「先生、最近すごくカッコよくなりましたよね~」
そう言ってニコニコとお茶を出してくるのは十六夜ノノミという少女。淡い髪にふんわりとした言動がよく似合う少女。よく世話を焼きたがる彼女は小腹が空いているとみるや否や料理を振舞ったり、ソファで仮眠を取っていたらいつの間にか膝枕をされていた、なんてこともあった。
ようは
本人にその気があるのかは別として。
「そうねぇ……ちがっ。今のは先生が色っぽくなったとかそういうんじゃない!」
盛大な自爆をして一人でお祭りをしているのは黒見セリカ。黒い髪に赤い瞳、その上でツンデレキャラをしているのだからラノベなどにおけるお約束のような人物である。ツンデレは近付くまでに大変なことが多いのだが、彼女の場合はそんなことがない。むしろ人を信じすぎるあまり、騙されることが少なくないため自分を律する意味でああいう性格になったのかもしれない。成果があるかどうかは……ノーコメントになるが。
「あはは……でも、底が知れない感じはなくなりましたよね。今の先生の方が話しやすいかもしれません」
苦笑しながらも自身の意見を述べているのは奥空アヤネ。黒いショートヘアに黄色の瞳を持つ普通の女の子。後方支援に徹する彼女が保有する能力は、戦闘のみに絞れば大したことはないが……他人が求めているものを的確に与える聡さを持っている。努力家でもあり、各方面で頑張っている様子が散見される。
よく出来た子ではあるが、歳相応の面もあってからかうと一番恥じらってくれるのが彼女だ。叩けば鳴る、ではないがからかい甲斐のある女の子でもある。
そんな女性三名に囲まれて苦笑いをしている放課後の時間。逢う魔が時とも表現されるこの時間は、花の女子高生だけで帰らせるには少々心配になる時刻でもある。はてどうしたものか、と頭を悩ませ始めたあたりで始まったのが先の会話だ。
「いや、それだと私がこれまで底が知れなかったみたいな……」
「うんうん、先生は私たちのためにいつも頑張ってくださいますから、こういう大人が居るんだって、正直びっくりしてたんですよ~」
今でこそ当然のことって警戒しなくなりましたけど、といたずらっ子のような笑顔でウィンクしてくる彼女に困惑する。いや、考えてみれば無条件で味方してくれる存在などこの世界に居ないのだ。それぞれが自分なりのメリットを相手に見込んで付き合いを続けていく世界で、大した信頼関係も築かずに助けてくれる、なんて虫のいい話はこの世界にはないはずなんだ。
作られたものであれば話が別だろうが、そういった偽善は疲れて道半ばで閉ざされてしまう道だろう。本当に貫き通すのならば、なにがあっても立ち止まらないという覚悟を持って仮面を付けるしかない。
それが出来るのは、生まれながらのバカか底抜けの善人だけだろう。人の悪意を知って、それでも信じ抜けるのは生半可な覚悟で務まる重責ではないのだから。
「もちろん、悪い意味じゃないですよ。先生が頑張ってくれてるのは分かってますから」
「頑張っているのは君たちだよ。私はそのサポートをしているだけ。君たちがいなかったらなにも出来てはいないのだから」
俺自身はなんの力もない、一度は大切な人間の手を離してしまった人間だ。ならば、俺がやってきたことは所詮は偽善で、他人として接してきたからこそ出来たことに過ぎない。アビドスも、ミレニアムも、エデン条約の話も。
自分の手元に辿り着いた瞬間、どうすればいいのか分からなくなる。せめてお互いが傷付かないように、突き放すことしか出来なかった。それが、以前の自分で。今マシになっているのなら、もしかしたら変われているのだろうか。
なんて。そんなことを以前も考えたような気がするなとぼんやりと考えていると、急に頭を撫でられる。
「……ノノミ、人の頭を撫でないようにね? 一応大人だからプライドとか邪魔するかもしれないでしょ?」
「先生は気にしないタイプでしょう~?」
「いや世間体は気にするけど」
なんというか、大きい子供だと思われているのだろうか。必死に自分の守りたいものを守っている様子は子供のようだと自覚出来ているが、それ以外で思うところは──経費として自分の玩具を申請することが子供でないか、と言われると口を噤むけれど。
あと、こんな様子をタカナシに見られたら……そう思って横に視線を向けると今一番居てほしくない人物が居た。
「……」
「……やぁ」
「呼ばれて、せっかく来たのに。いちゃいちゃしてるのを見せつけるんだ~へ~……」
「えっと……?」
ああ、なんで地獄への片道切符になると考えられなかったんだろうなぁ。苦笑しながら謝罪の言葉を考え始めた。
「もー……先生っていつもああだなぁ……」
アビドスのみんなを駅まで送るって言って出てからずっとそんなことを考えてる。そりゃ、シャーレの先生として振舞っている時はみんなにいい顔をしないといけないし、強く言えないって分かってるよ。そもそも、あの人が強い言いかたを出来ないのも含めて。
でも、それとどう感じるのかは別なんだ。自分の中でグツグツと、マグマの音が聞こえる気がする。すごく、嫌な気持ち。これは先生が悪いわけじゃなくて私の感じ方の問題なんだって。
余裕みたいな表情を保つことだけ考えていた自分がバカみたい。こんなにも、嫌だって気持ちで溢れてるのに、それを無理やり抑えつけて自分の気持ちに蓋をしてる。先生なら、あの人ならちゃんと受け止めてくれるんだって分かっているのに、心のどこかではあの人にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思っちゃってる。
あの人は色々なことを背負いすぎてる。不器用な優しさと気遣いで塗りつぶされた本音は、きっと私には見せてくれない。それが寂しい。あの人の隣に居るはずなのに、そのはずなのにどうしようもなく遠い。
「……うん、決めた」
あの人が帰ってきたら、ちゃんと寂しいって言おう。言わなければ伝わらないって言ってたのはあの人だ。だったら、ちゃんと伝えないと。それだけを頭の中に決めて、先生の布団に沈み込む。自分の身体を包むように布団を被ると、あの人の優しい匂いがした。
ここに居れば、あの人の優しさを感じることが出来る。私だけに向けてくれた、あの視線が。
第一章終わったのでホシノは
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いじめるもの
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かわいいかわいいするもの