4/29のハーメルンオリジナル作品日間ランキングで41位に入ってました。
これもひとえに、読んで、お気に入り登録をしたり、評価を入れたり感想を送ったりここすきしたりしてくれた皆様のお陰です。
この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございます!
風が、蒼の記憶を呼び起こす。夏先の、蝉の鳴き声が煩かったあの日。夕暮れの自宅のリビングで、彼は精一杯の勇気を振り絞り、蒼に思いの丈を伝えてくれた。
鬱陶しいと思いながらも、どこか涼やかだった声。真紅に煌めく少年の瞳。あの瞳に憧れて、蒼は変わろうとしたのではなかったか。友を捨て、繋がりを捨てて。その先に何がある?
蒼は―――その答えを知っている。
何もないのだ。
(また、あのつまんねえ日々に戻るのか?)
虚栄の残骸が散らばった部屋を、思い出した。
出流を捨てて、最早不可分な彼への恋心を捨てて。もう一度、虚しい刹那ばかりの日々に戻りたいのか?
―――そんなの、まっぴら御免だ。
いつの間にか随分と狭まっていた視界が、少しだけ開けた。眼前には、蒼にはもう無いものを露出した白波瀬―――恐ろしい。
蒼は白波瀬から意識を逸らして、その背景に目を向けた。
月光が僅かに照らしているが、ここは
蒼は、四年前のあの日を思い出す。あの時も、蒼は似たような光景を幻視していた。
(………うわ、マジか。そういや今日と日付同じじゃん)
蒼は可笑しくなって、心の中で笑った。お誂え向きにも限度があるだろう。蒼に与えられた運命は、どうにもロマンチストの気があったらしい。
この暗い部屋の中には、閉じた安寧がある。その先に何もないとしても、今この時だけを救う安寧が。
だが、扉を開けたのなら。扉の向こうに、進むことができたのなら。
(その先には、何がある)
蒼は―――その答えを知っている!
(……ッ!)
全身が粟立ち、視界が急速にクリアになる。震えは完全には収まってくれなかったが、身動きできない程ではない。
(何が、なァにが。『イズルなんか忘れたほうが良い』だ)
蒼は吐き捨てる。己の弱さが歪めた心の声を。
(何が、『イズルにはイズルの。俺には俺の相応しい相手』だ。こんな遵法意識の欠片もねえカスのチャラ男が、俺みてーな究極美少女に相応しい相手なワケねえだろ!)
一度は暴力に吹き消された火が、蒼の裡に再び生まれる。小さな小さな種火だったものは、蒼の中で渦巻く数多の負の感情を燃料に、瞬く間に成長していった。
『意地』。理論・理屈・正しさを失おうとなお譲れないもの。今の蒼を突き動かす、情動の正体だ。
紺色の瞳の奥で、炎が蒼く燃え上がる。
力に屈した弱気な自分が、その炎を必死に消そうとしてきた。
『ちっぽけな意地を張るのをやめろ』。『力に靡くのは世の摂理だ』。
(そうかも、知れねえな。助けが間に合うとは思えねえし、そもそも来るかも分からねえ。今よりもっと痛い思いして、それで結局何の意味も無くて。全部無駄になって後悔するかもしれねえ)
蒼は、己の弱さを受け容れる。
その上で。
「―――黙り、やがれ」
「……あ?」
弱い心が生み出す言葉を、蒼は真っ向から否定する。蹴られて踏まれた腹に力を込めて身体を起こし、拘束された手で支え、気丈に白波瀬を睨みつけた。
未だ蒼の心を縛り付ける恐怖に、涙を滂沱と垂れ流しながら、それでも。
「誰が、テメエのモンになんぞなるかよ……! イズルを、馬鹿にした、テメエなんか……、テメエ、なんかなあ……!」
蒼は、泣きながら笑う。取り繕って笑う。挑発的に、独善的に。
そして、理不尽のすべてに―――
「大ッ嫌いだバァァーーーーカ!!!!」
―――中指を立てた。
「は、ははッ」
(言った。言っちゃった。言ってやった)
蒼の口から乾いた笑いが漏れる。無謀な行為だ。そら見てみろ。
「そうかよ」
白波瀬は、白けたと言わんばかりに表情を消し、ゴミでも見るような目を蒼に向けていた。
「ま、こんなのは所詮お遊びだ。お前が俺に靡いても、気が済むまで遊んだら捨ててやってただろうさ。―――だから」
「――かはッ!?」
徐に伸びた白波瀬の手が蒼のほっそりした首に突き込まれる。そのまま首を締め上げられ、蒼は呼吸に苦しみ空気を求めて喘ぐ。
「ァ……カ、ァ……ッ」
「前倒しだ。絞め上げながら犯してやるよ。何度かやったが、処女相手は流石に始めてだなァ。うっかり死んでも恨むなよ?」
「ハァ……ッ、ク……!」
息が苦しい。視界が徐々に裏返っていく。手足が痺れて頭が強く痛むが、その痛みが徐々に遠ざかるのを感じていた。
不意に、下半身が妙に涼しくなる。白波瀬が、下着を脱がすか破くかしたのだろう。
決定的瞬間は秒読み。蒼に抗う術は無く、助けも来ない。十分な時間は―――稼げなかった。
「ぎ、ィ………」
(あ、やべぇ。マジで意識が朦朧としてきた)
身体は浮かんでいるのに、頭が重くて気持ち悪い。そろそろ笑えないというか二度と笑えなくなりそうなラインに入りつつあるのを蒼は自覚する。
それでも、白波瀬の手は緩まないようだ。
(これ、もう終わったかもな―――あ、イズル)
涙と酸欠でぼやけた蒼の視界でも、彼の姿だけははっきりと映った。それ以外と比べてこれだけ鮮明なのだ、幻覚に相違あるまい。
(おーい、イズルー……別れ際かもしれねえんだし、何か言ってくれよー……)
「ひゅーっ、かひゅーっ……」
蒼は口を開こうとしたが、掠れた呼吸音しか出てこない。
それが、小さな違和感だった。
(あれ? 呼吸できてる?)
「ひゅッ、ひッ……ハあッ!?」
蒼は目を白黒させながら現世に戻ってきた。いつの間にか、蒼の首にかかった手が無くなっている。死、あるいはそれに準ずる重篤な何かに繋がりうる直前で白波瀬が加減したのかと、蒼は最初思った。
だが、そもそも蒼に伸し掛かっていた白波瀬の重みそのものが消えている。
涙やら何やらでぐちゃぐちゃになった目を擦り、視界を取り戻す。蒼に覆いかぶさっていたはずの白波瀬は、分身を仕舞った状態で立ち上がっていた。信じられないものを見る目を事務室の扉に顔を向けている。
蒼はこてんと首を傾け、出入り口を視界に収めた。
「―――ぁ」
思わず、声が漏れた。
いつの間に、それほどの時間が経っていたのか。
あるいは、彼が余程急いだ―――否、幸運だったのだろうか。
蒼の渡したヒントでは、一箇所に絞り込みきるのは難しい筈だ。幾つかの似たような施設をリストアップして順番に回る、その最初の一つ目で当たりを引きでもしない限り、こんな早くには現れ得ないその姿。
ライダージャケットに身を包んだ、蒼と同じ背丈の青年。
その足元では、何が起きたのか小太り男が転がって気絶していた。
目元を隠す髪房の間から、真紅の眼光が白波瀬を射抜く。
―――佐倉出流がそこに居た。
個人的な美学なのですが、『物語の主人公には失意と絶望の中に叩き落されて一度は絶望に心を蝕まれても、大切な誰かの存在を切っ掛けに心を取り戻し、泥水すすりながらでも立ち上がって最後には幸せを掴んでほしい』です。
このお話も、そういうお話です。
毎日更新のストック無くなっちゃいました。
でも投稿者負けないよ。
本作にR-17.9のタグあった方が良いと思いますか?
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いる
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いらない