二話構成ですので読みにくいかもしれません。
「執事服ゥ……?」
正気でも失ったのかと怪訝な目を向けてみると、首を全力で振ってタカナシは否定する。
「いやいや……違うよ~。この前メイド服の子を見かけてさ~?」
「お前、『男版メイドなら執事でしょ』って話なら頬引っ張るからな……」
「……」
「お前はなぁ、単純がなぁ、過ぎるんだよなぁ、分かってるかホシノなぁ!」
「
タカナシの頬は付き合う以前と比べて、妙にも艶と肌触りがいい。恋する乙女の努力というのは素晴らしいものだ。こういうのは胸の内にしまって噛みしめておこう。褒めてもいいが、スキンケアに関しては最低限しかやっていないせいで褒めるボキャブラリが皆無だ。
精々がやってることは化粧水に美白美容液に乳液に……こう考えると割とちゃんとしているかもしれないと思ったが、女性のソレに比べれば大したこともないと思い直す。
それにしても、執事服か……。
「普段からスーツ着てるんだから変わらないと思うぞ?」
「全然違うよ。先生は顔が整ってるんだから、執事服なんて着たら今以上にイチコロだよ!」
「お……おう……」
普段のゆったりとした表情を崩して迫ってくるタカナシは戦闘時以上の迫力がある。執事服はないわけではない。
ミレニアムのメイドたちを見たときに彼女と似たようなことを考えて購入したはいいものの、ただのコスプレであることに気が付いて以来ほとんど役割を果たさずに自室の隅に追いやられた。
それ以降幾度となく自己主張してきたが、それをやっている時間もヒマもなかった。
「……あんまり乗り気じゃない?」
「いや……アリスに着せられたことがあったから別にそうでもないが」
アリスというのはミレニアムに居るゲーム開発部の子。天真爛漫で日々成長が目覚ましい子ではあるが、一般常識が欠落しているせいでとんでもないことをたまにする可愛らしい困ったちゃん。いい子ではあるからなぜそうしたのか聞いた上で修正してやれば同じことはしないが……。
そのやらかしのうちの一つがメイド勇者だとか言って世話をしてくれた時に服を剝ぎ取られた挙句に着せられた執事服の一件。アリス以外にも早瀬だとかが訪れていた記憶があるから証言は取れるだろう。
そんなことを考えているとぐりぐり、と胸元に愛おしい顔が擦り付けられる。
「どうしたんだタカナシ、まさか自分は見れてないからって拗ねたわけじゃあ……」
「う~……!」
図星のようで、ただ唸ってこちらを見上げてくる。本人は睨みつけているつもりなのかもしれないが、涙目のせいもあって上目遣いでおねだりされているようにしか思えない。緩みそうになる口をなんとか固定させて背中を叩く。
「ほら、着てくるから一旦離れろ」
「……一緒に行く」
「お前、肌見たら固まるだろ……」
付き合っている男女なら着替えくらい気にしなくても構わないだろう。そう思ってタカナシを外に出さずに着替えている最中、熱心に視線が注がれて正直居心地が悪かった。気にしないとは言ったが、じっくり見られるとマズイことをしているかのような感覚に陥る。
何度も目の前で着替えているが、困ったことに慣れてくれないようでならば追い出そうとすれば拗ねる。困ったものだと笑みが零れるが、コスプレするときは役に入り込むのが重要だ。その過程で緊張とかの不純物が入り込むといざ演じるときに恥じらってしまう気がする。
だから剥がそうとタカナシの両腕を手で握ると、ほんの少しだけ表情が歪む。
「私が一緒に居るのは、嫌かなぁ……?」
「はいすみません俺が悪かったです一緒に行きましょう」
脆弱すぎる意思をどうにかしたいが、まぁ無理だろうと諦めてクローゼットの奥にしまい込んでいた服を引っ張り出した。
「おぉ~……!」
「……」
身に付けたのは黒のスラックスにジャケット、ダークグレーのズボン足元には革靴とシンプルに纏める。流石に自分で購入してきたものだから体格に合わせたデザインになっており、白手袋をゆっくり嵌めれば鏡に映った自分が思っていたよりそれっぽく見えていることに驚く。
以前着させられたときは自分の姿をわざわざ見なかった。
加えて、オールバックにするのではなく、髪の一部を後ろに撫でつけてスッキリしている。普段付けているメガネもコンタクトに変えていることも関係して先生としての姿と俺個人、どちらとも結びつかない。
「似合わないか?」
「……この反応を見ても言うかなぁ」
「あー、そんなに?」
タカナシからの熱い視線のせいでどうにも居心地の悪さを感じてどうしたものかと悩む。期待通りの反応を返してくれるのは嬉しいのだが、全肯定されるのも気恥ずかしいものがある。
「どう見えてんだ」
「えっと……いつもよりその、い……色っぽい……かな……」
「普段とほとんど変わらねぇだろ。普段より着込んでいるくらいだぞ」
「いやいや……やっぱり他の子に見せちゃダメだよ~?」
相変わらず上目遣いでもじもじしながら見上げてくるタカナシはそう言ってくるが、俺としてはその逆で、その表情を誰にも見せたくはない。
「そっくりそのまま返す。その顔はよくない」
「へ?」
「魅力的すぎる」
「……うへ」
今の言葉が気に入ったのか、嬉しそうに撓垂れかかってくるタカナシに苦笑を返して髪を撫でる。決して傷つけないように慎重に。
傷付いた人間を救えるのは痛みを分かる人かもしれないが、分かるからと過信して間違うわけにはいかないんだから。
やどりぎ
半ば居候のような形になっているタカナシに対して苦言を呈する機会を伺っているうちにいつの間にか季節も過ぎて秋口に入っていた。少し前まで茹で上がるような熱さに晒されていたのに気付けば過ごしやすい空気が肌を撫でる。
秋口はよくカーディガンを羽織る。スーツでカッチリ決めるのが先生としての姿ではあるが、ジャケットは些か暑すぎて汗をかいてしまう。制汗剤などでどうにかなるかもしれないが、汗が流れてしまうというデメリットが強い。
以前ブラックマーケットに押し入った際になくなったはずの私物が見つかったことがあった。それ自体はカフェに忘れてしまったことが原因だったのだが、私物がなくなったのはそれに限った話ではなく、盗聴器も仕掛けられたこともある。次はないと暗に諭した上でアロナに頼んで自前のセキュリティを導入してからはそういったこともなくなった。
ただ、いい天気であっても外に干せば私物が消えるので基本的には室内干しになってしまう。ここ何階だと思ってんだよおかしいだろ。ラぺリングでもしてんの?
──そんな経緯があるため、タカナシの手の届く範囲に服があるわけだ。
「……なんで俺のカーディガン着てんだよ」
いつも通りキヴォトス内の問題を片付けて自室に戻るとタカナシが俺のカーディガンを羽織っていた。
秋口とはいえ、換気を適度にしないとニオイが籠って嫌な気分だろうと干す位置を移動させるように頼んでいた。だから、洗濯物の一つであるカーディガンを手にしているのは問題ない。流石に羽織っているのは想定外にも程があるけれど。
「あ、え~っと……」
「ああ」
「ちょっと出来心が……ごめんなさい……」
「怒ってはないんだがなぁ」
震えた声で謝られると困る。責める意図はないし、ただ純粋に疑問になっただけで。
「なんで着てたんだ? 物珍しくもないだろ」
部屋で力を抜いてゆったりするときはカーディガンと読書用の伊達メガネを着けるクセがある。だから、この淡いカーキのカーディガンは何度も羽織っているはず。
「洗濯もの触ってるときにさ、先生の服見たら大きいなって思ってつい……」
「なるほど……?」
あれだろうか、好きな人と同じものを使いたくなる現象と同じだろうか。一応秋口になってから帰り路で何度か気温が下がって服を渡したことがあったはず。着たのが先生としての服装なので、私物として使用しているものとはまた別の気持ちなのかもしれないが。
「んで? 着てみてどうだ?」
「え~……それ、掘り下げる?」
「気になるからな」
他人の服を着込むという経験は中々ない。人に、主にタカナシの体温調節のために持っていることはあるが、人から借りることはないし、借りたくても体格がこちらの方が上なのでどうしても貸してもらうわけにはいかない。
筋肉モリモリの男が着込むことによるシワが好物という女性がこの世の中には居るらしいが、細い人間がそれを真似たところでみすぼらしいだけである。
あれは自分の良さを把握したうえで活かすことで輝くのであって、模倣したところで贋作以下でしかない。
「その、大きいなぁって。いっつもこんなに大きな身体に抱かれてるんだなぁって」
「……おう」
抱かれている、という表現に意図するところはないのだろうが、唐突に呟かれたひとことに心臓が跳ねあがる。動揺の原因であるタカナシは、はにかむような笑顔を浮かべていてその表現をやめろということも出来ない。
身長の割には上背があり、丈は長いものになる。一方で、タカナシの身体は華奢で背丈が低い。二人の間には体格差があるため、タカナシが俺の服を着ると丈があまってダボっとした印象がある。当人の言動的に合うため、どうしても油断すると可愛いという正直な感想が出そうになる。
ダボっとした袖をまくるでもなくそのままにしている彼女は普段とは別の表情を浮かべていることもあって絵になる。好いている女性が自分の服を着ているという状況も、正直な言葉が出そうになる心に拍車をかけていた。
肩を縮めているタカナシになんとも言えない微笑ましさを感じながら眺めていると、生暖かい視線に気が付いたのか、抗議の視線が飛んでくる。
「お、おじさんになにか言いたいことある……?」
「いや、謝りながらずっと着ているから気に入ったんだろうなぁって思ってな」
「そ、そうだけど……」
「そんなに気に入るならやろうか?」
カーディガンは何着も持っているし、特に困ることもない。流石にジャケットと言われると外向きの服が違うことに気付かれる可能性が高いせいで渡せないが。
冗談めかして問いかけると、宝物を得た子供のように無邪気で優しい笑みを浮かべる。
「じゃあ、もらうよ? いいの?」
「おう。大きいと思うから部屋着にでもしてくれ」
話が落ち着いたところで、いつも通りベットに腰掛けてからタカナシを持ち上げて膝の上に乗せて話始める。彼女が大きいと言ったこの身体が彼女の宿り木になるように祈って。
第一章終わったのでホシノは
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いじめるもの
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かわいいかわいいするもの