アオイとイズル   作:東雲。

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今回少々アレな表現がありますが、ヘイトコントロール以上の意味は無いので無理そうなら読み飛ばしても一応大丈夫です。


First Pain(2)

 ―――時は遡る。

 

 閑静な住宅街の交差点に差し掛かった蒼の前に停まった一台の白いボックス車。

 道が塞がれた蒼は、退いてもらうのも面倒だから遠回りしようと踵を返した―――その時。

 

「よう、五十右」

「!?」

 

 振り返った蒼の数メートル先の街灯の下に立つ、蒼と同年代の男が一人。出流より高く、がっしりした体はかつての自分を思い起こさせる。だが、耳に開けたピアスや金のツーブロックヘア、リストバンドやネックレス等々の小物からは、チャラいオーラがこれでもかと漂っていた。

 当然、そんな知り合いは蒼にはいない。気さくに挨拶される筋合いもない。

 

「誰だよ、お前」

 

 蒼は警戒心を顕にした声で尋ねた。男は肩をすくめ、わざとらしくおどけてみせた。

 

「おいおい……お前は忘れてるかも知れねえけど、俺は忘れちゃいねえんだぜ? ―――お前に顔面ぶん殴られた時の事はな」

 

 怒気の滲む声。恨みがましい視線。それを見て蒼は思い出した。

 

「お前……四年前イズルを苛めてた奴か!」

白波瀬(しらはせ)な。ま、忘れてても無理はねーよ。あれっきりだもんな」

 

 蒼は神経を張り詰め、目の前の相手の挙動を注視する。四年も前の恨みを今更蒸し返すような輩だ、何をしてくるか分からない。

 

「お前がいつも佐倉にベッタリのせいで、俺達はアイツを諦めざるを得なかった。でもよ、俺も聞いた時は信じられなかったし驚いたぜ」

 

 だから、か。蒼の意識からは、背後にある白いボックス車の存在が消えていた。

 その後部座席のスライド扉が、そろりと開いていく事にも気付かない程に。

 

 

「まさかあの五十右が――()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 その言葉と共に白波瀬は前へ、蒼の方へ駆け出す。その一事に認識が吸い寄せられていた蒼は、背後から飛び出した二人の男に気付かなかった。

 

「っな――むぐッ!?」

 

 四本の手が、蒼の口を、両腕を、腰を押さえつける。素早く手が後ろに回されたかと思えばカシャンと音が聞こえてくる。手の拘束が無くなったかと思って両腕を前に戻そうとすると、鎖の鳴る金属音と共に可動域が制限された。

 

(手錠!?)

「はーい一名様ごあんなーい」

 

 間の抜けた声と共に蒼は後方に引きずられ、ボックス車の中に押し込まれる。布を手で押さえただけだった口封じは、頭の後ろで固定された棒を噛まされ本格的なものに変わる。足をバタつかせて暴れるようとするも簡単に取り押さえられ、足首を縄で纏められて四肢が完全に封印された。

 最後に黒い布で目元を覆われ、視界すら奪われる。

 

 蒼は既に、まな板の上の鯉同然だった。

 

 蒼を挟むように男二人が後部座席に乗り込む。運転席にも誰か乗ったのか、ドアが閉まる音が聞こえた。

 

「っしゃ完璧ィ! んじゃちゃっちゃとズラかんぞ!」

 

 前から聞こえる白波瀬の声と共に、エンジンの始動音が耳に届く。車は滑らかに発進し、現場を後にする。

 目隠しに口枷、四肢を手錠と縄で拘束された犯罪チック――明確な犯罪そのものだが――な格好で車内に載せられた蒼は、乗り物酔いを堪えながらただ為す術なく運ばれていく。

 

 

 ―――こうして、わずか数十秒の間に、蒼の足取りは途絶えることとなった。

 

 


 

 

 車の中はまるで全部が終わった後かのような、浮かれた戦勝ムードに包まれていた。

 

「いやぁ、拍子抜けだなあ! こんな簡単でいいのって感じ!」

「気を抜くなよ。ここからが本番なんだろ?」

「そーだぜサンちゃん。ケーサツ呼ばれる前に全部終わらせなきゃなんだからよ」

「うっす! 本官気ィ張ります!」

「「ギャハハハハハ!」」

 

 車内で反響して四方から聞こえてくる品のない笑い声が、蒼の神経を逆撫でする。こんな連中に良いようにされている悔しさは歯噛みしたいほどだったが、噛まされた棒はびくともせず、分泌された唾液が口の端が垂れ落ちるばかりだった。

 

「五十右ちゃん涎垂れてまちゅよ~?」

「ハハハ怖がっちゃったかなぁ? ゲン、サン。お綺麗にしてやれ?」

「えーやだよ汚えもん」

「俺も」

「「ハッハハハハ!」」

 

 一体こんな会話の何が楽しいのか。蒼の誘拐をあっさり達成したのがそれだけ愉快なのだろう。蒼は周りの男共と、無警戒だった自分の迂闊に腸が煮えくり返る思いだった。

 

 車は何処かへと向かう。視界を塞がれた蒼には現在地も目的地もわかるはずもなく、無力感からくる屈辱と怒りに震えたが、視界を奪われた状態の車酔いが酷く程なくして意識を失った。

 

 


 

「――かれたぁ。女でも寝てる奴って重いんだね」

「ま、お陰で楽に拘束し直せたからトントンだな」

 

 蒼は、男たちの会話に目を覚ました。目隠しと口枷はいつの間にか取り外され、瞼を開ければ月の光が照らす空間が見えた。

 

 そこは、廃工場の事務室らしき場所だった。

 

 蒼から見て左手側の壁にくっつけて並んだ業務用デスクの上には、作業の途中でほっぽり出されたのかプラスチックの部品らしきものが小さく積まれていた。その反対側、右手側の壁はカーテンで隠れているが、その隙間から人の背丈より高く積まれた段ボールが覗き見る事が出来た。

 蒼の真反対に位置する出入り口の向こうには錆付いた機械が並び、工具らしきものがそこらに散乱している。

 

 その空間にいるのは、冷たい床に座らされている蒼と、キャスターと背もたれがあるだけの安物の椅子に腰を下ろした、白波瀬を含む三人の男だった。男たちは蒼が目覚めたのに気付いたのか、会話を止めて蒼を見る。

 

「おはよう、五十右ちゃん? 気分はどうかな?」

 

 人を小馬鹿にした、実に腹の立つ声だった。

 

「……最悪だな。女のエスコートってもんがまるでなっちゃいねえ。雁首揃えてモテなさそうな面してやがるし当然か?」

「はァ? お前は見た目が女なだけで男だろうがよ。女ヅラすんな気色悪ィ」

 

 蒼と白波瀬の間で火花が散る。だが今現在においての立場の違いは絶望的なまでに歴然だ。むしろ、この状況で白波瀬を煽りにかかれる蒼の方が異常と言えるだろう。

 

「にしてもまあ、本当に面影まるでねえな。あの厳つい顔と身体してた五十右が、こんな小娘になっちまうとは……人体の神秘って奴?」

「……それについては同感だがな。で? 俺を攫ってどうしようってんだ」

「いやあ、今俺達金欠でさあ。佐倉(トモダチ)にお金借りようと思ってよお? そんな時に鬱陶しい金魚のフンがカモネギになってるって話聞いちまったもんだからさあ……そりゃあ、利用するしかねえよなあ?」

 

 白波瀬の言葉はどこまでも軽い。誘拐も恐喝も、この男にとっては大した事ではない。犯罪の重みを知らず、想像する力もない。善悪の区別なく、ただ思いついたままに行動する無軌道な暴走車両。それが、白波瀬という男だ。

 少なくとも四年前に一度見た限りでは、ここまでする奴には見えなかった。四年間という歳月は、まだ年相応の小悪党だったものをここまでのモンスターに変え得るのだろうか。

 

「俺が女になった事、どこで知ったんだよ」

「俺達のネットワークを甘く見るなよ? どんな学校にだって、ガラの悪い奴は一定数居るもんだ。学校を跨いだ横同士の繋がりは、お前が思っているよりずっと色んな情報をくれるもんさ」

「なるほどね、よーく分かった。でもな、その金魚のフン相手にイズルが大金出すと思うか? それに、仮に金引っ張れたとしても、後で纏めて警察に捕まって終わりだろうが。こんな大事起こした時点で詰みなんだよお前らは」

「『仮に』、ねえ? ククッククク……!」

 

 白波瀬は腹を抱えて笑いを堪える。その態度を蒼が訝しんでいると、取り巻きの帽子男が画面の点いたスマホを手に近づいてくる。

 

「俺は直接見てねえんだけどさ、ゲンの奴が写真送ってきてくれたんだけどよぉ――」

 液晶に映し出されているそれは。

 

「ッ!」

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 

 蒼と出流が、橋の上で抱き合った場面の写真。

 

 

(コイツらに、見られていた―――!?)

 

「いやあ佐倉クンの告白は感動モノだったんだろ!? なんて言ってたんだっけ? 言ってやれよゲン!」

「『だって僕、アオイのことが大好きだから。一人の人間として、それと――女の子としても』だってさ」

「ぶァッハハハハハハハハハ!!! いやダメだって笑う笑い死ぬわ! お前ら今どきこんな青春ドラマみてーな恋愛しちゃって恥ずかしくねェーのかよ!?」

「ッ……! ぐ……っ!!」

 

 取り巻きの男が淡々とした述べ上げに、白波瀬はもう堪えきれないとばかりに笑い出す。

 出流の一世一代の告白を見られ、写真に撮られ、剰え嘲笑われる。蒼にとって、これ以上無い屈辱だった。

 

「フハッフハハッ……! で、でも良かったじゃねーか……! 五十右チャンが告白ッ……OKして……ッ! 付き、付き合いッ、始め……アッハッハッハやっぱムリ耐えらんねーって!!」

 

 ツボに入ったのか身体を折り曲げて笑い続ける白波瀬。蒼は『いっそそのまま笑い死んでしまえ』と思いながら恥辱に耐えた。

 笑いすぎて涙すら浮かべた白波瀬はひとしきり笑った後、指で目元を拭った。

 

「あー疲れた……。まあとにかく、お優しーい佐倉クンの事だから、お前を使えばどうとでも言う事聞かせられるだろ? 何百万……いや一千万くらい引っ張れるんじゃねーか? そしたら俺達はもうパラダイスだろ!」

「だったら、とっとと電話でも何でもかけりゃあ良いじゃねえか。なんでそうしない?」

「ハハハ、これでも色々と考えてるんだよ。お前には教えてやらねーけどな」

 

 話は終わったとばかりに白波瀬は席を立つ。ここまで会話に参加していない小太りの男がその後に続いた。

 

「っし、じゃあ適当に飯でも食ってくるか。ゲン、お前が見張りで良いんだよな?」

「……ああ。戻ってくる時にパンでも買ってきてくれ」

 

 二人分の姿が消え、蒼はゲンと呼ばれた帽子男と二人だけになる。

 二人がいつ戻るとも知れず、拘束された体は満足に動かない。

 この状況で蒼は―――。

 

 


 

 

 およそ三十分後。

 食事から戻り、蒼の手荷物からスマホを取り出した白波瀬は、意気揚々と出流宛に電話を掛ける。

 

 それは、すぐにつながった。

 

『アオイ!? 今どこ――』

「イェーイ佐倉クン久しぶりぃ~!」




投稿者は決して蒼ちゃんをいじめて楽しんでいるわけではなく、「悲劇と苦痛・絶望を経てこそ、その後に来る喜びが際立つ」という思想に準じているだけなのです。
なのでちゃんとハッピーエンドまで書きます。


……ハッピーエンドの定義は、人それぞれですよね?


登場人物紹介
過去編に登場した小悪党三人組が、悪党になって帰ってきたぞ!
白波瀬(しらはせ) 大地(だいち)(ダイ):チャラ男でゲスの主犯格。
安発(あわ) 三郎(さぶろう)(サン):小太りのお調子者。身長は一番高い
中嵜(なかさき) (はじめ)(ゲン):冷静気味で小柄な帽子男。目つきが悪い

なお、彼らは今のところ蒼の事を「女の身体になって女のフリしてる気色悪い男」だと思っているので()()()()目では見てないぞ! 安心だね!

次回は28日(金)の12時に投稿予定です。
一日前倒しして、27日(木)の12時に投稿します。
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