死んだ人間が与えるその後の人生に与える影響、というのはそれぞれの関係性によるものはあるが、少なくとも近しい人間を失って平静であれる人間は居ない。その瞬間に涙を流さなくとも、心のどこかにヒビが入ってしまう。
男は初恋を引きずるもの、なんてよく言われるものだが、それと同じくらい、もしくはそれ以上に引きずってしまうのが人の死というやつだと思う。
だから、どれだけ自分が嫌なやつだと実感することがあっても誰かを置いていくような真似はせず、もしそんなことがあると事前に分かっているのならば……相手を拒絶して自分に関わる価値がないことを知らしめた上で、誰にも悟られない形でひっそりと幕を閉じるのだろうと、そうぼんやりと考えることがある。
この思想を誰かに話したことがあった気がする。あれがどういう話の流れだったのか、そもそも誰と話していたのか……今では思い出せない。
「うーん。誰かを失ったこと、私はないから分かんないや」
「誰も失ったとは言ってねぇんだけど」
「仮定の話?」
「そう、仮定の話」
外の世界で何があったのか俺はもう覚えていない。それでも、このおぼろげな記憶でもなにかしらの背景があったことだけは覚えている。そうはいっても、この発言の意図が分からない以上どうしようもないのだが。
どうせ夢ならば都合よくあってほしいものだ。
現実はいつだって辛いものなのだから。
「でも、先生が優しいことだけは私が保証するよ」
「いや、優しくなんてねぇよ。自分が誰かに一生の傷を負わせてしまったという責任から逃げているだけだっての」
「そっかそっか。でも、これだけは言える」
「……んだよ」
「それは優しいかもしれないけど、どうしようもないくらいに不器用だよ先生?」
「ほっとけ。連邦生徒会長」
笑いあったはずの日々だけが、ただ漠然と胸の中に残っている。
「先生、最近調子よさそうですね?」
「リンちゃんからはそう見える?」
「ええ。あと、誰がリンちゃんですか」
連邦生徒会本部での意見交換を終えてぼんやりと窓の外を眺めていると、ぎこちなさを感じさせない自然さで隣に立たれる。あまり近くに立たれると、気を付けているとはいえタバコのニオイがしないとも限らないので離れてくれると嬉しいが、それを言ってしまうと勘付かれる可能性が高いため黙っている。
時折、女性はこちらの考えていることを手に取るように把握してくることがある。さながらエスパーのようにも思えるが、彼女らの観察眼がそれほど優れているのだろう。
もしかしたら自分が分かりやすいだけかもしれない──そんなことを思って思考を振り払う。これでも超法規的機関、シャーレの先生であり、ポーカーフェイスは得意であるという自負もある。バレるはずがないのだ。
「そうは言っても心当たりなんてないんだけど……」
「そういえば、小鳥遊ホシノさんが専属当番になった件について、その後どうでしょうか?」
「特に問題はないよ。……なんでその話を?」
自分で淹れた紅茶を飲みながら思考を回す。街中で専属の当番にすることをリンちゃんに宣言したのは俺だ。だから聞かれること自体は問題がない。ただし、それから何度も仕事を一緒にこなしているにも関わらず、なぜ時間が経った今聞いてくるのだろうか。
その言葉の真意が計り知れない。もちろん、お互いに味方だから害意がないことだけは分かる。だからこそ分からない。シャーレに来てからは害意により敏感になった。
全ては生徒たちが自分の道を行けるよう、自らの道を示すために。
だから、自分が周囲からどう思われているかには敏感であったはず。それなのに分からないという事実に嫌な汗が伝う。
「……驚きました。そんな顔をなさるんですね」
「どんな顔?」
「いつものやんわりとした笑みとは違う、大人としての顔です。先生のことはもちろん信頼しています。ただ、普段の印象が強いので」
「頼りないと思われているの悲しいね……」
出来る限り優しい雰囲気を出せるように言動には気を付けていたつもりだが、それはそれで胡散臭さや、裏がないかどうかを警戒されてしまう。なら逆に本来の性格で心を開こうとすると乱暴になってしまい、相手のことを気遣えない。
二者択一しか選べないことに渋面を浮かべて瞳を伏せる。物事の中間を取れる才能は俺にはない。中途半端になるのが関の山だからだ。
「話が逸れたね。彼女は上手くやってくれているよ。私が必要なことは任せられないけどね」
「いえ、それを任されても困るのですが……ともかく、上手く行っているようでなによりです」
「……言葉だけだとは思われないんだ?」
「表情を見れば分かります。なんだかんだで私たちは長い付き合いになりましたから」
自分の顔を触りながら、付近にある窓を見る。僅かに反射した醜い顔は、なるほど確かに。普段に憎たらしいほど透明感のある顔付きとは別物で、少しだけ温かみのある表情になっている。
これは本当に、俺なのだろうか。
「……本当だ」
「ご自覚なかったのですか?」
「……全く。そっか、これは……気付かれるかもしれないね」
これは、シャーレの先生としての顔ではなく、特定個人を慈しむ男の目だ。全てを犠牲にしてでも、一を生かすことを厭わない人間の目だ。時には自分自身すら犠牲にしてしまうような、そんな危うさを宿している。
戻す必要があるかもしれないが……この道は片道切符だ。あの子の手を取った時点で、覚悟は決まっている。間違っても手を離したりはしないと決めているのだから、戻る選択肢はない。
少しだけ、脳裏にノイズが走って知らないはずの後ろ姿に動かされそうになるのはきっと気のせいだろう。気のせいでなければ、俺はなにかを忘れていることになるのだから。
「ええ、でもそのままでもいいのではないでしょうか」
「そうかい?」
「ええ、今の方が親しみを持てますので」
「……遠回しに人間っぽくないって言われていないかい?」
「いえ、特には。ご自覚がおありで?」
「いい性格しているよね、本当に。ただの真面目ちゃんだと思ってたのにさ」
「どこかの優男のせいかと」
「はて、誰だろうね」
第一章終わったのでホシノは
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いじめるもの
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かわいいかわいいするもの