大空煌めく淡い羽根   作:鳥籠のカナリア

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とうばん

「先生、お昼にしよ~よ」

 

 書類に向き合っていると、ふわりと鼻先を桜色が掠めた。鼻孔をくすぐるのは、自分とは違う匂い。片手をデスクの上に置いて、強制的に視線を奪いながらも書類の状態が悪くならないようにペンやインク、紙を器用に避けていることに思わず関心する。

 

「昼、か」

 

 手元のシッテムの箱とは別の端末をチェックすれば時刻は昼過ぎ。一般にはランチタイムと呼ばれる時間だった。もう昼過ぎになったのかと思う反面、まだこの時間かとガッカリする。

 

 労働時間は短い方がいい。それで仕事量が減るわけでもないが。

 

「そう、もうご飯の時間だよ。先生もちゃんと食べないとだよ」

「いや、まだいい」

「えっ。もうお昼過ぎなのに?」

「そう、昼過ぎなのに」

「体内時計、ズレるんじゃないかな~」

「シャーレに来てからずっとやってることだからな、今更変える気もない」

 

 俺の昼食時間は少々ズレている。一般のソレとは少しズレている生活を送っていることもあるが、元から昼食は遅い方だった。朝夜は自炊して済ませるが、昼だけは仕事に集中したくてキリのいいところまでやっているからか、いつも昼時を外してしまう。

 

 喫茶店などではランチタイムを外してしまうことは玉に瑕だが……喫茶店にはだいたい学生が居るものだ。逆に、チェーン店や定食屋には社会人が居る。

 

 食は自由で豊かであるべき、そんな信条を胸に生きているため食事中に知り合いと顔を合わせたくない。だから困ったことも特にないのだが。

 

「……お前まさか」

「な、なに……?」

 

 自分が昼食時だから、さりげなく俺を巻き込もうとしてないかこいつ。疑いの目を向けると、瞳を閉じていつもの溶けそうな笑顔を浮かべる。あの笑顔は……誤魔化すときの笑顔だった気もする。

 

 これだけ長い時間一緒に居ると、細かな表情の変化も分かってくるものなのだろうか。シャーレに来てから、特定の生徒と長期間一緒に居ることがなかったから、それすらも忘れてしまった。

 

「気が変わった。飯にしよう」

「やった! おじさん、実は気になってるところがあってさぁ」

「お前それ目当てか!?」

「うへ~、バレちゃった」

 

 明け透けな態度に苦笑してどうしたものか考えていると、瞳の色の中に不安が混じるのが見えた。

 

「……えっと、無理そうなら──」

「ダメとも言ってないだろうよ」

 

 押しが強いと思えばダメそうならすぐに引く。こういう対応に弱いのだろうなと自覚しながら、支度のために鏡を見る。白のズボンに黒のシャツに括り付けられた赤と白のネクタイはカッチリした印象を受けるが、その上から黒いベストを被せれば大人の威厳が感じ取れる。

 

 髪型は後ろに流しているものの、メガネばかりはどうしようもなく、以前の私服の時とは違って真面目さが前面に出たコーディネート。大人とはこんなものだよな、と溜息混じりに鏡付近にあるコートハンガーから、シャーレの腕章が付けられているものを取って羽織る。

 

 シワがないことを確認してから、後ろで待ってる彼女に声をかける。

 

「待たせたな」

「……」

「タカナシ?」

「先生って、そうやってるとカッコいいよね」

「……行こうか、()()()

 

 返事を待たずに執務室前にあるエレベーターに足を向けると、慌てたように付いてくる足音が後ろにピタリと張り付いて、違うリズムを叩き始める。

 

 ちょっとした意地悪のつもりだったが、思いのほか効いたらしいことに苦笑する。

 

「おじさんを急がせないでってばぁ~……」

「お前より俺の方が年上だっての」

 

 急がせたのはお前だろうに。

 

 

 

 

 

 見回りついでに、シャーレ近郊から外に足を運ぶことにした。タカナシもシャーレ近郊以外はあまり歩かないらしく、表情はいつもより明るく見える。

 

 そうは言っても、D.U付近のため他校の生徒もちらほら見える。シャーレの執務室のような空気感で話せばたちまち明日の話題をさらえるのだろうが、面倒が目に見えているのでパス。

 

 いつも先生として付けている心の仮面を取り出して、自分の中で言葉が上手く変換されていることを確認してから歩き出す。

 

 そうしている間に、見知った顔が見える。向こうもそれに気が付いたようで、声をかけられる。

 

「先生、こんなところでなにを?」

「ああ、リンちゃん」

「誰がリンちゃんですか」

 

 メガネを光らせながら近付いてくるのは、連邦生徒会長が行方不明になってから代理を任されている七神リン。その光るギミック、目に悪くないのだろうか。

 

 余計なことを考えていることに気が付かれたのか、詰め寄られていい笑顔を向けられる。

 

「シャーレしか最近見回ってなかったからさ。見回りをね」

「それならそうと、先におっしゃってください」

 

 俺、もしかしてシャーレ付近ですら自由な行動を制限されているのだろうか。先生というよりかは過保護に育てられた温室育ちのお坊ちゃまではないだろうかと思ってしまう。

 

「資料には目を通されていると思いますが、昨今の情勢的に一人で出歩くのは避けてください」

「ふむ」

「これまでから、先生がこちらの希望であり、弱点でもあると露呈している状況です」

「ほう」

「連邦生徒会や、ひいては様々な勢力に圧をかける交渉材料にされてしまうでしょう」

 

 交渉材料に使われる、というのは攫われる可能性が高いということだろう。

 

 こんなダメ人間ひっ捕まえてどうこうしようとするなんて、キヴォトスはよほど自由なのだろうか。他人事のように話を聞きながら相槌を打つ。

 

「……聞いてますか?」

「うん、ちゃんと聞いてるよ。心配してくれてありがとうね、リンちゃん」

「当然です。キヴォトス内で最も大切な人ですから。……あと、誰がリンちゃんですか」

「いや、これがどうにも通りがよくてね」

「はぁ……まあいいです。ところで、そちらのホシノさんは、何故先生と行動を?」

 

 あくまでも眉間にシワが寄らないように話を分析して、どう回答するのが最適か考える。今日の護衛、というだけでは理由として弱いだろう。今後見られた時に言い訳がつきにくい。ふむ……。

 

「実は、シャーレに当番制を実施しようかと思っててさ」

「当番制、ですか」

「そう、交流出来るし各学園の現状も調査出来るかなと思って」

 

 いわゆる一石二鳥、というやつ。各勢力の状況を把握出来るのは、連邦生徒会にとってもありがたみのある話だろう。問題は、一個人に依存する都合上諜報活動をするよりも非効率で偏りが出てしまうことだが……。

 

「そうですか……誰を当番にするかは決めていますか?」

「うーん、そうだね。ツテのある代表クラスの面々にはお願いしたいと思ってるよ」

「なるほど、それでしたら思いもしない情報が出てくるかもしれませんね」

「ただ、昨今のこともあるからしばらくはホシノにお願いするかな」

 

 これだけは譲れない。執務中に気の許していない他人に入られるのはストレスだ。美少女を侍らせておいてなにを言っているのか、と多方面に喧嘩を売るかもしれないが、顔だけで好感度は稼げないのだ。

 

 リンの警告の件もあるから、理由付けとしてはちょうどいいだろう。

 

「そうですか……ホシノさんも、同意されたということですよね?」

「そうだね~後輩ちゃんたちが心配だけれど、先生の方がもっと心配。すぐどこかに行っちゃいそうだもん」

「ふふっ、そうですね……」

 

 上手いこと合わせろとアイコンタクトすることもなく、まるで事前に決められていたかのように回答してリンを笑わせる冗談も混ぜたホシノに舌を巻くと同時に、申し訳なさも感じる。

 

 こういうときにどう言い訳するか、決めておくべきだったかもしれない。

 

 口八丁で上手いこと誤魔化せたのは奇跡に等しい。トップ解決なんてするもんじゃないな、と溜息を吐きそうになるのを抑えて見守る。

 

「では先生、くれぐれも外出するときは小鳥遊ホシノさんに護衛をお願いするようにしてくださいね」

「うん、分かった」

「では、失礼します。ホシノさん、よろしくお願いしますね」

「もちろん。大船に乗った気持ちでおじさんに任せて~」

 

 少し頭を下げてから離れていくリンの後ろ姿を見送ってから、安堵の溜息を吐く。誤魔化せてよかった。あのまま詳細を決める流れになっていたら、言葉に詰まっていたかもしれない。

 

「先生、おじさんと一緒の時以外ってあんな感じだったっけ」

「ああ、うん。そうだよ」

 

 大人は本性をひた隠しにするもの。真実なんて誰も望んではいないのだから、望まれている虚像である先生として振舞う。神が人に恵みをもたらしていると信じられているように、ある意味では偶像崇拝とも言える。

 

 そうは言っても、先生としての体裁を保つために巻き込んでしまったのは事実だ。どうしたものか悩みながらタカナシの表情を伺うと、少なくともマイナスの色は見えない。

 

「……そっか。おじさんの前でだけかぁ」

 

 そう言いながら頬を緩ませるタカナシの表情は、いつもの溶けるくらいの表情ではなく、どこか真剣な雰囲気を感じて息が止まりそうになった。そうしている間にご機嫌な足取りで進むタカナシになんとか息を吸い直して追い付く。

 

 横顔を改めて見直してみると、いつも浮かべているのほほん、とした顔がそこにあった。気のせい、ではなかったと思うが。

 

「いいことでもあった?」

「え? ん~。うん、おじさんにとってはいいことがあったかな」

「それは良かったな」

「うん、ありがとね。こんな私のためにあそこまでしてくれて」

 

 真っすぐな言葉を向けられると、どうしても固まってしまう。打てば響く魔法のように、心に響いたこの言葉を、しばらく忘れることはないのだろう。

 

 きっと彼女もそのことを分かっていて、気を取り直すように大きな声を出してくれる。

 

「じゃあ、先生のオゴリでたくさん食べちゃおうかな」

「そこは忘れてないの……?」

「うへ……もちろんだよ~」

 

 大袈裟に肩をすくめてみせれば、おかしそうに笑われた。

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