大空煌めく淡い羽根   作:鳥籠のカナリア

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れんらく

「あ~……やる気出ねぇ……」

 

 こうも毎日デスクワークばかりだと景色が変わらず面白くない。書類の内容自体は全て違うが、やっている処理自体は一緒だ。精査して、判を押す。代わり映えしない日常はキヴォトスに来てからは貴重な機会だ。

 

 貴重な機会、のはずだ。

 

 椅子にもたれたまま伸びをして、これからやるべきことを考える。思考に靄がかかったように脳が機能していないことに溜息を吐いて立ち上がる。

 

「……シャワーでも浴びるか」

 

 シャーレは職場兼住居。ちょっと区画を移動すればパブリックからプライベートへと。徒歩1分以内の立地には羨望の眼差しが向きそうなものだが、バランスというのは大事なもので。

 

 端的に言えば本当にプライベートが確保されているかは怪しい。

 

 パパっと服を脱いで、普段から付けっぱなしのメガネを外してからシャワールームでバルブを捻る。

 

「っ……。はあぁぁぁぁぁ……」

 

 気が抜ける。シャワールームばかりはプライベートが確保されていると信じることが出来る。なにをするでもなく、ただただ天井を仰いで温水を全身に浴びていると自然と頭が現実に追い付いてくる。この感覚が、たまらなく好きだ。

 

 一通り終わらせてシャワーを出て、適度なスキンケアついでに髪を乾かす。ワックスは……まぁ、一旦いいかと区切りを付けた。スーツもズボンとシャツだけ着て、ジャケットとネクタイを手に持ってから執務室に戻る。

 

 机に戻って、溜息。勢いのまま胸中の想いを叫ぶ。

 

「仕事、やりたく、ねぇ!」

 

 独り言が増えたのはいつからだったろうか。それこそ、明確なストレスを感じ始めたあたりだった気がする。怒りのコントロールはある程度出来ている。誰かに見せてはいない。

 

 ただ、そのうち限界が来ることは目に見えている。まだ、狂うわけにはいかないのに。

 

「おー、先生。お邪魔してる……よ……?」

「あ~……」

 

 いつも通り入ってきたタカナシを認識するまで数秒、固まることもう数秒。

 

 気まずげに逸らされた横顔に申し訳なさが込み上がりつつも、たっぷり15秒ほどかけて目の前の光景を整理して。どうしようもないので諦めを含んだ五体投地。

 

 やべぇ床超気持ちいい。床と同化したい。

 

「せ……先生……!?」

「煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ……」

 

 現場見られたらどうしようもない。残骸とかなら前に来た人間がやったと誤魔化しが利くが、難しい。

 

「諦め早すぎない!?」

「まぁ、職場でするような格好ではない時点でなぁ……」

 

 諦観を含みつつも、まぁ大したことにもならないだろうという楽観が含まれていることに自分で驚く。

 

 生徒である以上はある程度のワガママを通させるのが大人である自分の仕事で、それが弱みを握られている関係であろうと変わらない。

 

 ましてやタカナシは自己表現がヘタクソで、ワガママを押し通せないタイプなのだからいい機会になればいい──。

 

「ほら、立って立って~。もう、その様子じゃお風呂入ったばっかりでしょ?」

「あぁ……」

「汚れちゃダメじゃん?」

「おう……」

 

 生返事をしつつ立ち上がると、服の前面についたホコリを払い落としてくれる。

 

「ダメな大人だわ俺」

「えぇ……?」

 

 優しさが辛い。ちょっと涙が出そうになりながら、誰か入ってこないように電子ロックだけしておく。この世界はハッキングや爆破上等だが、逆に言えばそれ以外は懸念しなくていい。

 

 いや、それを懸念しなければならない時点でおかしいのでは? 

 

 これで少しの間は来ないだろう。

 

「はぁ……タカナシ、黙っててくれるか?」

「それは先生の態度次第だとおじさんは思うよ」

「ごもっとも」

 

 オフィス内にある姿見で、自分の姿を確認する。普段ハーフアップショートにしている髪はだらりと垂れ、陰気さを隠せない、普段使いのメガネも浴室に置いたままだったことを忘れてかけていないためか、心なしか表情が険しいのが自分で分かる。

 

 見る人や地域によっては、ちょっとした自由業だと思われてしまうかもしれない。

 

 こんな状態で他の生徒が来るなら嫌われるか心配されるか──一部の特殊な人間は目を輝かせてくるだろう。どちらにせよ面倒でしかない。

 

「先生~」

「あ゛?」

 

 いつもより心なしかドスの利いた声で返事して振り返ると、シャッター音。

 

 嫌な予感がしてタカナシの持っているものを見ると、そこにはスマホ。

 

「ちょ……おま……」

「へぇ~……お宝だぁ。先生ってオフの時こんな顔してるんだ」

「……悪人面で悪かったな」

 

 ちょっと気にしているから普段取り繕っているのに。

 

「うーん……おじさんは嫌いじゃない、かも?」

「それは……よかったな……?」

 

 さっさと消してほしい気持ちはあるものの、画面を見つめて動かないタカナシを邪魔するのも忍びなく、デスクの引き出しから予備のメガネを取り出す。

 

「先生ってメガネかけなくても見えるの?」

「ああ、これ伊達メガネだからな」

 

 タバコと同様に、大人の体裁を守るための道具。普段の目つきを誤魔化し、嫌われないための処世術。それで実際人当たりがよくなっているのだから効果は折り紙付き。問題はメガネに悪戯されそうになることだが、こればかりは仕方がない。

 

 メガネキャラはメガネが本体だから。

 

「……」

 

 ずっと黙っているタカナシの視線は何度も俺の顔と画面を確かめるように往復している。

 

「……普段からこっちだったらいいのに」

「それこそ印象最悪だろうよ」

「うえぇ!? 普通そこは聞こえないとこでしょ!」

「お前この距離でそんな都合よく聞こえねぇわけないだろ」

 

 関係性を進展させたくないときや相手の様子を見て反応するべきでないとき以外に反応しないだけで。

 

 頬を赤らめているタカナシに対して、

 

「お前悪い男に引っかかりそうだよなぁ……」

「なんで?」

「ゲマトリアのカス黒服がソース」

 

 あれをカウントするのもどうかと思うが、普段疑い深い人間ほど甘言には惑わされるものだ。

 

「その名前を出されると私も否定できないかも」

「お前次やったらただで済むと思うなよ」

 

 メガネを外して睨み付けるとぼんやりとこちらを見てはいるが、聞こえているのだろうか。

 

「返事は?」

「う……うん……」

 

 本当に分かっているのかと不安になるが、返事したなら多分聞こえているんだろう。聞こえてなかったら知らん。有言実行するのは変わらないのだから。

 

「あと、来るときは連絡しろ。もてなしも出来ねぇ」

「いいのいいの、おじさんにそんな気を使わないのが一番なんだから~」

「使うわ女の子なんだから」

 

 女の子、という言葉はどうにも気恥ずかしい。タカナシも思うところがあるのか、驚いた表情のまま固まっている。

 

 実際のところは心臓に悪いからという話なのだが。

 

「えーっとぉ……おじさんのこと、女の子だと思ってみてる?」

「そりゃあなぁ……」

 

 思うもなにも、事実女の子だろうに。

 

「……いや待て。俺たち連絡先交換してねぇな」

「え? モモトークがあるじゃん?」

「いやそっちじゃなくて……」

 

 普段使っている端末ではなく、もっぱら私用でしか使われていない。タブレット端末でモモトークを起動してQRコードを表示する。

 

「ほれ、スマホかざせ」

「え、あ、うん……」

 

 タブレットにスマホがかざされ、連絡先がなかった欄にホシノ、という名前が追加される。

 

「これでよし。通知埋もれることもないだろうし、来るときはこっちのアカウントにしてくれ」

「えっと……来るとき以外は……?」

「来るとき以外もこっちでいい。ただ、言わないように」

 

 別のアカウントで繋がっているとなれば面倒だからな。どうしてもトクベツ扱いしているような形になることもあるし。

 

「それはもちろん。おじさんは口が堅いんだよ~?」

「自分のことも言わねぇがな」

「そ、それはいいっこなしじゃん。……えへへ~」

 

 俺の連絡先を渡しただけなのに彼女はどこか幸せそうで、なんとも言えなくなって仕事に戻った。

 

 

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