白波瀬達に放置されている間に蒼が立てた計画は、『白波瀬が出流に連絡している間に、どうにかして現在地情報を伝える』という、文章にしてしまえばシンプルなものだった。
この計画のプロセスは大きく三つ。
一.蒼の現在地の情報を得る。難しければ、蒼がここに運ばれるまでに掛かった時間から移動時間を得る。
現在地の情報は、拘束され監視のある状況では無理筋。よって、蒼は移動時間を得る事にした。記憶を掘り起こしてみれば、その時間を得る材料はあった。
(電車で駅についた時、駅前広場にあったモニュメントクロック―――俺と出流が抱き合った場面を見せつけてきた、スマホの現在時刻―――全部だ、全部思い出せ。イズルの家に車で帰るまでの時間はだいたいわかる。襲撃地点に行くまでの時間も――!)
蒼の記憶力は特段優れている訳では無い。映像記憶のような能力など持ち合わせていない。それでも、朧気な記憶を必死にたどる。
映画の上映時間、その後の一連の行動、それらの所要時間も類推し参考にして、今日のタイムスケジュールの全てを割り出す。
幸いにして、その程度の沈思黙考が許される時間は与えられていた。そして時間について考え出した時点で、蒼は白波瀬達がすぐに出流に連絡しなかった理由に気付いた。
(攫ってすぐ電話を掛けたら、その時点で諸々の所要時間がイズル側にも正しく伝わっちまう。アイツらはそれを避けたかった。誰だか知らねーけど多少はマシな事考えてるじゃねーか)
白波瀬達は、今の居場所が出流に割れる事を恐れている。恐らく出流から金を受け取る時も、廃工場ではない別の場所で行うはずだ。蒼を人質に取られ公権力に頼れない出流に出来ることなど、たかが知れている。
そうすれば白波瀬は悠々と大金を手にし、その上で蒼を解放しなければいつまでも交渉のイニシアチブを取り続けられる。
だが、なればこそ。正確な移動時間は大きなウィークポイントとなる。心の底から腹立たしい連中に一矢報いる機会、俄然やる気も出ようというものだった。
蒼はたっぷりと時間をかけて、どうにか大凡の移動時間を求める事に成功した。よって、作戦は次のプロセスに移る。
二.得られた移動時間を出流に伝える。
これに関しては蒼から出来ることは多くない。従順なフリをして大人しく白波瀬に自分のスマホのパスワードを教え、電話を掛けさせるよう誘導するくらいだ。
リアルタイムの通話ならいくらでも割り込む余地はある。白波瀬達も、『蒼の肉声は真実性の担保に有効だ』と思ったから、蒼の口枷を外したのだろう。
幸運にも出流から動いてくれたお陰で、蒼は千載一遇の好機を得た。助けを乞うと見せかけて出流に情報を渡す事に成功し、この時点で作戦の本懐は果たした。
後は出流がこの情報を信じてくれることを、願うばかりだ。
そして、最後のプロセスは―――
白波瀬は通話を切った後、苛立ちを隠す気もないのか蒼のスマホを床に叩きつける。液晶に亀裂が走ったが、どうやら機能自体は無事なようだ。頑丈に作ってくれたメーカーに蒼は内心感謝した。
視界を上に戻せば、白波瀬が爪を噛んで凄まじい苛立ちを顕にし、小太りの男があたふたと慌てふためいていた。
「クソっクソ、クソがぁ! 畜生、どうする、どうする……!」
「ど、どうしよう。逃げる? 逃げて別の場所探す?」
この廃工場がバレるのは確定事項。遅いか早いかの違いでしかない。
そうなれば、白波瀬達に取れる行動は逃げる事だけだ。だが、蒼が車の外見まで伝えた以上、迂闊に動けばそれこそドツボに嵌まりかねない。
いつ逃げるのか、そもそも特徴の割れた車で逃げるべきか。白波瀬やその取り巻きの頭の中は、さぞ焦りと混乱で空回っていることだろう。だが、時間が経てばやがて落ち着き、冷静に考え出すはずだ。
その為に、最後のプロセスがある。
三.助けが来るまで、連中をここに釘付けにする。
白波瀬達が、蒼を置いて逃げ出したなら。遠からず警察に捕まるとは思うが、もしそれが叶わなかったら? 蒼は金輪際、一人で外を出歩く事は叶わない。
今、この場で。全ての決着をつける。そうして始めて、四年前から蘇った下らない因縁は終止符を打たれるのだ。
(服ねーからって外出避けてたけど、まさかそれが功を奏してたとはなあ)
『世の中わからないもんだな』と、蒼は小さく苦笑した。
数分間、連中の慌てふためきぶりを眺めていた蒼は、白波瀬が落ち着きを取り戻してきた頃合いを見計らい口を開く。
「なあ白波瀬」
とびっきりの、うざったい笑顔と共に。
「カモネギにまんまと一杯食わされた気分はどうだ? ン?」
「五、十、右ィ……!」
白波瀬は、青筋の浮かんだ額で蒼に振り向く。隠しきれない怒りが表出した、仁王像めいた表情だった。
「俺を舐め過ぎなんだよ。こちとらエリート高入ってんだ。それに俺の頭はイズル大先生に鍛えてもらってんだぞ?」
「ッ……!」
一旦は落ち着いたはずの白波瀬の顔が、みるみる赤くなっていく。蒼は挑発が順調に進んでいる事を確信し心のなかでガッツポーズを取る。
(正直、この即席プランと紫凰は関係ないと思うけどな。でも学歴マウントって結構効くらしいし?)
後ろ手に手錠を掛けられ、壁に背中を凭れさせられた立ち上がるのも難しい姿で、それでも蒼は白波瀬を煽る。蒼に対して怒りを募らせるほどに、貴重な時間が失われていく事にも気付かせない為に。
「ハッ、ざまあねえな! 結局、テメェは四年前と何も変わっちゃいねえタダの小悪党だ! 誘拐して身代金の一つもまともに要求できねえ癖して笑わせるぜ!!」
「テンメェ人質の分際で!!」
「やめなよダイちゃん! そんなコトしてる場合じゃないよう!」
「離しやがれサン! コイツブチのめしてやるッ!!」
蒼に殴りかかろうとした白波瀬を小太り男が引き留める。蒼は喝采を上げたい気分だった。
(そうだ、もっと怒れ! いっそ仲間割れしろ! そうすりゃあ助けが来るまで十分に時間が稼げる!)
ここまで正に、全てが順調。蒼は燃え盛る火に更に油を注ごうとする。
「ろくに身動き取れねえ女一人にここまで良いようにされて、さぞ屈辱だろうなあ白波瀬ェ! 何がカモネギだ、俺を利用してイズルを嵌めようなんざ、百年早ェんだよ! わかったらとっととくたばれ、雑ァ魚が!!」
理不尽に拘束・軟禁され、ストレスが鬱積していたのだろう。それはもはや、挑発ではなく罵倒。作戦の域を超える程に過熱した蒼の面責は、白波瀬の逆鱗に触れるに十分なものだった。
ぶつん、と音が聞こえた気がした。
白波瀬はサンを振り払い握り拳を振り上げ、蒼に向かって一直線に突っ込んでくる。
蒼の計画はここまで、紛れもなく順調だった。白波瀬を挑発させ、頭に血を上らせる。蒼に構うほどに時間が浪費していく事など、もはや眼中にも無さそうだ。そして、怒り狂った白波瀬が蒼に手を上げる事もまた、計画の内だった。
例えば警察が来た時、白波瀬たちが事前に気付いて蒼の拘束をなかったことにしようとも、身体についた傷跡は隠せない。より明確に被害者の立場を打ち立てられる。そういった点も考慮しての事だった。
だから、鈍化した体感時間の中でゆっくりと自分に迫る白波瀬の拳が、蒼の頬を撃ち抜かんとするのが見えても、蒼は避ける気は無かった。後はただ、痛みに耐えれば済む話。どれだけキレようとも死ぬことはない。そうすれば彼らはより致命的な前科を負うことになるし、そこまでの覚悟は無いだろう。そうなった時は必ず、小太りの男が止める。
そう。ここまでも、これからも。『蒼の計画に』狂いはない。
(これで、俺の勝―――)
重たい衝撃が、頬から顎を抜け頭を揺らして。
蒼の計画における、たったひとつの誤算は。
―――女の身で受ける暴力の恐怖を、軽んじていたことだ。
次回:TSメスガキわからせ(物理)
この毎日更新がどこまで続けられるか分かりませんが、明日も12時に投稿するのでよしなに。