アオイとイズル   作:東雲。

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ようやくタグとジャンルに相応しいシーンに戻ってこれました。
毎日投稿しても尚長かった。


First Pain(8)

 蒼は、優しい揺れの中で目を覚ます。単身赴任で二ヶ月ほど会えていない父に、おんぶされた幼少期の記憶を思い出しながら目を開ける。

 

「おはよう、アオイ」

「おー……、!?」

 

 

 出流におぶわれていた。反射的に蒼の身体がバタつき、出流はバランス取りに苦心する。

 

 

「ちょ、ちょっと! 危ないから揺らさないでって!」

「あっ、わ! あぶッね!」

 

 蒼は慌てて出流の身体にしがみついてどうにか落ち着く。再び歩き出した事でほっとひと息をついた蒼だったが、そもそもこの状況自体がおかしいことに気付いた。

 

「イズル、俺を降ろせばよくね?」

「そうだった」

 

 出流の背から降ろされた蒼は、若干震える足に鞭打って歩き出す。出流に負担をかけさせまいと降りたが、出流の体温の感触が少し名残惜しく感じた。

 

「ふう。よしイズル、とりあえず説明してくれよ。結局アイツらとか俺とかどうなったんだ?」

「ええっと―――」

 

 


 

 

 出流は、気絶した白波瀬の身体をまさぐり、蒼の手錠の鍵を確保した。そうして蒼の手錠を外し、そのまま白波瀬の拘束に流用する。

 丁度、大神が事務室の入り口に姿を表した。

 

「坊ちゃま、車の手配が出来ました」

「あ、ありがとう。じゃあ、白波瀬くんと安発くんを車に運んでおいてくれる?」

()はどうします?」

「少し話したい事があるから、それまで待ってほしいな」

「わかりました。では失礼してっと」

 

 そう言って大神は、白波瀬と小太り男(安発)をそれぞれ腕一本で担ぎ、のっしのっしと事務室を去る。大神と入れ違うように姿を見せたのは―――帽子を被った目つきの悪い男、中嵜(なかさき)だった。

 中嵜は引き気味の表情で大神を見送った後、出流に目を向ける。

 

「……終わったか」

「うん。二人……特に白波瀬くんには、僕の家でお灸をすえてから警察に自首してもらうつもり」

「……そうか」

 

 中嵜は力無く、しかしどこか憑き物が落ちたような表情を浮かべた。

 

「あ、言っておくけど。中嵜くんも自首はしてもらうからね? 僕も助かったけどアオイの誘拐に関わったのは事実なんだから」

「……分かっているよ。今更逃げたりしないさ」

「でも、その前に聞きたいな。どうして――()()()()()()()()()()()()?」

 

 出流が決定的瞬間に間に合ったのは、まるっきり偶然ではない。白波瀬との電話の後、震えたスマホを確認した出流は、中嵜からのメッセージを受け取っていた。『任せる』というたった三文字に添えられた、GPS情報を。

 通常であれば信じるほうが難しい、敵(推定)から齎された情報。だが、出流はそれを信じ一直線に向かってきた。その結果は―――この現状が何よりも雄弁に物語っている。

 

 中嵜は、隈の浮いた目を伏せた。

 

「……正直、もう嫌だったんだ。白波瀬(ダイ)がどんどん悪い方向へ向かっていくのも、安発(サン)が何も考えずダイに流されていくのも。二人に見放されたくなくて片棒をかつぎ続けてきたけど、ずっと辛かった」

「止めようとは、思わなかったの?」

「思ったよ。でもそれこそ突き放されて、俺を置き去りに更に深みに嵌っていくんじゃないかって思うと……怖かった。迂闊な真似は、出来なかったんだ」

 

 中嵜は事務机に腰掛け、くたびれたように肩を落とす。その顔は、心労が色濃く現れていた。

 

「別に、自分のことを上等な人間だなんて思っちゃいない。ここまでじゃなくても、法に触れる事やったことあるし。でも、誘拐(これ)は流石に違うだろ、って思った。だから、五十右の携帯から佐倉の連絡先を調べて、それで位置情報を送ったんだ」

「……中嵜くんは、中嵜くんなりに友達を大切にしてたんだね」

「やめろよそういうピュアな言い方。結局、俺もサンと同じ、流されながら依存してただけなんだ。捨てられる可能性にビビって、二人の軌道を修正する踏ん切りは付かなかったし、かといって距離を取るには……まあ、惜しい奴らだったんだよ。お前らには、そうは見えなかっただろうけど」

 

 『言っちゃあアレだけど美味しい思いもしてたしな』と言いながら、中嵜は自嘲的に笑う。

 

「俺からもいいか。なんで……信じたんだよ。俺のこと」

「一応、いくつか理由はあるかな」

「聞かせてくれるか?」

「うん。中嵜くんからメッセージが来た時点で、これは白波瀬くんの思惑とは別かなって思ったんだ。中嵜くんも言ってた通り、僕にメッセージを送るにはアオイから情報を引き出すしかない。でも、僕が犯人ならそういう真似はさせない。だって、裏切りの可能性を生むでしょ?」

 

 出流は朗々と自分の考えを語る。

 

「勿論、僕に嘘の情報を流す情報戦の可能性もあった。でも、この状況ならそういう情報戦を仕掛けないのが正解なはずなんだ。仮に嘘の情報を送って信じられなかったら、みすみすカモフラージュの候補を自分で一つ潰してしまうようなものなんだから。指標のない選択肢の中で迷ってもらったほうが当たりを引く確率は低くなるよね」

「………」

「一応、敢えて正解の情報を送って疑わせる線もあるけど、それこそ信じられたら終わりのリスキーな賭けだし。誘拐なんて大それた犯罪に手を出している以上、リスクは極力避けたい。僕なら、そう考える」

 

 そこまで言って、出流は照れくさそうに頬を掻いた。

 

「まあ、結局そういう論理は投げ捨てちゃったんだけどね」

「は?」

「だって、どれだけ考えたって道は二つだけなんだ。信じるか信じないか。その情報をどう活用するかも、まずそこを決めないと話にならない。だから僕は、中嵜くんの事を考えた。そしたら、信じるべきだなって」

「……な、なんでだ」

 

 中嵜は狼狽える。いじめっ子の自分を、どうして信じようという気になったのか。四年前に苛めたっきりの相手など、恨みこそすれ信じられる訳がない。

 

「だってあの日、白波瀬くんが僕を()った時、止めようとしてくれてたもの。優しい人だなって、思ってたんだ」

「は、はぁ!?」

 

 出流の答えは、中嵜の予想より遥かに馬鹿らしいものだった。

 

「冗談だろ!? 俺はお前を苛めてたんだぞ!?」

「それはそうなんだけど……でも、なんとなくそう思えたから」

「ッ……!」

 

 言葉が出て来ない。眼の前の同い年であるはずの少年が、雲の上の存在か何かに思える。

 他人の善性を盲信しているのかと思いきや、妙に的確に人を見透かした事を言う。どこまでも優しいように見せかけて、暴力に抵抗が無いかのように白波瀬を苦もなく圧倒した。中嵜の理解力では、出流の人物像を掴める気がしない。

 『大物』。そうとしか形容出来なかった。

 

「はぁ……。あーあ、ダメだこれ。そりゃ俺達じゃ勝てねえ訳だよ」

 

 中嵜は両手を上げながら事務机から降り、そのまま出口に向かう。

 

「まあ、なんだ。ムショに行くのかどうかわかんねーけど、俺も頑張るわ。ダイとサンを、あー……今よりはいい感じにしたい」

「そっか。頑張ってね」

 

 出流は、中嵜の心意気を受け取った。出流からすれば鬼畜外道にしか見えなかった白波瀬も、一から十まで悪い奴では無いのだろうと思った。

 

「ああ。………ところで、ダイにお灸をすえるって具体的に何するんだ? その、俺から要求できる立場じゃないけどさ、なんか傷が残るようなのは勘弁してやってほしいっつーか」

「痛い事じゃないよ。()()()()()()()()()()()()()()()

「へー……それ、なんか意味あるのか?」

「どうだろうね?」

 

 だが、それとこれとは話が別だった。

 

 


 

 

「―――って感じ」

「えっと……そっか」

 

 蒼は、白波瀬は謎の拷問を受けるのだろうということはなんとなく理解した。蒼としては白波瀬に良い印象など欠片もないので、どうぞ好きにやれば良いという感想だった。

 

「でも、そっか。アイツのお陰か。俺が頑張った意味って一体……」

「そ、そんなことないよ!? アオイが僕の為に頑張る姿を見て、中嵜くんも決心がついたって言ってたから!」

「そ、そうか? じゃあ……まあいいか」

 

 二人は夜道を歩き始める。家までは車やバイクで移動する距離は、歩きならば数十分はかかるだろう。出流はタクシーを呼ぼうかとも思ったが、ズタボロの蒼について説明を求められると非常にややこしい事になるので、一旦棚上げした。

 

「アオイ」

「ん?」

 

 出流は、開いた手を蒼に向ける。

 

「手、繋ご」

「うぇっ?」

「その、アオイを家に送るまで。アオイの事、放したくない」

「っ……」

 

 ストレートな、執着の言葉。でも、蒼にとってはその執着心が心地よかった。

 

「わ、わかったよ」

 

 蒼からも手を差し出す。出流は意を決して、その手を握る。蒼の指の間に自分の指を差し込み絡める。所謂、恋人つなぎである。

 急なアプローチに蒼の顔が発火してしまう。

 

「な、おま」

「つ、付き合ってるんだから、これくらいする、でしょ」

「う……。ったく、しょうがねえな……!」

 

 蒼も出流も、恥ずかしくて握りこむ手に力が籠もる。自然と意識が、繋がった手に吸い寄せられていく。

 

(アオイの手、柔らかいなぁ。男だった頃は、ゴツゴツして頼もしい感じだったけど……今は細くてひんやりしてさわり心地が良くて。これはなんというか、ちょっと幸せな気分かも……)

(イズルの手、なんかがっしりしてないか? いや昔の俺よりは断然細いけど、今の俺より大きくて、包み込まれてるみたい。少し熱いのも込みで男の人の手って感じする。うわ、こっちの顔まで熱くなってきた……)

 

 触れた指の温度に、緊張で滲む汗。皮膚の感触が二人の間で混じり合う。ただ手を握って歩いているだけなのに、二人とも心臓の鼓動が早まるのを感じていた。

 

 暫く、無言で歩き続ける。互いの顔も見られなかった。

 

 夜風が肌を冷やそうとするも、身体の内側から放出される熱が寒さを上書きする。寒さを感じないで済むのは良いことだったが、精神の方が保ちそうにない。

 

 先に音を上げたのは、出流の方だった。

 

「そ、そうだ。タクシー呼ぼうかな。アオイも疲れるもんね。大丈夫。一応タクシーアプリ入れてるから、道に出ればすぐ――」

 

 言いながらスマホを取り出そうとした出流の手を、蒼が掴む。何事かと蒼の顔を見ようとするも、俯いた顔は覗けなかった。

 

「イズル」

「な、なに?」

「今日。色々と、その……ありがと」

「う、うんっ。どういたし、まして?」

 

 いつになくしおらしい蒼の態度に、出流は動揺した。

 

「俺、白波瀬にヤられそうになった」

「それは……えっと、なんて言ったら良いか」

「ああいや、違う。そういう事を言いたいんじゃなくてだな」

 

 蒼は繋いだ手を解いて頭を掻く。出流は物寂しさと名残惜しさを覚えた。

 

「その、アイツに色々言われて、今も考えちまうんだ。俺は、イズルに相応しいのかなって」

「えっ、そんなことないよ。だってアオイは強いんだもの」

「ッ」

「攫われて捕まって、それでも僕にメッセージを送ってくれた。あんなこと、誰でもできる事じゃないよ。むしろ僕のほうが」

「そうじゃねえんだっ!!」

 

 心の蟠りを吐き出す蒼の怒声。出流は驚いて言葉を引っ込めてしまう。

 

「俺は、強くなんかないッ! 四年前からお前に憧れて、イズルみたいになりたくて! ずっと、ずっと強いフリをしてただけだった! 本当の暴力に晒されて、俺、簡単に心が折れたんだ! その瞬間だけ助かるために、アイツを受け入れようとして! イズルへの想いだって……捨て、捨てようと……ッ!」

「っ」

 

 出流の手首を取った蒼の手に、強い力が籠もる。出流は眉間に皺を寄せた。

 

「俺、イズルの事が本当に大好きなんだよ。アイツにされそうになった事、全部イズルにされたって構わないくらいに! でもよ、俺、こんなだからさあ! 自分の事も、イズルの事も。信じられねえ。信じられねえんだよ……」

「………」

「イズルの傍に、いて良いのかな。こんな俺が、弱さを必死に隠した俺が。イズルみたいな本当に強い奴の隣にいて、良いの、かな……」

「アオイ……」

 

 蒼は両手で出流の服にしがみつき、その胸に顔を埋める。

 少しして、重い嗚咽が出流の耳に届いた。

 

「ウッ……ふぐっ、うゔぅ……ッ」

「――アオイ」

 

 出流はスマホをポケットに仕舞い直してから、蒼の背中に手を回しゆっくりと撫でた。

 蒼の嗚咽が収まるのを待ってから、出流は口を開く。

 

「僕は、その場面は見てないけど。でも、アオイは自分で立ち直ったんじゃないの?」

「……?」

「僕が駆け付けた時、アオイは首を締められてて、どう見ても無理やりって感じだったし……。ただ受け入れただけなら、ああはならないと思うんだけど」

「あ、えっと……それは、そうなんだけど。一時はそう思ったっていうか」

「でも最後には抗ったんでしょ?」

「いや、まあ…………うん」

 

 想像と違う反応が返ってきて言葉に詰まる蒼に、出流はあくまでも優しく語りかけた。

 

「僕は、アオイのそういうところがアオイの強さだと思うよ。折れても立ち上がれる、窮地でも諦めない。なんだっけこういうの。ハングリー精神っていうのかな?」

「………」

「その、僕はなんというか。たしかに強いかもしれないけど、ハングリー精神みたいなのはあんまり無いと思うから。アオイには、アオイの良い所があるよ。それは僕が保証する」

 

 出流は、言いながら既視感を覚えていた。記憶を探りその原因を探すと、答えは意外と近くにあった。

 

「ホイップクリームと同じだよ。好き嫌いなんて人によるから、値段や品質だけが価値の全てじゃない。人も、強い弱いだけが全部じゃない。僕は、そういうの全部ひっくるめて――アオイの事が好きなんだ」

「っ……!」

 

 一度は止まった蒼の涙が再び溢れてくる。ただ、これは苦しさや惨めさから出たものではない、暖かい涙だった。

 

「何だよ、お前ぇ……。完璧彼氏かよお……っ!」

「え、そう?」

「そうだよ! お前なんかこうしてやる!」

 

 自覚無しに人をどんどん好きにさせるたらし野郎の胸に頭をぐりぐりと押し付けながら、蒼は笑い泣く。

 気が済むまでぐりぐりした蒼は、再び出流の胸に頭を預けた。

 

「なあ、イズル」

「なに?」

「俺、今からめんどくさい女みたいなこと言う」

「えっ、どうしたの急に」

「俺は、イズルの事が大好き」

「う、うん。聞いたよ」

「イズルも、俺の事が大好き……なんだよ、な?」

「も、もちろん」

 

 ドッ、ドッと。蒼の心臓が激しく跳ねる。満月が照らす、何処とも知れぬ閑散とした道のど真ん中。蒼は、イズルの胸に耳を当てながら口を開いた。

 

「でもさ。言葉なんて、いくらでも取り繕えると思わないか?」

「んん……ど、どうかなぁ……?」

 

 心根の優しい出流としては、首肯し辛い意見だった。

 

「まあ、イズルがどう思うかは知らないけどさ。今の俺には、わかんねえんだよ。イズルの気持ち。だから――」

 

 出流の服を握りしめる手に、更に力が籠もる。顔全体が熱くて、風邪でも引いてるみたいだった。

 

 

「――イズルの思う方法でさ、俺に信じさせてくれよ」

 

 

「え、えっと……?」

 

 出流は困惑する。方法は任せると言いながら、それを認めるかどうかは蒼次第。つまるところこれは、蒼の求める方法を取れという意味にほかならない。

 

(確かにこれは、めんどくさい女みたいな事……かも)

 

 内心苦笑した出流は方法を考える。とは言え、一発目で正解を引ける気はしないので、思いついた端から試すことにした。

 

「大好きだよ、アオイ」

「ん゛っ……だ、だから言葉じゃないって言っただろ!」

 

 思ったより琴線に触れてそうな蒼の反応に『このまま押せば言葉だけでも通りそうじゃない?』という邪念が一瞬出流の脳裏を過ったが、ここは真摯に蒼に向き合う場面だと判断した。

 出流は両腕で蒼を抱き寄せ、少し強めに力を込めてみる。

 

「……どう、かな」

「悪くない、けど。……まだ足りねえ」

「じゃ、じゃあえっと……あ、お母さんもお父さんもアオイの事認めてくれたよ」

「マジ? やるじゃんイズル! ……いやだからそうじゃなくて」

「これでもダメ? う、ううんえっと……あーっと……」

 

 出流は色々と考えようとするが、こうして抱きしめている状況が既に出流を混乱させるに十分なもの。てんぱり始めた出流の脳内は、蒼の身体の事ばかり駆け巡って、他の事に思考のリソースが割けなかった。

 

「えっと、その……んーと……」

 

(うう、アオイの身体柔らかくていい匂いする……! ダメだ考えが全然まとまんない!)

 

 抱きしめたままパニックに陥っている内に、タイムオーバーが訪れた。

 

「だああっ! なんでそんな急に察しが悪くなるんだよ!」

 

 蒼は怒りを含んだ真っ赤な顔を上げる。出流は『蒼のせいだよ』とは言えず、ただこれからくるお叱りを受ける態勢を整えることしか出来ない。

 だが、蒼の行動は。

 蒼の求める正解を伝える、とても―――とても、シンプルなものだった。

 

 

 

「だ・か・ら! ああもうッ……()()()()()()()()()()!!」

「―――うええっ!!?」




滴水刑(ボソッ)

次回で最終編は最終回です。最終と最終が被ってしまった。
終わり、近づいております。

本作にR-17.9のタグあった方が良いと思いますか?

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