アオイとイズル   作:東雲。

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クライマックスに戦闘シーンは必須ですよね?(曇りなき眼(F.E.A.R.製TRPG畑出身並感(何事も暴力で解決するのが一番だ)))

小説として戦闘シーンを書くのは初めてなので、ちょっと不安です。ちゃんと伝わっていれば良いのですが。


First Pain(7)

「イズ、ル……けほっ」

 

 蒼の弱々しい声が、出流の耳に届く。出流は蒼に目を向けた。

 だが蒼は、思わず目を逸らしたくなるような惨憺たる有様だった。首に薄い手形、頬には涙と暴行の跡が生々しく刻まれ、買ったばかりだったのだろうデニムジャケットとワンピースは、踏まれた靴跡や埃に汚され、酷く見窄らしくなってしまっていた。

 それに何より、自由を奪う金属の手枷が状況をあまりに雄弁に物語る。

 

「アオイ」

「っ」

「もう、大丈夫」

 

 有無を言わさぬ強い断定。その一言は、蒼を心から安心させるに足るものだった。

 

「うんっ、ありが、と―――」

 

 緊張の糸が切れたのだろう。気絶するように眠った蒼に一度優しい目を向けた出流は、白波瀬に向き直った。その顔は凛々しく、白波瀬は四年前の出流と脳内で比べ、大きな違和感を覚えていた。

 

「テメェ……どうやってここが分かった?」

「運が良かったんだ。アオイのヒントに合う場所を探して、最初にここを選んだだけだよ」

 

 白波瀬はギリギリで間に合われた事に内心焦りを覚えていたが、すぐに平静を取り戻す。

 

(どうせコイツも五十右みたいに、ハリボテの虚勢を張ってるだけだ。ちょっと脅かせばすぐに崩れる)

 

「フン。まあ、いい。で? 佐倉。五百万はちゃんと持ってきたんだろうな」

「あー……」

 

 出流は、『あったねそんなの』と言わんばかりの表情を浮かべ。

 

「ごめん、忘れて来ちゃった」

「あ゛?」

 

 あっさりと言い放った。

 白波瀬の額に、青筋が浮かぶ。

 

「アオイがヒントを教えてくれたでしょ? あんな真似をしたら絶対にアオイが危ないと思って急いでたんだ。お金のこと、すっかり忘れてたよ」

 

 余裕綽々の出流の態度。白波瀬は内なるマグマが噴火しかけているのを感じていた。

 

「ほお、じゃあ何か? 佐倉。テメェは俺から力ずくで五十右を取り戻すつもりか?」

「うーん……できれば穏便に済ませたいんだけど」

 

 曖昧に笑う出流の姿は、どこどこまでも白波瀬の癪に障る。

 

「そうかいそうかい。五十右と言い佐倉と言い、俺をその気にさせるのが上手だなァ。エリート高じゃそんなこと学んでんのか? クックク……」

 

 顔を俯けた白波瀬は、クツクツと笑う。それは嵐の前の静けさ。激発の直前の、極度の怒りからくる笑いだった。

 

「俺を舐めるのも大概にしやがれ佐倉ァ! ひょろくせえガキの癖に、一丁前にナイト気分に浸ってんじゃねえ!!」

 

 蒼とのやり取りで沸点の下がっていた白波瀬の怒りは瞬く間に理性を弾き飛ばし、そのまま出流に襲いかかる。

 握りしめた拳を振り上げ、蒼にそうしたように出流の頬を打ち抜こうとした。

 

「僕がガキなら」

 

 出流は避けない。ただ、白波瀬の手首に右手を添え、少し押すだけ。

 

「白波瀬くんもそうじゃないかな」

 

 力の流れを逸らされ、頬を狙った拳は出流の顔の前の空気を突き抜けた。勢い余って白波瀬はバランスを崩す。

 白波瀬の足が踊ったかと思うと、散らばった部品を踏みつけ派手に転倒する。傍目には目測を誤って拳を外した挙げ句、ひとりで勝手にすっ転んだようにしか見えないだろう。観客がいなかったのは、白波瀬にとって救いだったかもしれない。

 

 出流は一歩下がり、距離を作ってから見下ろす。その雰囲気は普段と変わらない柔和なもので、だからこそこの状況にどこまでもそぐわない。

 

「だって同い年だし」

「うるッせェ!」

 

 怒声を上げながら立ち上がった白波瀬は、距離を詰めながら脇腹を狙った回し蹴りを放つ。出流はまたも退かず、それどころか距離を詰め、白波瀬の軸足を素早く払った。

 

「なァ――!?」

「こんな場所で蹴りだなんて危ないよ」

 

 態勢を崩された白波瀬の攻撃は上にすっぽ抜け、腿が出流の肩に軽く当たるだけで殆どの威力を失っていた。そして本人は再びの転倒で、今度は背中に部品がめり込む。白波瀬は弾ける激痛に背中を抑えながら床を転がった。

 

「ぐッ、がァ……!」

「ただでさえ色々散らばってるんだから、倒れたら大変じゃない?」

 

 出流は立ち位置を入れ替え、眠った蒼に近づくように再び白波瀬から一歩分の距離を取る。いいようにあしらわれている白波瀬の怒りは、蒼に煽られていた時よりも更にヒートアップしていた。

 

「てン、め、ェ……!」

「白波瀬くん。蒼を返してくれないかな」

「ほざけェ!!」

 

 怒りで忘我しつつも二度の転倒で学んだ白波瀬は、大ぶりな攻撃を辞め、両の拳で細かい乱打を出流に放った―――放とうとした。

 だが、最初の二発を出流の掌に受け止められたことで乱打にすらならない。拳を戻そうとするが、全く外れない。

 

「ぐッ!?」

 

(嘘だろ。俺より格段に細い身体の、どこにンな力が!?)

 

 白波瀬は更に力を込め、強引に引き抜こうとする。

 

「くっ……! おォッ!」

「あ、ごめん離して欲しいよね」

「はァッ!?」

 

 後先考えず拳を退こうとしたその瞬間に出流が手を放した事で、白波瀬の身体が後ろに流されるように倒れる。事務机に腰を強打し、更に壁に後頭部を打ち付け二重の鈍痛に悶え苦しむ。

 

「ぐっ、くそが……! 何が、起きてやがる!?」

「どうしたの?」

「とぼけんな! なんで俺が勝てねえんだよ! テメェは、俺より力が弱くて! 俺に勝てる訳がねえ! だから、俺に金を渡してたんだろうがよ!」

 

 四年前の出流の姿と、今の出流は別人にすら思えた。佐倉出流は、自分よりも弱く、金だけ持ってるボンボンではなかったのか。自分より下で弱いから、利用されて当然の手合ではなかったのか。

 

「そうだね。あの頃の僕は、白波瀬くんみたいないじめっ子相手に抗うなんて、とても出来なかったよ。お父さんの手前大事にしたくないってのもあったんだけど……こんな風に、戦うなんてしなかった」

 

 出流は自分の両手を握ったり開いたりしながら見つめる。その目つきは、喧嘩の最中とは思えないほどに穏やかだった。

 

「でも。アオイに助けられたあの日、僕は初めて弱い自分を恥ずかしいと思った。アオイにあこがれて、暴力に抗う手段を身につけようって決めたんだ。護身術とか、色々勉強したり特訓したりね。アオイには、秘密にしてたんだけど」

 

 白波瀬は事務机に手をかけて身体を支えながら、出流の言葉を聞いていた。それは呼吸を整え体力を取り戻す為でもあったが、出流の変貌があまりにも著しく、危機感が警鐘を鳴らしていたためでもあった。

 

「また同じような事が起きた時に、アオイの手を借りなくて済むように。アオイが危険な目に会わずに済むように。アオイに怪我させたくない。アオイを汚させない。僕の、僕の家の問題にアオイを巻き込みたくないけど、だからってアオイと距離を取るのも絶対に嫌だ。それならもう―――僕がアオイを守れるようになるしかない、でしょ?」

 

 真紅の瞳が異様な輝きを宿す。静かな狂気が滲んだ眼光に、白波瀬は思わず生唾を飲んだ。

 

「ねえ。白波瀬くん」

「……何だよ」

 

 

「僕が来た時、アオイに――何をしようとしてたの?」

 ―――突然、背中に氷の塊を放り込まれたかのようだった。

 

 

 出流から放たれる、視認できそうな程に莫大な精神的重圧(プレッシャー)。白波瀬の首筋を冷や汗が流れ落ちる。

 今や、虚勢を張らされるのは白波瀬の方だった。乾いた喉を唾液で潤し、憎らしい顔を出流に向ける。

 

「……ハッ、五十右が女の分際で俺に楯突くから、立場をわからせてやろうとしたのさ。お前があと少し来るのが遅ければ、五十右の初めての相手は俺になってたんだがな。あぁ惜しい惜しい」

「アオイは、僕の恋人なんだよ。良くないよ、そういうの」

「恋愛ほどくだらないモンはこの世にねえよ。女なんざ、死ぬ思いする程にビビらせてからちょいと優しくしてやりゃあコロッと落ちるもんさ。実際、五十右もあと一歩だったんだぜ? お前との関係をメチャクチャにしてやれると思って、最ッ高に滾ったんだけどなァ……!」

 

 言いながら、白波瀬はズボンのポケットに手を突っ込み、その中に常に携帯しているものを取り出した。刃をグリップの内側に収納でき、手首の操作で取り出せる機構を持つ金属の武具―――バタフライナイフ。

 白波瀬は慣れた手付きで軽やかな金属音を立てながら、収納されたブレードを引き出した。

 

「佐倉、お前の素晴らしい考えはよーくわかった」

 

 姿勢を低くして刃を出流に向け、白波瀬は構える。

 

「でもな、ンなもんは俺にとっちゃ道端の石ころほどにも価値はねェんだわ。お前が金持ってきてねえなら、お前を使ってお前の父だか母だかに金を持ってきてもらうまでだ」

「ナイフ使ったら最悪人質に使えなくなるんじゃない?」

「黙りやがれ! ついでにお前の眼の前で五十右を犯して、その様をお前に見せつけてやるよ! いいか佐倉。お前はなァ。お前みてえな奴はなァ……!」

 

 グリップを力強く握りしめた白波瀬は、構えたまま勢いよく走り出す。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()ーーーッ!!」

 

 

 数歩の距離を詰め切り、ナイフを横一文字に振り抜く。蒼と出流に汚されたプライドは、彼らの苦痛と絶望を以て購うべきだ。そうでなければいけないのだ。

 

 それは、もはや狂信だった。己が出流に負ける訳がない。この状況は何かの間違いだ。得物たるこのナイフで、その虚飾を切り裂いてやろう、と。

 先程まではお互い無手だったが故に遅れを取ったが、これを手にした以上白波瀬に負けは無い。そんな道理は存在しない。

 

 ナイフ―――ないし武器全般に言える事だが、その存在が齎す恐怖は、本来の殺傷性能より余程強烈だ。相手に死を連想させる力は、身体を縛りその動きを鈍らせる。

 それは武器を握る本人にも言える事だが、ナイフ(これ)を振るい慣れている白波瀬と、そんな経験など無いであろう出流との差は歴然。

 

 

 だから。

 白波瀬は。

 

 

 振り抜こうとした手首を片手で押さえつけられ、直後手の甲へ振り下ろされた拳にナイフが叩き落された事実を認識できず。そのまま腰の入った拳打が肋骨の下にめり込み、頭を下げさせられた事に気付かず。

 下がった顎を打ち抜く出流の強烈なハイキックをモロに受け、一撃で意識を刈り飛ばされるその瞬間まで―――己の勝利を信じて疑わなかった。

 

「『刃物は見てると当たるから見ないで対処する』。うん、習った通りだ」

 

 手首を掴まれたまま膝から崩れ落ちた白波瀬が気絶していることを確認し、出流は手を離した。支えを失い、白波瀬はうつ伏せに倒れ伏す。

 出流の目には、喜びも感慨も無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「寝てる所悪いけど、手錠の鍵探させてもらうね」

 

 彼にとって、白波瀬に勝つ事など―――蒼を助ける為の、通過点でしかなかった。




※出流くんは特殊な精神性を持ち特殊な訓練を受けています。真似しないでください

本作にR-17.9のタグあった方が良いと思いますか?

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