これまでと投稿時間が違うのに深い理由は無く、単に早めに上げたいと思ったからです。
佐倉家邸宅から徒歩二分の蒼の家に向かう中、出流は気付いた。
(アオイが女の子になってから私服見たこと無いや)
『女らしい服着たら何かに負けた気分になるからなるべく着たくない』と出流と遊ぶ時も常にジャージだった蒼。出流はそんな蒼に配慮して――インドア派の出流としてはさしたる苦でもなかったし――これまで蒼とこういった外出をしないように気をつけていたのだが、今回は緊張のあまりその事をすっかり忘れてしまっていた。
(お母さんの服とか借り……るのは流石にないか。どうするんだろ)
蒼の女の子らしい格好は、それこそ制服しか見たことが無い出流。何が出てくるのか予想が出来ず、純粋な興味からくる漠然とした期待を抱いていた。
(アオイは本人が綺麗すぎるから、普通の服だとあんまり印象変わらなかったりして。まあアオイがいきなりすごいコーディネート決めてきたらその方がびっくりだけど)
若干失礼な事を考えながら、出流はひと足早く合流場所である蒼の家の前に着いた。
蒼に「着いたよ」と連絡しようと、出流がスマホを取り出すと同時に五十右家の扉が開く。
なんとなく既視感を覚えながら、出流は顔を上げる。
出流は、掌から滑ったスマホがアスファルトに落ちたことにも気付けなかった。
まず目についたのが白のキャミソールワンピース。制服とはまるで異なる柔らかいスカートがそよ風に軽く揺れて、夏の爽やかさをいっぱいに表現している。その上に羽織っているのが薄手のデニムジャケット。丈の短いジャケットは肩の露出を程よく減らしつつ、蒼の細い腰と括れを布地の内側からチラリと見せてくる。首には小さな銀のネックレスが下がり、陽光を反射してきらりと光っていた。
全体的に夏らしく涼やか&爽やかに纏まった装いに、風に靡く銀の髪が、心を奪う紺の瞳がバッチリと噛み合う。出流は蒼の向こう側に、青々しい山々と聳え立つ入道雲、そして寂れたバス停とひまわり畑がはっきりと見えた。
唖然と口をパクパクさせるばかりで言葉が出ない。言いたいことが頭の中で渋滞して喉で詰まっていた。
蒼が石畳をズンズン歩き、出流の胸ぐらを掴む。その顔は羞恥満面な上、ちょっと涙目だった。
「おうイズル、言いたいことがあるならはっきり言えや……!」
美しさで本当に目が潰れそうな出流は反射的に目をぎゅっと瞑り、パニックが加速する脳内でやっとこさ言葉を絞り出した。
「えっと、その……すごい綺麗」
「なっ、あ、そッ!?」
言えと言われたら言うしかない。というより、一度出てしまえば止まらなくなった。
「綺麗で、かわいくて、美しくて……その、びっくりして言葉が出なかった。アオイがまさかこんなおしゃれしてくるなんて思ってもみなかったから。全体的に白いのが夏らしくて良いと思う、雑誌の表紙とか全然飾れるよ。田舎で見かけたら一夏の思い出って感じのストーリーが始まりそうな」
「い、良いから! もう良いって!!」
胸ぐらから離した手をブンブン振り回す蒼に、出流は不満げな目を向けた。
「……はっきり言えって言ったのはアオイの方だよ」
「いや言ったけど! 言ったけどさあ!! ……っつーか、やっぱり全然無難じゃなかったじゃねえかよアイツ騙しやがって……!」
「騙し?」
「い、いや何でも。……ま、まあ。変な格好じゃねーんなら、まあ、良いさ、うん」
「そうだね、世界で一番綺麗って言うか」
「すまんイズル、今だけはあっち向いて黙っててくれ」
親友の理不尽に出流は不服を覚えつつも言われた通りにする。数度の深呼吸の後、「もういいぞ」と言われたので振り返った。
見るからに不機嫌そうな顔をしていた。
「………」
「……そんなに嫌なら着替える? 時間の余裕あるから待つよ」
「嫌ッ……じゃ、ねえ、から、困ってんだよ……!」
「?」
ひと悶着を終えた二人は、駅に向かって歩き始めた。
蒼の想定を遥かに超えるのゴリゴリおめかしに冷静さを失っていたらしい出流は、電車に乗る頃には自分の発言の気恥ずかしさにちょっと帰りたくなりつつも、当初の目的を思い出して心を強く保った。
通路側の席で電車に揺られながら、出流は頭の中で目的を反芻する。
(『僕はアオイとどう向き合うのか』を決めるのが、僕の目的。既に大分『もう付き合っても良いんじゃないか』って思ってる自分がいるのが我ながら気が早いというか、アオイがこんなおしゃれしてくるのが悪いというか……じゃなくて。それを決めるのはこの外出が終わってからでないと)
電車で数駅移動し、さらに歩いて数分のショッピングモールの中に映画館がある。ここで映画を観て、蒼が何か買い物をするらしいというのでそれに付き合い、どこかで適当に時間を潰して帰る――というのが今日のプランだ。
その中で、できる限り蒼という人物を観察したい。
誰かと向き合う上で、相手の人となりは言うまでもなく重要だ。どこで気が合うのか、どこで気が合わないのか。相手の長所だけでなく、短所にも正しく目を向けられなければ、判断を誤ることになるだろう。
出流は、自分は蒼の事を理解していると思っている。だが今はそれを疑わなければならなかった。自分に見えている蒼は、本当に正しいのか。四年前の憧れを引き摺って過大評価していないか。
苦痛を伴う行為だった。誰が好き好んで親友の欠点を論うのか。だが、親友でない間柄になるのであれば、必要な行為である。迂闊に関係を進めてから後悔しても遅いのだから。
だからこそ出流は、蒼を観察する。今も出流の隣で窓側の席に座り、車窓の外をぼんやりと眺めている蒼を見る。その横顔を、その瞳を。より近くで、よりはっきりと。
より、はっきりと―――
不意に、蒼が振り向いた。
「ん? おわあっ!?」
「わああっ!?」
蒼が急に上げた声に驚き、出流も思わず身体を引く。
「なッ、な、何……しよう、と!?」
「えっ、いや、その。アオイを、見てたっていうか」
「嘘つけ! お前今変なことしようとしただろ!」
「い、いや! ホントに見てただけっていうか、ついつい身体が吸い寄せられてたというか――」
慌てふためく出流だったが、蒼の発言が引っかかりそちらに思考が切り替わる。
「変なことって……なに?」
「ッ! それはっ、その……キ、キぃー……」
「キ? ―――!!」
頬を赤らめながら蒼が言い淀む単語を、出流の優秀な頭脳はすぐに閃く。
出流の頬も赤くなった。
「し、しないよ! そんな、つ、付き合ってもないのに!!」
「うるせえンなこたわかってるよ! お前が紛らわしいことするからだろうが!!」
更にヒートアップしかけた二人だったが、近くの乗客の咳払いが耳に飛び込み、その勢いがビタリと止まる。
まばらにいた他の乗客からの視線が突き刺さり、二人は居たたまれなさに縮こまった。
手を膝の上に揃えたまま、二人は声を潜めて話し合う。蒼は出流を疑いの目で見ていた。
「ホントに見てただけ、なんだよな?」
「ほ、ホントにホント。さっきはその、見惚れてた、というか……」
「……ふーん。そうかよ」
それっきり、蒼はまた窓の外に顔ごと向けて、出流の方へは目もくれない。
出流は『やっちゃったなあ……』と肩を落とし、残り十分程度の乗車時間はお互い完全に無言になってしまった。
まさかそんな「そういう行為の予感に内心ドキドキが止まらなくて、『怒っている』かのように振る舞いながらその実もう一度同じ事をして欲しい気持ちが心の片隅にあって同じポーズを取っている」なんて面倒くさいムーブをしてる訳がないじゃないですか、ねえ?