電車で若干空気を悪くしながらもなんとか雰囲気を持ち直した二人は、世間話をしながら映画館にたどり着いた。
「なんだかんだ時間ギリになったな……」
「流石に電車が止まるのは想定外だよ。むしろ間に合っただけ御の字というか」
二人が見る予定の映画の入場開始まで、あと数分の所だった。
「チケット間に合うのか?」
「それは大丈夫。予約してあるから発券するだけだよ」
そう言って予約済みチケットの発券機に向かう出流に、蒼が声をかける。
「結局、何の映画観るのかまだ聞いてねえんだけど」
「そうだっけ。『○○○』って映画」
「聞いたこと……ある、ような?」
「有名な監督の最新作だって。アクション系だからアオイも楽しめるかなって」
「正直不安だったけど…悪くねえチョイスだな」
「僕の映画チョイスそんなに信用ならない?」
「すまん。こっちの話だから気にすんな」
蒼の不安は『もし恋愛映画とかだったらどうしよう』というもの。ここに来るまで何度か聞こうかと思ったが、それが真実だった場合に平静を装える自信が無かったので聞けていなかった。
出流はたどたどしい手付きで発券機を操作し、手続きを進めていく。液晶か画面にそういう加工がされているのか、隣の蒼からは何をしているのかよく見えない。
「あ、チケット代半分出すぞ」
「前払い済みだし気にしないで。元々僕が誘ったんだから」
「いやでも……あー、そうか……じゃあすまん、頼むわ」
「ん」
出流に払わせるのは申し訳ない気持ちがあったが、つい昨日のドデカい出費を思い出した蒼は大人しく厚意に甘える道を選んだ。
発券口から出てきた二枚のチケットを受け取った出流は、一枚を蒼に渡す。
「はい、アオイの分」
「おう。おっと、飲み物買わねーとな」
「そうだね、三時間あるからあまり大きいのは買わないほうが良いかも」
「だな。……えっ三時間?」
「あ、これも言ってなかったっけ。だから上映前にトイレは済ませとこうね」
「それはそうだけど」
話しながら、二人は映画館内の売店に向かう。飲み物を二人分、ポップコーンを一つ買って二人で食べることにした。店員に微笑ましい目で見られていることに気付いた蒼が、言われてもいないのにカップルを否定したりしていると、劇場への入場が始まっていた。
係員にチケットを渡したところで、蒼が持っていたカップを急に出流に押し付けてきた。
「……イズル、ちょっと先行っててくれ」
「わかった」
蒼の様子で何事かを察した出流は、しかし気にしていない風に応じる。小走りでトイレに向かう蒼を、出流は両手に蒼のカップと自分用のフードトレイを持ったまま目で追った。
躊躇も逡巡もなく女性用のトイレに入っていった蒼を見て、出流の中で小さな寂しさが通り過ぎて行った。
大迫力のスクリーンで、激しい戦闘が繰り広げられていた。二人の男が互いの正体を知らぬまま築いた友情が、互いを傷つける刃に変わる。相容れず交差した道を決して譲れないのならば、後は戦うしかないのだから。
意地と意地がぶつかり合い、信念と信念が血と破壊を伴って交錯する。その戦いは全てを知る傍観者にとって、悲壮でありながら美しい、魂の対話だった。
出流は純粋に迫力満点の映像に舌を巻いてスクリーンに釘付けになっていたが、ふと隣が気になった。
(アオイ、楽しめてるかな?)
出流は楽しめているし、これまでの経験則から蒼も楽しんでくれるはずではあるが。
気付かれないよう、ちらりと右を見る。
(!?)
蒼は背もたれに身体を預け、神妙な表情のまま静かに涙を流していた。紺の瞳と整った鼻筋、艷やかな唇と白い頬を弱い光が照らしている。
出流はそっちに目が奪われそうになり、慌てて前を向く。スクリーンでは男同士の命のやり取りが佳境に差し掛かっていたが、出流の目にはさっきの横顔が焼き付いていた。
(な、泣いてた……。アオイ、そんな涙脆かったっけ……? 女の子になって心の琴線も変わった、とか?)
出流は気持ちを切り替えるためにドリンクを一口含み、ゆったりとシートに座り直した。
(でも……良かった、今日映画に誘って)
これまで気付かなかった蒼の変化を知り、出流は少し嬉しくなった。蒼の新しい一面を知れたことそのものが嬉しいのろあるが、今日のデートに、先日蒼を誘うまでの葛藤に、何かしらの意味があった証でもあるから。
肩の荷が一つ降りた出流は、先程よりもリラックスして映画を鑑賞することが出来た。
……ちなみに、クライマックスだと思っていた戦闘は上映開始から一時間時点のものである。
しかし、残り二時間はその『まるでクライマックスかのようだった』シーンすら上回る熱いシーンの連続であり、蒼と出流は最終的に大興奮で鑑賞を終えた。
映画館を出た二人は、モール内を歩きながら映画の感想を色々と言い合っていた。
「いやあ面白かった! 三時間があっという間だったな!」
「そうだね、すごく密度の高いストーリーだったし、見せ場もド迫力って感じて良かったなあ」
「俺、ヒゲモジャのオッサンにこんなに憧れたの、生まれて初めてかもしれねえ……!」
「確かに。世界一カッコいいひげもじ……ええと、まあ。そうかも」
「あとさあとさ! あのダンス凄かったよな! 俺帰ったらやってみようかな」
「良いね。息抜きに身体を動かすのも大事だし」
「あとイズル、今度また肩車やらねえ?」
「うーん、流石に辞めといたほうが……。やるならせめて僕が下かなあ」
「いやイズルが下も無理だろ! ……あーあ、俺が男だったらなあ。―――あ」
蒼が頭の後ろで手を組みながらぼやいた一言に、蒼自身が固まる。
愉快な空気が陰る気配を感じて話題を変えるべく、出流はあの涙に触れることにした。
「……そういえばアオイ、あのシーンで泣いてたよね」
「え!? あ、あー……そ、そうだったな……マジか見られてたか」
「アオイって映画で泣くタイプだったんだなあって思った」
「いやー、普段はそうじゃねえと思うんだけどな……あのシーンはなあ……」
組んだ手を外してブラブラと揺らしながら、蒼は伏し目になった。
「それは、どうして?」
「んー……いや、秘密」
「ええっ。……まあ、いいけど」
二人は、しばし無言で当て所もなくまっすぐ歩いた。
蒼はばつの悪い表情で出流から目を逸らし、出流は会話の切っ掛けが思いつかず内心どうしようかと困っていた。
口火を切ったのは、肚を括った蒼の方からだった。
「……よし。そうだイズル、俺の買い物に付き合――ついてきてくれるんだよ、な?」
「う、うん。アオイ、何を買おうとしてるの?」
「ふふふ。そいつは現地に着いてからのお楽しみだな。このモール内にあるから少し歩けば着くぞ」
「うーん……ゲーム?」
「そりゃお前が欲しいだけだろ」
「じゃあ……本?」
「不正解。到着までにわからなかったら強制連行な」
「強制って……別に何だろうとついていくけど。ええと――」
出流はクイズ感覚で思いついた端から候補を上げてみたものの、蒼の求めるものについてはその店に着くまでわからずじまいだった。
出流と笑いながら、話しながら。蒼は心の中に感傷を閉じ込めた。
(言えるわけ、無いだろ。
RRR面白かったです。