことだけは分かっておいてくれ。俺の元の性格がシャーレの先生という器に足らないというだけの話だ」
「いっつも思うんだけどさ、な~んで自分のこと卑下するのさぁ……」
「ぐぬ……お前と似たモノ同士だからだよ」
自分のことを卑下して本来より下に見ている者同士だからこそ、どこか信頼出来るのだろう。
だが、気まずい沈黙を続けてお互いの気持ちを通じ合わせないことの方がそれこそバカというもので。両手で頬を挟まれながらジト目で責められても話を続ける。
「お前、俺のことを最初に見たときどう思った」
「え? うーん……私と同じなんだなぁ、って」
「ああ、だからこそ。言葉遣いは人遣いだからな。そういう人間には誰も付いてこない」
「……もー。私はちゃんと付いていくよ。どこにでも。だから、そんな寂しそうな顔しないで?」
「こういう顔付きだっての」
溜息を吐いて目を細めると、それがおかしいのか俺の黒い髪に生糸のような指先を通して頭を撫でられる。鬱陶しさよりも心地よさが先に来て唇を結ぶ。
ただただ微睡むような心地よさに身を任せそうになるのをすんでのところで堪える。
寝たらこの話を二度と出来なくなる気がする。
「……まぁ、なんだ。お前の前以外でこの顔をすることはない。それで、許してくれないか?」
「んー、それじゃあ足りないかな~」
ニッコリと笑うタカナシは太陽のように明るくて、目を細める。
「寂しい思いするんだから、いっぱい……その、可愛がってね?」
いじらしいことを言ってくれるこの子に出来ることはたくさんあるのだろうと思う。ただ、それは俺のエゴ。そして、隠すのもエゴ。せめて、一緒に居れる時間を作ろう。
「だから、そう。これは仕方ないんだよ~」
「ちょ……力強いっての……!?」
腕を掴まれて、ベットに引きずり込まれ、そのまま胴体を手足で拘束される。まるで抱き枕のようにされているが、普通逆ではないかとも思う。力関係で勝てないのでこれで正しいのかもしれないが。
「ほら……力で勝てないんだから仕方ない……でしょ?」
「……はぁ。分かった」
結局タカナシのことを元の場所に戻せない自分に苦笑しながら、瞳を閉じてからしばらくして胸元に温かいものが当たったことに気が付いてそのまま抱き留める。
これでは手を出しているのと変わらないな、と苦笑しながらも悪い気はせず。疲れもあってそのまま意識が途切れてしまった。
第一章終わったのでホシノは
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いじめるもの
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かわいいかわいいするもの