蒼と出流はモール内のカフェのテーブル席に向かい合って座り――顔面から突っ伏していた。店内には満席というほどではないがそこそこの数が利用していて、時折気にかけるような視線が二人に向けられていた。
「つらい」
「それ俺のセリフな……」
暴走特急モードが冷め、自分のやらかしっぷりを自覚してしまった出流。その出流に種々雑多な下着姿を着させられ、ガン見され、精神的に参った蒼。二人とも、色んな方面に限界が来ていた。
テーブルの涼しさを肌で感じたりガラスの向こう側の通行人をぼうっと眺めたり。紅茶一杯で十分ほど休息を取り、ようやく口を利ける程度に回復することが出来ていた。
「せっかくだし軽く食うか。何か食わねえとやってらんねえ」
「僕甘いものがいいな……」
「自分で選べー」
蒼はむくりと身体を起こし、メニュー表をテーブルに広げる。反対側から出流も緩慢な動きで覗き込んだ。
「俺、BLTサンドにしよっと」
「僕は白玉パフェで」
オーダーが決まった二人は店員を呼び、注文する。まだ気疲れが残っていた二人がまたしばらく呆けている内に、料理が運ばれてきた。
「BLTサンドです」
「あ、それ俺」
「白玉パフェです」
「こっちです」
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去っていった後、二人は各々の前に出された料理を食べ始めた。蒼は半分に切られたBLTサンドの片方にかぶり付く。出流はグラスの上まで盛られたパフェを崩さないよう、慎重に柄の長いスプーンを差し込み、白玉とホイップクリームを纏めて掬い出し口に運んだ。
「ん、まあうまい」
「そうだね。おいしい」
出流の言葉に突発的に浮かんだ疑問を、蒼はそのままぶつける。
「……イズルって、普段から良いもん食ってるよな」
「まあ、そうだと思う」
「それでもうまいのか? なんかこうホラ、舌とか肥えてたりするだろ?」
「んー……そうかもしれないけど、これはおいしいよ?」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ。同じ料理でも、高いものの方が完全に上位互換って訳じゃないというか」
「そりゃ安い方は安いからな……って話ではなく?」
「流石にね」
出流は柔らかく笑ってパフェからホイップクリームを一匙掬った。それを口に入れず、パフェの上で軽く上下に揺する。
「このホイップクリームは確かに、総合的には高いものの方が美味しい……ああいや、価値は高い、と思う。でも、このホイップクリームにだって、高級品には無い部分は必ずあるんだよ。高級品の方が味は繊細で複雑なんだけど、大雑把な味が好きな人だっている」
出流はスプーンに載せたホイップクリームを口に含んだ。
「♪ ……結局、何を美味しいと感じるかは人それぞれだからね。僕は高いものの味も好きだし、こういう味も好きってだけ」
「庶民派ってヤツ? ……むぐ、んぐ」
蒼はサンドイッチを口に放り込み、水で流し込む。コップに残った水には、蒼自身の顔が映り込んでいた。
「……人も、同じなのかね」
自然と口から零れた疑問に、蒼は内心驚いていた。その疑問が、蒼の中のどういう感情から出たものなのかわからなかったから。
「だと思うよ? 蓼食う虫も好き好きって言うでしょ。どんな人にだって、その人にしかない魅力を見つけてくれる人がどこかに居るんじゃないかな」
パフェを半分ほどにまで減らしながら答えた出流を、蒼は見つめる。もう片方のサンドイッチを頬張りながら。
出流は蒼の視線の意味を考え、パフェを蒼の方へ少しスライドさせた。
「……一口いる?」
蒼は危うく噎せ込みかけたがギリギリで堪え、慌ててサンドイッチを飲み下す。
「急に……! ったく、いらねっつの」
「でもさ、せっかく味の感じ方の話をした所なんだしさ、ほらスプーン」
「………」
出流は未使用だったもう一本のスプーンの柄を摘んで蒼に渡そうとするが、蒼は受け取らない。業を煮やした出流は、そのスプーンでパフェを一口分すくい取り、蒼に向ける。
「はい、あーん」
「しねーよ!! 恥ずいわ!!」
「え、そう? アレの後だからかな、なんか平気」
「ックソ……調子狂うなホント……!」
妙に心臓の強い出流に憤りと羞恥で赤面しながら怒る蒼だったが、いつまでもスプーンを蒼の方に向け続ける出流に、やがて折れた。
「あ、あ――………ん!」
目を閉じ、口を大きく開けてスプーンごと噛み切る勢いで閉じる。ベーコンの塩気とマスタードの辛味が残っていた口内に、急にホイップと白玉の甘味が広がった。
白玉の、柔らかくむっちりした食感とじわりと滲む甘さを味わい、蒼は訝しむような顔をした。
「美味しい?」
「……甘すぎ。ちょい苦手だな」
「あー……アオイ、甘いの苦手だっけ」
「そういや女になっても味覚の好みは変わらなかったな……」
くすくすと笑う出流に何かやり返したくて、蒼は手に持っていたサンドイッチに目をやる。ちぎって分けられる程度にはまだ残っていたそれを蒼は二つに割り、口を付けていない方を出流に向けた。
「俺からも一口やるよ」
「良いの? ありがと」
蒼が照れ隠しに突き出したBLTサンドを出流は素直に受け取ろうとするが、蒼は伸ばされた手からすいっ、とかわした。
「『はい上げた』?」
「ちげーよ! ……口開けろイズル」
赤い頬を隠しもせず、蒼は心底照れくさそうに言う。出流は蒼のその姿に無性に嬉しさがこみ上げて、笑いながら口を開けた。
「ほい」
「あー、んむ」
蒼の指に触れないように、出流はサンドイッチを口に含む。柔らかめのパンの間にはカリカリのベーコンと瑞々しいトマトスライス、歯ごたえの良いレタスとマスタードが挟まれていた。予定調和の旨味が溢れ出す。
「おいしいね」
「ふん。なんでこんなことやってんだよ全く……」
「なんだかんだ、お互いまだ冷静じゃないのかもね」
『そうかもしれない』と蒼は思った。サンドイッチの最後の一欠片を飲み込み、テーブルに頬杖をついてため息をこぼす。
「恥かいたから休憩しに来てんのに、それでまた恥増やしてちゃ世話ねえな」
「確かに。……ふふっ」
「はははっ」
二人は、可笑しくなって軽く笑う。蒼は、出流とこうして屈託なく笑うのが随分久しぶりだと感じていた。
(なんか、なんだろな。今思えばここ最近、イズルの前じゃあずっと気を張ってばっかだったな。イズルを好きにならないように、ならないようにって……。でも今は、自然とイズルと笑い合えてる。肩肘張らずに、もっと気を抜いても良いのかもな……)
蒼の中に生まれかけていた、小さな心境の変化。あるいは心の余裕。それは、今の蒼にとって好ましいものだった。
蒼はコップの水を飲み干して立ち上がる。出流もそれに続いた。
「帰るか」
「うん」
蒼が心境の変化を覚えたとほぼ同じ頃、出流の中で一つ―――覚悟が、定まった。
ショッピングモールを出て、二人は駅へ向う道を歩く。周りには同じくモール帰りの通行人がちらほらといた。
蒼の白のワンピースは夕焼けに良く映え、銀の髪は茜陽射しを浴びて黄金に輝く。
出流は隣の蒼に気付かれないよう呼吸を整える。道は選んだ。後はただ走るだけだった。
街を突っ切る川沿いの道を行き、頃合いを見て車も通れる幅の橋を渡る……その最中で。
「アオイ」
「ん?」
出流は、蒼を呼び停めた。蒼は出流の表情を見て、俄に気を引き締めた。
「どうしたよ、イズル」
「あ、えっと、その」
言おうと、したのに。蒼の何かを待つような表情を見ると、出流の意思が揺らいで、顔が自然と俯いていく。こんなことは、初めてだった。
出流は、昨日の夜から今再び、友の言葉を反芻する。
「アオイに、言いたいことが、ある」
「っ」
蒼は出流との間に形成されつつある雰囲気を感じ取り、それを止めるかどうかを迷った。だが、迷う内に、先に出流の心が定まっていた。
「実は、僕―――」
「待っ」
出流が顔を上げる。黒い髪房から覗いた紅の瞳が、銀の髪の下で煌めく紺の瞳と交わった。
「―――お見合いの話が、来てるんだ」
「……………、はい?」
ドキドキデート編、あと一話です。