アオイとイズル   作:東雲。

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正真正銘の本編最終回です。


エピローグ:日常はどこまでも

 ―――翌朝。

 制服に身を包んだ出流は、五十右家の敷地前で蒼が出てくるのを待っていた。本来なら出流は車で送迎されて然るべきだが、蒼と一緒に登校したいがために徒歩と公共交通機関を使っている。

 

 あんな事があったものの、学業を疎かには出来ない。そもそもあの事件は公権力が介入する余地無く解決してしまったため、表向きには存在しない事件なのだ。

 つまりは、佐倉家と五十右家しかあの事件の事を知る者はおらず、そんなものを理由に休む事など許されるはずもなかった。

 

(ちょっと身体怠いなあ。アオイとか起きてこなかったりして)

 

 出流は手元のスマホに目を向ける。出流はまだしも、蒼の心労は相当のものだろう。出流から送った蒼の家に向かう旨のメッセージも既読スルーだ。

 

(……二日で勘弁しようかと思ったけどやっぱ三日にしようかな)

 

 目を細めた出流が蒼に再度メッセージを送ろうとしたその時、五十右家の玄関扉が開く。出流は思考を中断しそちらに目をやった。

 当然ながら制服姿の蒼が姿を表す。その姿はこの二ヶ月で十分に見慣れていた筈だが、彼女の顔を見るのが妙に気恥ずかしい。出流はちらりと蒼の顔を――唇を――見てしまい、ボッと顔を赤らめた。

 それを見て蒼の顔も爆発し、大股でズンズンと近づいてくる。

 

「あ、アオイ、おは――」

 

 それでも挨拶をしようとした出流の襟を、蒼の手が掴む。その顔は完全に真っ赤に染まっていた。

 

「き・の・う・の・こ・と・は・ぜ・ん・ぶ・わ・す・れ・ろ。良いな!!?」

「な、なんで」

「恥ずかしいからだよ!!! 昨日のは、俺じゃない! 俺が、あんな女々しい真似するわけねえだろ!!!」

「わ、わかりました。忘れます……」

 

 凄まじい気迫に気圧されて、出流はにべもなく首肯させられる。蒼は鼻息荒く掴んだ手を放した。

 

「よしッ、学校行くぞ学校!」

「う、うんっ」

 

 ズカズカと出流を置いて先を急ぐ蒼を、出流は小走りで追いかけた。

 

 


 

 

 蒼と出流は無事に電車に乗り込めた。時間帯上仕方のないことだが、乗車時点で既に座席が埋まっている。立つしか無い二人は、蒼が扉横の手すりを、出流がその隣で座席の上の手すりを握る形になった。

 

「期末テスト無くならねえかなぁ……」

「まあまあ、夏休み前の最後の試練ってことで」

「その夏休みが宿題まみれなんじゃねえかよー……」

 

 蒼は青息吐息を零したかと思うと、何かに気付いて顔を上げる。

 

「そうだ! 夏休みのバイトどうしよう!」

「バイト?」

「去年、引っ越しの手伝いやってただろ? あれで『来年もよかったら頼むよ』って言ってくれてたのに……!」

「あー。今の身体じゃ難しいね……」

 

 性転換前の蒼の身体は実に男らしいもので、そういった肉体労働系で割の良いバイトが選べた。だが、今の蒼は膂力など望むべくもない可愛い系ボディ。そのような業務にはとてもついていけないだろう。

 

「流石に今から鍛えても間に合わねえし、別のバイト探さなきゃなあ……」

「無理に働く事も無いんじゃ?」

「金持ちめ。パンピーはな、親の小遣いだけじゃとても金が足りねえんだよ」

「言ってくれれば僕が出すのに」

「それは俺のプライドが許さん。意地でも折半だ」

 

 蒼の態度は出流には強情に見えたが、『まあ、そういう所もアオイの良い所だね』と思える。

 

「夏休みの計画も大事だけど、まずは眼の前のテストに集中しなきゃね。アオイの家でみっちり教えてあげる」

「やめろよ……考えないようにしてたのに……」

 

 にこやかに言い放つ出流に、蒼はげんなりとした表情を見せた。

 

『――櫨宮駅。お出口は右側です』

 

 二人が降りる一つ手前の駅。ここで大勢の乗客がなだれ込んでくる。

 当然、その波が二人に襲いかからぬ訳も無く。

 

「うわっ」

「いいっ!?」

 

 急激に上がった人口密度に背中を押され、手すりから手が外れてしまった出流は、扉横の手すりと座席の背の間の狭い空間にいた蒼に覆い被さる。出流は、咄嗟に蒼の顔のすぐ横に肘を突き、なんとか密着を避けたものの、所謂壁ドン状態になってしまっていた。

 

「「っ……!」」

 

 触れこそしなかったものの急激に縮まった物理的距離。忘れようとしたはずの昨日の記憶が蘇り二人は顔を背けようとするも、高鳴る鼓動と仄かな期待がそれを許さない。

 視野が急速に狭まって、お互いしか見えなくなる。電車内というロケーションも、満員のシチュエーションも意識の外に追いやられ、二人だけの世界が形成されていく。

 残り十センチほどに近づいていた二人の距離は、電車が進むほどに、小さく揺れる度に更に縮まっていく。それは、人混みに押されていたのかもしれないし―――それを言い訳にしていたのかもしれない。

 

 七センチ。二人の吐息が絡まる。

 

 五センチ。唇の感触を錯覚する。

 

 三センチ。覚悟を決める時。

 

 一セン―――

 

『次は、紫凰高校前。紫凰高校前。お出口は左側です』

 

 車内アナウンスに現実に引き戻された二人は、慌てて顔を背ける。程なくして電車は駅に到着し、出入り口に近い蒼達は素早く下車した。

 何かを振り払うように足早に改札に向かいながら、出流はぼそりと零す。

 

「……アオイ」

「……なんだ、イズル」

 

 出流は赤みがかった頬を口元を手で隠し、くぐもった声で呟いた。

 

「恋は盲目って、ホントなんだね……」

「バカップルってこうやって生まれるんだろうな……」

 

 ちょっと状況が整えば簡単に理性が屈する現状は、どうにかしなければと感じた二人であった。

 

 


 

 

 電車の中でひと悶着あったものの、二人はなんとか高校に辿り着く。

 始業前だがあいも変わらず蒼は大人気で、出流はそれを眺めるだけ。だが、もうそれをどうこう思うこともない。進展した二人の関係が、出流に優越感からくる余裕を抱かせる。

 

(僕、ちょっと性格悪いかも……)

 

 心の中で苦笑いをしていた出流に、近づく影が一つ。前の席の椅子を借りて、一人の女子生徒が接近してきた。

 

「おはよ、佐倉くん」

「あ、おはよう。えっと……松下さん」

 

 黒のショートボブスタイルの松下さん。以前、蒼にメイクを施していた女子であり、出流は知らないことだが、昨日の蒼の服装を見繕ってもいる。

 

「名前覚えてるんだ。流石ぁ」

「そ、その。ぼ、僕に何か?」

 

 蒼と仲がいいのは知っているが、何故こちらにこう気さくに話しかけてくるのか。何かしたかと不安な出流は話題を急いだ。

 

「いやあ。昨日のいそいそ、どうだったかなーって」

「……()()()()?」

「あ、ごめん五十右さんのこと」

「な、なるほどね。でも、どうとは?」

「服のこと! アレ私が選んだんだから。佐倉くんが好きそうな感じで」

「あ、ああ……そうだったんだ」

 

 蒼のゴリゴリおめかしがあまりに可愛すぎて考える暇もなかった。言われてみれば性転換前から私服にはズボラだった蒼が、急にあれだけ綺麗にまとめて来るのは不自然だ。

 彼女が手ほどきしたのなら納得できる。

 

「ええと、凄く綺麗だった。夏らしい感じで爽やかでアオイによく似合ってて。松下さん、凄いね」

「でしょう。私も中々会心の出来だと自負してるわ」

 

 松下は腕を組んでうんうんと頷く。出流は蒼に良い友達ができたと思うと、それが我が事のように嬉しく、心が温まった。

 だが、出流は不意に肩を落とす。

 

「どうしたの?」

「あ、えと。しばらくあの服見られないんだなって」

「ん? どういう意味?」

「あの服、派手に汚れちゃったから修繕とクリーニングに出してるんだ」

 

 蒼の昨日の服は、白波瀬の一件で靴泥が付いたり布地が一部破れたりして、着れるものではなくなってしまっていたのだ。あの姿の蒼が当分見られないと思うと、出流は少しだけ気落ちしてしまう。

 だが、松下は世界の終わりを目の当たりにしたかのような表情を浮かべていた。

 

()()()……()()()……!?」

「?」

 

 松下は急に雰囲気をキリリと引き締め、声のトーンを落とす。

 

「ねえ、なんで派手に汚れたの?」

「えっ……」

 

 出流は返答に困った。まさか『蒼が拐われて誘拐犯に暴行を加えられて汚れた』など言えるわけもない。だが、咄嗟に妥当な言い訳を考えられるほど出流は騙しに向いていなかった。

 

「それは、ちょっと言えないというか……」

「ちょっと言えないの!?」

 

(あれ? 何か反応変じゃない?)

 

 松下の異様にオーバーな反応を出流は訝しむ。会話に何か食い違いが発生していないかと互いの発言内容だけを振り返り。

 

 気付いた。

 

「ち、違うよ!? 僕はアオイとそういうことはしてないから!」

「そういうこと……()??」

「あっ」

 

 出流は自分の失言を悟った。松下は黒い瞳をギラつかせ、圧のある笑顔を出流に向ける。

 

「ねえ佐倉くん? 昨日、いそいそとどこまで行ったの? まあ、()()までは行ってないとして……じゃあ告白? それとも」

「わっ、わああっ」

 

 出流はバタバタと手を振って会話を遮ろうとする。時刻を確認したが教員が来るにはまだ早い。授業が始まれば会話を中断できると思ったが、それは叶わぬ夢だった。

 

「佐倉くん? 私、いそいその服を選んだの。云わば昨日のデートの立役者のようなものじゃない?」

「ん……まあ、それは…………」

 

 蒼の普段の服装を思うと、その言葉を否定できない出流だった。松下はニタニタと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「報酬、欲しいなぁ……? 大丈夫、言いふらしたりしないから。私口が堅いつもりだし」

「う、ううっ……」

 

 出流は視線で蒼に助けを求める。蒼はそれに気付くと、周囲との会話を切り上げて出流の方にやってくる。

 

「どした、イズルとキノ」

「あ、ええと……」

「今ねー、佐倉くんにいそいそとの関係を聞いてたところ」

「なッ!?」

 

 蒼が動揺に声を上げる。それを見て松下 (キノ)は笑みを更に深めた。

 

「おや? 土曜日まではただの親友って言ってなかったかなぁいそいそ? なんで動揺してるのかなぁん?」

「ぐっ…!」

 

 返答に窮する蒼、頼みの綱が一瞬で切れて絶望する出流、口角を際限なく吊り上げる松下。

 三者三様の膠着は、観念した出流が誘拐事件以外のほぼ全てを赤裸々に語ったことで決着となった。

 

 松下は、赤らんだ顔を俯けた二人にそれはそれは愉しげな笑顔で見た後、心から祝福してくれた。

 

 

 

 尚、三人の会話に耳をそばだてていたクラスメイトにより、出流と蒼の交際は期末試験が終わる頃にはクラス中に知れ渡っていた。

 

 


 

 日常は続く。

 少しずつ変わりながら、それでもどこまでも。

 

 

 この先に辿り着く未来が、かつての夢に見たものと同じかどうかは―――神でさえ、わからないだろう。





これにて、アオイとイズルは完結です。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!


活動報告で色々裏話とか余談とか書こうと思うのですが、これが公開される頃私はPCの前にいないので(外出中)、今夜もしくは近日中とします
活動報告投稿しました。「アオイとイズルのあとがたり」というタイトルです。色々と赤裸々に語っているので閲覧は自己責任でお願いします。

本作にR-17.9のタグあった方が良いと思いますか?

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