アオイとイズル   作:東雲。

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今回は蒼ちゃん寄りの視点です。
ラッキースケベ要素はないです。


逢瀬(3)

 蒼と出流の眼の前には、ランジェリーショップがあった。

 

「はい行くぞー」

「待って待ってねえ待って本当に待ってェ!?」

 

 何の気無しに入店しようとする蒼の手が必死に引き留められる。蒼は已む無く、一旦場所を近くの通路に移す。

 

「なんでだよ」

「『なんでだよ』はこっちのセリフだよ!? アオイはわかるでしょ僕の気持ちが!!」

 

 驚愕と絶望に満ちた表情をした出流を、蒼は素知らぬ顔を装って受け流す。その内心は羞恥やら後悔やらで相応にギリギリだったが、ここだけは譲れない。これこそが、蒼の今日の目的なのだから。

 


 

 蒼は、自分がまだ知らない出流の欠点を探していた。

 

 今の蒼の心の中には、男の価値観と女の価値観が混在している。性転換した当初はまだ男しか無かったが、生理の日の一件から日増しに女側が勢力を伸ばしてきていた。その価値観はわかりやすく『出流への異性的な好意』として発露し、男側がそれを抑えつける事で今の五十右 蒼は成り立っていた。現状はまだ男側が優勢だが、それもいつひっくり返るかわからない。

 

 問題がそれだけならば、蒼は女の自分を受け入れられたかもしれない。だがそれは出来ない相談だった。

 

 蒼と出流の関係は四年前の一件から始まり、出流は蒼の男らしい部分に憧れを抱くことが多かった。それは、出流の『僕はアオイに救われた』という意識と、出流が持っていた自分自身の弱さへのコンプレックスが転じてのもの。

 しかしそれは同時に、蒼の『俺はイズルに救われた』という意識の下、『男らしさ()()が、出流が俺に求めているものなんだ』とする認識を、蒼の意識下に植え付けるには十分なものだった。

 

 

 だから、蒼は自分の中の女を、出流への好意を否定しなければならない。

 出流の隣に居続ける為に。

 出流に好かれる自分で在り続ける為に。

 

 

 故に、出流を異性として否定できる材料が必要で、だからこそのランジェリーショップだ。無理矢理にでも出流に蒼の下着を選ばせる。そのチョイス如何によっては、出流を幻滅できる可能性があるはずだ、と。

 露骨に下心を覗かせれば論外。過度に逃げに走るのも減点。親友に向ける試練としてはあまりにも独善的だったが、こうでもしなければ出流を見る目を変えられないと焦るほどに―――蒼の精神のバランスは、今にも恋慕に傾きかけていたのだ。

 


 

 昨日女友達と服を選んでいる最中に思いついた時は天才の発想だと膝を打ちたい気分になった蒼だったが、いざ実践してみると想定になかった精神的苦痛に心が折れかけていた。だがここまで来て引き下がれない意地が、何かしら成果を持ち帰らなければならないという使命感が蒼を突き動かす。所謂コンコルド効果である。

 

 店舗が数多面するメインストリートから外れた、細く少し薄暗い通路。蒼は、その壁に出流を押し付けた。お手上げのポーズで不安げに蒼を見下ろす出流の顎を前腕で持ち上げ、蒼は下から挑発的に睨めつける。

 

「俺は言ったぜ。店に来るまでに何買うのか当てられなかったら強制連行ってなあ」

「い、いやでも流石にそれは……」

「ああそうだ。折角だしイズルに一着選ばせてやろうか?」

「え、ええっ!?」

 

 あたかも今思いつきました感を装い、本題へと舵を切る。

 

「喜べよイズル。自分で言うのも何だが、今の俺は絶世の美少女だろ?」

「ホントに自分で言うことじゃないね……事実だけども」

「一生に一度もないチャンスだぜ? 『男』、見せてみろよ――イズル?」

 

 少し伏せた目を上目遣いに、涼やかな声に蕩けるような甘さを滲ませて。蒼は自らの超然的な魅力を最大限に活かして出流を焚きつけ―――内心では吐きそうになっていた。

 

(キッツ! マジでキツい! つかそもそもなんで女を否定したいのに女の魅力盾に挑発してんだよ俺!? いやもう知らん! こうなりゃヤケだコイツに買わせる為ならなんだってやってやる!)

 

 蒼はコンコルド効果に囚われていた。

 

「……っ」

 

 顎下へ差し込んだ前腕に喉仏の上下運動が伝わってくる。出流が生唾を飲んだ感触を掴んだ蒼は、挑発の成功を確信した。

 

「わ、わかったよ。そこまで言うなら、やるよ」

 

 精神をすり減らした甲斐があった、蒼はガッツポーズでもしたい気分だったが、ここで喜んでは裏があると取られかねないので我慢して腕を引くに留めた。

 

「最初からそう言えば良いんだよ。さ、行くぞイズル」

「うん」

 

 肚をくくったらしい、力強く感じる返事だった。

 

 


 

 

 改めて出流を伴い、蒼はランジェリーショップへ足を踏み入れる。視界一面に陳列された女性用の肌着、肌着&肌着。そこらの店で見かけるものとは違い、単純な下着の形をしていないものから華やか(婉曲表現)な品々まで幅広く、かなり目に毒だ。出流は勿論のことだろうが、蒼としてもあまり長居したい空間ではなかった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 プリン色の短髪が印象的な女店員が、笑顔で歩み寄ってくる。蒼がどう言おうか迷っていると、出流が一歩前へ出た。

 

「彼女に合うものを、選びに来ました」

「かしこまりました。まずはお客様のサイズを測らせていただきますので、こちらへどうぞ」

「う、おう」

 

 蒼は言われるがまま試着室へ連れて行かれる。出流はその場に留まり蒼を見送った。

 

 

 しばらくして。

 

 

「お疲れ様でした。宜しければ幾つか見繕いましょうか?」

「……お願いします」

「こちらでお待ちになりますか? お連れの方のところに戻られますか?」

「あー……じゃあ戻ります」

「かしこまりました。……逸材ね。久々に心が躍る……!」

 

 採寸を終えた蒼は一旦解放され、店員は陽炎が見えそうな熱意を背に棚の影に消えていく。

 蒼はとりあえず出流の下に戻った。

 

「やっぱ採寸嫌いだわ。もう帰りてえ」

「アオイから誘っといてそれ言う?」

 

 思わず口をついて出た一言に苦笑する出流を、蒼は訝しんだ。

 

(あれ? なんか、さっきより余裕がある。ような?)

 

 蒼が出流の雰囲気を怪しみかけた時にちょうど、店員が戻ってきた。

 

「お待たせしました。お客様のサイズで似合うものでしたら、こちらは如何でしょう」

 

 店員が持ってきた肌着の一つを持ち上げる。ハンガーと一体化したワイヤートルソーに着せられたそれは、ピンクのブラジャーとパンツだった。

 

「レースアップフロントのブラジャーと、ショーツのセットです。お客様の体型にほぼピッタリ合いますし、少々セクシーですが可愛らしさも引き立ちます。ピンクの色合いもよくお似合いかと。このデザインは、他にもホワイトとブラック、あとライトグリーンは在庫があります。取り寄せにはなりますが、ネイビーとライトブルーもありますね」

「はあ」

 

 下着にさして興味もない蒼は、店員の丁寧な説明も殆どが馬耳東風。そもそもレースアップフロントが何を指しているのかも分からない。『勧められてるしたぶん似合うんだろうな』と他人事じみた感想を抱いた。

 片や出流はどうなのかと、目だけで盗み見る。

 

「………」

「いっ!?」

 

 思わず声が漏れる程、出流はド真剣な表情をしていた。食い入るように店員の持つ下着を見つめ、口元に手を当てて何事かを考えている。

 だがこの状況で考えることなど一つしかない。これを着た蒼の姿を想像し、似合っているかを頭の中で確かめているのだろう。

 

 蒼は思い出していた。たまに見る出流の一面を。自らの判断に殉じる覚悟を決めた時の、とことんまで突っ走る意思の強さを。

 出流は今まさにその状態(ゾーン)に入っている。『蒼に似合う下着を選ぶ』を唯一の命題とし、その為なら恥も外聞もかなぐり捨てていた。

 

 自分の下着姿が想像されていること以上に、たかが下着にそこまでするのかという出流へのドン引き混じりの驚愕が蒼の心を占めていた。

 

「なるほど。……蒼、一回着てもらって良いかな」

「へ? え、いやその。そういうのはまだ俺達には早いっていうか」

「実際に着てみないと着心地とか分からないでしょ? それに、僕が選ぶなら着てるとこ見ないと判断できないし」

「そ、それはそうだけどよ……」

「仰る通りです。一番肌に触れる衣類なんですから、着心地は大事ですよ?」

「そうそう。店員さんの言うことは聞くべきだよ? 専門家なんだから」

「お客様はよく分かっていらっしゃいます!」

「えっあの、なんでそんな意気投合して……」

 

 真剣に蒼の為を想っている出流と、真剣に蒼に色んな下着をフィッティングさせたい店員に挟まれた蒼に抗う術はなく、蒼は二日連続で着せ替え人形のような扱いを受けることになった。

 

 試着室内で下着を着てみては、店員に着心地を聞かれて答え、若干合わないと感じれば身体の方を合わせようとしてくるので脇や胸に手を突っ込まれる。

 フィッティングが終われば出流にその姿が晒され、邪な考えなど一切ない視線でガッツリ見分されて、褒められながら評価される。蒼の受けた羞恥は何もかも放り捨てて暴れ出したいレベルだったが実行に移せるはずもなく、ただ耐えるしかない。

 

 精神がゴリゴリと磨り減るのを感じつつ、ようやく終わったかと思えば店員が次の下着一式を既に準備している無間地獄が待ち受けていた。

 

(お、おかしいなぁ……俺、イズルを試すためにここ来た筈なのに、なんで俺の方が試されてるみたいになってるんだろうなぁ……?)

 

 最終的に、出流は最初に勧められたレースアップフロントのセットを選んだ。レジに向かった蒼は、何故か店員がこっそりと勧めてきた赤いガーターベルト&ストッキングを勧められるままお買い上げし、買い物は終了。

 この一件で蒼は出流の評価材料など考える余裕は無く、手にしたものは『出流に下手な精神的負荷を与えると却って厄介なことになる』という教訓だけだった。

 

 店を出た辺りで集中のゾーンから帰還し後悔と羞恥に悶え苦しみ始めた出流と、計画の瓦解と体力の枯渇で疲れ果てた蒼。

 

 死んだ目をした二人は声を発する気力も失せ、アイコンタクトのみで会話し、手近なカフェで小休止することにした。




このスケベは起こるべくして起こっているので。
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